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令和8年度診療報酬改定 施行5ヶ月後の経営検証 — 増収できた病院・できなかった病院の分岐点

監修者 藤井翔悟

2026-10-27 | NPO法人日本はすばらしい 病院経営支援チーム
監修: 藤井翔悟(医療機関経営支援16年・累計1,000院以上)

令和8年度(2026年度)診療報酬改定が施行されて、2026年10月末時点でおよそ5ヶ月が経過した。本体改定率は+3.09%と約30年ぶりの3%超という歴史的な水準であり、病院の収益環境は本来、大きく改善するはずだった。

ところが、現場の経営者からは「想定ほど増収できていない」「人件費の増加分をカバーできていない」という声も聞こえてくる。四病院団体協議会(四病協)の2024年度調査では、**医業赤字74.6%・経常赤字65.6%**という厳しい実態が明らかになっていた。改定の恩恵はどれほど浸透しているのか。なぜ増収できている病院とそうでない病院に差がつくのか。施行5ヶ月後の時点で確認できる経営的な論点を整理する。


令和8年度改定の全体像を改めて整理する

まずは今回の改定の骨格を振り返っておきたい。改定率+3.09%の内訳は、**賃上げ対応+1.70%・物価対応+1.29%・政策改定+0.25%・適正化▲0.15%**となっている。この構成を見ると、改定の大きな目的が「スタッフへの賃上げ財源の確保」と「光熱費・医療材料費などの物価高騰への対応」であることが分かる。

その主要な手段として設計されたのが、以下の新設・拡充項目だ。

令和8年度改定 主要入院基本料の点数変更

急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へと大幅に引き上げられた。地域一般入院料1は1,176点から1,290点、療養病棟入院料1は1,964点から2,035点となった。これらは基本料の底上げであり、入院患者を受け入れているだけで自動的に単価が上がる部分だ。

加えて今改定の目玉となる2つの新設要素がある。ひとつは物価対応料だ。急性期一般入院料1であれば58点/日(他の入院料も規模に応じた点数が設定されている)として新設された。もうひとつは看護・多職種協働加算で、加算1:277点・加算2:255点という高点数が設定された。既存の入院ベースアップ評価料も最大250点まで拡充されている。

これらを合算すると、施設基準をすべて届け出て算定要件を満たした病院は、単純計算で相当な単価上昇が期待できる設計になっている。しかし現実はそう単純ではない。

なお、診療所を含めた医療機関の2025年の倒産は66件、休廃業・解散は823件で2年連続の過去最多(帝国データバンク調査)という厳しい状況の中で、今改定はセーフティネットとしての役割も担っていた。この文脈で改定効果の検証は急務である。


増収できている病院に共通する3つの条件

改定施行後の5ヶ月で収益改善の手応えを感じている病院には、次の3つの共通点がある傾向がある。

増収できた病院・できなかった病院の加算算定状況の違い

第一の条件: 物価対応料・ベースアップ評価料を確実に届け出ている

今回の改定における物価対応料とベースアップ評価料は、自動的に算定されるわけではない。施設基準の届出が必要であり、届出が受理された翌月から算定が開始される仕組みだ。改定施行は2026年6月1日だったが、届出の準備が遅れた場合、7月・8月算定開始となり、6月分の収益を逃してしまう。

「算定できることは知っていたが、届出書類の準備に時間がかかり、実際の算定は2〜3ヶ月後になった」というケースは、一般に中規模以下の病院で起きやすいとされる。月単位の損失が積み重なれば、年間では数千万円の差になりかねない。

第二の条件: 看護・多職種協働加算の要件整備を前倒しで行った

看護・多職種協働加算は点数が高い分、要件も厳格だ。病棟ごとの多職種連携体制の構築、記録管理、実績データの蓄積が求められるため、施行直後からすぐに算定できた病院は少ない。増収できている病院は、改定の詳細が明らかになった段階(改定答申が出た段階)から逆算して要件整備を始めていた。

第三の条件: 病床利用率を高水準で維持している

どれだけ点数が上がっても、病床に患者がいなければ収益は発生しない。厚生労働省「病院報告2024」によれば、全病床の病床利用率の全国平均は77.0%(一般病床は73.3%)だ。損益分岐点は一般に80%前後とされているため、平均的な病院はまだ分岐点を下回っている。

改定による点数アップという「分子の増加」より、病床利用率という「量の確保」のほうが収益インパクトが大きい局面も多い。加算を取りながら稼働も維持した病院が、最も大きな恩恵を受けていると考えられる。


増収できていない病院の典型パターン

一方、改定施行から5ヶ月が経過してもなお増収の実感が薄い病院には、いくつかの典型的なパターンが見られる。

パターン1: 施設基準届出の遅延・未届出

最も直接的な損失要因は、物価対応料の届出が遅れたケースだ。届出から算定開始まで原則1ヶ月のタイムラグがある。6月1日施行を想定すれば、5月末までの届出が望ましかった。その準備が間に合わず、7月・8月・9月算定開始となった病院は、それぞれ1〜3ヶ月分の収益を逸失していることになる。

物価対応料の算定フロー

パターン2: ベースアップ評価料の要件未達

入院ベースアップ評価料は、スタッフへの賃上げ実施を前提とした加算だ。実際に給与を引き上げ、その実績を記録・提出する必要がある。人事制度の整備が追いついていない病院では、加算の算定が難しい状況も起きうる。

パターン3: 人件費の増加が収益増加を上回っている

病院のコストの5〜6割は人件費だ。今改定は賃上げを後押しする構造になっているため、加算で収益を上げると同時に、スタッフの処遇改善コストも増加する。バランスを取れていない病院では、「点数は上がったが手元に残るキャッシュは改善していない」という状況が起きやすい。この場合は、財務構造の精密な分析と、固定費・変動費の見直しが必要になる。

パターン4: 病床利用率が改定前より低下している

病床利用率の低下が続いている病院では、改定による単価上昇効果が相殺される。地域の高齢化や他医療機関との患者獲得競争、退院支援の不十分さなど、利用率低下の背景は様々だ。根本原因を探り、地域医療連携の強化や在宅復帰支援の充実によって稼働改善を図ることが先決になる。


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病床利用率が改定効果を左右する

前述のとおり、改定による点数アップと並んで病床利用率は極めて重要な経営指標だ。改定の恩恵を実感できるかどうかは、利用率の水準に大きく左右される。

病床利用率と入院収益の関係(200床・単価5万円の試算)

200床規模の病院で入院単価が5万円の場合、病床利用率が1ポイント向上すると年間約3,650万円の増収になる計算だ(2床×5万円×365日)。これは機械計算であり、実際には診療報酬の構造上ここまで単純ではないが、利用率1%の違いが持つスケールを示す目安として有用だ。

全国平均(一般病床73.3%)の病院が損益分岐点の目安である80%まで利用率を改善できた場合、約6.7ポイントの向上となり、単純計算では年間2億4,000万円規模の増収ポテンシャルがある。これに比べれば、物価対応料の新設による増収分は追い風にすぎない。

したがって、経営改善の優先順位は「1. 病床利用率の維持・向上、2. 算定できる加算の漏れなき届出、3. 人件費効率の向上」という順番が一般的に推奨される。改定を機に、この順番が逆転していないか確認することが重要だ。

以下の表は、病床利用率水準と経営状況の一般的な関係を整理したものだ(個別の病院の状況は異なる)。

病床利用率水準 経営への影響 主な課題
85%以上 比較的安定圏 過負荷・入退院管理
80〜84% 損益分岐点近辺 加算取得で収支改善
75〜79% 赤字リスク高 稼働回復が最優先
75%未満 深刻な赤字圧力 機能転換・縮小検討も視野

これらはあくまで一般論であり、DPC包括払い病院や療養病棟など病院の機能によって損益分岐点は異なる。自院の正確な損益分岐点を把握し、現在の利用率とのギャップを測ることが第一歩だ。


WAM・四病協データから読む2026年秋の経営現在地

改定施行後5ヶ月の経営実態を示す確定的な統計データは、2026年10月末時点では限られている。しかし既存の調査データから、改定前後の傾向を読み解くことはできる。

経営改善の現在地マトリクス — 加算算定 × 病床利用率

福祉医療機構(WAM)の「病院経営動向調査(2025年6月調査)」は、改定直前期の病院経営の状況を示す重要な参照点だ。帝国データバンクの2024年度調査によれば、民間病院約900法人の営業赤字は61.0%に達し、前年度の54.8%から悪化していた。

四病協の2024年度病院経営定期調査・最終報告においては、医業赤字74.6%・経常赤字65.6%という数値が確認されている。これは改定前の状況であり、「令和8年度改定はこの悲惨な状況への処方箋として設計された」という文脈で理解すべきだ。

改定後の効果を検証するデータは今後順次公表されていくが、以下の点は分析の前提として重要だ。

(1)改定の恩恵が経営改善に結びつくまでには時間がかかる

算定開始から実際にキャッシュとして回収されるまでには2〜3ヶ月のラグがある。レセプト請求→審査→支払いのサイクルを考えると、6月算定分が実入金として確認できるのは8〜9月以降だ。したがって、2026年10月末時点では「改定効果の全体像」はまだ見えにくい段階にある。

(2)物価高騰・賃上げコストの同時進行

今改定は賃上げのための財源を提供しているが、エネルギーや医薬品・医療材料の物価上昇は改定対応を上回るペースで進んでいる側面もある。「改定率+3.09%で全部カバーできるか」は個別病院の費用構造によって大きく異なる。

(3)構造的赤字を抱える病院への効果は限定的

病床利用率が60〜70%台で慢性的な赤字が続いている病院では、改定の恩恵が届きにくい。点数が上がっても、そもそも患者数が少なければ計算の母数が小さすぎる。こうした病院では、改定対応と並行して機能転換・規模見直し・経営主体の変更(M&A・経営受託)など、より抜本的な対策を検討する必要がある。


残り半年で収益を最大化するための実務アクション

2026年10月末から年度末(2027年3月末)まで残り5ヶ月あまりだ。今からでも打てる手は多い。

残り半年の経営アクションタイムライン

【11月: 算定漏れの総点検】

最初にすべきは、算定できているはずの加算が本当に全部算定できているかの棚卸しだ。具体的には以下の項目を確認する。

  • 物価対応料: 届出済みか、毎月正しく算定されているか
  • ベースアップ評価料: 届出した算定点数が適切か(実際の賃上げ率に対応しているか)
  • 看護・多職種協働加算: 要件を満たしていれば届出準備ができているか
  • 急性期充実体制加算・地域包括ケア病棟加算など既存加算の維持要件

算定漏れが発覚した場合、過去分の遡及算定は原則として認められないが、以降の月から算定を開始することで損失の拡大を防ぐことができる。

【12月: 人員配置・体制整備の見直し】

看護・多職種協働加算は2027年1月以降の届出を目指し、12月中に体制を整えることが現実的なスケジュールだ。この加算は多職種が連携して退院支援・在宅復帰を推進する体制を要件としている。病棟看護師・薬剤師・社会福祉士・リハビリ専門職などとの連携記録の整備が鍵になる。

また、ベースアップ評価料の算定点数が実態に見合っているかも確認したい。処遇改善の規模に応じて届出点数を変更することで、適正な収益計上が可能になる。

【1月〜2月: 新規加算の届出と稼働管理の強化】

看護・多職種協働加算の届出を1月に行い、2月算定開始を目指す。同時に、病床利用率のモニタリング体制を強化し、週次・月次での数値管理を徹底する。

以下のような指標を病棟管理者と共有し、PDCA回転を早めることが重要だ。

管理指標 確認頻度 目標水準(参考)
病床利用率 毎日・週次集計 80%以上
平均在院日数 週次 機能・入院料種別の目標値
入院単価 月次 前年同月比での変化追跡
算定加算の件数 月次 算定漏れゼロを目標に

【3月: 年度総括と来年度計画の策定】

3月は令和8年度の経営実績を総括し、改定効果の最終計測を行う月だ。「改定前と改定後で入院単価はどう変化したか」「どの加算が増収に最も貢献したか」「逆に逸失した収益はどこか」を精査し、来年度の予算に反映する。

また、2027年度以降の見通しも重要だ。令和10年度診療報酬改定(次回改定)に向けた情報収集を早い段階から始めることで、次の改定でも先手を打てる体制を整えておきたい。


まとめ

令和8年度診療報酬改定は約30年ぶりの本体+3.09%という大幅改定だったが、施行5ヶ月後の時点では、すべての病院が恩恵を受けているわけではない。増収できている病院と苦戦している病院の最大の違いは、「算定できる加算を確実に届け出ているか」と「病床利用率を維持できているか」のふたつに集約される。

新設された物価対応料(急性期一般入院料1で58点/日)や拡充されたベースアップ評価料(最大250点)、看護・多職種協働加算(277点・255点)は、いずれも要件と届出が必要だ。これらを丁寧に積み上げることが、改定の恩恵を最大化する最短ルートとなる。

一方で、慢性的な病床利用率の低さや人件費構造の問題を抱える病院は、改定による点数増だけでは根本解決に至らない。より包括的な経営改善策――機能転換、コスト構造の見直し、場合によっては経営主体の変更――を並行して検討することが必要になる段階かもしれない。

残り5ヶ月の集中的な取り組みで、今年度の収益を少しでも改善することが、来年度以降の経営安定につながる。年度末に向けて、算定漏れの点検と体制整備を急ぎたい。

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出典・参考文献

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