はじめに — 「看護は患者のため」だけでは病院は生き残れない
赤字に苦しむ病院の経営会議を開くと、決まって出てくるのが「人件費が高すぎる」という声です。病院経営においてコストの5〜6割を占める人件費のうち、最大のボリュームを持つのが看護師をはじめとする看護職です。
一方で、診療報酬の算定においても、看護配置基準は入院基本料の骨格を決定します。病床利用率を動かすのも、退院調整・入院支援を担う看護師です。
つまり看護部門は、収益・コスト・稼働率のすべてに直結する経営の要衝です。にもかかわらず、看護管理者が財務数字を持って経営会議に参画している病院は、まだ多数派とは言えません。
本記事では、経営改善を「看護部門の視点」から実践するための具体的な手順を解説します。理事長・院長・事務長の方はもちろん、看護部長・看護師長が経営改善プロジェクトのリードを任されたときの参考にもなれば幸いです。

1. なぜ看護部門が病院経営の核心を握るのか
病院のコスト構造の5〜6割が人件費です(業界全体の傾向として広く知られています)。そのうち看護職員への人件費は、急性期病院であれば人件費総額の40〜50%前後を占めることが一般的です。
つまり、病院全体のコストの約20〜30%が看護人件費という試算が成り立ちます。
では、この看護人件費は「単なるコスト」でしょうか。
そうではありません。看護師の配置は診療報酬の算定に直結します。7対1看護配置(急性期一般入院料1相当)が維持できるかどうかは、入院基本料の点数に大きく影響します。令和8年度診療報酬改定において、急性期一般入院料1は1,688点から1,874点に引き上げられました。この点数の恩恵を受け続けるためには、所定の看護配置基準を満たし続ける必要があります。
さらに、入退院調整を担う看護師は病床利用率を直接動かします。厚生労働省の病院報告(2024年)によれば、全病床の平均病床利用率は77.0%(一般病床73.3%)で、損益分岐点とされる80%前後を下回っています。看護部門による適切な入退院支援が、この数字を1ポイント動かすだけで経営に与えるインパクトは無視できません。
病床200床・入院単価5万円の病院で、病床利用率が1ポイント上がると、年間の増収効果は約3,650万円になります(2床×5万円×365日の試算)。この事実を看護管理者が理解し、日常業務に落とし込むことが、経営改善の最初の一歩です。
四病院団体協議会の2025年度病院経営定期調査最終報告では、病院の医業赤字率が74.6%、経常赤字率が65.6%に達しています。こうした厳しい環境のなかで、看護部門の経営参画は「あればよい」ではなく、「なければ生き残れない」施策になっています。
2. 看護師配置基準と診療報酬の関係を理解する

診療報酬の入院基本料は、看護配置基準によって大きく分かれます。代表的な病棟区分の例を見てみましょう。令和8年度改定後の主要入院料の点数は以下のとおりです。
| 入院料区分 |
令和8年度改定後(1日) |
主な看護配置要件 |
| 急性期一般入院料1 |
1,874点 |
7対1(重症度・医療看護必要度あり) |
| 地域一般入院料1 |
1,290点 |
13対1 |
| 療養病棟入院料1 |
2,035点 |
20対1(別途生活療養あり) |
(出典: 厚生労働省 令和8年度診療報酬改定 個別改定項目、GemMed 2026年度改定答申解説)
看護配置基準の維持は、算定できる入院料の水準を決定するということです。看護師の欠勤・退職によって配置基準が一時的に崩れると、算定区分の変更を余儀なくされる場合があります(詳細は最新の告示・通知を確認してください)。
令和8年度改定では、新たに看護・多職種協働加算が設けられました。加算1は277点、加算2は255点が算定候補となります。この加算は、多職種チームが連携して患者の入退院支援を行う体制に対して評価するもので、看護管理者のリーダーシップが問われます(施設基準の届出が必要です)。
また、入院ベースアップ評価料は令和8年度改定で最大250点に拡充されています。これは看護師の賃上げを診療報酬で支援する仕組みですが、算定するためには賃上げ計画の届出や実績報告が必要です。PwC Japanの分析によれば、令和8年度改定により入院料の選択肢はさらに複雑化しており、自院の機能に合った算定区分の見直しが求められています。
さらに物価対応料も新設され、急性期一般入院料1の場合は58点/日が算定候補となっています(算定要件の確認が必要)。看護管理者は、これらの新加算・新設点数をリアルタイムで把握し、事務部門と連携して届出漏れがないか確認することが重要です。
3. 病床利用率を看護部門から改善する

病床利用率の改善は、経営改善の最もインパクトが大きい施策のひとつです。看護部門が取り組める具体的なアプローチを整理します。
① 入院待機リストの見える化
入院調整を担当する看護師(地域連携室等)が、入院待機患者の数・科別内訳・待機日数を日次で把握する仕組みを整備します。待機患者がいるにもかかわらず病床が空いている状態は、「情報の遅延」が原因であることが多いです。電子カルテや病棟管理システムを活用して、リアルタイムの病床マップを共有することが有効です。
② 平均在院日数の短縮と退院調整の早期介入
平均在院日数は病床回転率に直結します。退院調整の早期介入(入院当日から退院先を検討する体制)が有効です。厚生労働省の病院報告(2024年)によれば、一般病床の平均在院日数は16.2日となっています。病院の目標値との乖離を数値で把握し、看護師長が月次でモニタリングします。
③ 急性期から回復期への転棟・転床連携
急性期病棟から回復期病棟への転床をスムーズに行うことで、急性期病床の回転率が上がります。病棟看護師長同士の情報共有と、転床基準の明文化が有効です。たとえば「入院5日目からリハビリ転棟を検討するフロー」を整備している病院では、一般に病床利用率の改善効果が見られます。
④ 休床管理の適正化
利用率が著しく低い期間(季節変動など)に、一部病床を一時的に休床(稼働停止)して人員と光熱費を適正化するアプローチがあります。ただし休床すれば算定できる入院料の患者数も減るため、収支への影響を事前に試算することが不可欠です。「費用削減効果」と「収益減少」のどちらが大きいかを数値で確認したうえで判断してください。
病床200床・入院単価5万円の条件では、利用率1ポイントの差が年間約3,650万円の収益差になります。この数字を念頭に置いたうえで、「どの病床を、いつ、どの程度稼働させるか」を看護管理者が主体的に管理することが求められます。
4. 人件費の構造を可視化して適正化する

経営改善において、看護人件費を「削る」のではなく「最適化する」ことが重要です。削るだけでは離職が増え、かえってコストが膨らみます。
看護人件費を構成する主な要素と、それぞれの改善ポイントを整理します。
| 費用区分 |
主な内容 |
改善のポイント |
| 基本給・定期昇給 |
給与テーブルに従う固定費 |
ベースアップ評価料の活用で診療報酬から補填を検討 |
| 夜勤手当・時間外手当 |
変動費。超過勤務の多い病棟で膨らむ |
業務整理とシフト最適化で削減 |
| 派遣・人材紹介料 |
欠員補充のための高コスト調達 |
固定人材の定着率向上で削減 |
| 採用コスト |
求人広告・紹介手数料 |
離職率を下げることが最大の削減策 |
特に注目したいのが派遣・紹介料です。看護師の一時派遣は正規雇用に比べ大幅に高いコストになることが一般的です。離職率が高い病院では慢性的な欠員を派遣で補い、その費用が経常損益を圧迫するという悪循環に陥ります。
帝国データバンクの2025年調査では、医療機関の倒産・休廃業解散が2年連続で過去最多となっています。診療所経営者の56.7%が70歳以上であり、後継者不在率は6割超という状況の中で、看護師の定着率向上は経営の生命線です。
看護管理者が月次でモニタリングすべき指標は次の三つです。
- 看護師一人当たりの患者数(配置基準の充足状況、過不足の早期把握)
- 夜勤手当・時間外手当の月次推移(対前月・対前年比でのトレンド)
- 離職率・採用充足率(四半期ごとのトレンド管理と補充計画)
これらを経営会議で数字として提示できる看護管理者は、理事長や事務長にとって「経営のパートナー」となります。「現場感覚」だけでなく「数字の裏付け」を持って議論に参加することが、看護部門への予算配分や処遇改善につながります。
民間病院の営業赤字率は61.0%(帝国データバンク 2024年度調査)に達しており、コスト最適化と人材定着は今や経営の最優先課題です。
5. 加算取得で収益を確保する — 看護部門が関わる主要加算

診療報酬の加算取得は、看護部門の「仕事の質」を評価してもらう機会です。算定漏れは即時の収益機会損失になります。
以下に、看護部門が中心的な役割を担う主要加算を整理します(令和8年度改定後。算定要件は届出状況・施設基準を必ず確認してください)。
① 入院ベースアップ評価料(最大250点/日)
令和8年度改定で拡充。看護職をはじめとするコメディカルの賃上げを診療報酬で支援する仕組みです。賃上げ実績の報告が前提となります(施設基準要確認)。
② 看護・多職種協働加算(加算1: 277点 / 加算2: 255点)
令和8年度改定で新設。入退院支援を多職種で行う体制と実績に対する評価です。看護師・社会福祉士・薬剤師等の連携体制の整備が問われます(施設基準要確認)。
③ 地域連携・入退院支援加算(病棟機能による)
入退院支援の体制整備に対する加算。看護部門の地域連携室との協働がポイントです。連携パスや退院後フォローアップの整備が評価につながります。
④ 褥瘡対策チーム加算・栄養サポートチーム加算
専門チームへの看護師の参画が要件です。既存の加算について、届出済みかつ継続的に算定できているかを年次で確認することを推奨します。
これらを漏れなく取得するために、少なくとも年1回「算定漏れチェック」を実施することを推奨します。詳細な確認手順は「診療報酬の算定漏れチェックリスト」を参照してください。
四病院団体協議会の2025年度定期調査最終報告によれば、医業赤字74.6%・経常赤字65.6%という厳しい現実があります。こうした環境下では、「算定できるはずの加算を届け出ていない」ケースがそのまま経営悪化の一因になります。
また、日医オンラインの解説によれば、令和8年度改定は本体部分で約30年ぶりの3%超えとなる+3.09%の改定率を達成しています。この改定の恩恵を最大限に受けるためには、「点数が上がったことを確認して終わり」ではなく、自院の届出と算定状況を実際に検証することが不可欠です。
6. 看護管理者が経営改善計画に参画するための実務ステップ

最後に、看護管理者が経営改善計画に参画するための実務的なステップを整理します。
ステップ1 — 数字を持って経営会議に参加する
経営会議に参加するとき、看護管理者は次の三つの数字を必ず把握して臨みます。
- 病床利用率(病棟別・月次推移。目標値との差異を明示)
- 看護人件費率(看護人件費 ÷ 医業収益。前月比・前年比も添える)
- 算定加算の取得状況(主要加算の届出・算定件数・取得漏れがあれば要因)
事務長や理事長が持っている収益・費用の数字と、看護管理者が持っている臨床現場の実態をつなぐのが、このデータセットです。「患者さんの状態が改善した」だけでなく「その結果、病床回転率が上がり、入院単価に何点の影響があった」という言語で話せるようになることが重要です。
ステップ2 — 病棟ごとのミニ損益を試算する
すべての病棟が同じ収益性を持つわけではありません。病棟別の入院料点数・平均在院日数・稼働率・人件費をもとに、「どの病棟が利益に貢献していて、どの病棟がコスト超過しているか」を可視化します。この分析は、病院の診療科の撤退・縮小をどう判断するかの意思決定にも直結します。
たとえば、一般に「産科病棟は分娩件数が少ないと採算が取りにくい」「手術室の稼働が低い外科は貢献が薄くなりやすい」といった傾向があります。病棟ごとの数字を押さえることで、縮小・転換の議論に現場の根拠を提供できます。
ステップ3 — 月次PDCAを回す
月次で「計画(Plan)→ 実行(Do)→ 確認(Check)→ 改善(Act)」を回します。看護管理者が月次で行う確認のポイントは次のとおりです。
- Plan: 今月の病床利用率目標・加算取得目標・人件費予算を確認する
- Do: 日次の入退院管理、シフト管理、加算算定状況を記録する
- Check: 月末に実績と目標を比較し、差異の原因を分析する
- Act: 原因に応じた改善策を翌月計画に反映する
このサイクルを継続することで、看護部門の活動が「コスト」ではなく「経営改善の原動力」として可視化されます。
ステップ4 — 理事長・院長・事務長との役割分担を明文化する
看護部門が経営改善に参画するためには、「誰が何を決めるか」の整理が必要です。「看護管理者が判断できること」「事務長に相談すること」「理事長・院長の承認が必要なこと」を明文化することで、現場の動きが速くなります。赤字病院の立て直しロードマップでは、こうした組織体制の整備も含めた全体像を把握できます。
ステップ5 — 改善成果を定期的に「見える化」して報告する
経営改善の取り組みは、成果を見える化して報告することで予算・人員の確保につながります。「先月より病床利用率が〇ポイント上がり、推計で△△万円の増収に貢献した」という形の報告が、看護部門への投資を正当化します。
まとめ
病院の経営改善において、看護部門は単なるコスト部門ではありません。人件費の適正化・病床利用率の向上・診療報酬加算の確保という三つの軸で、病院の損益を直接動かせるポジションにあります。
看護管理者が「経営の数字を持つ人」として経営会議に参画し、事務長や理事長と同じ言語でコミュニケーションを取れるようになることが、赤字脱却への現実的な近道のひとつです。
令和8年度診療報酬改定は30年ぶりの大幅改定となりました。この機会に自院の加算取得状況を点検し、看護部門が経営改善の主役として動き出す契機にしていただければ幸いです。
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