四病院団体協議会の2024年度調査によれば、病院の医業赤字は74.6%・経常赤字は65.6%に達しています。これは決して一部の病院だけの問題ではなく、日本の医療機関が置かれた構造的な課題です。しかし、赤字に苦しむ多くの病院が共通して抱えているのが、「経営の異変に気づくのが遅い」という問題です。
年度末に決算書が出て初めて「今年度は厳しかった」と把握するのでは、問題が発生してから対応まで半年以上のタイムラグが生じます。その間、損失は蓄積し続けます。帝国データバンクの2025年調査によれば、医療機関の倒産件数は66件・休廃業解散は823件と2年連続の過去最多となっています。経営が悪化した多くの施設に共通するのは、「悪化のサインを早期に察知できなかった」という点です。
この問題を解決する最も実践的な手段が、月次決算管理です。毎月、収益・費用・主要な経営指標を集計し、予算との差異を分析して次の打ち手を決める。この習慣を制度化するだけで、経営の「今」が見えるようになります。本記事では、病院の理事長・院長・事務長の方を対象に、月次管理の仕組みと具体的な運用方法を解説します。
1. なぜ今、病院に月次決算管理が必要なのか
月次決算管理とは、毎月末から翌月初にかけて前月分の経営データを集計し、予算対実績・前月比・前年同月比の三軸で経営状況を把握する仕組みです。単に数字を集めるだけでなく、差異の原因を分析し、次の行動計画へと落とし込むことが本質です。
なぜ今この仕組みが必要なのかを考えるには、現在の病院を取り巻く環境の変化に目を向ける必要があります。令和8年度診療報酬改定(2026年6月施行)では本体部分が約30年ぶりの3%超となるプラス改定(+3.09%)が実現しましたが、その内訳には賃上げ対応(+1.70%)や物価対応(+1.29%)が大きく含まれています。つまり、改定プラスの多くはコスト増加への補填という性格が強く、純粋な収益改善にはつながりにくい構造です。
加えて、改定後の入院基本料の変動(たとえば急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へ)は、算定要件の充足状況によって施設ごとに影響が大きく異なります。毎月の入院収益がどの入院料の区分でどれだけ算定されているかを把握しなければ、改定の恩恵を受けているかどうかすらわからないのです。
また、金融機関との関係という観点でも、月次管理は重要性を増しています。银行融資の更新交渉やリスケジューリング(返済条件の変更)の際、月次の財務報告書を提示できる病院は「経営をコントロールしている」という信頼を示せます。逆に、年次決算書しか用意できない病院は、経営実態の透明性が低いと判断され、融資条件で不利になる可能性があります。
2. 月次で追うべき5つのコアKPI
月次管理の出発点は、「何を毎月追うか」を決めることです。多くの指標を一度に管理しようとすると運用が続かなくなるため、まず以下の5つのコアKPIに絞り込むことをお勧めします。
| KPI | 計算方法(概要) | 参考値・目安 |
|---|---|---|
| 病床利用率 | 延べ在院患者数÷(許可病床数×日数)×100 | 全病床77.0%・一般病床73.3%(厚労省2024年) |
| 入院単価 | 入院収益÷延べ入院患者数 | 機能・規模により大きく異なる |
| 外来単価 | 外来収益÷延べ外来患者数 | 診療科構成により異なる |
| 人件費率 | 人件費÷医業収益×100 | 50〜60%が目安(施設差大) |
| 材料費率 | 医薬品費+診療材料費÷医業収益×100 | 診療機能により異なる |
この5指標を毎月1枚のシートに整理し、前月・前年同月・予算値の3列と並べて比較します。表の「今月」が前年同月より悪化しているKPIを赤字にするだけで、問題の所在が一目でわかります。
特に病床利用率と人件費率はペアで見ることが重要です。一般に、病床の稼働が落ちると収益が減る一方で人件費は固定的であるため、利用率の低下が人件費率の上昇を招くという負のスパイラルが生じやすいためです。
参考として、200床・入院単価5万円の病院では、病床利用率が1ポイント上がると年間約3,650万円の増収になるという試算があります(稼働増分の2床×5万円×365日)。月単位に換算すると約300万円です。この数字をイメージしながら月次の利用率推移を確認することで、改善策の優先順位が自然と定まってきます。
3. 病床利用率の月次変動を読む
厚労省の2024年病院報告によると、一般病床の全国平均病床利用率は73.3%(全病床平均は77.0%)であり、病院経営の損益分岐点は一般に80%前後とされています。つまり、全国平均の利用率では損益分岐点に届いておらず、多くの一般病院が「利用率が低すぎる」状態にあるという現実があります。この数字を念頭に置いたうえで、月次データを読み解くことが重要です。
病床利用率には季節性があります。一般的に、年度末(2〜3月)は診療需要が高まり利用率が上昇しやすい一方、大型連休のある5月は患者数が減少する傾向があります。また、年末年始も患者の入院を控える傾向から利用率が低下しやすい時期です。
月次管理では、前年同月との比較を行うことで、季節要因と構造的要因を切り分けることができます。前年同月より大幅に低下している場合は、競合施設の開設、紹介元の変化、主治医の離職など構造的な問題が潜んでいる可能性が高く、早急な原因調査が必要です。
また、病院全体の利用率が同じでも、診療科別の稼働状況が大きく異なるケースがあります。収益性の高い診療科が低稼働で、収益性の低い診療科が高稼働という構造になっていないかを確認することが、改善の糸口になります。診療科別の病床利用率を月次で追跡することで、資源配分の見直しや入退院のコントロール方針を具体的に検討できます。
さらに、曜日別の在院患者数パターンも把握しておくと有用です。多くの病院では月曜・金曜に入退院が集中し、週の中間(火〜木)に在院患者数が高くなる構造があります。この週内変動を把握することで、看護スタッフの配置計画の精度が上がります。
4. 人件費率・材料費率の月次管理
病院のコストの5〜6割は人件費が占めます。この大きなウェイトを持つ人件費を毎月把握することが、経営管理の核心です。
人件費率が上昇する主な要因は三つあります。第一は採用・昇給による固定費の増加です。これは計画的な増加であれば事前に織り込めますが、急な採用(欠員補充など)が計画外のコスト増をもたらすことがあります。第二は残業・時間外労働の増加です。月次の時間外集計を人事部門から定期的に受け取り、前月比での変動を確認します。第三は職種ミックスの変化です。専門職の採用比率が高まると、人件費単価が上昇します。
令和8年度診療報酬改定では、入院ベースアップ評価料が最大250点まで拡充され、看護・多職種協働加算(加算1: 277点、加算2: 255点)も新設されました。これらの算定が実際に行えているかどうかを月次で確認することが、改定の恩恵を確実に受けるために不可欠です。加算を算定できているにもかかわらずコストだけ増えているケースは、運用上の問題があります。
材料費については、医薬品費と診療材料費を分けて管理することが重要です。医薬品費は診療内容の変化や後発医薬品(ジェネリック)の切り替え状況によって変動します。福祉医療機構(WAM)の2023年度決算病院経営状況調査によると、経営状況が良好な病院ほど材料費の変動管理が精緻である傾向が見られます。
| コスト区分 | 要注意の目安 | 主な対策の方向 |
|---|---|---|
| 人件費率 | 65%超 | 残業削減・適正人員配置・ベアアップ評価料算定 |
| 医薬品費率 | 20%超(急性期) | 採用薬見直し・後発品推進・共同購買 |
| 診療材料費率 | 10%超 | 価格交渉・標準化・使用量管理 |
上記の数値はあくまで目安であり、病院の機能(急性期・療養など)や規模によって適正水準は異なります。自院の過去データをベースにした「自院版の目安値」を設定することが実際の管理では有効です。
5. 予算対実績の差異分析の進め方
月次決算管理の中心的な作業が「差異分析」です。単に数字を並べるのではなく、なぜ差異が生じたかを特定し、次の行動に落とし込むことが目的です。以下の8ステップが実務上の標準的な流れです。
ステップ1:収益差異の把握
医業収益全体の予算対実績を確認します。入院収益・外来収益・その他医業収益の三つに分けて、どの区分で差異が発生しているかを特定します。入院収益の不足なのか、外来の落ち込みなのかによって対策の方向が全く異なります。
ステップ2:数量差異と単価差異の分解
収益の差異には「患者数(数量)の差異」と「診療単価の差異」の二種類があります。たとえば入院収益が予算より低い場合、「入院患者数は予算通りだが単価が低かった」のか「患者数自体が減った」のかを分けて把握します。これにより原因の核心が明確になります。
ステップ3:費用差異の把握
人件費・材料費・委託費・経費の順に予算との差異を確認します。3%以上の乖離があった費用区分については、必ず原因を調べます。人件費の場合は担当者数・残業時間・単価の三要素を確認し、どれが要因かを特定します。
ステップ4:前月・前年同月との比較
予算比較だけでなく、前月比と前年同月比も必ず確認します。前月より悪化しているのか、前年同月より改善しているのかを見ることで、トレンドの方向性が把握できます。季節性の強い病院では前年同月比が特に重要です。
ステップ5:診療科・病棟別ドリルダウン
院全体で問題が見えたら、診療科・病棟レベルに掘り下げます。どの部門が引き下げ要因になっているかを特定します。特定の診療科の外来患者数が急減しているなど、ピンポイントの問題を発見できます。
ステップ6:現場へのヒアリング
データだけでは把握できない背景は、病棟師長・外来主任・事務課長などへのヒアリングで補います。数字の変動に現場の実感と合致する理由があるかを確認し、構造的問題か一時的要因かを判断します。
ステップ7:対策の優先順位付けと担当者決定
複数の課題が見つかった場合、収益へのインパクトが最も大きい課題から取り組みます。対策を決定したら、担当者と期限を明確にします。「会議で話し合って終わり」ではなく、誰が何をいつまでにやるかを議事録に残すことが実行力の鍵です。
ステップ8:翌月の計画への反映
今月の差異分析の結果を翌月の行動計画に反映します。病床利用率の低下が続いているなら紹介元へのアプローチを増やす、残業が増加しているなら業務フローの見直しを検討するなど、具体的な改善行動を翌月の計画として落とし込みます。
6. 月次決算データを経営判断につなげるサイクル
月次差異分析を「毎月の作業」で終わらせず、経営判断につなげるには、月次経営会議を制度として定着させることが最も重要です。以下に標準的な月次サイクルを示します。
月初1〜5営業日(速報フェーズ)
前月の主要KPIを速報値で集計します。病床利用率・入院患者数・外来患者数・収益の速報を経営者(理事長・院長・事務長)に共有します。詳細な費用分析はこの段階では不要で、「先月どうだったか」の感触をつかむことが目的です。
月初5〜10営業日(分析フェーズ)
正式な月次集計が完了します。前節の差異分析(ステップ1〜6)を実施し、月次経営会議の資料を準備します。資料は「前月比較一覧表」と「主要課題と対策案」の2ページに絞ると会議の生産性が上がります。
月中旬(意思決定フェーズ)
月次経営会議を開催します。理事長・院長・事務長・各部門長が参加し、数字の背景を共有したうえで対策を決定します。会議時間は60〜90分を目安とし、議事録には対策内容・担当者・期限を必ず記録します。決定事項を全職員に周知する仕組みも整備します。
月末(進捗確認フェーズ)
前月の月次経営会議で決定した対策の進捗を確認します。次月の目標設定と行動計画を仮組みし、翌月の速報フェーズへとつなぎます。金融機関への月次報告がある場合は、このタイミングで対応します。
四病院団体協議会の2025年度調査(中間報告)によると、経営の安定している病院ほど定期的なデータ把握と意思決定サイクルが整備されている傾向があります。月次管理は経営が厳しいときの「緊急対応策」ではなく、経営状況に関わらず継続する経営インフラとして位置づけることが重要です。
福祉医療機構(WAM)の2025年6月の病院経営動向調査でも、物価高騰の継続が収支に与える影響が続いていることが確認されています。コストの変動を毎月把握し、診療報酬改定の効果と照合しながら意思決定するという月次サイクルを回せる病院は、変化に強い経営基盤を持つことになります。
月次決算管理の定着には6〜12ヶ月の時間がかかることが多いです。最初は「速報値の共有だけ」「病床利用率と人件費率の二指標だけ」という小さな運用から始め、慣れてきたら分析の深度を増していくアプローチが現実的です。まず「毎月1枚のKPIシートを共有する」という一歩から始めることをお勧めします。
まとめ
月次決算管理とは、病院経営の「今」をリアルタイムで把握し、問題を早期に発見して対策につなげるための経営習慣です。医業赤字74.6%という厳しい現実のなか、問題発覚が遅れることのコストは計り知れません。
病床利用率・入院単価・人件費率という三つのコアKPIを毎月追跡し、予算との差異を8ステップで分析して月次経営会議で意思決定する。このサイクルを制度として定着させることが、経営者が数字を武器に病院を動かすための最短ルートです。年次決算から月次管理へのシフトは、今日からでも始められます。
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出典・参考文献
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 中間報告(2025年10月)
- 福祉医療機構リサーチレポート 2023年度決算 病院の経営状況
- 福祉医療機構 病院経営動向調査(WAM短観)
- 帝国データバンク 全国「病院経営」動向調査(2024年度)
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- 厚生労働省 令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況
- GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
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