「この診療科を、いつまで今の形で続けられるだろうか」——赤字が続く科を前に、そう自問したことのある理事長・院長・事務長は少なくないはずです。医師の確保が年々難しくなり、当直や外来を支える体制が細るなかで、物価と人件費は上がり続けています。ある診療科は地域に欠かせないと分かっていても、赤字が病院全体の足を引っ張っているとすれば、「残すか、縮小するか、撤退するか」という重い判断からは逃れられません。とはいえ、この判断を勢いや感情だけで下すと、地域からの信頼や職員の士気を大きく損ないかねません。本記事では、診療科の撤退・縮小をどう判断すればよいのかを、数字の見方と役割の整理を軸に、実務目線でたどります。なお、判断の妥当性は病院の規模・地域・診療機能によって大きく異なり、本記事は一般的な考え方の整理である点を、あらかじめお断りします。
なぜ今、診療科の撤退・縮小が経営課題になるのか
診療科の撤退・縮小という言葉には、後ろ向きの響きがつきまといます。しかし、それを「敗北」として避け続けることが、かえって病院全体を危うくする局面が増えています。背景には、単発ではない構造的な変化が重なっているからです。まず収益環境の厳しさです。四病院団体協議会の2024年度調査によると、病院の**医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%**にのぼるとされ、多くの病院が本業で赤字を抱えています。GemMedの解説でも、この赤字の広がりは繰り返し指摘されています。そうしたなかで、特定の診療科が大きな赤字を出し続ければ、病院全体の存続そのものが危うくなりかねません。
次に医師の確保難です。地域や診療科によっては、常勤医の後任が見つからず、一人の医師の退職が科の存続を左右する状況が生まれています。当直や救急の体制を維持できなくなれば、患者の安全を守るためにも、機能の縮小や撤退を選ばざるを得ないことがあります。さらに物価と人件費の上昇も無視できません。病院のコストの5〜6割は人件費とされ、そこに光熱費や医療材料の値上がりが重なると、稼働の低い診療科ほど採算が悪化します。帝国データバンクの調査では、医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件で2年連続の過去最多とされ、経営の限界に達する病院が増えています。大切なのは、撤退・縮小を「するかしないか」の二択で捉えるのではなく、自院の役割に沿って診療機能をどう組み替えるかという、前向きな経営判断として位置づけることです。
撤退・縮小を判断する前に押さえる論点
赤字という一点だけを見て「やめる」と決めてしまうと、後で取り返しのつかない判断になりかねません。診療科は単体の採算だけでなく、病院全体の機能や地域での役割と結びついているからです。判断の前に、いくつかの論点を並べて整理することが要点になります。
まず地域における代替性です。その診療科を担う医療機関が地域に他にあるのか、撤退すれば住民がどこへ通うことになるのかを確かめます。代替が乏しい科ほど、撤退の社会的な影響は大きくなります。次に院内の他部門とのつながりです。ある科が赤字でも、そこからの検査や入院、手術が他部門の稼働を支えているなら、単体の赤字だけで判断するのは危険です。三つめに医師・スタッフの体制で、無理な当直や兼務で辛うじて回している状態なら、縮小はむしろ職員を守る選択にもなり得ます。四つめに将来の見通しで、患者数や診療報酬の動向、地域の人口構成を踏まえ、数年後にその科がどうなるかを見立てます。
| 論点 | 確かめること | 見落としたときのリスク |
|---|---|---|
| 地域の代替性 | 他に担える医療機関があるか | 住民の受診先が失われる |
| 他部門との関係 | 入院・検査・手術への波及 | 病院全体の稼働が落ちる |
| 医師・スタッフ体制 | 無理な兼務・当直の有無 | 職員の疲弊と離職 |
| 将来の見通し | 患者数・報酬・人口の動向 | 判断の先送りで傷が深まる |
これらを並べたうえで、**「赤字だから撤退」ではなく「役割と体制と将来を踏まえて、どの形なら続けられるか」**を問うのが、判断の出発点になります。福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査でも、患者数や機能の動向は経営を左右する要因として繰り返し取り上げられています。
数字で診療科を評価する — 貢献度をどう見るか
論点を整理したら、次は数字でその科を評価します。感覚で「赤字だ」「黒字だ」と語るのではなく、診療科ごとの貢献度を分解して捉えることが要点です。ここを曖昧にすると、判断の根拠が揺らぎます。
見るべき切り口はいくつもあります。診療科別の収入と直接費用をまず押さえます。その科が生む診療報酬と、そこに直接かかる医師・看護師の人件費や材料費を並べれば、単体のおおまかな採算が見えてきます。ただし、共通の管理費や設備費をどう配分するかで数字は変わるため、配分の考え方をそろえておくことが欠かせません。次に他部門への波及を見ます。外来で見つかった疾患が検査・入院・手術につながる流れを金額で捉えれば、単体では赤字でも病院全体には貢献している科が見えてきます。病床利用率の全国平均は全病床77.0%・一般病床73.3%とされ、損益分岐点は一般に80%前後と言われますが、その稼働を支える患者の入り口の一つが各診療科の外来です。
| 評価の切り口 | 見えてくること | 判断への生かし方 |
|---|---|---|
| 直接収支 | 科単体のおおまかな採算 | 縮小・撤退の一次候補を絞る |
| 他部門への波及 | 入院・検査・手術への貢献 | 単体赤字でも残す根拠になる |
| 医師一人あたりの効率 | 体制の余裕・逼迫の度合い | 増員・縮小の見極め |
数字を並べる目的は、やめる科を機械的に決めることではなく、どこに手を入れれば全体が良くなるかを見立てることです。同じ赤字でも、単価や算定の見直しで改善が見込める科と、構造的に立て直しが難しい科とでは、打つ手が変わります。診療報酬の算定にあたっては、令和8年度診療報酬改定の内容を踏まえ、算定候補となる項目を年度を明記して確認していくことが必要です。
数字を読むうえで気をつけたいのは、一時点の赤字額だけでなく、その推移と背景をあわせて見ることです。ある年に大きな赤字が出ていても、それが設備投資や一時的な患者数の落ち込みによるものであれば、翌年以降に持ち直す余地があります。反対に、数年にわたってじわじわと収支が悪化している科は、構造的な問題を抱えている可能性が高く、早めの対応が求められます。また、同じ規模・機能の他院と比べて自院の数字がどの位置にあるのかを、公表されている統計や業界調査を手がかりに大まかにつかんでおくと、判断の物差しが定まります。数字は絶対的な答えを出してくれるわけではありませんが、議論を感情から事実へと引き戻す共通の土台になります。理事長・院長・事務長が同じ数字を見ながら話し合える状態をつくることが、難しい判断を前に進める第一歩です。
医師確保と診療科の存続
診療科の存続を左右する最大の要素の一つが、医師の確保です。どれほど数字の上で残したい科でも、担う医師がいなければ機能を維持できません。採算の議論と医師体制の議論は、切り離さずに一体で考えることが要点になります。
医師確保の観点から見るべき点はいくつかあります。まず後任の見通しです。中心となる医師が高齢であったり、退職の意向を示していたりする場合、後任を確保できる現実的な道があるのかを早めに見極めます。大学医局からの派遣や、紹介、公募など、どの経路にどれだけの実現性があるかを冷静に確かめることが欠かせません。次に当直・救急の負担です。少人数で当直や救急を支えている科では、一人の離脱が体制の崩壊に直結します。無理を重ねれば、残った医師の疲弊が新たな離職を呼ぶという悪循環にも陥りかねません。そうした状況では、外来のみに縮小する、救急対応を見直すなど、機能の一部を縮小して体制を守る判断が、結果として科そのものを残すことにつながる場合があります。
医師の確保は、賃金だけで解決できるものではありません。もっとも、令和8年度診療報酬改定は本体で+3.09%とされ、賃上げや処遇改善に向けた原資の確保が課題となるなか、働きやすさや専門性を発揮できる環境づくりも含めて、総合的に取り組む姿勢が求められます。医師の負担と診療科の採算を同じテーブルに載せて考えることで、撤退・縮小の判断はより現実的なものになります。
撤退・縮小の進め方と地域・患者への配慮
判断の方向が定まっても、進め方を誤れば、地域からの信頼や職員の士気を大きく損ないます。診療科の撤退・縮小は、「決めること」よりも「どう伝え、どう移行するか」に難しさがあるからです。ここを丁寧に運ぶことが、病院の評判と将来を守ります。
進め方の大枠は、次のように整理できます。第一に院内での合意形成です。経営層だけで決めるのではなく、現場の医師・看護師・事務が背景と見通しを共有し、納得のうえで進めることが、その後の混乱を防ぎます。第二に通院患者への配慮です。継続的に通う患者には、十分な余裕をもって説明し、必要に応じて他の医療機関への紹介や情報の引き継ぎを整えます。ここを急ぐと、患者の不安と不信を招きます。第三に地域の医療機関との連携で、撤退する機能を地域のどこが担うのかを、日頃の連携関係のなかで調整していくことが望まれます。第四に行政・関係機関への相談で、地域医療に関わる機能の見直しは、自院だけの問題では済まないため、早めの情報共有が欠かせません。
| 段階 | 主な取り組み | 配慮の要点 |
|---|---|---|
| 院内合意 | 背景と見通しの共有 | 現場の納得を得る |
| 患者への説明 | 余裕をもった案内・紹介 | 不安と不信を避ける |
| 地域連携 | 機能の受け皿の調整 | 住民の受診先を確保 |
| 行政相談 | 早めの情報共有 | 地域医療への影響を抑える |
とりわけ注意したいのは、情報の出し方と順番です。撤退・縮小の話は、正式に決まる前に断片的な噂として広がると、患者や職員の不安を必要以上にあおり、後の説明を難しくします。だからこそ、まず院内で方針と背景を固め、次に直接影響を受ける患者や連携先へ、責任ある立場の人が誠実に伝えるという順番を守ることが望まれます。伝える内容も、「なぜこの判断に至ったのか」「患者の受診はどう守られるのか」という、相手がもっとも知りたい点を先に据えると、受け止められ方が変わります。撤退・縮小は病院にとって痛みを伴う決断ですが、その痛みを地域や職員に一方的に押しつけるのではなく、ともに次の形を探る姿勢を示せるかどうかが、その後の関係を左右します。
こうした手順を踏むことで、撤退・縮小は「切り捨て」ではなく、地域全体で医療を持続させるための機能の組み替えとして受け止められやすくなります。丁寧な移行は、病院に対する地域の信頼をむしろ高めることさえあります。
撤退の先にある選択肢 — 機能転換・連携・承継
診療科の撤退・縮小は、それ自体が目的ではありません。その先に、病院をどう持続させるかという構想があってこそ、判断は前向きなものになります。空いた資源を、どこに振り向けるかを同時に描くことが要点です。
撤退・縮小で生まれた余力の生かし方には、いくつかの方向があります。第一に機能転換です。国が進める機能分化の流れのなかで、急性期の一部を回復期や在宅医療に振り向けるなど、地域のニーズに合った役割へと重心を移す道があります。第二に地域連携の強化で、自院が担わなくなった機能を近隣の医療機関に委ね、代わりに自院が強みを持つ分野に紹介を集める関係を築けば、地域全体で無理のない役割分担が進みます。第三に病院全体の再構築で、複数の診療科の見直しを組み合わせ、病棟の構成や病床の規模そのものを見直すダウンサイジングへとつなげる考え方もあります。そして、これらの選択肢を検討してもなお単独での存続が難しいと判断される場合には、経営統合や第三者への承継といった、病院そのものの将来を見据えた道も視野に入ります。
いずれの道を選ぶにせよ、診療科の撤退・縮小という一つの判断を、病院全体の将来像とつなげて考えることが欠かせません。一つの科の見直しは、病院という組織を次の時代に合った形へと組み替える出発点にもなり得ます。
まとめ
診療科の撤退・縮小は、赤字という一点だけで決められるものではありません。地域での代替性、他部門とのつながり、医師・スタッフの体制、そして将来の見通しを並べたうえで、数字で貢献度を捉え、「どの形なら続けられるか」を問うことが出発点になります。判断が定まった後も、院内の合意形成、患者への丁寧な説明、地域や行政との連携を欠かさず進めることが、病院の信頼を守ります。そして、撤退の先に機能転換・連携・承継といった選択肢を描くことで、後ろ向きに見える判断は、病院を次の時代へ組み替える前向きな一歩へと変わります。数字と役割を土台に、感情に流されず、しかし地域と職員への配慮を忘れずに——その姿勢こそが、難しい判断を誤らないための拠りどころになるはずです。
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出典・参考文献
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
- 厚生労働省 令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- 福祉医療機構 病院経営動向調査(WAM短観)
- 日医on-line 令和8年度診療報酬改定 改定率は本体プラス3.09%に決定
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