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赤字病院の賞与・給与をどう守るか — 人件費管理と財源確保の実務

監修者 藤井翔悟

2026-09-18 | NPO法人日本はすばらしい 病院経営支援チーム
監修: 藤井翔悟(医療機関経営支援16年・累計1,000院以上)

「今期は赤字だが、職員への賞与はどう考えればよいか」——これは病院理事長・院長・事務長が年に二度、夏と冬に必ず直面する問いです。賞与をカットすれば短期キャッシュは改善しますが、優秀なスタッフが離職するリスクが高まります。一方で、無理に支給すれば資金繰りが一段と悪化する可能性もあります。

四病院団体協議会(四病協)が公表した2024年度病院経営定期調査・最終報告によれば、病院の医業収支での赤字比率は74.6%、経常収支でも65.6%に達しています。つまり病院の3分の2以上が何らかの赤字を抱えながら運営しているという現実があります。この厳しい環境の中で、いかに賞与・給与の財源を確保し、人材を守るか——本稿では病院経営の実務者向けに、人件費管理の考え方と具体的な手順を整理します。


1. 人件費が病院経営に占める重さ

病院経営における最大の費用項目は人件費です。一般的に病院のコストの5〜6割を占めると言われており、製造業や他の業種と比べてもその比率は突出して高い水準にあります。医師・看護師・コメディカル・事務職員など多様な専門職を24時間365日体制で配置しなければならない医療の特性が、この高い人件費比率の根本的な要因です。

病院の費用構造: 人件費が5〜6割を占める

材料費(薬品・医療材料)は2〜3割程度、経費や減価償却が1〜2割程度を占めると言われますが、これらは比較的コントロールしやすい性格を持っています。一方で人件費は、簡単に削減できない「固定費的な性格」を持っています。雇用契約・就業規則・労働基準法の制約がある上、看護師1名採用するにも数十万円規模の採用コストがかかると言われており、安易な削減が後に大きなコストとなって跳ね返るリスクがあります。

医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協 2024年度病院経営定期調査・最終報告)という数字は、多くの病院がこの重い人件費を抱えながら十分な収益を上げられていない現実を示しています。さらに帝国データバンクの2024年度調査では、民間病院約900法人の61.0%が営業赤字に陥っており、2025年の医療機関の倒産は66件・休廃業解散は823件と2年連続で過去最多を記録しています。

こうした状況では、賞与・給与の支給可否を感覚ではなく、財務指標を根拠に判断する仕組みが不可欠です。まず人件費が費用全体のどの程度を占めているかを正確に把握することが、経営判断の第一歩となります。

人件費率(人件費÷医業収益)を月次で追跡し、前年同月・前四半期と比較することで、「人件費が増えているのか、収益が落ちているのか、あるいはその両方か」を切り分けることができます。この分析なしに賞与支給の判断を行うと、根拠のない感覚的な判断に陥りがちです。病院の費用構造の中で最大の固定費である人件費を正確に把握することが、健全な人件費管理の出発点です。


2. 令和8年度改定でベースアップ財源はどう変わったか

令和8年度(2026年度)診療報酬改定は、病院の人件費管理に大きな影響を与える内容を含んでいます。本体改定率は+3.09%と、約30年ぶりに3%を超える引き上げとなりました。この改定の施行日は2026年6月1日です。

令和8年度(2026年度)診療報酬改定: 人件費対応の主要変更

賃上げへの対応として特に注目されるのが、入院ベースアップ評価料の最大250点への拡充です。これは前回改定での導入から一段と増額された形となっており、入院患者を多く抱える病院にとって賃上げ財源の一つとして機能しうる算定候補です。ただし、具体的な算定要件・算定可否については各施設での確認が不可欠です。

急性期一般入院料1については、令和8年度改定で1,688点から1,874点へと引き上げられています。1点10円換算で計算すると、1入院あたり1,860円の増収になり得る計算ですが、病床稼働率や入院患者数によって施設ごとに収益影響は大きく異なります。たとえば200床・平均入院単価5万円の病院では、利用率が1ポイント向上するだけで年間約3,650万円規模の増収につながると試算されます。

重要なのは、改定による収益増が「自動的に職員の賞与財源になる」わけではない点です。改定の恩恵を受けるためには、算定要件を満たした体制整備が必要であり、そのための人員確保・教育にもコストがかかります。改定内容を単純に「収益増=賞与財源増」と読み違えず、施設の体制・患者構成・算定実績を踏まえた上で財源試算を行うことが求められます。

また、物価対応のための新設加算が改定パッケージに含まれており、エネルギーコスト・材料費の上昇を吸収するための手当てが診療報酬上で考慮されています。これも直接的な人件費財源とはなりませんが、間接的に収益性を下支えする要素として評価できます。

改定内容を最大限活用するには、事務長・診療情報管理士・コーディングスタッフが連携し、どの加算が自施設で算定可能か、未算定のものがないかを棚卸しする作業が有効です。改定年度の前後は特に算定漏れが生じやすく、これを是正するだけで数百万円単位の増収につながる施設もあると言われています。


3. 賞与支給の可否を判断する3つの指標

赤字下でも賞与支給を検討できるケースはあります。逆に黒字でも資金繰りが逼迫していれば慎重な判断が必要です。以下の3段階チェックが現場での判断フレームとして機能します。

赤字病院の賞与支給: 3段階チェック

第一のチェック: 経常収支 損益計算書の経常損益を確認します。医業収益から医業費用を引いた医業収支に加えて、補助金・寄付金・受取利息などの経常外収支を加味した経常収支が黒字であれば、経営実態として賞与を支給できる根拠があると言えます。医業赤字であっても経常黒字の場合は、補助金等の財源が賞与に充当できる可能性があります。

第二のチェック: キャッシュフローと残高 経常赤字であっても、手元資金が十分であれば一部支給・分割支給を検討できます。目安として、月商(月次医業収益)の3ヶ月分程度の現金・預金残高があれば、短期的な賞与支給の財源として一部を活用する余地があると考えられています。ただしこれは目安であり、施設の借入返済スケジュール・設備投資計画・季節的な収支変動によって適切な残高水準は異なります。

第三のチェック: 資金手当ての可否 キャッシュが不足する場合でも、独立行政法人福祉医療機構(WAM)の貸付制度や取引金融機関からのつなぎ融資によって資金手当てができれば、支給を維持しながら資金繰りを繋ぐ選択肢があります。融資の条件・審査期間を考えると、支給月の2〜3ヶ月前には動き出す必要があります。

この3段階を経て判断が難しい場合は、経営層での協議に加え、外部の病院経営コンサルタントや顧問税理士・公認会計士のアドバイスを受けることが有効です。賞与支給の判断は単なる財務判断にとどまらず、職員のモチベーション・定着率・地域での評判に直結するため、経営的判断として慎重かつ根拠を持って行う必要があります。

なお、賞与支給額の決定に際しては、就業規則・労働協約に定められた算定基準・支給基準日・支給条件を必ず確認してください。規程との乖離は労務トラブルの原因となります。


会議に出す前のチェックに

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4. 賞与削減・カットが招く離職コストとリスク

「今年は赤字だから賞与はなし」という判断は、表面上はコスト削減に見えます。しかし中長期的に見ると、この判断が結果として多大なコストを生む可能性があります。

賞与削減・カットと維持: リスクとコストの比較

まず離職コストの問題があります。看護師1名が離職した場合、後任採用・教育にかかるコストは数十万円から百万円超になると言われています。これに休職補填のための派遣スタッフ費用、診療体制の縮小による収益損失を加えると、賞与1回分のカット額を大きく上回るコストが発生し得ます。特に専門性の高い診療科やICU・手術室など人員の確保が難しい部門では、1名の離職が診療機能の大幅な低下に直結するリスクがあります。

帝国データバンクが報告した医療機関の倒産66件・休廃業解散823件という数字の背後には、財務悪化のみならず人材流出による診療継続困難というケースも少なくないと考えられています。人材確保が困難な地域・診療科では、給与・賞与水準が競合施設との比較で劣後すると、優秀なスタッフから順に転職する傾向が見られると言われます。

また採用市場の観点からも、賞与削減やカットの実績は求職者に伝わりやすい情報です。近年は就職情報サイトや口コミサービスが充実しており、「賞与が少ない」「経営が不安定」というイメージが定着すると採用難に拍車がかかります。採用コストの上昇はさらなるコスト負担となり、負のスパイラルに入るリスクがあります。

一方で賞与を維持することは、こうした離職・採用コストを抑制し、診療体制の安定を保つことで中長期的な収益基盤を守る効果があります。短期的なキャッシュアウトと、中長期的な収益・コストのバランスを経営判断として明確にすることが重要です。

もちろん、財務的に維持が不可能な状況での無理な支給は本末転倒です。その場合は、削減の理由・状況・回復見通しを職員代表に誠実に説明し、理解を得た上で段階的な削減に踏み切ることが、信頼の維持と将来の関係修復に有効です。透明性のないカットよりも、説明責任を果たした上での削減の方が、職員の納得感を得やすい傾向があります。


5. 赤字下での賞与・給与管理の実務ステップ

実務的な賞与・給与管理のプロセスを、支給月を起点とした6段階のステップで整理します。

賞与・給与管理の実務ステップ(支給月基準)

STEP 1(支給3ヶ月前):月次決算の確認 月次試算表を締め、医業収益・医業費用・経常損益を確認します。前月・前年同月との比較を行い、収支トレンドを把握します。特に人件費・材料費・診療単価・稼働率の動向を注視してください。月次管理が遅れている施設では、この段階から月次決算の早期化・精度向上に取り組むことを推奨します。

STEP 2(支給2ヶ月前):キャッシュフロー予測の更新 資金繰り表を更新し、支給月の手元資金を試算します。診療報酬の入金スケジュール(審査月・支払月)、借入返済、設備投資、材料費支払いなどを盛り込んだ月次キャッシュフロー予測を作成します。必要に応じて金融機関との事前折衝もこの段階で開始します。

STEP 3(支給1ヶ月前):人件費率と収益予測の精査 年間人件費率の見通しを立て、支給額を加えた場合の人件費率を試算します。複数シナリオ(全額支給・一部支給・分割支給・カット)のそれぞれについて、財務インパクトとリスクを比較整理します。この段階で支給額の仮決定を行い、経営層での承認を得ます。

STEP 4(支給月前):職員代表との協議 労働組合または職員代表との協議を行います。支給内容とともに、経営状況・支給根拠・将来の改善見通しを説明します。不利益変更を伴う場合は労働基準法・就業規則上の手続きを必ず確認し、必要な手続きを踏みます。弁護士・社会保険労務士への事前確認を推奨します。

STEP 5(支給額確定・資金手当て) 協議結果を踏まえて支給額を確定し、必要な資金を手当てします。WAM融資・金融機関借入・内部留保からの充当など、財源の優先順位を明確にします。振込日・振込口座の確認など事務的な手続きも並行して進めます。

STEP 6(支給後・次期計画への反映) 支給後に実績を記録し、次の賞与期に向けた計画に反映します。今期の収益予測と実績の差異分析を行い、予測精度を高める改善を図ります。このPDCAサイクルを回すことで、毎回の判断の精度と根拠が積み上がっていきます。

給与管理においても同様のプロセスが有効です。月次の給与・時間外手当の推移をトラッキングし、人件費率の変動要因を把握することが、経営改善の早期着手につながります。


6. 人件費率の目安と危険水域の管理

人件費率は病院経営の健全性を測る代表的な指標の一つです。ただし、病床種別・診療科・地域・規模によって適切な水準は異なるため、自施設の特性を踏まえた解釈が必要です。

病院の人件費率: 目安と経営アクションの目安

一般的な目安として、50%以下であれば人件費率は健全な水準と言われます。継続的なモニタリングを行いつつ、収益拡大策と人材投資のバランスを取りながら経営を進めることができます。

50〜55%の水準になると注意が必要です。コスト構造全体を見直し、収益増加策や費用の最適化を検討し始めるタイミングです。人件費の内訳(正規・非常勤・派遣別)を詳細に把握し、生産性向上・業務効率化による対応策を探ります。

55〜60%は警告水域です。この水準では医業収益の55%超が人件費に消えており、材料費・経費・減価償却を加えると医業赤字に陥る可能性が高い状態です。稼働率の向上・診療単価の引き上げ・未算定加算の整備など、収益改善策の立案と実行が急務です。

60%を超えると危険水域です。多くの場合、医業赤字が深刻化しており、借入による補填が続いている状態と考えられます。この段階では病院経営コンサルタントや医療経営に詳しいアドバイザーへの相談を含め、経営改善計画の策定が必要です。

人件費率の管理において注意すべき点は、「率を下げること」が目的ではなく「収益性と人材の両立」が目的であるということです。人件費を無理に削減して率を下げても、診療の質が落ちれば患者数・収益が減少し、結果として人件費率はむしろ上昇します。人件費率の改善は、分子(人件費)の削減だけでなく、分母(医業収益)の拡大によって実現するアプローチが持続可能です。

福祉医療機構(WAM)のリサーチレポートや日本医療マネジメント学会の分析では、人件費関連指標を用いた病院経営の多角的な評価手法が研究されており、こうした外部指標の活用も自施設の位置づけを客観的に把握する上で有効です。

人件費率の管理ツールとして、毎月の月次試算表に人件費率の計算を組み込み、前年同月・前四半期・予算対比の3軸で確認するルーティンを構築することを推奨します。特定水準を超えた場合のアラート設定(たとえば55%超でレポート、58%超で役員報告)を事前に決めておくと、問題の早期発見と迅速な対応が可能になります。


まとめ:赤字下でも人材を守る経営判断の基本

医業赤字74.6%という現実の中で、賞与・給与の支給判断は「感覚」や「前例踏襲」では乗り越えられない課題になっています。本稿で整理した視点を改めてまとめます。

第一に、人件費は病院費用の5〜6割を占める最重要コストであり、その管理は経営の根幹です。第二に、令和8年度改定のベースアップ評価料拡充・本体+3.09%という環境は、適切な算定体制が整っている施設には追い風ですが、要件の確認と体制整備が前提です。第三に、賞与支給の可否判断は経常収支・キャッシュ残高・資金手当ての3段階で構造的に判断することで、感覚に依存しない経営が可能になります。第四に、賞与削減・カットは短期コスト削減に見えても、離職コスト・採用コスト・診療体制リスクを含む中長期コストが上回る可能性があります。第五に、支給月の3ヶ月前から始まる6ステップの実務プロセスを確立することで、毎回の判断の精度と根拠が積み上がります。第六に、人件費率は定期モニタリングを行い、警告水域・危険水域に達した段階で速やかに収益改善策を着手することが経営防衛の要です。

赤字経営の中で職員を守ることは、病院が地域医療を守ることと同義です。財務的根拠を持った判断と、職員への誠実な説明責任の両立が、これからの病院経営者に求められる姿勢です。


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出典

  1. 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
  2. 帝国データバンク 全国「病院経営」動向調査(2024年度)
  3. 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
  4. GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
  5. GemMed 2026年度改定答申: 基本診療料アップ・物価対応料新設・ベースアップ評価料拡充
  6. 日医on-line 令和8年度診療報酬改定 改定率は本体プラス3.09%に決定
  7. 福祉医療機構リサーチレポート 2023年度決算 病院の経営状況
  8. 人件費をベースとした新たな病院経営指標を用いた国立病院機構における5年間の分析(日本医療マネジメント学会雑誌)
  9. 厚生労働省 個別改定項目について(令和8年度診療報酬改定)

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