「どこが赤字か分からない」は最大のリスク
四病院団体協議会の2024年度調査では、病院の医業赤字が**74.6%**に達しています。帝国データバンクの調査でも民間病院約900法人の61.0%が営業赤字という厳しい実態が示されています。赤字という事実は把握していても、「どの病棟が赤字を作っているか」が見えていない病院は少なくありません。
病院全体の損益計算書だけを眺めていても、具体的な改善の手は打てません。外来・入院、さらには急性期病棟・地域包括ケア病棟・回復期病棟・療養病棟など、機能が異なる部門が混在する病院では、部門ごとの収益力と費用構造を把握することが経営改善の出発点となります。
本稿では、病棟別採算管理の基本的な考え方から、具体的な導入手順、赤字病棟の改善策まで実務に即して解説します。

1. 病棟別採算管理とは何か
管理会計の病院への適用
病棟別採算管理とは、管理会計(マネジメント・アカウンティング)の考え方を病院の病棟単位に適用する手法です。財務会計(決算書)が「病院全体の過去の結果」を示すのに対し、管理会計は「どの部門がいくら利益を生んでいるか」を現在進行形で把握し、経営意思決定に役立てます。
日本の病院では、収益構造が外来・入院・その他(健診・薬剤など)に分かれており、さらに入院収益は急性期一般病棟、地域包括ケア病棟、回復期リハビリテーション病棟、療養病棟など機能区分ごとに大きく異なります。それぞれの病棟は稼働率・在院日数・患者構成・人員配置がすべて違うため、採算状況には病棟間で著しい差が生じます。
病院のコストの5〜6割を占めるのが人件費です。看護師の配置基準は病棟ごとに異なり、急性期一般7対1の病棟と10対1の病棟では同じ床数でも人件費負担が数千万円単位で異なります。この構造を把握せずに「病院全体の人件費が高い」と眺めているだけでは、具体的な改善策は生まれません。
令和8年度改定で必要性が増した背景
令和8年度診療報酬改定(2026年6月施行)では、本体が約30年ぶりとなる3.09%のプラス改定となりました。急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へ引き上げられ、物価対応料(急性期一般1で58点/日など)や看護・多職種協働加算(加算1:277点/加算2:255点)が新設されています。
改定の恩恵を最大化するには、各病棟でどの加算が算定できているか、どこが増収・減収になっているかを病棟単位で把握することが不可欠です。病院全体の改定効果しか見ていない場合、あとから「実は一つの病棟だけが増収で他は横ばい」という事態に気づくことになります。

2. 病棟別収益の把握方法
収益項目と直課・配賦の考え方
病棟別収益は主に以下の項目から構成されます。配賦の基本原則は「直接帰属できるものは直課し、共通費のみ按分する」です。
| 収益項目 |
配賦の考え方 |
| 入院基本料・特定入院料 |
当該病棟に直課 |
| 各種入院加算(転棟前後を含む) |
実際の入院病棟に直課 |
| 手術・処置・検査収益 |
実施部門ではなく「在院病棟」に帰属させる方法が採算把握に合理的 |
| 病棟処方薬・材料費(使用分) |
処方・使用病棟に直課、または入院患者数比率で配賦 |
| 食事療養費 |
入院患者数で按分 |
多くの病院で議論になるのが手術・検査収益の帰属先です。手術室や放射線部門を「独立採算部門」とすることもできますが、病棟別の採算を把握する目的では「その患者が入院している病棟の収益」として処理するとシンプルかつ実態に近い管理が可能です。
入院単価による病棟比較
病棟収益を横断的に比較するには、**1患者1日当たりの入院単価(患者単価)**を活用します。同じ入院患者数でも、急性期病棟と療養病棟では単価が大きく異なるためです。
病床200床・入院単価5万円の病院では、病床利用率が1ポイント上昇するだけで年間約3,650万円の増収になります(2床×5万円×365日の計算)。単価と稼働率を掛け合わせて病棟ごとに可視化することで、経営への貢献度を直感的に把握できます。
厚生労働省の2024年病院報告によると、病床利用率の全国平均は全病床で77.0%、一般病床で73.3%です。損益分岐点とされる80%を下回る一般病棟は、収益改善の優先対象として着目すべきです。
3. 病棟別費用の把握と配賦
直接費と間接費の分離
費用を病棟別に把握する際は、**直接費(当該病棟に直接帰属する費用)と間接費(複数病棟にまたがる共通費用)**を区別して管理します。
直接費の代表例
- 当該病棟に勤務する看護師・看護補助者の人件費
- 病棟専用医療機器の減価償却費
- 病棟処方薬・材料費(直課できる場合)
間接費の代表例
- 事務部門・管理部門の人件費
- 共用施設(手術室・中央検査室・放射線部門)のコスト
- 光熱水費・建物共通費

間接費の配賦基準
間接費は配賦基準の選び方によって、各病棟への帰属額が大きく変わります。下表に一般的な配賦基準の例を示します。
| 間接費の種類 |
一般的な配賦基準 |
| 事務・管理部門人件費 |
入院患者数または医業収益の比率 |
| 手術・検査室コスト |
実施件数または点数 |
| 光熱水費 |
病床数または延べ床面積 |
| 建物・施設費用 |
占有面積 |
完璧な配賦方法は存在しません。最初から精緻さを追求するより、**「一定のルールを決めて継続的に運用し、前期比の変化を把握する」**ことを優先することが実務上の成功の鍵です。ルールを途中で変えてしまうと期間比較ができなくなるため注意が必要です。
人件費管理の実践
病棟採算管理で最も効果が高いのは人件費の病棟別把握です。特に有効な管理指標として次のものが挙げられます。
- 看護師1人当たり担当患者数(入院患者数÷当該病棟看護師数)
- 患者1人当たり看護師コスト(病棟看護師人件費総額÷入院患者延べ日数)
- 常勤・非常勤・派遣の構成比と時間当たりコスト
一般に非常勤・派遣の割合が増えると時間当たりのコストは上がる傾向があります。常勤化推進か、逆に流動的な非常勤活用かは、病棟の繁忙パターンと採算状況を見ながら判断が必要です。
病棟別損益表の形式例
採算管理の実務では、月次で以下のような形式の病棟別損益表を作成します。行には各収益・費用の項目を、列には急性期病棟A・B、地域包括ケア病棟、回復期病棟などを並べます。
各病棟の末尾には「病棟別損益(収益合計-費用合計)」と「1日当たり患者単価」「病床利用率」を記載します。この3つの指標を並べて見ることで、赤字病棟の構造が「稼働不足型」か「高コスト型」かを一目で判断できます。
病棟別損益表が完成したら、毎月の経営会議で院長・事務長・各病棟長が一堂に集まって確認するルーティンを設けましょう。数字を「見せる」ことで病棟長の当事者意識が高まり、改善行動が自然と生まれます。もし経営会議が月に1回しかない場合でも、数値だけは月初に病棟長全員に配信し、「前月比で何が変わったか」を5分でも共有する機会を作ることが有効です。
4. 赤字病棟の特定と改善優先順位の設定
採算マトリクスで病棟を分類する
各病棟の採算状況を「病床利用率(稼働度)」と「入院単価(収益力)」の2軸で分類すると、改善の方向性が明確になります。

- 高稼働・高単価(優良型): 現状維持。さらなる加算算定の追加検討が有効
- 高稼働・低単価(稼働優先型): 患者構成の見直しや加算取得による単価向上が課題
- 低稼働・高単価(単価優先型): 紹介強化・在院日数短縮による稼働率改善が急務
- 低稼働・低単価(問題病棟): 機能転換・統合・縮小も含めた抜本的検討が必要
赤字の要因を収益側・費用側で診断する
問題病棟が特定されたら、赤字の要因を収益側と費用側に分解します。
収益側の主な問題
- 病床利用率の低さ——稼働不足による固定費の未回収
- 算定漏れ・加算取得率の低さ——診療報酬の取り残し
- 入院単価の低下——患者構成の変化、重症患者の減少
費用側の主な問題
- 人件費比率の高止まり——過剰な看護配置・非効率な残業
- 薬剤費・材料費の高騰——後発品未使用・ムダな処方
- 委託費の見直し不足——給食・清掃・医療機器保守
要因を収益と費用に分けて整理することで、「稼働率を上げれば解決するのか」「費用を削らなければならないのか」という改善の方向性が定まります。
改善優先順位の決め方
複数の病棟が採算不良の場合、どこから手をつけるかを決める必要があります。一般に優先度を決める基準は以下の通りです。
- インパクトが大きい病棟から着手する——病床数が多い病棟の改善は収益インパクトが大きい
- 改善可能性が高い病棟を選ぶ——稼働率が低い病棟は短期間で稼働率を改善できる余地がある
- 改善に必要なリソースが小さい病棟を先行する——加算の算定漏れ補正は追加人員なしで対応可能なケースが多い
一方、「問題病棟」(低稼働・低単価)については、単純な改善施策では効果が出ない可能性があります。機能転換(たとえば一般病棟から地域包括ケア病棟への転換)や、最終的には病床削減も含めた検討が必要になる場合があります。この判断は中長期の地域医療需要と照らし合わせながら慎重に行うことが求められます。
5. 赤字病棟の改善策と実施ステップ
収益改善:稼働率から着手する
低稼働病棟への第一の処方は「なぜ患者が埋まらないか」の原因究明です。一般に、入院患者が少ない主な原因は次の4つに集約されます。
- 外来から入院への誘導が弱い——入院の必要性を医師が積極的に提案できていない
- 連携医療機関からの紹介が少ない——地域連携室の機能が十分に活用されていない
- 在院日数が長く病床回転率が低い——退院調整の遅れ・後方連携先の不足
- 入院適応の判断にばらつきがある——医師間で基準が統一されていない
特に平均在院日数の短縮と病床回転率の改善は即効性が高く、収益インパクトも大きくなります。
収益改善:加算の算定漏れチェック
令和8年度改定では新設・拡充された加算が多数あります。看護・多職種協働加算、入院ベースアップ評価料(最大250点へ拡充)、物価対応料などは、要件を満たしているにもかかわらず算定されていないケースが一般にあります。各病棟で取得できていない加算がないかを定期的に棚卸しする習慣をつけましょう(算定可否は個別施設の状況に基づいて確認が必要です)。
費用削減:看護配置の最適化
看護配置を1区分変えるだけで年間の人件費は大幅に変わります。ただし、入院料の算定要件として最低限の看護師数が定められているため、単純な削減には限界があります。実務上は「残業・時間外の削減」「非常勤・パートの柔軟活用」「病棟間の応援体制整備」などが費用抑制の中心手段となります。
費用削減:薬剤費・委託費の見直し
後発医薬品の採用率向上、不必要な採用品目の整理・削減、医薬品・診療材料の院内共同購買や広域購買グループへの参加などが代表的な施策です。また、給食・清掃・医療機器保守の委託費は複数年で見直しを行わないと市場相場から乖離することがあります。
改善効果の測定と評価
改善施策を実施したら、効果測定が不可欠です。病棟別採算管理の効果を測定する際は、以下の指標を月次で追跡します。
- 病床利用率の変化(目標値との差、前年同期比)
- 患者単価の変化(加算取得率の向上が反映されているか)
- 人件費率の変化(医業収益に占める病棟別人件費の比率)
- 薬剤費・材料費比率の変化(後発品採用の効果が出ているか)
改善施策は効果が出るまでに一定の時間がかかります。稼働率の改善は連携強化から患者数増加まで3〜6か月を要することが一般的です。一方、算定漏れの解消は即月の収益に反映されるため、短期的なクイックウィンとして位置づけることができます。目標達成を確認したら次の病棟・次の施策へと順番に取り組んでいく、継続的な改善サイクルが病院経営の底上げにつながります。

6. 導入の手順と陥りやすい落とし穴
3ステップで始める実装手順
Step 1(3〜6か月)——シンプルな試算表を作る
最初から高度なシステムを構築しようとすると頓挫します。まず既存の会計システムやExcelを活用し、主要な直接費(看護師人件費)と直接収益(入院基本料・主要加算)だけでシンプルな試算表を作成します。月次で集計して病棟長・事務長に共有するだけでも、現場の意識は大きく変わります。
Step 2(6〜12か月)——病棟別損益の可視化
試算表が安定したら、間接費の配賦ルールを決め、より実態に近い病棟別損益を算出します。採算マトリクスを作成し、経営会議の定期アジェンダに組み込みます。数値を見た病棟スタッフが「自分たちの病棟はどこに位置するか」を意識することが、改善行動の出発点になります。
Step 3(12か月以降)——KPI設定と継続管理
病棟別の目標値(病床利用率・患者単価・人件費率など)を設定し、月次でモニタリングします。目標未達の場合は病棟長が原因分析と改善策を立案し、経営幹部がバックアップします。継続的なPDCAサイクルを回すことで、採算管理が病院文化として定着していきます。
病棟長・事務長・経営幹部の役割分担
病棟別採算管理を機能させるには、関係者の役割を明確にすることが重要です。
| 役割 |
担当 |
主な責任 |
| 全体統括・方針決定 |
院長・副院長 |
機能転換・投資判断など重要意思決定 |
| 数字の集計・分析支援 |
事務長・経営企画 |
病棟別損益表の作成・経営会議資料の準備 |
| 病棟の改善実行 |
病棟長・師長 |
稼働率向上・残業削減・加算算定の確認 |
| 外部連携・紹介促進 |
地域連携室 |
連携医療機関との関係強化・患者誘導の改善 |
特に重要なのは、事務長が「数字の出し手・管理者」として機能することです。病棟長は医療・看護のプロですが、財務数値を読み解く専門知識は不十分な場合があります。事務長が病棟長の「財務パートナー」として隣に立ち、数字の意味を解釈し改善策を一緒に考えることが、採算管理の実効性を高めます。
よくある失敗と対処法
失敗①「配賦ルールの議論で前に進まない」
間接費の配賦方法を議論し始めると、部門間で利害が対立して合意が取れず導入が停滞することがあります。「最初は粗い配賦でよい。精緻化は後からできる」と割り切り、まず動かすことを優先しましょう。
失敗②「数字だけ渡して権限を与えない」
採算数値を病棟長に共有しても、改善のための権限やリソースが与えられなければ機能しません。人員調整・採用品目変更などの実質的な裁量と、改善達成を評価する仕組みを合わせて設計することが重要です。
失敗③「単年度の絶対額だけで判断する」
病棟の収益はインフルエンザ流行期・夏季入院低下などの季節変動を受けます。月次データとともに前年同期比での比較を基本とし、単月の異常値で過剰反応しないようにしましょう。

まとめ
病棟別採算管理は「病院全体の赤字」を病棟単位に分解し、具体的な改善行動につなげるための実践的な手法です。医業赤字74.6%という厳しい環境のなか、限られたリソースで改善の優先順位を明確にしたい病院にとって、導入の価値は高いと言えます。
完璧なシステムを最初から構築するのではなく、**「シンプルな試算から始めて、継続的に精度を上げる」**アプローチが成功の鍵です。病棟長・事務長・経営幹部が共通の数字を持ち、毎月の経営会議で確認する習慣をつくることから始めてみてください。
本稿で紹介した手順をまとめると、①まず病棟別の直接費と直接収益で試算表を作り、②病棟別損益を可視化して問題病棟を特定し、③収益・費用それぞれの改善策を優先順位とともに立案・実行し、④月次でKPIをモニタリングして次の行動につなげる、という流れになります。一歩一歩進めることで、数年後には「病院全体の黒字化」という成果として結実します。病棟別採算管理は複雑に見えますが、出発点は「病棟ごとの数字を見る習慣」という至ってシンプルな行動です。
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