「赤字でも潰れないのが公立病院だ」とよく言われます。しかし、それは財政支援の受け皿があるからであって、支援を正しく使いこなせているかどうかとは別の話です。四病院団体協議会の2025年度調査では、**医業赤字となった病院の割合は全体で74.6%**に達しており、公立病院の経営の厳しさは民間病院と変わりません。
公立病院には民間病院が利用できない独自の財政支援メニューが複数存在します。「病院事業債(経営改善推進事業)」「一般会計繰入金・交付税措置」「補助金・人材派遣支援」の3軸を正しく理解し、戦略的に活用することが、持続可能な地域医療を守るための経営判断の出発点となります。本稿では、公立病院の院長・事務長が押さえておくべき財政支援の全体像を整理します。
公立病院の赤字構造と財政支援が存在する理由
公立病院が民間病院と根本的に異なる点は、**「設置者(自治体)が最終的な財政責任を負う」**という仕組みにあります。民間の医療法人は銀行借入やM&Aで資金調達するほかありませんが、公立病院の設置自治体は一般会計(税財源)から病院事業会計へ繰入れを行うことができます。
この繰入れの原資となるのが、国から自治体に交付される普通交付税と特別交付税です。総務省は一定の算定基準を設け、公立病院の経営支援に充てるべき財源を交付税として手当てします。これにより、赤字が出ても自治体の財政が一定期間耐えられる構造が作られています。
しかし、「支援がある」という事実と「支援を正しく受けている」という事実は別問題です。財政措置の対象となる事業・要件を満たさなければ、交付税が十分に措置されないケースもあります。支援を当たり前と思わず、制度の要件を意識した経営計画を立てることが不可欠です。
さらに重要なのは、交付税措置には算定上限や措置率があり、経営悪化が著しい病院ほど自治体の繰入余力も限界を迎えるという現実です。福祉医療機構の調査でも、赤字幅が拡大した病院ほど一般会計繰入に依存する傾向が強まっており、早期の自助努力が求められています。
| 指標 |
内容 |
| 医業赤字率(全病院) |
74.6%(四病協 2025年度調査) |
| 後継者不在率(医療機関) |
6割超(業界推計) |
| 医療機関の倒産・休廃業解散 |
倒産66件・休廃業解散823件(帝国データバンク 2025年) |
| 診療所経営者の70歳以上割合 |
56.7%(帝国データバンク 2025年) |
公立病院はこうした厳しい経営環境に置かれながら、地域医療の最後の砦として機能することを求められています。財政支援を正確に理解することが、その使命を果たし続けるための前提条件です。

病院事業債(経営改善推進事業)の仕組みと対象要件
公立病院が活用できる財政支援のなかで近年注目されているのが、**「病院事業債(経営改善推進事業)」**です。これは総務省が「公立病院経営強化」施策の一環として整備した地方債(公営企業債)の一種で、赤字公立病院が経営改善に向けた過渡期の資金調達を行うための手段として位置づけられています。
通常、公立病院が発行できる地方債は施設の新設・改築・設備投資に限られますが、この制度は経営改善移行期の資金不足補填に活用できる点が特徴です。
主な対象要件(概要)
- 当年度または翌年度に資金不足額が生じる見込みの病院事業であること
- 経営改善実行計画を策定し、収支改善に計画的かつ具体的に取り組んでいること
- 活用上限は「資金不足(見込)額」と「経営改善効果額」のいずれか小さい額
つまり、単に赤字であれば使えるわけではなく、実効性のある経営改善計画の存在が前提条件となります。計画なき赤字補填は認められない設計になっており、自治体・病院双方に経営改善への本気度を求めるものです。
この事業債の元利償還金の一部は一般会計からの繰入対象となり、普通交付税で財源措置される仕組みです。ただし措置率や上限等の詳細は年度ごとの地方財政措置の内容によって変わる場合があります。必ず最新の総務省通知や都道府県財政担当に確認することをお勧めします。
申請の流れ(一般的な手順)
申請の起点は自治体(設置者)の財政担当部局です。病院の事務長が主導して経営改善実行計画を策定し、自治体の財政担当と連携しながら地方債の発行申請を進める流れが一般的です。病院単独では手続きが完結しないため、自治体との密な連携体制を早期に構築することが重要です。また、経営改善実行計画の内容が不十分と判断されれば申請が受理されない可能性もあるため、計画の精度が直接、資金調達の成否に影響します。

一般会計繰入金・交付税措置の仕組みと実務
公立病院の赤字を支える最も基本的な財政支援が一般会計繰入金です。自治体の一般会計(税財源)から病院事業会計に資金を移し、資金不足を補います。この繰入れの一部は国の普通交付税や特別交付税で財源措置されます。
普通交付税による措置
施設整備費(新設・建替等)に係る病院事業債の元利償還金については、繰入金対象の一定割合が普通交付税として算定されます。デロイト トーマツの分析によれば、機能分化・連携強化に伴う施設整備費については「元利償還金の3分の2を一般会計繰入対象とし、そのうち40%を普通交付税対象」とする措置が設けられています(詳細は総務省通知参照)。
機能分化・連携強化という経営方針の変化を、財政措置上の有利な区分として意識的に活用することが実務上のポイントです。ただし、区分の判断には専門的な解釈が必要なため、都道府県の財政担当や自治体の監査法人等への確認を推奨します。
特別交付税による措置
医師・看護師等の医療従事者派遣に係る費用については特別交付税措置が講じられています。従来は医師派遣が主な対象でしたが、制度改正により看護師・薬剤師・臨床検査技師等にも対象が拡大されました。また、繰出額に乗じる割合も引き上げられ(デロイト分析では0.6から0.8への引き上げが報告されています)、財政措置の手厚さが増しています。
派遣先の範囲にも公立診療所が追加されており、病院だけでなく地域の診療所への支援も財政措置対象として位置づけられています。
繰入金管理の実務ポイント
多くの公立病院で見落とされがちなのが、繰入金の「算定対象となる経費」の管理です。交付税措置の対象となる繰入金には細かな要件があり、対象外の繰入れを行っても国からの補填が受けられません。自院の繰入金が適切に分類・管理されているか、決算時に財政担当と必ず確認することが大切です。
また、繰入金の多寡は自治体の財政力にも左右されます。財政力指数の高い都市部の自治体と、財政力の低い中山間地域の自治体では、同じ措置率でも実際に受け取れる財源に差が生じます。これを踏まえると、繰入金頼みの構造をできる限り薄め、自力の診療収益で経費を賄える体制に近づけることが長期的な経営安定の鍵となります。

公立病院経営強化プランと財政支援の連動
総務省は2022年3月の通知「公立病院経営強化の推進」により、各公立病院に対して**「公立病院経営強化プラン」**の策定を求めました。このプランは財政支援を受けるための前提条件であるとともに、病院の経営方針を対外的に示す文書でもあります。
プランに求められる主な要素
| 項目 |
内容の概要 |
| 役割・機能の明確化 |
急性期・回復期・療養・精神科等の機能区分と地域での役割の整理 |
| 連携強化 |
近隣医療機関・介護施設との機能分担・患者紹介体制の強化方針 |
| 医師の働き方改革 |
令和6年4月以降の上限規制への対応計画 |
| 経営形態の見直し |
地方独立行政法人化・指定管理者制度導入等の検討 |
| 収支改善計画 |
数値目標(病床利用率・入院単価・人件費率 等)と達成スケジュール |
財政支援との連動構造
経営強化プランの策定・評価に要する経費は一定の財政措置対象となります。逆に、プランを策定していない病院は財政措置の対象外となる可能性があるため、未策定の病院は早急に自治体財政担当と協議することが必要です。
また、プランに記載した施設整備(機能分化・連携強化に伴うもの)については、「病院事業債(特別分)」として通常より有利な条件での資金調達が可能となり、その元利償還に対して普通交付税が充当される仕組みです。プランの記載内容と実際の事業計画を整合させることが、財政支援の最大化につながります。
プランのPDCAを回す体制
プランは作成して終わりではなく、毎年度の進捗管理と評価が求められます。病床利用率・人件費率・経常収支比率などの数値目標を月次・年次でモニタリングし、計画との乖離が生じた場合には修正計画を立案する体制が必要です。この経営の「見える化」こそが、財政支援を有効に使いながら自立経営に近づくための基盤です。
形式的なプランを提出するだけでなく、それを内部の月次管理ツールとして使いこなすことで、院長・事務長・診療科長が共通の数字を見ながら意思決定できる組織文化が生まれます。

医師・看護師派遣とICT整備への追加財政支援
経営改善推進事業債や交付税措置以外にも、公立病院が活用できる財政支援は複数あります。代表的なものを整理します。
医療従事者の派遣支援(特別交付税)
医師不足は多くの公立病院が抱える深刻な経営課題です。大学病院や地域医療支援病院から医師・医療従事者の派遣を受けている場合、派遣費用について特別交付税措置が設けられています。看護師・薬剤師・臨床検査技師等の医療スタッフにも対象が拡大されており、人材不足への対応が財政的に下支えされています。
ただし、この支援はあくまで「地域医療を守るための派遣支援」という性格のものです。単なるコスト補填として活用するのではなく、自院の採用・育成体制の強化と並行して取り組むことが求められます。
ICT・医療情報システムへの財政措置
総務省の財政措置改正により、病院間の医療情報共有システムや勤怠管理システム等のICT関連経費が、機能分化・連携強化に伴う施設整備費の対象に追加されました。電子カルテのネットワーク化や地域情報連携基盤の整備コストを、財政措置の対象として計上できる可能性があります。
電子カルテの更新コストに悩む公立病院は少なくありませんが、**地域連携の観点でのICT整備として位置づけることで、経費の一部が財政支援対象になるケースがあります。**自院のICT計画を立案する際には、この視点を財政担当と共有することをお勧めします。
医療施設等経営強化緊急支援事業(厚労省補助金)
厚生労働省は物価高騰等に伴う医療機関の経営悪化への対応として、「医療施設等経営強化緊急支援事業」を設けました(令和6年度補正予算等で措置)。公立・民間を問わず対象となり、設備更新や経営改善コンサルティング費用等への補助が受けられる可能性があります。補助上限・要件は年度ごとに異なるため、所轄の都道府県または厚生労働省の最新情報を確認してください。
これらの補助金は「申請しなければゼロ」です。補助金情報は都道府県の医療担当課や厚労省の通知文書を定期的にモニタリングする体制を、院内に設けておくことが重要です。

財政支援を「依存」から「踏み台」に変える経営戦略
財政支援を正しく活用することは重要ですが、**支援に依存し続ける経営は持続しません。**支援を受けながら自力での収益確保と費用管理を段階的に強化し、「繰入金がなければ成り立たない」状態から脱していくことが、真の経営改善です。
収益の「自力比率」を高める視点
公立病院の経常収益に占める診療収益の割合を「自力収益比率」として管理することを勧めます。理想は診療収益(入院・外来)だけで変動費(人件費・材料費・委託費)を賄い、固定費の一部のみを繰入金や補助金で補う構造です。
病床利用率の改善は最もダイレクトに収益に直結します。200床の病院で入院単価5万円とした場合、利用率が1ポイント改善すると年間約3,650万円の増収となる計算です(2床×5万円×365日)。利用率と単価の両輪を高める施策を、経営強化プランの中核に位置づけることが有効です。
コスト構造の見直し
公立病院のコストは一般に人件費が5〜6割を占めます。ここに手をつけずに経営改善を図ることは難しいですが、単純な人件費削減は医療の質や職員定着率に直結するため、多職種協働によるタスクシフト・業務効率化で生産性を高める方向が現実的です。
令和8年度診療報酬改定では、看護・多職種協働加算の新設(加算1:277点/加算2:255点、算定候補)や入院ベースアップ評価料の拡充(最大250点へ)など、職員の賃上げを診療報酬で支える仕組みも整備されました。財政支援の枠組みを活用しながら、診療報酬改定の恩恵も最大化する両輪の戦略が求められます。
「自立度ロードマップ」を描く
3〜5年のロードマップとして、「現状把握 → 計画策定 → 財政支援活用 → 自力収益拡大 → 繰入金依存度低減」という段階的なシナリオを描くことをお勧めします。各年度に達成すべき数値目標(繰入金比率・病床利用率・経常収支比率)を設定し、院長・事務長・自治体財政担当が共通認識を持って経営にあたることが、財政支援を「依存」から「踏み台」に変える条件です。
財政支援はあくまで移行期のバッファです。地域医療の担い手として選ばれ続けるためには、患者からも医師・スタッフからも「この病院に来たい」と思われる医療の質と職場環境こそが最大の競争力になります。財政的な下支えを活用しながら、その競争力を育てることが公立病院経営の本質です。

まとめ
公立病院には民間病院にはない財政支援メニューが複数あります。病院事業債(経営改善推進事業)・一般会計繰入金・交付税措置・各種補助金を正しく理解し、公立病院経営強化プランと連動させながら活用することが、持続可能な地域医療の実現につながります。支援の網の目をすり抜けず、かつ支援に依存しすぎない経営——そのバランスを取ることが、公立病院の経営者・事務長に今求められている課題です。
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