病院の経営改善を語るとき、「コストを削れ」という発想から入りがちです。しかし、最大のコスト項目である人件費——その中心にある看護師——を単純に減らすことは、診療報酬の下落を招き、むしろ収益を悪化させる逆効果を生みかねません。
四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査(最終報告)によれば、病院の医業赤字率は74.6%に達しています。この数字の背景には、物価高騰・賃金上昇・患者数の伸び悩みなど複数の要因がありますが、「看護配置コストと診療報酬のバランスの崩れ」も見過ごせない要因の一つです。
本稿では、看護師の配置基準が診療報酬に与える影響、令和8年度改定で新設・拡充された看護関連加算の活用法、そして離職率が引き起こす隠れたコストと定着施策まで、経営目線で整理します。理事長・院長・事務長の方が「看護部門の人件費」をどう経営の武器にするかを考えるための出発点として活用してください。
看護師人件費が経営に占める重さ
病院の費用構造において、人件費は全体の5〜6割を占めるとされています。医師・看護師・コメディカル・事務職など職種は多岐にわたりますが、なかでも看護師は最大の人員ブロックです。一般的な急性期病院では、看護師数は医師数の数倍に及び、24時間365日の継続的な配置が法令・診療報酬の要件として求められています。
つまり、看護師の人件費は「削りたくても削りにくい固定費」です。賞与や残業手当といった変動部分はあるものの、基本給や社会保険料は病床数・配置基準・採用状況によって概ね固定されます。経営が悪化した局面で「まず看護師を減らす」という選択をとると、翌年の診療報酬の届け出に支障をきたし、さらなる収益減少につながるリスクがあります。
一方で、看護師配置を適切に管理することは、収益向上の手段にもなり得ます。診療報酬において、配置基準が高い(看護師1人が担当する患者数が少ない)病棟ほど、入院基本料が高く設定されています。7対1看護を維持できる病棟では、それより低い基準の病棟に比べて1日あたりの収益が大きく異なります。看護師は「コスト」であると同時に、「収益を生む経営資源」でもあるのです。
この逆説的な構造を正しく理解することが、看護配置と経営改善を一体で考える出発点です。病院の理事長・院長・事務長が「看護師の人件費をどう管理するか」という問いを立てるとき、単なるコスト削減の問題としてではなく、「どの配置基準で届け出るか」「離職を防ぐためにどんな財源を確保するか」「令和8年度改定の新設加算を取れているか」という経営の問いとセットで考える必要があります。
配置基準と入院料の関係 — 届け出が収益を決める
急性期病院の入院料は、看護配置基準によって大きく変わります。厚生労働省の定める「急性期一般入院料」は複数のランクに分かれており、最上位ランクである急性期一般入院料1は、令和8年度改定後に1,874点/日(改定前は1,688点)に引き上げられました。このランクの届け出には、原則として7対1看護の維持と、重症度・医療・看護必要度の基準を継続的に満たすことが必要です(算定の可否・詳細は管轄の地方厚生局への確認が必要です)。
配置基準が10対1・15対1と下がるにつれて、届け出できる入院料のランクも下落します。参考として、令和8年度改定後の地域一般入院料1は1,290点とされており、配置基準の違いが入院料に大きな差をもたらすことがわかります。病床あたりの1日収益が連動して下がるため、「7対1から10対1に転落する」ことは、病棟あたり年間数千万円規模の収益差を生む可能性があります。
看護配置基準の維持において見落としがちなのが**「24時間の平均値」**という点です。昼間帯の配置は十分でも、夜勤帯に配置が薄くなると月間の平均が基準を下回るリスクがあります。特に年度の変わり目・産休・長期病欠が重なる時期は要注意です。
また、7対1を維持するには重症度・医療・看護必要度の基準も伴います。「患者の重症度が一定水準を超えている」ことを継続的にデータで証明する仕組みが必要で、医師との連携・記録の質も問われます。届け出の維持は看護配置数だけの問題ではなく、病院全体のケアの質の管理でもあります。
| 指標 | 7対1看護 | 10対1看護 | 15対1看護 |
|---|---|---|---|
| 入院料ランク(目安) | 最上位(急性期一般入院料1等) | 中位 | 下位(地域一般入院料等) |
| 令和8年度改定後の基本料例 | 急性期一般入院料1: 1,874点 | 要確認 | 地域一般入院料1: 1,290点 |
| 看護師の必要配置数 | 多い(コスト高) | 中程度 | 少ない(コスト低) |
| 看護必要度の要件 | あり(厳格) | あり | 異なる |
※各ランクの算定要件・点数は届け出区分・病棟機能によって異なります。地方厚生局への確認が必要です。
令和8年度改定の看護関連加算を経営に活かす
令和8年度診療報酬改定(施行:2026年6月1日)は、看護師の処遇改善に直接関わる加算を複数新設・拡充しました。本体改定率はプラス3.09%(約30年ぶりの3%超)で、このうち約1.70ポイントが「医療従事者の賃上げ対応」として設計されています。
入院ベースアップ評価料の拡充が最も大きな変更です。看護師・コメディカルの賃金水準を一定以上に引き上げた病院が届け出ることで、診療報酬として補填を受けられる仕組みで、上限が最大250点に拡充されました。算定にあたっては給与テーブルの改善計画の策定と届け出が必要であり、実際の算定可否・要件の詳細は厚生労働省の告示・通知を確認する必要があります。
看護・多職種協働加算も令和8年度に新設されました。加算1が277点、加算2が255点と設定されており、看護師と他の医療職が連携してケアの質と効率を高めていることを評価するものです。この加算は新設のため実務上の要件確認が重要ですが、算定できれば1病棟あたりの収益に上乗せできます。
これらの加算の本来の趣旨は「賃上げコストを診療報酬で回収する」ことにあります。つまり、病院にとっては「看護師の給与を上げる→加算を届け出る→その分の収益を確保する」という設計になっています。加算活用と給与改善を連動させることで、定着率向上と収益改善を同時に実現できる可能性があります。
ただし、こうした加算を漏れなく活用するには、算定漏れがないかのチェック体制が不可欠です。令和8年度に改定・新設された看護関連加算を一つひとつ確認し、届け出済みか・要件を満たしているかを棚卸しする作業を、改定後に一度実施することを推奨します。GemMedや日本医師会のオンライン情報などを活用しながら、自院の届け出状況を点検することが現実的な出発点です。
離職率が病院に与える隠れたコスト
看護師の離職は、病院にとって目に見えにくい多重のコストを発生させます。人材紹介会社への紹介手数料(一般に想定年収の数十パーセントが相場とされます)、採用広告費、選考・面接の工数、入職後の教育期間中の生産性ロス、さらに慢性的な配置不足時の派遣看護師費用——これらが通常の会計の中に分散して計上されるため、「離職1人あたりのコスト」が明確に把握されていない病院は少なくありません。
帝国データバンクの2025年調査によれば、医療機関の倒産は66件・休廃業解散は823件で2年連続の過去最多となっており、その背景の一つとしてスタッフ確保難が指摘されています。特に地方の病院では採用市場での競争が年々厳しくなっており、「採用できないために配置基準が下落し、収益が落ちてさらに給与が上げられない」という悪循環に陥るリスクがあります。
離職のコストをもう少し具体的に整理すると、次のような項目が挙げられます。
- 直接コスト:求人広告費・人材紹介手数料・採用選考の工数
- 間接コスト:既存スタッフの残業増加・士気低下・業務の引き継ぎコスト
- 配置リスクコスト:基準を下回った場合の入院料転落による収益減
特に配置リスクコストは即時に財務へ影響します。一定期間を経て入院料ランクが下落した場合、その差は月単位で数百万円を超えることもあり、「一人の離職が直接的な減収につながる」という経路が現実のものになります。
離職率を下げるための対策としては、給与水準の改善(令和8年度改定のベースアップ評価料活用が財源の一つとなり得ます)、夜勤回数の適正化、育児支援・時短勤務制度の整備、キャリアラダーの整備などが挙げられます。これらを「個別施策」として断片的に行うのではなく、看護師の定着を経営戦略として位置づけ、PDCAサイクルで管理することが持続的な効果につながります。
人件費率の適正管理と3年間の改善ロードマップ
看護師人件費率(看護部門の人件費÷医業収益)は、病院経営の核心的な管理指標の一つです。一般に、病院全体の人件費率が55〜60%を超えると経常赤字に陥りやすい構造になるとされており、看護部門単体のコスト状況を把握するだけでなく、収益とセットで管理する必要があります。
現状把握の4ステップとして、以下を実施することを推奨します。
① 病棟別・職種別のコスト分解:全体の人件費の内訳を病棟単位・職種単位で集計します。どの病棟が過剰で、どの職種のコストが突出しているかを可視化することが改善の出発点です。
② 夜勤コストの単独把握:夜勤手当・深夜割増賃金は変動しやすい費用項目です。夜勤体制の見直しによって総人件費を抑えている病院もありますが、変更にあたっては労働条件・労使交渉の視点も不可欠です。
③ 外部委託・派遣の比率確認:派遣看護師に恒常的に依存している場合、そのコストは正規採用よりも大幅に高くなります。派遣依存度が高い病棟・時間帯を特定し、正規採用の計画と照らし合わせます。
④ 届け出加算の算定状況チェック:人件費をかけているにもかかわらず、それを補填すべき加算が算定できていない場合、「コストだけ出て収益が回収できていない」状態です。令和8年度の新設・拡充加算を含め、算定可能なものが届け出されているかを確認します。
3年間の人員計画の大枠としては、1年目に現状分析と即効策(届け出漏れ加算の回収・採用計画の策定)、2年目に採用・定着施策の本格展開と給与テーブルの改善、3年目に配置基準の安定維持と次の経営課題(病床利用率改善・DPC係数等)への移行、という流れが典型的です。
このロードマップを金融機関・行政へ提示する際は、「看護師の配置基準が診療報酬に与える影響」を数値で明示することで、資金調達や補助金申請の説得力が高まります。福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査や四病協の定期調査を参考に、自院の指標を業界平均と比較した上で計画を立てることが重要です。
赤字病院の多くが「看護師を増やしたいが財源がない」と「財源をつくるために収益を上げたいが看護師が足りない」というジレンマに陥っています。このサイクルを断ち切るには、診療報酬改定の機会を最大限に活用しながら、段階的に人員を厚くしていく戦略が有効です。
まとめ
看護師の配置は、病院のコスト構造の最大項目であると同時に、診療報酬の収益を左右する経営上の意思決定です。7対1看護の維持には相応のコストが伴いますが、それを下回れば入院料の下落という直接的な収益減につながります。令和8年度改定では、ベースアップ評価料の拡充と看護・多職種協働加算の新設によって、「看護師の処遇改善コストを診療報酬で回収する」仕組みが強化されました。
これらの加算を活用しながら給与水準を引き上げ、離職率を下げ、配置基準を安定的に維持する——この好循環を意図的に設計することが、令和8年度改定後の看護配置戦略の核心です。
単なる「コスト削減」ではなく、「看護師を経営資源として最大活用する」という視点で人件費を管理することが、赤字病院が再生へ向かうための重要な一歩となります。院長・事務長・看護部長が三者一体で人員計画と診療報酬戦略を議論し、PDCAサイクルで改善を回していく体制を早期に整えることが求められます。
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出典・参考文献
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
- 厚生労働省 個別改定項目について(令和8年度診療報酬改定)
- GemMed 2026年度改定答申: 基本診療料アップ・物価対応料新設・ベースアップ評価料拡充
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- 福祉医療機構 病院経営動向調査(WAM短観)
- 人件費をベースとした新たな病院経営指標を用いた国立病院機構における5年間の分析(日本医療マネジメント学会雑誌)
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