赤字が常態化した公立病院の経営改善は、多くの自治体・病院管理者にとって避けられない課題です。四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査(最終報告)によると、病院全体の医業赤字が74.6%、経常赤字が**65.6%**に達しており、公的病院もその大きな割合を占めています。病床利用率の全国平均は一般病床で73.3%(厚労省 病院報告2024)と損益分岐点の目安とされる80%前後を下回る状況が続き、財政悪化は深刻さを増しています。
帝国データバンクの調査(2025年)では、医療機関の倒産は66件・休廃業解散は823件と2年連続で過去最多となりました。公立病院では倒産こそ少ないものの、慢性的な赤字が自治体財政を圧迫し、統廃合・民間譲渡の検討が各地で加速しています。
こうした状況に対して、総務省は令和3年12月に「公立病院経営強化ガイドライン」を新たに策定・公表し、すべての公立病院(及び公的医療機関等)に対して**「公立病院経営強化プラン」の策定**を求めました。このプランは、単なる書類作成に終わらせず、令和8年度(2026年度)以降の経営実態に反映させることが重要です。
本稿では、経営強化プランの位置づけから策定手順・財政支援活用まで、実務に役立つ形で整理します。
なぜ今、経営強化プランが必要なのか

公立病院の赤字問題は長年の課題でしたが、近年は特に次の3つの構造的変化が経営を一層圧迫しています。
① 入院患者数の構造的減少
少子高齢化と地域人口の減少により、一般病床を中心とした入院患者数は中長期的に減少傾向にあります。病床利用率の全国平均は全病床77.0%・一般病床73.3%(厚労省 病院報告2024)であり、「80%を超えていれば安泰」という時代ではなくなっています。一般に損益分岐点は80%前後とされており、この水準を下回る病院では固定費の回収が難しくなります。
一例として、200床・入院単価5万円の病院の場合、病床利用率が1ポイント改善するだけで年間約3,650万円の増収になります(2床×5万円×365日の機械計算)。逆に言えば、利用率の低下は経営に即座かつ大きなダメージをもたらします。
② 人件費・物価コストの上昇
病院のコストの5〜6割は人件費が占めます。令和8年度診療報酬改定では本体プラス3.09%(約30年ぶりの3%超)が実現しましたが、その大部分は賃上げ対応(+1.70%)と物価対応(+1.29%)への充当であり、経営改善の余地は限られています。加えて医療材料・光熱費の高騰が続いており、費用構造の見直しが急務です。
③ 人材確保の困難化と働き方改革
医師・看護師の確保は年々難しさを増しており、採用コストの増大や欠員による病床稼働への影響が顕在化しています。さらに2024年4月施行の医師の時間外労働上限規制(働き方改革)への対応が、特に地方公立病院の運営に大きな制約をもたらしています。
こうした多重の構造変化を受け、総務省の経営強化ガイドラインは「現状の延長線上では立ちゆかない」という認識を前提に、5〜10年スパンの戦略的な経営設計図の策定を求めています。
経営強化プランの5つの必須検討項目

総務省ガイドラインは、経営強化プランに以下の5つの視点を必ず盛り込むことを求めています。これらは独立した項目ではなく、相互に連動して病院経営の方向性を決定します。
| 検討視点 |
主な内容 |
実務のポイント |
| ①医療機能の分化・連携 |
担当機能の明確化・近隣病院との役割分担 |
機能重複の排除で患者集中を図る |
| ②連携・統合の検討 |
近隣の公立・公的病院との統合可能性 |
人口動態を踏まえた長期シナリオを描く |
| ③経営形態の見直し |
指定管理者制度・独法化・民間譲渡など |
後述(第3節)で詳細解説 |
| ④新興感染症等への対応 |
感染症病床・BCPの整備 |
施設整備補助金も積極的に活用する |
| ⑤医師・看護師の確保と働き方改革 |
採用・定着施策・2024年問題への対応 |
離職率低下が経営の安定に直結する |
各項目は「現状分析 → 課題の特定 → 目標数値 → 具体策 → 実行スケジュール」の流れで記述することが求められます。数値目標を設定する際は、病床利用率・入院単価・外来患者数・人件費率などの経営指標を軸に据えることが重要です。
特に注意したいのは、5つの視点をそれぞれ独立した章として書き、相互の関連性を明示することです。たとえば「医療機能の分化」が進めば「外部からの患者紹介が増加し病床利用率が改善する」という流れを記述することで、計画の一貫性が高まります。また、策定したプランは自治体のウェブサイトで公表し、議会・住民・医療関係者への説明資料としても活用することが求められます。
経営形態の見直し — 指定管理者・独法化・民間譲渡の選択基準

経営形態の見直しは、プランの中でも特に慎重な検討が求められる項目です。選択肢は大きく3つに分類されます。
指定管理者制度
自治体が病院施設を保有したまま、運営を民間事業者や医療法人に委ねる方式です。自治体の財政責任を維持しながら、民間のノウハウ・人材を導入できる点が特長です。導入にあたっては指定管理者の選定方法(公募・非公募)、業務範囲の定義、評価指標の設定が重要な論点となります。
病院機能や地域医療へのコミットメントを維持しつつ、経営効率の向上が期待できる選択肢であり、比較的赤字幅が小さく施設を活用し続けたい場合に多く選ばれます。一方で、指定管理者が経営悪化した場合のリスク分担を明確にしておくことが必要です。
地方独立行政法人化
病院を地方独立行政法人として自治体から分離し、一定の自律性のもとで経営させる形態です。自治体から業績評価・中期目標の設定を受けつつ、採用・給与体系・調達など経営の柔軟性が大幅に高まります。公務員の人件費体系から外れることで医師・看護師の給与を市場水準に近づけやすくなる点も強みです。
大規模・中核病院での採用事例が多く、自律的に黒字経営を目指せる体力のある病院に向いています。設立には議会の議決・定款策定・初期費用が必要となるため、準備に一定の期間がかかります。
民間譲渡・統廃合
慢性的な赤字が改善見込みのない場合、民間医療法人への譲渡や近隣病院との統廃合を検討します。地域医療を維持するための「民間への移管」は、単なる撤退ではなく地域包括ケアシステムの再設計という文脈で捉えることが重要です。
譲渡にあたっては、引き受け先の医療機能維持に関する条件設定(診療科・病床数・地域医療への貢献度)を契約に明記することが求められます。自治体が土地・建物を保有し続けてリースバックするスキームも選択肢の一つです。
どの選択肢が最適かは、病院の規模・機能・地域の医療需要・自治体財政の状況によって異なります。いずれの場合も、地域医療の継続性を最優先として検討することが大前提です。
財政措置と起債の活用 — 病院事業債と経営改善推進事業債

経営強化プランを策定・実行する際には、総務省・厚生労働省等が設ける財政支援措置を積極的に活用することが重要です。
病院事業債(公営企業債)
公立病院の建物・設備投資に活用できる起債です。通常の地方債に比べ低利で長期の資金調達が可能であり、施設の老朽化対応・電子カルテ更新・感染症対策設備整備などにも対応しています。経営強化プランに基づく投資計画として位置づけることで、起債の審査を通りやすくなる場合があります。
経営改善推進事業債
経営強化プランに基づく経営改善に取り組む病院が活用できる起債で、病院事業債より有利な条件が適用されるケースがあります。具体的な要件・利率・期間は都道府県や資金種別によって異なるため、所管の都道府県・総務省に確認が必要です(算定候補としての参考情報です)。
厚労省・都道府県補助金との組み合わせ
地域医療介護総合確保基金(都道府県)や医師確保補助金、感染症対応施設整備補助金なども、経営強化プランの取り組みと組み合わせることで申請しやすくなります。これらは年度ごとに要件が変わるため、最新情報は都道府県の担当部局へ確認してください。
また、令和6年度 公立病院の経営に関する調査 結果報告書(全国自治体病院協議会)でも、財政支援の活用実態が報告されており、先行事例の参考として活用できます。
起債・補助金の具体的な算定可否・金額は施設の条件によって大きく異なります。本稿で示した内容は一般的な概要であり、個別案件での活用可否は所管機関への確認が必要です。
計画を「絵に描いた餅」にしないための実行管理

経営強化プランが策定されても、実行フェーズで機能しなければ意味がありません。よくある失敗パターンと、それを防ぐための管理体制を整理します。
よくある失敗パターン3つ
パターン①: 目標数値が現場に浸透していない
プランで「病床利用率82%達成」という目標を掲げても、各病棟・診療科に何をすべきかが伝わっていないケースが典型です。病棟単位・月次単位での分解指標をKPIとして設定し、看護師長・各科部長が管理できる粒度に落とすことが必要です。たとえば「週次の在院患者数を◯◯人以上維持する」という具体的な行動指標に変換することで、現場が動きやすくなります。
パターン②: 実行責任者が不在
事務長が「全体管理」を担うが、各施策に実行オーナーがいない状態では、進捗が遅れても誰も気づきません。プランの各施策に担当部門・実行責任者・期限を明記することが基本です。特に指定管理者制度の導入検討や連携先との交渉など、外部対応を伴う施策は担当者の明確化が不可欠です。
パターン③: 四半期評価がない
年度末にのみ評価を行う病院では、問題の発見が遅れます。四半期ごとに経営指標の実績を集計し、目標と実績の差異分析を実施することで、軌道修正のタイミングを逃さないようにします。
実行管理の3ステップ
まず「月次ダッシュボードの整備」として、病床利用率・入院単価・外来患者数・人件費率の4指標を月次でモニタリングします。次に「四半期レビュー」として、経営会議でプランの進捗を報告・議論し、必要に応じて施策を修正します。最後に「年次評価と公表」として、策定時と同様に実績を公表し、総務省や自治体へ適切に報告します。この公表が、次年度の財政支援や関係者の信頼確保にも影響します。
経営改善計画は、一度策定したら終わりではありません。環境変化(診療報酬改定・人口動態・感染症など)に応じて柔軟に更新し、「生きた経営文書」として維持することが重要です。
令和8年度診療報酬改定を経営強化プランに組み込む

令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)は、本体プラス3.09%という大幅改定となりました。この改定を経営強化プランにどう組み込むかは、今まさに実務担当者が直面している課題です。
入院料の改定ポイント
令和8年度改定では、急性期一般入院料1が1,688点から1,874点へと引き上げられ、地域一般入院料1も1,176点から1,290点へ上昇しました。療養病棟入院料1も1,964点から2,035点に改定されています。また、物価対応料が新設(急性期一般入院料1で58点/日など)され、入院ベースアップ評価料は最大250点へ拡充されました。さらに、看護・多職種協働加算が新設され(加算1:277点/加算2:255点)、多職種連携に取り組む病院への評価が厚くなっています(GemMed 2026年度改定答申解説)。
公立病院が多く算定する急性期一般・地域一般の入院料は、1床あたり日額で大幅に引き上げられています。現行プランの収益予測をこの改定後の点数で更新することが急務です。
プランの収益目標への反映
既存プランの「収益目標」の章に、令和8年度改定の試算を追加補記します。改定前後の病床単価・加算収益の変化を概算で示し、改定メリットをどのように経営改善に活用するかを明示すると、議会・自治体・銀行との合意形成がしやすくなります。ただし数値は「改定率と現在の実績をもとに算出した見込み」として記載し、確定値ではないことを明記することが適切です。
また、看護・多職種協働加算や物価対応料などの新設加算については、算定要件を個別に確認し、取得可能なものをプランの「収益確保施策」に盛り込む検討が有効です。算定の可否は施設要件次第のため、必ず担当部門・コンサルタント・審査機関に確認してください(算定候補としての参考情報です)。
改定を経営強化の「追い風」に変える
令和8年度改定は、公立病院にとって大きな追い風となりえます。しかし追い風を活かすには、①病床利用率を維持・向上させて加算算定の機会を増やすこと、②人材を確保して新設加算の算定要件を満たすこと、③改定後の点数を収益計画に正確に反映させること、の3つが重要です。これらはすべて、経営強化プランの各施策と直結しています。
まとめ
公立病院経営強化プランは、策定して終わりではなく、経営の実態を変えるための「実行ツール」です。四病協の調査が示す医業赤字74.6%という現実を直視しながら、総務省の定める5つの必須検討項目を押さえ、地域の医療需要・財政の現実・令和8年度改定の追い風を組み込んだ実効性の高いプランを構築することが、赤字体質からの脱却につながります。
まず着手すべきは、現行プランの数値目標と直近1年の実績のギャップを洗い出すことです。そのうえで、令和8年度改定後の収益試算を加え、経営形態・財政支援・実行管理の観点からプランを「生きた文書」として機能させてください。一つひとつの施策を着実に実行することが、地域医療の持続と病院経営の安定をともに実現する道です。
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