病院経営の厳しさが増している2026年現在、赤字病院と黒字病院の間には明確な差が生まれています。四病院団体協議会(四病協)の2025年度病院経営定期調査(最終報告)によると、医業赤字が74.6%、経常赤字が**65.6%**に達しており、7割超の病院が何らかの赤字を抱えている現状です。
しかし、残り約3割の病院は黒字を維持しています。同じ診療報酬体系、同じ医師・看護師不足という環境のなかで、なぜ一方は黒字を保ち、他方は赤字に苦しむのでしょうか。
本稿では、公的統計と実務データをもとに、赤字病院と黒字病院を分ける5つの要因を整理します。数値を追うだけでなく、理事長・院長・事務長が「自院はどこに課題があるのか」を確認するための視点として活用してください。
赤字率の現状と「平均値の罠」

まず現状把握として重要なのが、赤字率の数字を正確に読むことです。四病協の最終報告や帝国データバンクの調査では、民間病院の営業赤字率が61.0%(前年度は54.8%)と大幅に悪化しています。
ただし、この「平均値」には注意が必要です。赤字が深刻な病院と、安定した黒字を維持する病院が同じ「平均」にまとめられているため、どちら側の病院も見えにくくなっています。
重要なのは、赤字の深刻度も黒字の余裕度も、病院によって大きく異なるという点です。100床未満の小規模病院と300床超の中大規模病院では、コスト構造そのものが異なります。精神科病院・療養病棟特化型・急性期病院でも損益構造はまったく違います。
| 機能 |
傾向 |
主な課題 |
| 急性期(200床超) |
利用率次第で大きく変動 |
稼働率・単価の両立 |
| 回復期リハビリ |
比較的安定 |
人件費・入院期間管理 |
| 療養病棟 |
診療報酬改定の影響大 |
令和8年度以降の機能転換 |
| 精神科 |
長期入院で収益安定傾向 |
入退院促進への対応 |
| 中小急性期(100床未満) |
赤字リスクが高い |
単価・利用率ともに課題 |
このような差異を踏まえた上で、赤字・黒字を分ける要因を一つずつ見ていきましょう。
要因①:病床利用率と損益分岐点の管理

黒字病院と赤字病院を分ける最初の要因は、病床利用率の差です。厚生労働省の病院報告(2024年)によると、全病床の病床利用率は全国平均77.0%、一般病床に絞ると**73.3%**です。
赤字から黒字への転換ラインは一般に80%前後の損益分岐点とされています。つまり、多くの病院が損益分岐点を下回る水準で運営していることがわかります。
黒字病院は、この「80%」を超えることを常に経営の優先課題として設定しています。具体的には以下のような取り組みが見られます。
まず入退院支援部門の強化です。患者の早期退院と次の入院を円滑につなぐ体制を整備することで、空床期間を短縮しています。転院コーディネーターや地域連携室の機能強化が代表的な施策です。
次に救急受け入れ能力の維持・強化です。紹介・救急経路から継続的に患者を確保するために、2次救急体制の強化や救急専従スタッフの配置を行っています。救急対応力が高い病院ほど、病床利用率が安定する傾向があります。
さらに地域連携クリニカルパスの活用も有効です。急性期→回復期→在宅という患者の流れを仕組み化し、地域のクリニックや施設と患者紹介・逆紹介の関係を構築しています。
200床・入院単価5万円の病院では、利用率が1ポイント改善するだけで年間約3,650万円の増収につながります(2床×5万円×365日の試算)。この感度を理解しているかどうかが、黒字病院と赤字病院で大きく差が出るポイントです。
一方、赤字病院では「利用率の低さは空床問題ではなく、患者が来ない構造問題」として放置されているケースが少なくありません。空床が続くと固定費(人件費・光熱費)は変わらず、収益だけが下がる悪循環に陥ります。毎月の病床稼働率をKPIとして追いかけ、低下の兆候を即座に検知する仕組みが黒字病院には共通して備わっています。
要因②:診療単価の差(入院・外来ともに)

病床利用率と並ぶ重要指標が診療単価です。黒字病院は入院単価・外来単価ともに継続的に引き上げる努力をしています。
令和8年度(2026年度)診療報酬改定では、本体が**+3.09%(約30年ぶりの3%超増)と大幅な引き上げが行われました。急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へ、地域一般入院料1は1,176点から1,290点へ、療養病棟入院料1は1,964点から2,035点**へ改定されています。また物価対応料も新設されており(急性期一般1で58点/日など)、適切に算定できれば単価向上につながります。
しかし、この改定率の恩恵を最大限に受けられるかどうかは、各病院の算定体制次第です。黒字病院が得意とするのは加算の積極的な取得と適正算定です。
改定ごとに新設・拡充される加算を、自院の体制に合わせて迅速に取得する仕組みがあります。令和8年度から新設された「看護・多職種協働加算(加算1:277点・加算2:255点)」や、最大250点へ拡充された「入院ベースアップ評価料」なども、早期に算定候補として検討・届出が完了しています。
一方、赤字病院では「算定漏れ」が起きやすい傾向があります。加算の要件確認が後手に回り、算定可能な期間を逃してしまうケースです。診療報酬は「取れるものを確実に取る」実務体制が求められます。医事部門と診療部門の連携が弱い病院ほど、この算定漏れが積み重なり、年間を通じると相当な機会損失になります。
DPC対象病院では、機能評価係数IIの管理が単価に直結します。黒字病院は係数の構成要素(効率性・複雑性・救急貢献等)を月次で追跡し、低下要因を早期に手当てしています。年度単位でDPC分析を行うだけでなく、月次の診療内容の変化をリアルタイムに把握することが、単価維持・向上の鍵となります。
要因③:人件費率の水準と生産性

病院のコストの5〜6割は人件費です。人件費そのものを削減することは医療の質や職員の定着率に影響するため容易ではありません。しかし黒字病院は、人件費「率」の管理を徹底することで収益構造を安定させています。
医療機関における人件費率の目安は機能によって異なりますが、一般的に**55〜60%**を超えると赤字リスクが高まるとされています。黒字病院と赤字病院の差が表れる具体的な場面は以下の通りです。
医師の採用コスト管理については、医師不足が深刻な診療科への非常勤医師確保は、一人あたりのコストが高くなりがちです。採用しないと診療が回らない一方、採用しても採算がとれないという構造的なジレンマが生じます。黒字病院は、採用コストを踏まえた診療科別損益シミュレーションを事前に行い、採用可否を数値で判断するプロセスが確立されています。感覚や「以前からいる先生の後任だから」という惰性で採用を続けると、人件費率が知らないうちに上昇します。
看護師配置基準の適切な設定も重要です。7対1・10対1・13対1など、看護師の配置基準によって入院基本料は変わります。利用率が低い状況で7対1を維持しようとすると、人件費が過大になりがちです。黒字病院は配置基準と利用率・単価のバランスを定期的に見直し、必要に応じて基準の変更も視野に入れた経営判断をしています。
超過勤務の管理も人件費率に影響します。2024年度から始まった医師の時間外労働上限規制(医師の働き方改革)の影響もあり、人件費の構造管理はより精緻さが求められています。勤務管理システムへの投資と業務効率化で、医療の質を落とさずに人件費率を適正に保つ取り組みが黒字病院で進んでいます。
また離職率の低さも人件費率管理の重要な要素です。採用・育成コストは高く、離職が多い病院は常にコスト高の状態に置かれます。定着率の高い職場環境づくりが、長期的な人件費率の安定につながります。
要因④:固定費の把握と変動費化

黒字病院のもう一つの特徴は、固定費と変動費の区分を明確にし、変動費化できるコストは外部委託に切り出すという発想を持っていることです。
医療機関の主なコスト区分と変動費化のポイントは以下の通りです。
| コスト項目 |
固定費化しやすいもの |
変動費化の余地 |
| 人件費 |
常勤医師・看護師 |
非常勤・派遣スタッフの活用 |
| 委託費 |
長期委託契約全般 |
給食・清掃・医事の入札更新 |
| 設備費 |
建物・大型医療機器 |
リースバックや共同購買 |
| 医薬品・材料費 |
単独購買は割高になりがち |
共同購買・後発品切り替え |
赤字病院では、委託費の見直しサイクルが長くなっている(または全く行われていない)傾向があります。たとえば病院給食の委託費は、適切に入札・競争見積もりをかけることでコスト削減余地があるケースが典型です。施設の規模・条件によって効果は異なりますが、長年同一業者と契約し続けた場合に相対的な割高感が生じていることがあります。
医薬品・診療材料の共同購買への参加も、中小病院にとっては購買力を高める有効な手段です。スケールメリットが出ない単独購買から脱することで、同じ薬・材料でも単価を下げることができます。後発医薬品(ジェネリック)への切り替えも継続的に推進することで、薬剤費の圧縮につながります。
借入金の返済構造も固定費管理の一部です。病院の建て替えや大型設備投資後に重い元利返済が続いている場合、資金繰りが圧迫されます。黒字病院は、借入条件の定期的な見直し(条件変更・リスケ)を行い、返済負担を収益に見合った水準に調整する意識を持っています。特に金融機関との関係を良好に保ち、財務状況を定期的に開示することで、必要なときに柔軟な対応を得やすい体制を整えています。
福祉医療機構(WAM)や政策金融公庫など、医療機関向けの低利融資制度の活用も選択肢の一つです。一般の金利水準より有利な条件で資金調達できる場合があり、固定費としての金利負担を抑えることに貢献します。
要因⑤:意思決定の速さと経営企画体制

最後の要因は、数値化しにくい「意思決定の質とスピード」です。
黒字病院と赤字病院の最も根本的な差は、経営データを「見る頻度」と「使い方」にあります。黒字病院の経営会議には以下のような特徴があります。
まず月次で病床利用率・単価・人件費率の差異分析を行う点です。前月の実績と予算・目標のずれを数値で把握し、原因を特定します。「なんとなく悪い」ではなく「どの指標がどれだけ外れたか」が共通言語になっています。
次に翌月の見通しと対策を同じ会議で決める点です。実績確認で終わらず、翌月に向けた具体的なアクションを会議の場で決定します。担当者と期限が明確になることで、実行率が上がります。
また事務長・看護部長・診療部長が同じ数字を共有している点も重要です。部門横断で同じデータを見ることで、「うちの部門は問題ない」という縦割り意識が薄まり、病院全体の数値改善に向けた連携が生まれます。
一方、赤字病院に多いパターンとして、月次報告が遅れ気づいたときには手遅れになっていること、「昨年比で悪いが仕方ない」という諦め感が蔓延していること、改善アクションが「担当者の自助努力」に任されていること、役員・管理職が別々のデータを見ており認識がずれていることが挙げられます。
経営企画部門が機能している病院では、日々の診療データが毎月の経営指標に変換され、改善サイクルが回り続けています。理事長だけが数字を握っている状態より、事務長・看護部長・診療部長が同じ指標を共有して動く体制の方が、組織全体の改善スピードが上がります。
医療機関では「現場の忙しさ」が経営分析の後回しを引き起こしがちです。しかし黒字病院は「現場が忙しいほど経営データで正しい判断をしないと回らない」という認識のもと、経営企画担当者(または事務長)が定期的に現場フロアとデータをつなぎ合わせる仕組みを持っています。業績悪化の兆候を早期に捉え、素早く対策を打つことが、赤字への転落を防ぐ最大の防衛線となっています。
まとめ
赤字病院と黒字病院を分ける5つの要因を改めて整理します。
- 病床利用率:損益分岐点80%を意識し、稼働率向上を優先課題にしているか
- 診療単価:診療報酬の算定漏れを防ぎ、加算を適切に取得しているか
- 人件費率:55〜60%を目安に、配置基準と採用判断を数値で行っているか
- 固定費の変動費化:委託費・借入条件を定期的に見直しているか
- 経営企画体制:月次で数値を把握し、翌月の対策を決める仕組みがあるか
自院の現状と照らし合わせたとき、どの要因に課題があるかを把握することが次のアクションの出発点となります。厳しい経営環境だからこそ、「なんとなく赤字」から「どこが問題かが見えている赤字」に変え、対策を具体化することが重要です。
5つの要因はそれぞれ独立しているわけではなく、相互に連動しています。病床利用率が上がれば単価改善の余地が広がり、人件費率の適正化で生まれた原資が設備・サービスへの再投資につながります。経営企画体制が整えば、これら全体の改善スピードが上がります。
まず自院でもっとも改善余地の大きい要因を特定し、そこから着手することを推奨します。
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