病院の医業赤字が74.6%、経常赤字が65.6%に達している現在(四病協 2024年度病院経営定期調査・最終報告)、「感覚経営」では生き残れない時代が来ています。黒字病院と赤字病院の差を分析すると、必ずと言っていいほど「予算管理の徹底度」という差が浮かび上がります。年間予算を策定し、月次で実績と比較し、ズレを早期に検知して手を打つ——このサイクルを回せている病院は、数字が経営の味方になります。
一方で、「気づいたら資金が足りない」「金融機関に融資を依頼しようとしたが計画書がない」「赤字の原因がどこにあるかわからない」といった状況に陥るのは、予算管理の基盤が不在の組織に共通するパターンです。帝国データバンクの調査によると、医療機関の倒産・休廃業解散は2025年に合計889件と2年連続で過去最多を記録しています。資金繰りが逼迫してから手を打つのでは遅い——予算管理はそのための「先手の仕組み」です。
本稿では、理事長・院長・事務長の方々に向けて、病院の年間予算管理の全体像から実務的な策定手順・KPI設定・差異分析・令和8年度改定への対応まで体系的に解説します。
なぜ今、予算管理が経営の生命線なのか
予算管理が重要である理由は、経営環境の厳しさだけではありません。予算とは「事業計画を数字に落としたコミットメント」です。「来年はこれだけの収益を目指し、このコスト構造で運営する」という組織全体の合意が、経営を動かす推進力になります。
予算管理がもたらす3つの効果を整理しておきましょう。
第一は、目標の共有と行動の一致です。診療科長・看護部長・事務長がそれぞれの部門予算を持つことで、「自部門が全体目標のどこを担うか」が可視化されます。診療報酬の算定漏れ対策も、「外来収益を〇〇万円改善する」という部門目標があってこそ、日々の行動に落ちます。
第二は、早期警戒システムとしての機能です。月次で予算・実績・差異を確認することで、収益悪化や費用超過を1〜2か月以内に察知できます。四病協の調査でも、黒字病院ほど月次経営帳票の整備が早く、差異発生時の対策着手も速い傾向が見られます。
第三は、金融機関・行政への信頼性向上です。借入やWAM(福祉医療機構)融資の申請時には、根拠ある数値計画が求められます。予算管理の仕組みがあり、過去の予実差異と対策の履歴を示せる病院は、金融機関からの評価が高くなります。
病院予算の3本柱 — 収益・費用・資本支出の全体像
病院の年間予算は大きく3つの柱で構成されます。それぞれの構造を正確に把握することが、精度の高い予算策定の前提です。
(1)収益予算
収益の中心は医業収益です。入院収益・外来収益・その他医業収益(室料差額、文書料など)に分けて積み上げます。入院収益の見込みは、「病床数 × 病床利用率(目標)× 入院単価(目標)× 365日」で計算するのが基本です。たとえば200床・利用率80%・入院単価5万円の病院の入院収益見込みは「200×0.80×50,000×365=29.2億円」と試算できます。
病床利用率の全国平均は一般病床で73.3%、全病床では77.0%(厚労省 病院報告2024)です。損益分岐点は一般に80%前後とされており、この数字を下回る場合は収益予算を保守的に見積もる必要があります。
(2)費用予算
費用の中で最大の項目は人件費です。病院全体のコストの5〜6割は人件費で占められており、医師・看護師・コメディカル・事務職員それぞれの人員計画と給与水準を積み上げて算定します。令和8年度診療報酬改定では入院ベースアップ評価料が最大250点へ拡充されましたが、算定収益と実際の賃上げ費用の差を把握しておくことが予算精度に影響します。次いで大きいのが材料費(医薬品・診療材料)、委託費(給食・清掃・医療機器保守)、減価償却費(建物・医療機器)です。
(3)資本支出予算(設備投資予算)
電子カルテの更新、医療機器の更新、施設改修などは、単年の損益ではなく複数年にわたるキャッシュフローに影響します。設備投資計画は中期経営計画と連動させ、年次に落とし込む形が理想です。
| 項目 | 目安の比率 | 管理上の着眼点 |
|---|---|---|
| 入院収益 | 医業収益の60〜70% | 病床利用率・在院日数・入院単価 |
| 外来収益 | 医業収益の20〜30% | 初診・再診数、外来単価 |
| 人件費 | 費用の50〜60% | 人件費率(=人件費÷医業収益) |
| 材料費 | 費用の20〜30% | 薬剤費比率、ジェネリック率 |
| 委託費 | 費用の10〜15% | 委託内容の見直しサイクル |
年間予算策定の5ステップ — 現場が動く計画のつくり方
予算は「上から配布するもの」ではなく「現場と合意するもの」です。以下の5ステップで策定することで、現場の納得感と実行力が高まります。
ステップ1: 前年度実績の振り返りと経営課題の整理(9〜10月)
決算数字を科目別・部門別に分解し、「なぜ予算と実績がズレたか」を分析します。病床利用率が目標を下回った理由、材料費が予算オーバーした要因などを明確にすることが次年度予算の精度を上げます。過去の予実差異を「量の差異」と「価格の差異」に分けて整理しておくと、次のステップに活かせます。
ステップ2: 外部環境・診療報酬改定の影響試算(10月)
地域の患者動態(人口推移・競合病院の動向)と診療報酬改定の影響額を試算します。令和8年度改定では本体報酬が+3.09%(約30年ぶりの3%超)と大幅な改定となりました。加算の算定要件を満たせるかどうかで収益見込みが大きく変わるため、施設基準の確認を先行させる必要があります。
ステップ3: 部門別の目標設定と現場へのヒアリング(10〜11月)
収益目標・費用目標を診療科・病棟・外来・事務に配分します。この際、一方的な数字の押し付けではなく、各部門長へのヒアリングを経て「実現可能で少し背伸びした目標」に調整することがポイントです。現場が「自分たちで決めた目標」と感じることで、達成への当事者意識が生まれます。
ステップ4: 全体予算のとりまとめと財務シミュレーション(11〜12月)
部門ごとの積み上げを合算し、収支計画・キャッシュフロー計画に展開します。借入返済スケジュールと照合し、年間を通じた資金繰りに問題がないかを確認します。金融機関への提出を見据えた体裁で整理しておくと、緊急時の融資交渉でも使えます。
ステップ5: 理事会承認・全院展開(12月〜翌1月)
最終予算を理事会で決議し、全部門に展開します。目標数字だけでなく「どうやって達成するか」のアクションプランをセットで伝えることで、絵に描いた餅にならない予算になります。4月施行の診療報酬改定に備え、特に改定効果の大きい加算については3月末までに算定準備を完了させるスケジュールも組み込みます。
予算管理の重要KPI — 病床利用率・入院単価・人件費率の見方
予算管理では多くの数字が登場しますが、特に重要なKPIを絞り込んで毎月モニタリングする体制を整えることが実務上の成功の鍵です。以下の5指標を中心に据えましょう。
①病床利用率
計算式は「延入院患者数 ÷(許可病床数 × 稼働日数)× 100」です。全国平均は一般病床73.3%(厚労省 2024年)、損益分岐点の目安は80%前後。200床・入院単価5万円の病院では、病床利用率が1ポイント変動すると年間約3,650万円の収益差が生じます。この数字を月次で把握し、低下の兆候を早期に検知することが重要です。
②平均在院日数
在院日数が短くなると回転率が上がり、同じ病床でより多くの患者を受け入れられます。ただしDPC病院では包括期間(Ⅱ期)を超えると1日あたり収益が下がるため、適正な在院日数の目標設定が求められます。施設の機能や診療科ミックスに応じた目標値を設定してください。
③入院単価・外来単価
単価は「加算の算定漏れ」「未収金の発生」「患者構成(ケースミックス)の変化」によって動きます。診療報酬改定後に単価が想定通り上がっているかを実績と予算で照合する作業が、予算管理の中でも特に重要な確認点です。令和8年度改定後は、入院基本料の点数アップや物価対応料の新設により単価上昇が期待できますが、算定要件の確認が前提です。
④人件費率
計算式は「人件費 ÷ 医業収益 × 100」です。病院の一般的な目安は50〜60%で、これを超え始めると経営改善の優先課題となります。賃上げ圧力が続く昨今は、医業収益を増やしながら比率を維持する「分母(収益)の拡大戦略」が基本となります。福祉医療機構の病院経営動向調査でも、黒字病院は人件費率の管理が有意に優れているというデータがあります。
⑤材料費率
医薬品・診療材料費を医業収益で割った比率です。ジェネリック医薬品の採用拡大や共同購買の活用が、材料費率の改善に有効です。後発医薬品使用体制加算の算定を視野に入れると、費用削減と収益改善が同時に図れる場合があります(算定要件の確認が必要)。
月次差異分析の実務 — ズレを早期に検知して是正する
予算を策定しただけでは経営は改善しません。予算に対して実績がどうだったかを毎月確認し、乖離の原因を特定して対策を打つ「差異分析」が、予算管理の最も重要な実務プロセスです。
月次経営帳票の整備
まず月次の経営帳票(予算・実績・差異・前年同月比)を翌月第2週までに整備する体制を確立します。「決算が出るのは翌月末」という病院では差異対応が遅れ、打ち手の効果が次月以降にしか現れません。診療報酬請求データと部門別費用データを早期に集計できるシステム整備も、予算管理の精度向上に直結します。
差異の分解と原因特定
収益差異と費用差異をそれぞれ「量の差異」と「価格・単価の差異」に分解します。入院収益のマイナス差異であれば、「病床利用率が下がった(量の差異)のか」「入院単価が下がった(価格の差異)のか」を切り分けることで、対策の方向が定まります。
| 差異の種類 | 代表的な原因 | 対策の方向性 |
|---|---|---|
| 入院収益マイナス(量) | 病床利用率低下、救急受入数減少 | 紹介患者増加施策、救急体制の見直し |
| 入院収益マイナス(価格) | 加算算定漏れ、DPCコーディング改善余地 | 診療報酬算定チェックの強化 |
| 外来収益マイナス | 初診・再診数の減少、外来単価低下 | 地域連携・紹介返紹の強化 |
| 人件費超過 | 残業増加、突発的な採用費 | 残業管理の強化、シフト最適化 |
| 材料費超過 | 高額薬剤使用増、廃棄ロス発生 | 採用委員会での使用基準見直し |
月次経営会議への組み込み
差異分析の結果は、月次の経営会議(院長・事務長・診療科長・看護部長参加)で報告し、翌月以降のアクションを決議するプロセスに組み込みます。「差異が出ているのに誰も責任を取らない」という状態を防ぐためには、各部門が差異に対する対策責任を持つ仕組みが必要です。差異が3か月以上継続する場合は、予算の前提条件(外部環境・診療報酬)に変化がなかったかを再確認し、必要に応じて補正予算を組む判断も行います。
重要な着眼点: 季節性の考慮
病院の収益は季節変動を伴います。冬季は入院患者が増え夏季に減少する傾向が施設によって異なるため、前年同月比と予算対比の両面で分析することが欠かせません。単月の差異で慌てるのではなく、累計差異と季節調整後のトレンドで判断することが、経験ある事務長の差異分析の要点です。
令和8年度改定を見据えた予算見直しのポイント
2026年6月1日施行の令和8年度診療報酬改定は、本体報酬+3.09%という約30年ぶりの大幅改定です。施行後の収益・費用の両面で予算見直しが必要です。
入院基本料の単価上昇を予算に反映する
改定により入院基本料は大幅に引き上げられました。急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へ(186点増)、地域一般入院料1は1,176点から1,290点へ(114点増)、療養病棟入院料1は1,964点から2,035点へ(71点増)と変わっています。これらの単価変動を6月以降の月次予算に正確に反映しておかないと、「実績が予算を大幅に上回る」という逆差異が生じ、正確な差異分析ができなくなります。
物価対応料の新設と算定可能性の確認
令和8年度改定では物価対応料が新設され、急性期一般入院料1の施設では58点/日などの加算が算定候補となります。算定要件は施設基準に依存するため、事前に診療報酬担当者または専門家への確認が必要です。算定可能と判断した場合は6月以降の収益予算に反映し、算定できない場合は要件充足に向けた費用(体制整備、研修)を費用予算に計上するかを検討します。
看護・多職種協働加算の対応
新設された看護・多職種協働加算(加算1: 277点、加算2: 255点)は、算定要件を満たす施設において収益増に貢献します。一方で算定に向けた体制整備(看護師と多職種の連携プロトコル策定、記録方法の見直しなど)の費用も費用予算に計上することが必要です。算定の判断は「算定収益見込み」と「体制整備コスト」を比較した上で行うことを推奨します。
ベースアップ評価料の拡充と賃上げ費用の整合確認
入院ベースアップ評価料は最大250点に拡充されました。この評価料を算定して得られる収益と、実際に支払う賃上げ費用の差を年間ベースで試算し、人件費予算に反映することが重要です。「評価料の収益 > 賃上げ費用」であれば実質的な収支改善となりますが、逆転する場合は医業収益の増加で補う戦略が必要です。
これらの改定対応を予算に織り込み、改定前(〜5月)と改定後(6月〜)で予算を2段構えで設定する方法も有効です。特に6月以降の収益見込みは改定の恩恵を受けますが、算定準備が遅れると「改定があったのに収益が上がらない」という状況に陥るリスクがあります。
まとめ
病院の年間予算管理は、経営の「見える化」と「早期対応」を可能にする経営インフラです。策定5ステップを経て現場と合意した予算を、月次で追いかけ差異を丁寧に分析する習慣が、中長期的な病院経営の安定をもたらします。
今すぐ取り組める第一歩は、「翌月の経営帳票を翌月第2週までに整備できているか」 の確認です。このタイミングが確立できていれば、差異分析と対策立案のサイクルが動き始めます。令和8年度改定の大幅な単価改定を機に、予算管理の仕組みを見直す——今がそのタイミングです。
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出典・参考文献
- GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- 厚生労働省 令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- GemMed 2026年度改定答申: 基本診療料アップ・物価対応料新設・ベースアップ評価料拡充
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