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診療報酬改定が病院経営に与える影響 — 改定サイクルと収益変動の読み方

監修者 藤井翔悟

2026-10-17 | NPO法人日本はすばらしい 病院経営支援チーム
監修: 藤井翔悟(医療機関経営支援16年・累計1,000院以上)

診療報酬改定は、病院が自力でコントロールできない最大の外部変数です。病床利用率の改善や人件費の圧縮は自院の努力で動かせますが、2年ごとに国が決める診療報酬の水準は、病院経営者には受け入れる以外の選択肢がほとんどありません。帝国データバンクの2024年度調査では民間病院の61.0%が営業赤字を記録し(前年度54.8%から拡大)、この背景には物価・人件費の上昇に診療報酬が追いつかない構造的問題がありました。

一方、令和8年度(2026年度)改定では本体部分が**プラス3.09%**となり、約30年ぶりの3%超の改定率を記録しました。しかし「プラス改定=即収益増」とはなりません。内訳を読み解き、新設加算の届出を確実に行う病院とそうでない病院では、今後2年間の収益に大きな差が生まれます。

本稿では、診療報酬改定の決定プロセスから令和8年度改定の具体的な影響、病院の機能種別ごとの対応方針、そして次回の令和10年度改定に向けた準備まで、理事長・院長・事務長が押さえておくべき全体像を整理します。

診療報酬改定の決定プロセスと2年サイクル

診療報酬改定は原則として2年に1度、偶数年度の春に実施されます。日本の医療費は「公定価格」である診療報酬点数表で規定されており、その点数が病院の主たる収入源となります。改定のたびに収益構造が変わるため、サイクルを正確に把握することが経営計画の前提です。

診療報酬改定の決定プロセス

改定の決定プロセスは大きく4段階に分かれます。

第1段階:改定率の決定(毎年12月ごろ) 内閣において、財務省と厚生労働省の折衝をもとに本体改定率が決まります。医科・歯科・調剤それぞれの改定率が公表され、この時点で業界全体の収益の方向性が大枠で見えます。

第2段階:点数改定の設計(1〜2月) 中央社会保険医療協議会(中医協)が、決まった改定率の枠内でどの診療行為の点数をどう変更するかを議論します。診療側委員(医師会・病院団体等)、支払側委員(健保組合・企業等)、公益委員が協議を重ね、最終的な答申をまとめます。

第3段階:告示・通知(3月末) 3月末に官報告示と関連通知が出ます。施設基準の届出に必要な詳細条件が確定するのはこの時点です。

第4段階:施行(通常4月1日、令和8年度は6月1日) 新点数が適用されます。請求・収入への反映には施行から1〜2か月のラグがあるため、実際の経営指標への影響が見えてくるのは施行後2〜3か月が目安です。

「準備できる唯一の時間」を活かす 告示から施行までの約3か月が、病院として実質的に準備できる最後の時間です。新設加算の施設基準届出は施行前までに完了が求められるため、3月末の告示を待って即時に動き出せる体制を作ることが重要です。

改定率の読み方 — プラス改定でも収益が苦しい理由

令和8年度診療報酬改定の本体プラス3.09%は歴史的な水準ですが、内訳を見ると「純粋な利益増加」とは言いにくい構造があります。

令和8年度改定率の内訳

令和8年度の内訳は以下のとおりです(日医on-lineおよびGemMedの報告より)。

項目 改定率 性格
賃上げ対応 +1.70% 医療従事者の賃金引き上げに伴う収支補填
物価対応 +1.29% 材料費・光熱費等の物価高騰への対応
政策改定 +0.25% 在宅医療強化・医療DX等の政策推進
適正化 ▲0.15% 効率化・後発品推進等による引き下げ
合計 +3.09%

賃上げ対応(+1.70%)の実態 賃上げ対応分は、実際に職員の賃金を引き上げた病院が「ベースアップ評価料」等の形で請求できる仕組みです。つまり、賃上げを実施してコストが増加した分だけ収益も増えるという対応関係にあり、手取り利益が増えるわけではありません。賃上げを行わない病院はこの加算を算定できず、改定率の恩恵から外れる可能性があります。

物価対応(+1.29%)の実態 物価対応分は「物価対応料(新設加算)」として設計されており、実際に発生した物価コストの増加を補填する性格を持ちます。加算を算定するためには施設基準の届出が必要であり、要件を満たさない施設は受け取れません。

このように、プラス改定の恩恵を受けるためには施設基準の届出と算定要件の充足が前提条件となります。改定率の数字だけを見て「収益が3%増える」と考えるのは楽観的すぎる見方です。「改定率分だけ稼ぐ」のではなく、「改定の仕組みを正確に理解して漏れなく算定する」姿勢が病院経営者に求められます。

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令和8年度改定 主要病院入院料の点数変化

令和8年度改定では、病院の入院基本料が大幅に引き上げられました。以下は厚労省の個別改定項目通知をもとにした主な変化です。

令和8年度改定 主要病院入院料の点数変化

急性期一般入院料1:1,688点 → 1,874点(+186点) 急性期機能の中核を担う入院料で、今次改定で最も大きな点数増加となりました。1点10円換算で1日当たり1,860円の増加です。200床規模の病院で急性期一般入院料1が100床ある場合、単純計算で年間約6.7億円の入院料増収ポテンシャルがありますが、ベースアップ評価料に見合う賃上げコスト増が伴う点を差し引いた上で経営改善効果を評価する必要があります。

地域一般入院料1:1,176点 → 1,290点(+114点) 中小一般病院や地域包括ケア機能を担う病棟に関連する入院料です。+114点と急性期ほどではありませんが、中規模病院の収益改善に寄与します。

療養病棟入院料1:1,964点 → 2,035点(+71点) 慢性期・長期療養を担う療養病床の入院料は増加幅が相対的に小さいです。療養病床を持つ病院は、入院料の点数変化だけでなく、長期療養の在宅移行促進等を踏まえた機能転換の収益シミュレーションも並行して行うことが有益です。

新設・拡充加算(算定候補) 入院基本料の改定に加え、算定候補となる加算が複数新設・拡充されています。いずれも施設ごとの届出・要件確認が必要です。

  • 物価対応料(新設): 急性期一般入院料1で58点/日など。物価高騰コストの一部を補填する目的。
  • 入院ベースアップ評価料(拡充): 最大250点まで拡充。職員の賃金引き上げ実績に応じた加算。
  • 看護・多職種協働加算(新設): 加算1が277点、加算2が255点。看護師と多職種チームの協働体制を評価する加算。

また、PwC Japanの分析では2026年度改定により「入院料の選択肢が一段と複雑化する」と指摘されており、自院の機能と経営目標に照らした入院料・加算の最適な組み合わせを専門家と検討することが重要です。

病院の機能種別・診療科別の改定インパクト

改定の収益影響は病院の機能・規模・病棟構成によって大きく異なります。機能別に概況を整理します。

病院の機能種別 × 改定対応優先度マトリクス

急性期病院(DPC/PDPS対象含む) 急性期一般入院料1の点数増加(+186点)は今次改定で最大規模です。DPC病院の場合、包括評価部分と出来高評価部分の両方に改定の影響が及ぶため、自院の診療機能評価係数IIの状況も踏まえた収益試算が必要です。物価対応料や看護・多職種協働加算の申請手続きを早期に行うことが収益最大化の鍵です。急性期一般入院料を届け出ている病院では、算定漏れ防止チェックリストの再点検が最優先アクションになります。

回復期リハビリテーション病棟 回復期リハ病棟入院料にも改定の影響は及びますが、アウトカム指標(ADL改善率等)に連動した評価が設定されており、単純な点数増減だけで収益を見積もることは困難です。実際の収益影響は施設ごとの実績データと突き合わせた検証が必要です。回復期リハ病棟特有の評価指標の動向は、病院経営定期調査(四病協)や福祉医療機構のリサーチレポートで継続的に確認することを勧めます(算定可否は施設ごとの要件確認が必要)。

療養病床 療養病棟入院料1の増加は+71点と急性期に比べて限定的です。一方、在宅移行機能の評価や地域包括ケア病棟への転換が引き続き政策の方向性として示されているため、機能転換の選択肢と収益の試算を定期的に見直す必要があります。療養病床のみを持つ病院では、改定効果を享受しつつ中長期の機能転換計画を並行して描くことが求められます。

精神科病院 精神科入院料については、今次改定での精神科特有の変更内容を厚労省の個別改定項目通知で詳細に確認することが不可欠です。精神病床の病床利用率は構造的に高い傾向がありますが、処遇改善加算や各種精神科特有の加算の適用状況が収益に直結します。精神科病院経営では、加算の算定状況を専門の医療事務スタッフが継続的に管理する体制を整えることが重要です。

改定周期を活かした病院経営計画の立て方

診療報酬改定の2年サイクルを意識した経営計画立案が、「改定の恩恵を最大化する」ための第一歩です。

診療報酬改定対応 実務チェックリスト

2年サイクルを前提にした計画の組み立て方

改定年度(偶数年)と準備年度(奇数年)を意識した計画づくりが有効です。

改定年度(例:令和8年度 = 2026年度)の重点活動

  • 施行前(3〜5月)に施設基準の届出・申請を完了させる
  • 施行月から月次収益レポートで改定前後の収益変化をモニタリングする
  • 新設加算の要件を全職員に周知・研修する
  • 改定前の算定漏れ対策と新点数下での請求システム整合性確認

改定前年(例:令和9年度 = 2027年度)の重点活動

  • 現状の加算・施設基準の棚卸しを行い、次回改定への課題を整理する
  • 中医協の議論動向を追い(厚労省ウェブサイト・専門紙)、自院への影響を事前に試算する
  • 次回改定で新設・拡充が見込まれる加算の要件を早期に整備する
  • 機能評価係数IIの改善計画を立てる(DPC病院の場合)

中期経営計画への組み込み方 3か年中期経営計画を策定する場合、改定年度を「外部環境変化への対応フェーズ」として、準備年度を「内部体制の強化フェーズ」として位置づけるのが合理的です。「改定で何点上がった」という点数の変化ではなく、「年間で何億円の増収・減収か」という金額に変換して計画に反映させることが重要です。

増収額の試算例(参考) 病床利用率1ポイントの向上が年間約3,650万円の増収(200床・入院単価5万円の場合の機械計算)に相当するように、改定後の点数上昇も金額換算して中期計画に組み込みます。急性期一般入院料1の+186点は1日当たり1,860円の増加であり、年間をとおした入院延べ数が5万件あれば、入院料だけで年間約9,300万円の収入増ポテンシャルになります(試算値であり、実際の増収額は賃上げ・物価コスト増を考慮して個別に計算が必要)。

令和10年度改定に向けた準備 — 今から取り組むべきこと

次回の診療報酬改定は令和10年度(2028年度)です。施行は2028年春が見込まれますが、具体的な改定率・点数は2027年の中医協議論を経て確定します。ただし、政策的な方向性は現時点でもある程度見えており、今から準備を始めることで施行日以降の対応を有利に進めることができます。

改定サイクルと経営計画 — 2026〜2030年タイムライン

令和10年度改定で注目される可能性が高い領域(一般的な政策動向に基づく想定)

以下は確定情報ではなく、現時点の政策議論の方向性をもとにした整理です。実際の改定内容は中医協の議論で決まります。

  1. 医師の働き方改革の定着評価: 令和6年4月に施行された勤務医の時間外労働上限規制(B水準・連携B水準等)の定着状況が評価される可能性があります。宿日直協定の整備、タスクシフト・シェアの実績が加算評価に反映される見込みです。

  2. 医療DXの推進: 電子カルテ情報共有サービス(EHR)や標準化仕様(HL7 FHIR等)への対応が加算要件に組み込まれる可能性があります。電子カルテの更新計画と併せて対応を検討する必要があります。

  3. 在宅医療・地域包括ケアの更なる強化: 急性期から在宅・生活期へのシフトを促す政策が継続する見込みです。在宅復帰率や平均在院日数が引き続き重要な評価指標となり、退院支援機能の充実が評価される方向が想定されます。

  4. 人口減少・地域医療構想への対応: 2029年に向けた地域医療構想の新計画策定が控えており、病院の機能分化・集約化が診療報酬上でも評価される方向が予想されます。「病院が多すぎる地域」では統合・合併の検討が求められる可能性があります。

今から始める具体的な準備

  • データの蓄積: DPC/PDPS対象病院は機能評価係数IIのデータ管理、対象外病院は診療行為別の収益構造データを継続的に整備する
  • 施設基準の棚卸し: 現在届け出ている施設基準・加算が次回改定で維持・強化・廃止のどれに向かうかをウォッチリストを作って追いかける
  • 機能転換の中長期計画: 急性期・回復期・慢性期それぞれの機能をどう持ちつつ地域ニーズに応えるか、改定サイクルを踏まえた3〜5か年計画を策定する
  • 専門家との連携: 診療報酬の解釈・届出手続きは複雑なため、医療事務専門家や診療報酬コンサルタントとの定期的な情報共有の仕組みを持つことが有益です

まとめ

診療報酬改定は、病院が自力では変えられない外部変数です。しかし、改定の仕組みを正確に理解し、2年サイクルに合わせた準備を進めることで、同じ改定率の下でも収益化の差を生み出すことができます。

令和8年度改定(本体+3.09%)は約30年ぶりの高水準ですが、賃上げ・物価対応分の多くが「コスト増に対応する形の増収」という構造であり、施設基準の届出や算定要件の充足なしには恩恵を受けられません。プラス改定のときほど算定漏れチェックと新設加算の確認に力を入れることが、赤字病院が黒字転換する近道の一つです。

帝国データバンクの2025年調査によると、医療機関の倒産は66件・休廃業解散は823件と2年連続で過去最多を更新しています。診療報酬改定を自院の経営強化の機会として最大限に活用し、令和10年度改定に向けた内部体制の整備を今から始めることが、5年後の経営基盤を決定づけます。

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出典・参考文献

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