「令和8年度の診療報酬改定で、うちの病院はいくら増収になるのか」——改定の概要が出るたびに院長・事務長から寄せられる最も多い問いのひとつです。本記事では、2026年6月1日から施行される令和8年度改定について、病棟タイプ別(急性期一般・地域一般・療養病棟・回復期リハビリテーション病棟)に入院収益への影響を試算し、経営者が優先して動くべきアクションを整理します。
試算はあくまで機械的な概算であり、実際の増収額は患者構成・加算の取得状況・施設基準の充足状況によって大きく異なります。ここに示す金額はひとつの目安として、自院の数値と照らし合わせながらお読みください。また診療報酬の算定可否については、院内担当者や専門家への確認が必要です。
令和8年度改定の全体像 — 約30年ぶりの3%超プラス改定

令和8年度(2026年6月施行)の診療報酬改定は、**本体部分がプラス3.09%**という大幅な引き上げとなりました(日医on-line「令和8年度診療報酬改定 改定率は本体プラス3.09%に決定」)。この数字は約30年ぶりの3%超えであり、医療機関の経営環境への影響として極めて注目度が高い改定です。内訳は賃上げ対応+1.70%、物価高騰対応+1.29%、政策改定+0.25%、適正化▲0.15%となっており、賃上げと物価対応を合わせた2.99%分は実質的な「コスト増の補填」です。
この改定は単純な料率引き上げではなく、構造的な変化を伴っています。施設基準を満たすことで算定できる新設加算・拡充加算が複数追加されており、同じ改定率でも「加算が取れる医療機関」と「基本料の引き上げしか恩恵を受けられない医療機関」の差が広がりやすい設計です。GemMedの解説によると、入院基本料の引き上げ幅は病棟種別によって異なり、急性期ほど絶対額での恩恵が大きく、療養病棟ほど変化幅が相対的に小さい傾向があります。
改定の背景には、病院のコストの5〜6割を占める人件費の上昇圧力と物価高騰の二重負担があります。四病院団体協議会(四病協)の2024年度病院経営定期調査最終報告では、医業赤字が74.6%・経常赤字が65.6%に達しており、プラス改定であっても赤字が即座に解消されるわけではないことは念頭に置く必要があります。改定の恩恵を確実に受け取るには、施設基準の届出・加算の算定漏れゼロという基本的な体制の整備が前提です。
急性期一般入院料1の試算 — 1日1,860円・100床で年5,400万円超

最も大きな変化が見られるのが急性期一般入院料1です。改定前後の1床・1日あたりの点数は次のとおりです。
| 区分 |
改定前 |
改定後 |
増加 |
| 急性期一般入院料1 |
1,688点(16,880円) |
1,874点(18,740円) |
+186点(+1,860円) |
100床の病院が**病床利用率80%**で運営している場合、1年間の機械的な増収試算は下記のとおりです。
100床 × 80% × 365日 × 1,860円 = 約5,431万円/年
これは入院基本料の点数改定分のみを計算した概算であり、処置・加算・投薬等の算定分は含まれていません。また施行は2026年6月1日のため、2026年度の決算期(3月決算の場合は2026年4月〜2027年3月)において、前半3ヵ月分は旧点数で運営している点に注意が必要です。年度内の実質増収額は12ヵ月分ではなく10ヵ月分となるため、単純換算より少なくなります。
PwC Japanの分析によると、急性期一般入院料については施設基準の要件が改定後さらに複雑化しており、算定区分の選択が収益に直結するケースが増えています。急性期一般入院料は「1〜6」の区分があり、現在の届出区分が院内の看護配置・重症患者比率等と整合しているかどうかを早期に点検することが、最大増収につながる第一歩です。
厚労省「個別改定項目について(令和8年度診療報酬改定)」には、各区分の施設基準の詳細が示されています。事務方だけでなく、専門家の助言を得ながら確認作業を進めることを推奨します。
地域一般・療養病棟・回復期リハビリ病棟の変化

急性期以外の主要病棟タイプについても、改定前後を確認します。
| 病棟タイプ |
改定前 |
改定後 |
増加点数 |
増加額/日 |
| 地域一般入院料1 |
1,176点 |
1,290点 |
+114点 |
+1,140円 |
| 療養病棟入院料1 |
1,964点 |
2,035点 |
+71点 |
+710円 |
地域一般入院料1(100床・80%利用率)の試算:
100 × 80% × 365 × 1,140円 = 約3,328万円/年
療養病棟入院料1(100床・80%利用率)の試算:
100 × 80% × 365 × 710円 = 約2,073万円/年
地域一般入院料の増加幅(+114点)は急性期一般1(+186点)と比べて小さく見えますが、200床の医療機関では増収規模がそれぞれ2倍になるため、病床規模に応じた絶対額での評価が重要です。また地域一般病棟は近年、地域包括ケア病棟への転換を選択する医療機関が増えており、自院のケースミックスや在宅復帰率・在宅支援機能の実態と照らして、入院料区分の方向性そのものを検討する機会にもなります。
回復期リハビリテーション病棟については、ADL向上実績・在宅復帰率・在棟日数などの指標に基づく別途の評価方式が維持されており、本稿で示した入院基本料の点数改定とは構造が異なります。回復期リハビリ病棟の増収試算は厚労省の個別改定項目資料にて各区分の改定内容を個別に確認してください。
帝国データバンクの2024年度調査では民間病院の61.0%が営業赤字という状況が報告されており、入院料の増加だけで黒字転換するケースは限られます。改定による増収は「現状の赤字をどれだけ縮小できるか」という観点から評価することが現実的です。
物価対応料(新設)— 算定候補として早期に要件確認を

令和8年度改定の新設項目として特に注目されるのが物価対応料です。急性期一般入院料1については1日58点(580円)が算定候補として新設されました。物価高騰による食材費・医療材料費・光熱水費等のコスト上昇を診療報酬で補填する趣旨の設計です。
58点という数字は入院基本料の増加(+186点)と比べると小さく見えますが、両方を合算した場合のインパクトは変わります。
急性期一般入院料1+物価対応料の合算試算(100床・80%利用率):
(186 + 58) × 10円 × 100床 × 80% × 365日
= 244点 × 10円 × 29,200
= 約7,125万円/年(算定可能な場合)
ただし物価対応料は算定するための施設基準・要件が定められており、**「算定候補として要件を確認する」**という姿勢が必要です。算定可否の判断は、厚労省告示と診療報酬の専門家(コンサルタント・社会保険労務士等)に確認することを強くお勧めします。特に重要な点として、遡及算定ができないことが挙げられます。施行日(2026年6月1日)以前に届出・要件充足の確認を終え、第1日目から算定できる状態にしておくことが最大増収への道です。
福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査によると、食材費・光熱費等の物価上昇は2023〜2025年にかけて病院経営を圧迫し続けています。物価対応料の新設はその補填策ですが、要件を満たさない場合や届出が遅れた場合には恩恵を受けられません。
ベースアップ評価料と看護・多職種協働加算の拡充

今回の改定では人件費関連の評価も大きく拡充されました。病院経営に直結する主な項目を整理します。
入院ベースアップ評価料の拡充
入院ベースアップ評価料は改定後に最大250点まで拡充されました。これは賃上げ対応(改定率+1.70%)の具体的な受け皿であり、職員への実際の賃上げを実施した上で届け出ることで算定できます(算定可否の確認が必要)。算定により病院は賃上げ原資の一部を診療報酬から回収できるため、「職員処遇改善」と「収益確保」の両立が設計上の狙いです。ただし「評価料を算定して賃上げを行わない」という運用は認められておらず、賃上げの実施と評価料の算定は一体で進める必要があります。
看護・多職種協働加算(新設)
多職種が連携した入退院支援・ケアマネジメントの実施を評価する新設加算です。加算1(高体制)が277点、加算2(標準体制)が255点と設定されており、入退院支援の記録様式・会議体の設置・多職種連携の体制整備が要件として求められます。急性期から地域・在宅への移行を支える体制を持つ病院にとっては、実態に合った体制を届け出ることで相当の収益インパクトが期待できます(算定可否の確認が必要)。
病院のコストの5〜6割が人件費であることを踏まえると、賃上げは避けられない経営課題です。ベースアップ評価料は「賃上げのコストを一部回収するツール」であり、賃上げ計画と評価料算定を並行して設計することが今改定期の経営の要点のひとつといえます。厚労省「個別改定項目について(令和8年度診療報酬改定)」にある各加算の施設基準を、自院の人員配置と照らして早急に確認することを推奨します。
経営者が動くべき優先アクション9項目

改定の全体像と試算数字を把握したところで、経営者として今何をすべきかを整理します。2026年6月1日の施行日を起点に逆算して動くことが重要です。
施行前(〜2026年5月)の確認事項
①施設基準の再確認と届出の見直し 現在届け出ている入院基本料の区分(急性期一般入院料1〜6等)が自院の実態に最適かどうか確認します。看護配置、重症度・医療・看護必要度の充足状況を確認した上で、より上位の区分への変更が可能かどうかを点検してください。区分ひとつの差が年間で数千万円規模の収益差になるケースもあります(算定可否の確認が必要)。
②物価対応料の算定要件の確認 新設の物価対応料が算定できる状況かどうかを、早期に専門家へ確認を依頼します。施行日以降から算定するための準備には一定の時間がかかるため、遅くとも施行日の1〜2ヵ月前には確認を完了させることを目標にしてください。
③賃上げ計画・届出書類の整備 ベースアップ評価料の算定に向けて、職員への賃上げ計画を具体化し、必要な届出書類を準備します。計画の作成にあたっては、医療法人内の職員区分(医師・看護師・コメディカル・事務職員等)ごとに整理することが重要です。
④多職種協働加算の要件確認 入退院支援・ケアマネ連携の実施体制を確認し、加算1・加算2のいずれが自院に適合するかを評価します。記録様式や会議体の整備が必要な場合には施行前に手当てすることで、第1日目から算定できる状態を目指します。
施行後(2026年6月以降)のモニタリング
⑤病棟別・加算別の月次確認 改定前後の算定件数・単価を病棟別に集計し、前年同月比でどう変化したかを確認します。増収が見込み通りに反映されていない場合、算定漏れや届出の不備が疑われます。
⑥算定漏れの定期チェック 新設加算・拡充加算は見落とされやすいため、3ヵ月ごとのチェックリストによる確認を習慣化することを推奨します。診療報酬の算定漏れチェックリストも参照してください。
⑦損益分岐点の再設定 入院単価が上昇した場合、損益分岐点となる病床利用率も変わります。厚労省 病院報告(2024年)によると、一般病床の全国平均は73.3%であり、損益分岐点は一般に80%前後とされています。改定後の新しい収益構造を前提に、目標利用率を再設定し、病床利用率の計算式・全国平均・損益分岐点で確認した数値と照らしてください。
⑧人件費率のモニタリング継続 賃上げにより人件費が増加する一方、診療報酬からの収入増も期待できます。病院の人件費率 目安と危険水域を参考に、比率が適正範囲に収まっているかを月次で確認してください。
⑨期中のシミュレーション更新 施行から3〜6ヵ月後に、実績ベースの年間増収額を再試算します。概算試算との乖離が大きい場合は、算定漏れや施設基準の問題が潜在している可能性があります。
赤字状態にある医療機関は、改定による増収が「コスト増(人件費・物価)」を吸収できるかどうかが経営の分岐点になります。赤字病院の立て直しロードマップと組み合わせながら、改定対応を経営改善の起点として活用してください。
まとめ
令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)は約30年ぶりのプラス3.09%という大幅な改定です。急性期一般入院料1では1日あたり186点(+1,860円/日・床)の引き上げがあり、100床・病床利用率80%の機械計算では年間5,400万円超の増収可能性があります。物価対応料(58点/日)の算定候補分や、ベースアップ評価料(最大250点)・多職種協働加算(277点/255点)の算定が重なれば、収益インパクトはさらに大きくなります。
ただし改定の恩恵を最大限に受けるには、施設基準の正確な届出・新設加算の要件充足・賃上げ実施と評価料算定の両立が条件です。施行日から算定を開始できるよう、施行前の準備期間に具体的なアクションを進めることが、今この時期の経営者の最優先課題といえます。自院のデータと照らし合わせながら、専門家の助けも借りて着実に進めてください。
関連記事
出典・参考文献
無料メールで病院経営の実務メモを受け取る
診療報酬・加算・承継・経営改善の重要ポイントを、経営判断に使える短いメモとして届けます。
無料メールを受け取る