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病院の固定費・変動費と損益分岐点 — 数字で分かる収益構造の基本

監修者 藤井翔悟

2026-10-01 | NPO法人日本はすばらしい 病院経営支援チーム
監修: 藤井翔悟(医療機関経営支援16年・累計1,000院以上)

赤字病院が経営改善に踏み出すとき、まず整理しなければならないのが自院のコスト構造です。感覚的に「人件費が高い」「薬代がかかる」と把握していても、それが固定費なのか変動費なのかを区別しなければ、どの手を打てば利益が改善するかが見えてきません。本稿では、病院経営に欠かせない「固定費と変動費の分類」「損益分岐点の考え方」を、実務で使える視点から整理します。理事長・院長・事務長の方が経営分析の基礎として活用できる内容です。

1. 固定費と変動費とは — 病院に当てはめた定義

固定費とは、患者数・診療量が増減しても金額がほぼ変わらないコストを指します。一方、変動費は患者数・診療量に連動して増減するコストです。

固定費・変動費の分類と主な具体例

一般的な企業では製造量が変動費の基準になりますが、病院では「入院患者数(延べ入院患者数)」「外来患者数」「手術件数」などが基準となります。なお、現実には「準固定費(ある水準を超えると段階的に増える費用)」や「準変動費(固定部分+変動部分の混合)」も存在しますが、まずは「固定費か変動費か」の二項で整理するのが実務の出発点です。

固定費の主な例(病院):

  • 職員の基本給・賞与・法定福利費(常勤スタッフの人件費)
  • 建物の賃借料・管理費
  • 医療機器の減価償却費・リース料
  • 院内設備の保守・メンテナンス契約料
  • 損害保険料・地代家賃

変動費の主な例(病院):

  • 薬剤費・診療材料費(患者一人あたり消費量に比例)
  • 給食委託費(提供食数に連動)
  • 検査外注費(検査件数に比例する部分)
  • 臨時スタッフ・派遣スタッフの費用(繁閑に応じた調整分)

病院のコスト管理においては、固定費を「削減する」か「稼働を上げてカバーする」かが、経営改善の大きな分岐点になります。どちらを選ぶかは、自院の費用構成と地域医療環境によって変わります。

なお、「人件費は固定費」と書きましたが、より正確には「常勤スタッフの基本給は固定費、時間外勤務手当は準変動費」というように細分化することもできます。実務では年次計画を立てる際に固定費と変動費をざっくり分けて把握することが多く、月次の損益管理でも大きな分類として機能します。大切なのは「患者数が0になっても払わなければならないコスト(固定費)」と「患者が増えるほど増えるコスト(変動費)」の区別を持ち、それを踏まえた意思決定ができるかどうかです。

2. 病院固定費の構造 — 人件費が5〜6割を占める重さ

病院の費用構造で最大の特徴は、人件費がコスト全体の5〜6割を占めることです。これは製造業の2〜3割と比較しても際立って高く、病院が固定費依存型のビジネスモデルであることを意味します。

病院のコスト構成:人件費が占める割合と固定費・変動費のイメージ

人件費がなぜ固定費になるかというと、医師・看護師・薬剤師・理学療法士などの国家資格者を抱える病院では、患者数が一時的に減っても即座に人員を削減することが難しいからです。雇用契約・就業規則・労働法の制約に加え、医療の安全性維持の観点からも最低限の人員配置は維持しなければなりません。

さらに、令和8年度診療報酬改定では入院ベースアップ評価料が最大250点に拡充され、医療従事者の賃上げを前提とした設計になっています。賃上げをしなければ加算が取れないという構造が強化されており、人件費の固定費圧力はむしろ高まる方向にあります。

固定費に含まれる主な費目として、建物・設備の減価償却費(病院建設に数十億円かかるケースも多い)、医療機器のリース料、保守契約費用も加わります。これらを合算すると、病院全体のコストの7〜8割が固定費的な性格を持つという指摘もあります。

コスト区分 主な内訳 固定/変動
人件費 常勤スタッフ給与・賞与・社会保険料 固定
薬剤費 医薬品(患者使用量に比例) 変動
診療材料費 手術材料・消耗品(処置量に比例) 変動
委託費 清掃・警備・給食(固定契約部分多い) 準固定
減価償却費 建物・医療機器 固定
設備リース料 MRI・CT等 固定

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3. 変動費の管理 — 薬剤費・診療材料費が最大の課題

変動費の中で、病院が最もコントロールを求められるのが薬剤費と診療材料費です。

変動費管理のポイント:薬剤費・診療材料費の削減アプローチ

薬剤費は入院・外来それぞれの処方パターンと、採用薬品の価格交渉によって大きく変わります。一般的に、複数の病院が共同で薬品を購入する**共同購買(GPO)**を活用すると、単独交渉より有利な条件を引き出せる場合があります。診療材料費についても、手術インプラントや消耗品の標準化・採用品目の絞り込みにより削減余地が生まれます。

変動費管理で忘れてはならないのは、削減を進めても医療の質を落とさないことです。薬剤の後発品(ジェネリック)切替は費用対効果が高い一方、患者の病態や副作用リスクを考慮した個別判断が必要です。「コスト削減」と「医療安全」のバランスをとるのが、変動費管理の本質と言えます。

また、検査外注費については「院内検査vs外注」の選択が費用に大きく影響します。外注では変動費化できる半面、緊急時の対応速度に制約が生じることもあります。自院の診療機能と費用のバランスを見ながら判断する必要があります。

変動費率(変動費÷売上高)は、後述する損益分岐点の計算において重要なパラメータです。変動費率を下げれば損益分岐点が下がり、より少ない稼働量でも黒字化できるようになります。たとえば変動費率が30%から25%に改善すると、損益分岐点売上高は約7%低下します。

委託費の中には「固定部分」と「変動部分」が混在しているケースもあります。たとえば給食委託は「基本料(固定)+食数に応じた従量料金(変動)」という契約が一般的です。清掃・警備は通常固定契約が多いですが、時間延長や特別対応の割増費用は変動的に発生します。このように、実務では費用を「費目単位」ではなく「契約形態・発生メカニズム単位」で分解することで、より精緻なコスト構造が見えてきます。事務長や経理担当者が各委託契約書を見直し、固定部分と変動部分を分けて把握しておくことをお勧めします。

4. 損益分岐点の計算 — 何%稼働すれば黒字になるか

固定費と変動費が整理できれば、損益分岐点(利益がちょうどゼロになる稼働水準)を計算できます。

損益分岐点分析:病床利用率と収支の関係(200床・入院単価5万円のモデル試算)

損益分岐点の基本式は次のとおりです。

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ (1 − 変動費率)

ここで「変動費率」は「変動費÷売上高」です。病院の変動費は薬剤費・材料費・食事変動分などが中心で、一般的に売上の2〜3割程度と言われますが(施設により異なります)、自院の実際の数字を使うことが重要です。

稼働率・収益への影響(200床・入院単価5万円のモデルケース):

厚生労働省の病院報告(2024年)によれば、全病床の全国平均稼働率は77.0%、一般病床では73.3%です。損益分岐点は一般に80%前後とされています。このギャップを数値化すると:

  • 利用率73.3%(全国平均)→ 80%(損益分岐点目安)の差は6.7ポイント
  • 病床200床・入院単価5万円の場合、利用率1ポイント変わると年間約3,650万円の増減(2床×5万円×365日)
  • 6.7ポイントの改善で、年間約2.4億円の増収効果(あくまで固定費不変の機械計算)

この試算は固定費が変わらないことを前提としていますが、現実には稼働増に伴い変動費(薬剤費・材料費)も増加します。それでも、損益分岐点を超えた稼働増による増収効果は、固定費構造の重さゆえに非常に大きくなります。

損益分岐稼働率は自院の固定費総額・変動費率・入院単価によって異なるため、以下の手順で計算することをお勧めします。

  1. 月次損益計算書から固定費を特定する
  2. 変動費(薬剤費・材料費・食事変動分)を売上で割り変動費率を算出する
  3. 損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ (1 − 変動費率) を計算する
  4. 損益分岐点売上高 ÷ 稼働満床時売上 × 100 = 損益分岐稼働率 を求める

5. 固定費の削減とスリム化 — 構造的アプローチ

損益分岐点を下げるには、固定費を削減するか変動費率を下げるかの2方向があります。固定費削減は即効性が高い一方、単純な人員削減は医療の質を損なうリスクがあるため慎重に進める必要があります。

固定費削減のアプローチ:コスト構造スリム化のチェックリスト

①施設・設備の最適化

老朽化した建物の一部廃止や、稼働していない医療機器のリース解約・売却を検討します。たとえば、稼働率が低い手術室や検査室の運営体制を見直すことで、保守費用・人件費の両面で削減できる場合があります。特に、大型医療機器(MRI・CTなど)は保守契約費が高く、利用頻度に比して維持コストが割高になりやすいため、外部委託・他院との共同利用への切替も選択肢の一つです。

②委託費の見直し

清掃・警備・医事業務・給食委託などのアウトソーシング契約は、定期的に競合他社との比較を行い、適正価格に戻す交渉が有効です。長期契約のまま自動更新を繰り返していると、市場価格から大きく乖離している可能性があります。一般に3〜5年に一度は競争入札または相見積もりを行うことが望ましいとされています。

③機能転換による固定費構造の変換

高度急性期機能から回復期・療養機能への転換は、人員配置基準が変わるため固定費の水準そのものが変わります。ただし、転換には診療報酬の要件確認(年度明記・算定可否の専門家確認が必要)と、地域医療ニーズとの整合が前提です。機能転換は固定費削減の手段であると同時に、地域での役割再定義でもあります。

④人件費の柔軟化(常勤・非常勤・委託のバランス)

常勤比率が過度に高い組織では、需要変動に対して人件費が硬直化します。非常勤・派遣の活用余地と正規雇用のバランスを見直すことで、一定の変動費化が可能です。ただし、夜間・休日対応や専門性の確保には限界があるため、診療機能を損なわない範囲での調整が求められます。

6. 黒字転換への3つの方向性 — コスト構造を踏まえた戦略選択

損益分岐点分析から導かれる黒字転換への方向性は、大きく次の3つです。

黒字転換への3方向:稼働率改善・単価向上・コスト削減の戦略マトリクス

方向①:稼働率(数量)を上げる

最もインパクトが大きいのが入院稼働率の改善です。損益分岐稼働率が80%の病院なら、現在の73.3%稼働から7ポイント改善するだけで黒字ラインに到達できます。固定費が変わらない中で売上が増えるため、増収分がほぼそのまま利益に直結します。そのための具体策としては、退院支援・早期転院の促進、地域連携を通じた紹介患者の増加、外来から入院へのスムーズな連携強化などが挙げられます。

方向②:入院単価(価格)を上げる

DPC算定区分の適正化、診療報酬の加算取得漏れの改善(特に令和8年度改定での新設加算の活用)、医療機能の高度化による高単価患者の受け入れ強化などが有効です。入院単価が上がれば、同じ稼働率でも損益分岐点が下がる効果があります。加算取得については年度・体制要件を必ず確認してください(算定可否は医事課や専門家との確認が必要です)。

方向③:コスト(固定費・変動費)を下げる

前節で整理した固定費削減・変動費管理のアプローチを組み合わせます。特に「薬剤費・診療材料費」は変動費の中でもボリュームが大きく、改善余地が生まれやすい領域です。固定費の削減は効果が持続的ですが、即効性に乏しい場合が多いため、①②と並行して取り組むことが現実的です。

四病協の2024年度病院経営定期調査では、病院の医業赤字は74.6%・経常赤字は65.6%に達しています。帝国データバンクの2024年度調査でも、民間病院約900法人の営業赤字は61.0%に上ります。こうした厳しい環境のなかで黒字を維持している病院は、①〜③の複数を組み合わせて損益分岐点を超えています。

「どこに一番の問題があるか」を把握するためには、まず自院のコスト構造を固定費・変動費に分解し、損益分岐点稼働率を計算することが出発点です。数字を可視化することなしに、経営改善の道は開けません。理事長・院長・事務長が月次損益の内訳を固定費・変動費の視点で見直す習慣を持つことが、持続的な黒字経営への第一歩です。

まとめ — コスト構造を可視化することが経営改善の出発点

本稿で解説した固定費・変動費・損益分岐点の考え方を整理します。

  1. 固定費は患者数に関わらず発生するコスト。病院では人件費(常勤スタッフ)・減価償却費・リース料・保守費などが該当する
  2. 変動費は患者数・診療量に連動するコスト。薬剤費・診療材料費・給食費(食数連動分)などが代表例
  3. 病院のコストの5〜6割は人件費という固定費が中心であり、稼働率の増減が収益に直撃する構造を持つ
  4. 損益分岐点稼働率は「固定費 ÷ (1−変動費率) ÷ 満床時売上」で算出でき、自院の実数で計算することが重要
  5. 黒字転換には「稼働率を上げる」「入院単価を上げる」「コストを下げる」の3方向を組み合わせることが現実的

四病協の2024年度調査によれば、病院の医業赤字は74.6%・経常赤字は65.6%に上ります。また帝国データバンクの2024年度調査では民間病院約900法人の61.0%が営業赤字です。赤字が常態化する構造的背景として、固定費が高くかつ診療報酬という公定価格に縛られていることが根本にあります。

だからこそ、まず自院の数字を把握することが最初の一手です。月次の損益計算書を固定費・変動費に分解し、「損益分岐点を超えるために何が必要か」を定量的に示せる経営幹部が増えることが、日本の病院経営の底上げにつながると考えます。


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