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病院の損益分岐点の計算 — 入院・外来・人件費から黒字転換ラインを導く

監修者 藤井翔悟

2026-10-09 | NPO法人日本はすばらしい 病院経営支援チーム
監修: 藤井翔悟(医療機関経営支援16年・累計1,000院以上)

四病院団体協議会(四病協)が2024年度の病院経営定期調査(最終報告)で示した数字は衝撃的です。回答した病院の医業赤字が74.6%、経常赤字が65.6%にのぼり、日本の病院の大多数が慢性的な赤字体質に陥っていることが改めて確認されました。帝国データバンクが2024年度に実施した全国調査でも、民間病院約900法人の61.0%が営業赤字という結果が出ています。

こうした数字を目にするたびに、「なぜ赤字なのか」という原因探しに注力しがちです。しかし経営の立て直しに向けて最初に取り組むべきことは、「いくら稼げば黒字になるか」というラインを具体的な数字で把握することではないでしょうか。その数字が損益分岐点です。損益分岐点さえ正確に計算できれば、「あと何床稼働させればよいか」「外来患者数をどれだけ増やすべきか」「人件費をどの水準に抑えれば安全か」という問いに対して、具体的な打ち手を立てることができます。

本稿では、病院経営の3つの基軸——入院部門・外来部門・人件費管理——の視点から損益分岐点の計算方法を解説し、黒字転換に向けた実践的なロードマップを示します。


病院経営における損益分岐点とは

損益分岐点の概念図

損益分岐点(ブレークイーブンポイント)とは、収益と費用がちょうど等しくなる売上高の水準のことです。医療機関の文脈では「医業収益がいくらを超えれば医業損失がゼロになるか」を示す指標と理解してください。損益分岐点を下回る医業収益しか得られなければ医業赤字が生じ、上回れば医業黒字となります。

病院のコスト構造を理解するうえで、まず固定費と変動費を区別することが重要です。

固定費とは、医業収益の多寡にかかわらず一定額が発生するコストです。病院の場合、人件費(医師・看護師・コメディカル・事務職員の給与)、施設・設備の減価償却費、建物の維持管理費や光熱費の基本部分、借入金の利子などが代表的な固定費に相当します。特に人件費は病院全コストの5〜6割を占める最大の固定費であり、経営上の最重要管理項目です。

変動費とは、診療活動の増減に連動して変わるコストです。投薬量に応じた医薬品費、処置・手術に応じた診療材料費、検査件数に連動する外注検査費、給食提供数に応じた食材費などが代表例です。ただし、委託費の中には固定的な契約部分と変動的な部分が混在するケースもあるため、実際の分類は各施設の契約内容に応じて判断が必要です。

こうした固定費と変動費の構造から、損益分岐点の基本式が導かれます。

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷(1 − 変動費率)

ここで「1 − 変動費率」は限界利益率(貢献利益率)と呼ばれます。1円の医業収益を増やしたときに、固定費の回収に使える利益がどれだけ生まれるかを示す比率です。限界利益率が高いほど、少ない売上で固定費を賄えるため、損益分岐点は低くなります。

また、損益分岐点比率という指標も有用です。これは「損益分岐点売上高 ÷ 実際の医業収益 × 100(%)」で計算され、数値が低いほど経営安全性が高いことを意味します。100%を超えると赤字です。現状の医業収益が損益分岐点からどれほど離れているかを把握する尺度として、定期的にモニタリングすることをお勧めします。


損益分岐点を求める計算式(病院版)

損益分岐点の計算式

病院版の損益分岐点計算を実務に落とし込む際は、以下の3ステップで進めると整理しやすくなります。

ステップ1:限界利益を計算する

限界利益(貢献利益)= 医業収益 − 変動費

まず直近の決算書や月次試算表から、医業収益の合計と変動費の合計を抜き出します。変動費の特定が難しい場合は、医薬品費・診療材料費・給食材料費・検査委託費の変動部分を合算し、「ほぼ変動費」として扱う方法が実務的によく用いられます。

ステップ2:限界利益率を求める

限界利益率(%)= 限界利益 ÷ 医業収益 × 100

病院の限界利益率は施設種別・機能・規模によって大きく異なりますが、一般的には60〜75%程度の範囲に収まるケースが多いとされています。高度急性期・急性期機能を持つ病院ほど、重症患者への高単価医療提供により限界利益率が高まりやすい傾向があります。

ステップ3:損益分岐点売上高を算出する

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率

固定費の総額を限界利益率で割るだけです。たとえば固定費が年間30億円で限界利益率が70%の場合、損益分岐点売上高は30億円 ÷ 0.70 ≒ 42.9億円となります。現在の医業収益がこれを下回っていれば赤字、上回っていれば黒字です。

以下の表に、計算に必要な主な変数をまとめます。

変数名 説明 代表的な内容
固定費 医業収益の増減に関わらず発生するコスト 人件費・減価償却費・施設維持費・金利など
変動費 医業収益に連動して変動するコスト 医薬品費・診療材料費・委託費の変動部分
限界利益率 (医業収益 − 変動費)÷ 医業収益 施設により異なるが一般的に60〜75%前後
損益分岐点売上高 固定費 ÷ 限界利益率 これを下回ると医業損失が発生する
損益分岐点比率 損益分岐点売上高 ÷ 実際の医業収益 × 100 100%超で赤字、低いほど安全余裕が大きい

計算そのものは難しくありません。難しいのは、固定費と変動費を正確に分類することです。外部の医療経営コンサルタントや公認会計士と連携しながら、自施設の原価構造を丁寧に把握することが精度を高める近道です。


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入院部門の損益分岐点 — 病床利用率で逆算する

病床利用率別入院収益シミュレーション

入院部門は病院収益の中核をなします。その稼働状況を端的に示す指標が病床利用率です。厚生労働省の「令和6(2024)年 病院報告」によれば、全病床の全国平均は77.0%、一般病床に限ると73.3%となっています。

「病院の損益分岐点は病床利用率80%前後」とよく言われますが、なぜそうなるのでしょうか。入院部門の固定費(病棟スタッフの人件費、施設の減価償却費など)は、病床が満床であろうと空床であろうとほぼ変わりません。一方、入院収益は在院患者数にほぼ比例して増えます。このため、固定費総額を賄えるだけの入院収益を確保するには、相当程度の病床が稼働している必要があります。多くの病院で試算してみると、その水準がちょうど80%前後に当たることが多いとされています。

実際の金額感を理解するために、200床の一般病院で入院単価が1日あたり5万円のケースをシミュレーションしてみましょう。

利用率1ポイントの違いは、年間でおよそ3,650万円の入院収益差に相当します。計算式は「200床 × 1% × 5万円 × 365日 = 3,650万円」です。この数字は重要な経営感覚を与えてくれます。「もし今の利用率が75%で、理想が80%なら、あと5ポイント改善することで年間1億8,250万円(5 × 3,650万円)の増収効果が見込める」という試算が立てられるからです。

以下に、利用率別の年間入院収益(推計値)を示します。

  • 利用率65%:200 × 0.65 × 5万円 × 365日 ≒ 23.7億円
  • 利用率70%:200 × 0.70 × 5万円 × 365日 ≒ 25.6億円
  • 利用率75%:200 × 0.75 × 5万円 × 365日 ≒ 27.4億円
  • 利用率80%:200 × 0.80 × 5万円 × 365日 ≒ 29.2億円(損益分岐点の目安)
  • 利用率85%:200 × 0.85 × 5万円 × 365日 ≒ 31.0億円
  • 利用率90%:200 × 0.90 × 5万円 × 365日 ≒ 32.9億円

全国平均の一般病床利用率73.3%と損益分岐点の目安80%の間には約6〜7ポイントの差があります。この差を埋めることが、多くの病院にとって「赤字から黒字への第一歩」になります。

病床利用率を高める具体策としては、地域の医療機関・介護施設との連携強化による紹介患者数の増加、退院調整の迅速化による在院日数の適正管理、病床種別ごとの機能分化と適切な運用などが代表的です。ただし、単に「在院日数を延ばす」だけでは診療報酬の逓減制が働き、入院単価が下がるリスクもあります。利用率と単価の両方をバランス良く管理することが肝心です。


外来部門の損益分岐点 — 患者数と単価の掛け算

外来部門 損益分岐の考え方

外来部門は入院部門とは異なるコスト構造を持ちます。外来は患者一人ひとりの診療ごとに薬剤費・材料費・検査費などが発生するため、変動費比率が入院部門よりも高めになる傾向があります。一方で、外来患者数が増えるほど直接収益が積み上がる構造でもあり、回転率を高めることで効率的に限界利益を積み上げられる特性もあります。

外来部門の損益分岐点の考え方を式で表すと、次のようになります。

外来患者数 × 外来単価 × 限界利益率 ≧ 固定費配賦額

ここで「固定費配賦額」とは、病院全体の固定費のうち外来部門に割り振られる分のことです。外来専用スタッフの人件費、外来フロアの施設費、外来電子カルテシステムの費用などが該当します。

外来収益を改善するうえで参考になるのは、外来収益が強い病院の特徴です。一般に以下のような取り組みが収益向上に寄与するとされています。

地域包括診療加算の算定は、慢性疾患を持つ外来患者に対して包括的な管理を行うことで加算を取得できる仕組みです。再診時に継続的に算定できるため、安定した外来収益の基盤となります。

専門外来の設置は、特定疾患・病態に特化した診療体制を整えることで、地域からの患者紹介を引きつけます。神経内科・糖尿病・循環器などの専門外来を設けることで、外来単価の向上と患者数の増加を同時に図れます。

健診・人間ドックセンターの運営は、健康保険が適用されない自由診療収益を確保できる点で優れています。保険外収益の拡大は病院全体の収益構造の安定化に貢献します。

外来の損益分岐点を改善するには、患者数を増やすか、外来単価を上げるか、変動費を減らして限界利益率を高めるか——この3方向のうち、自施設の状況に合った優先課題を特定することが出発点です。


人件費率と損益分岐点の関係

人件費率と損益分岐点の関係

病院経営において人件費は最大のコスト項目です。病院のコスト全体の5〜6割を人件費が占めるとされており、損益分岐点の高低に最も大きな影響を与える変数でもあります。人件費が増えれば固定費が増え、損益分岐点は上昇します。逆に、同じ人員数でも生産性向上によって医業収益が高まれば、実質的な人件費率は低下し、損益分岐点は下がります。

人件費率(人件費 ÷ 医業収益 × 100)の水準は、おおよそ以下のように解釈されることが多いです。

50%以下は経営安定ゾーンです。人件費を適切に管理しながら十分な医業収益を得られており、固定費の回収余力が大きい状態です。

**50〜60%**は注意ゾーンです。医業収益が少し落ち込んだだけで赤字に転じるリスクが高まります。採用・退職状況や診療報酬改定の影響を月次でウォッチする必要があります。

60%超は危険ゾーンです。この水準では、損益分岐点売上高が実際の医業収益に肉薄または上回っており、構造的な赤字体質に陥っている可能性が高くなります。抜本的なコスト構造の見直しと収益改善の両立が急務です。

2024年度の診療報酬改定(令和6年度改定)に続き、**令和8年度改定では本体改定率+3.09%、そのうち医療従事者の賃上げ対応分として+1.70%**が手当てされました。また入院患者に対するベースアップ評価料は最大250点に拡充されています。この改定の趣旨は、スタッフの賃上げを「義務」として課すのではなく、「加算取得による収益増で賃上げを実現する」という好循環を生み出すことです。

重要なのは、人件費を単なる「コスト」として削減対象にとらえるのではなく、「生産性への投資」として位置づけ直す視点です。優秀な医療スタッフへの適切な処遇が、診療の質・患者満足度・職員定着率の向上につながり、結果として医業収益の増加——つまり人件費率の低下——をもたらすという好循環を設計することが、持続可能な経営の本質です。具体的には、業務分担の見直し(タスクシフト・タスクシェア)、電子カルテや各種ICTツールの活用による事務負担の軽減、夜勤体制の最適化など、生産性改善の取り組みと人材投資を組み合わせることが求められます。


損益分岐点改善のための優先アクション

損益分岐点改善のアクションプラン

「損益分岐点を下げる」または「損益分岐点を超える収益を確保する」ために、どのような順序で取り組めばよいのでしょうか。実務的には以下の3ステップで進めることをお勧めします。

ステップ1:現状の損益分岐点比率を計算する(目安:1〜2ヶ月目)

まず現在地を正確に把握することが全ての出発点です。直近の決算書(損益計算書)から医業収益・変動費・固定費の概算値を抜き出し、損益分岐点売上高と損益分岐点比率を算出してください。

この段階で**「算定漏れ」や「加算の取り忘れ」を真っ先に確認する**ことをお勧めします。理由は明確です。診療報酬の算定漏れは、実際には提供している医療サービスに対して収益が計上されていない状態であり、即座に改善できる「埋蔵収益」だからです。入院基本料の区分要件の確認、各種入院加算(重症度・管理加算など)の算定状況、外来での指導料・管理料の算定漏れチェックを行うだけで、月数百万円単位の収益改善につながるケースも珍しくありません。

ステップ2:入院・外来・コストの3軸で改善優先度を決める(目安:3〜6ヶ月目)

損益分岐点の現状が把握できたら、次は「どこを改善すれば最も効率的に黒字に近づけるか」を判断します。改善インパクトの大きさ・実現可能性・スピードの3軸で評価することが有効です。

たとえば、入院部門の病床利用率が70%の場合、5ポイント改善(75%へ)するだけで年間約1億8,000万円超の増収効果(200床・単価5万円の場合)が見込めます。これは外来患者数の改善や費用削減に比べてインパクトが大きく、かつ実現策(地域連携強化、在院日数管理など)が明確なため、優先度が高い課題として位置づけられることが多いです。

一方、コスト面では人件費率が既に60%を超えている場合、収益改善と並行してタスクシフトや業務効率化を推進し、人件費率を段階的に引き下げる計画を立てることが重要です。

ステップ3:月次モニタリング体制を構築する(7ヶ月目以降:継続)

損益分岐点の計算は一度やれば終わりではありません。診療報酬改定、患者数の季節変動、新規採用・退職による人件費変動など、経営環境は常に変わります。月次で損益分岐点比率を更新し、トレンドを把握し続ける体制を整えることが、持続的な経営改善の鍵です。

具体的には、月次の管理会計レポート(収益・費用・病床利用率・外来患者数・人件費率の主要5指標)を経営会議で定期的に確認し、前月比・前年同月比の変化を追う仕組みを作ることをお勧めします。数字が「見える化」されれば、改善策の効果検証もしやすくなり、現場スタッフへの意識啓発にも活用できます。


まとめ

病院の損益分岐点を正確に把握することは、赤字経営を脱するための「地図」を手に入れることに等しいです。医業赤字74.6%という現状は深刻ですが、「何が原因か」を漠然と悩むより、「いくら稼げば黒字になるか」を数字で把握することで、打ち手が具体化します。

本稿で繰り返し強調した重要ポイントを整理します。

入院部門では、病床利用率80%が損益分岐点の目安とされています。全国平均(一般病床73.3%)との差を埋めることが最優先課題です。200床・入院単価5万円の場合、利用率を1ポイント改善するだけで年間約3,650万円の増収が見込めます。

人件費率は60%超が危険ラインです。病院コストの5〜6割を人件費が占める以上、損益分岐点を大きく左右するのは人件費管理です。令和8年度改定で手当てされた賃上げ分(+1.70%)を加算取得で着実に収益化しながら、生産性向上と人材投資を両立させる視点が求められます。

まず今すぐできることは、直近の決算書から損益分岐点売上高と損益分岐点比率を計算することです。その数字が「今の自院はどこにいるのか」を教えてくれます。そこから初めて、入院・外来・コストの3軸における具体的な改善策を立案することができます。


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