公立病院を取り巻く経営環境は、厳しさを増す一方です。四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査(最終報告)によると、**病院の医業赤字が74.6%・経常赤字が65.6%**に達しています。帝国データバンクの2025年調査では、医療機関の倒産が66件・休廃業解散が823件と2年連続で過去最多を更新しました。こうした数字は、公立・民間を問わず病院経営の構造的な危機を示しています。
赤字の原因として繰り返し指摘されるのが、人件費の重さです。病院のコストの5〜6割は人件費が占めており、直営の公立病院では公務員制度の制約があるため、業務量に合わせた機動的な人員調整が難しい状況が続いています。
そうした中で、地方自治体が選択できる経営改善の手段の一つとして改めて注目を集めているのが指定管理者制度です。病院の所有権はそのままに、運営・管理を民間法人に委ねることで、公的医療機能を維持しながら経営効率を改善できる可能性があります。本稿では、制度の仕組みから選定プロセス・効果・リスクまでを体系的に整理し、「自院に指定管理が向くのか」を判断するための視点をお伝えします。
指定管理者制度とは — 地方自治法上の位置づけと病院への適用
指定管理者制度は、2003年(平成15年)の地方自治法改正によって創設された制度です。改正前は「管理委託制度」として公の施設の管理を委託できる相手方は自治体の外郭団体に限られていましたが、改正後は民間事業者を含む幅広い団体に公の施設の管理・運営を委ねることが可能になりました。
公立病院は地方自治法第244条に定める「公の施設」に該当するため、この制度の適用対象となります。自治体(設置者)は引き続き病院を所有・設置しますが、その運営・管理の権限を包括的に指定管理者へ委任します。これが、単なる業務委託(清掃・給食・検査など)との本質的な違いです。

指定管理者として指定できる対象は、法人その他の団体です(個人は不可)。医療法人・社会福祉法人・独立行政法人・一般社団法人のほか、条件によっては株式会社も対象となります。ただし、病院の管理運営には医療法の規定が適用されるため、診療行為の責任を担う管理者(院長等)は医師でなければならず、指定管理者はその点を含めた体制を整える必要があります。
制度上の指定期間は自治体が定めますが、一般に3年〜5年程度が多く、期間終了後は改めて選定手続きを行うことが原則です。体育施設・文化施設などでは全国で広く普及していますが、病院については医師確保の困難さや医療法上の制約、職員の身分変更への懸念などから、慎重な自治体が多い状況が続いてきました。しかし、人口減少・医師不足・財政難が重なる地方において、指定管理者制度が現実的な選択肢として検討されるケースが近年増えています。
令和6年度の公立病院の経営に関する調査(日本病院会)でも、財政支援依存からの脱却を求める声が高まっており、公立病院の経営形態の見直しが政策的にも促されています。
直営・指定管理・民営化(売却) — 公立病院の3つの経営形態を比較する
公立病院が赤字の改善や経営の持続可能性を検討する際、選択肢は大きく3つの形態に整理されます。
①直営継続とは、自治体が職員を直接雇用したまま管理権を保持し続ける形態です。地域医療への責任を最も直接的に果たせ、診療機能の維持に強い権限を持ちます。一方で、公務員制度の制約から人件費の柔軟な調整が難しく、赤字補填が自治体財政を長期にわたって圧迫するリスクがあります。「病院を守る」という姿勢は正しくても、財政が実際に枯渇すれば機能維持が困難になります。
②指定管理者制度は、所有権・設置権は自治体が保持したまま、運営管理を民間法人等に委ねる形態です。自治体として一定のコントロールを維持しながら、民間の経営ノウハウや機動性を活用できる**「中間形態」**です。財政負担は管理料として事前に設定できるため、自治体にとって財政の見通しが立てやすくなります。
**③民営化(売却・譲渡)**は、病院そのものを医療法人等に売却・譲渡する形態です。自治体の財政負担は原則なくなりますが、売却先の方針次第で診療科の廃止や規模縮小が起こり得るため、公的医療機能の維持について自治体が関与しにくくなります。住民への医療サービスへの影響が大きい場合は、地域の強い反発を招くことがあります。

| 比較項目 |
直営 |
指定管理者制度 |
民営化(売却) |
| 所有権 |
自治体 |
自治体(変わらず) |
民間に移転 |
| 経営主体 |
自治体 |
指定管理者(民間等) |
民間 |
| 自治体の財政関与 |
赤字補填あり |
管理料(事前設定) |
原則なし |
| 医療機能の継続担保 |
高い(直接管理) |
協定書で担保可能 |
不確定 |
| 人件費の柔軟性 |
低い(公務員制度) |
高い(民間雇用) |
高い |
| 導入のハードル |
—(現状維持) |
中(議会議決が必要) |
高い(売却交渉等) |
帝国データバンクの2024年度調査では、民間病院約900法人の営業赤字が61.0%(前年度54.8%)に上昇しており、公立病院だけが例外でないことがわかります。指定管理者制度は、この3つの選択肢の中で「地域への責任を保ちながら経営を改善する」という観点から有力な選択肢の一つです。
指定管理者の選定から協定締結まで — 実務プロセスを整理する
公立病院に指定管理者制度を導入するには、概ね以下のプロセスを経ます。全体で12〜18ヶ月程度かかるのが一般的です。
ステップ1: 方針決定・事前検討(〜導入12ヶ月前)
首長・病院管理者・議会が「指定管理者制度の導入を検討する」という方針を固めます。この段階で、①なぜ直営を続けられないか(財政・人材の現状)、②どのような診療機能を必ず維持しなければならないか、③公募か非公募か、を整理します。「まず公募してみる」という姿勢ではなく、維持すべき機能を先に明確にしてから選定条件を設計することが、後のトラブルを防ぐ鉄則です。
ステップ2: 仕様書・募集要項の作成(〜9ヶ月前)
自治体は「管理業務の内容」「医療機能の最低要件」「財務上の要件」などを盛り込んだ仕様書を作成します。「○診療科は継続すること」「救急受け入れを年○件以上維持すること」など、地域医療上不可欠な条件を具体的に明記することが重要です。曖昧な仕様書は、指定後に指定管理者が条件を下回っても是正しにくくなります。
ステップ3: 公募・申請受付(〜6ヶ月前)
公募を実施し、応募法人から事業計画書・収支計画・医師確保の具体策などを記載した申請書類を受け付けます。法律上は非公募(特命指定)も可能ですが、透明性の確保と競争による質向上の観点から、原則として公募が求められています。
ステップ4: 選定委員会による審査・議会議決(〜3ヶ月前)
医療専門家・財務専門家・地域代表者等で構成される選定委員会が申請内容を審査し、指定管理者の候補者を決定します。その後、地方自治法の規定に基づき議会の議決を経て正式に「指定」が行われます。この段階では住民説明会を開催し、導入の理由と医療機能の維持方針を丁寧に説明することが不可欠です。
ステップ5: 協定書の締結
自治体と指定管理者が協定書を締結します。協定書には、①業務の範囲、②診療機能の維持基準(最低診療科・救急受け入れ件数等)、③管理料の額・支払い条件、④モニタリングの方法・頻度、⑤リスク分担(不可抗力・医療事故等の処理)、⑥期間途中の解除条件を明記します。この協定書の質が、制度の成否を左右する最大のポイントです。

ステップ6: 移行・引き継ぎ
直営から指定管理への移行では、現行の職員(特に医師・看護師)の雇用形態変更が最大の実務課題です。公務員から指定管理者の職員への転換、または自治体が派遣する形態の維持など、複数のスキームがあります。いずれの場合も、労働条件・退職金・年金の扱いについて労使間での丁寧な調整が求められます。
指定管理者制度が公立病院の経営にもたらす効果
指定管理者制度を適切に設計・運用できた場合、一般に次のような効果が期待されます。
人件費構造の柔軟化
病院のコストの5〜6割は人件費です。直営の場合、職員は公務員であるため、業務量や診療実績に関わらず人件費の大幅な調整は困難です。指定管理者制度に移行すると、指定管理者(民間法人)が雇用主となるため、業務量や診療実績に連動した人員配置・処遇設計が可能になります。繁忙期の柔軟な人員追加、不採算部門の段階的な見直しなど、直営では難しい対応が取れるようになります。
民間経営ノウハウの活用
病院グループや医療経営に長けた法人が指定管理者となる場合、診療報酬の算定最適化・医薬品の共同購買によるコスト削減・患者紹介ルートの強化など、民間ならではのノウハウが持ち込まれます。厚生労働省の2024年病院報告によると、病床利用率の全国平均は全病床77.0%・一般病床73.3%であり、損益分岐点の目安とされる80%を下回る施設が多い状況です。民間グループが持つネットワーク力や集患力は、病床利用率の改善に寄与する可能性があります。
自治体の財政負担の明確化と上振れリスクの抑制
直営の場合、毎年の赤字額がそのまま自治体の補填負担になります。指定管理者制度では管理料として支払う金額を協定締結時に決定するため、自治体は財政の見通しを立てやすくなります。指定管理者が効率化によって管理料を上回る収支を実現した場合、その差益は指定管理者の収入となりますが、自治体は上振れリスクを負いません。
行政コストの削減
病院管理部門の業務の多くが指定管理者に移ることで、自治体の間接コストが削減されます。一方で、協定の管理・モニタリングという新たな業務が自治体側に発生します。専門知識を持つ担当者の配置や、必要に応じた外部専門家の活用も検討が必要です。

なお、これらはあくまで適切に設計・運用された場合の効果です。指定管理者の質・協定書の設計・モニタリング体制の充実度によって、実際の効果は大きく異なります。「民間に任せれば改善する」という過度な期待は禁物であり、自治体側にも制度を適切に管理する能力が求められます。
指定管理がうまくいかないケースとリスク管理
指定管理者制度は適切に設計されれば有力な選択肢ですが、失敗するケースには共通したパターンがあります。
失敗パターン①: 医師確保ができない
地方の公立病院では、指定管理者となった民間法人が期待通りの医師を確保できずに診療科が縮小・廃止となるケースがあります。協定書で「○科の外来・入院を維持すること」と定めていても、医師不足という外部要因には法的義務だけでは対応できません。対策として、公募審査の段階で「医師確保の具体的計画と実績」を審査基準の中核に据えることが重要です。過去の医師採用実績・大学病院や医師派遣機関との提携状況なども含めて評価します。
失敗パターン②: モニタリングが形骸化する
自治体に医療の専門知識がなければ、指定管理者が適切な運営をしているかを実質的に評価できません。KPIを協定書に具体的に明記し(患者数・診療科数・病床利用率・患者満足度等)、医療専門家も加えた定期評価の仕組みを設けることが不可欠です。「書類が揃っているから問題なし」という形式的なモニタリングは、問題が大きくなってから発覚するリスクを高めます。
失敗パターン③: 指定期間終了後の断絶
指定期間(一般に3〜5年)が終わると、指定管理者が変更される場合があります。このとき、医師・看護師・事務スタッフの雇用継続、患者の診療情報の引き継ぎ、地域連携先との関係など、医療機能の連続性が途切れるリスクがあります。指定期間を5年以上に設定し、引き継ぎ条件・スタッフの雇用継続方針を協定書に盛り込むことで、リスクを軽減できます。
失敗パターン④: 協定書の法的瑕疵
不可抗力条項(災害・パンデミック時の業務継続・管理料の調整)、医療事故発生時の責任分担、指定管理者の財務悪化時の対応、解除条件などが曖昧なまま協定を締結すると、後から紛争が生じるケースがあります。医療に詳しい弁護士と医療経営の専門家が協定書の策定段階から関与し、想定しうるリスクシナリオを事前に洗い出すことが不可欠です。

自院への導入可否を判断する — 6つの視点
公立病院が指定管理者制度の導入を検討する際の判断軸を整理します。6つの視点を確認することで、自院の状況を客観的に評価できます。
視点①: 医療機能の代替可能性
地域唯一の救急・周産期・精神科など、代替が極めて困難な医療機能を担っている場合は、指定管理者の撤退リスクが高まります。一方、近隣に同等の民間病院がある、または診療科の一部を地域の他の施設が補完できる環境であれば、リスクは相対的に低くなります。代替可能性を客観的に評価するために、地域医療構想調整会議における自院の位置づけを確認することが出発点となります。
視点②: 応募が見込める指定管理者の存在
制度を設計しても、応募する法人が現れなければ成立しません。病院の運営実績を持つ医療法人、地域で実績を持つ病院グループ、医療に特化した指定管理の実績がある事業者が地域内外に存在するかを事前に確認します。事前のサウンディング調査(市場調査)を行うことで、応募可能性を把握できます。
視点③: 自治体の財政状況と補填の限界
現状の赤字補填が自治体財政にどれほどの影響を与えているかを定量的に把握します。「このまま10年直営を続けた場合の累積補填総額」と「指定管理者制度への移行コスト(退職金・改修費・移行期費用)と管理料の10年総額」を比較することで、財政的な合理性を判断できます。単年度の赤字だけを見るのではなく、長期の財政シナリオで評価することが重要です。
視点④: 職員・労働組合との協議可能性
現行の直営職員(特に医師・看護師・事務職員)の雇用形態が変わるため、移行には労使間の丁寧な協議が不可欠です。強い反発がある中での強行移行は、ベテラン職員の離職を招き、かえって医療機能を低下させるリスクがあります。「なぜ指定管理が必要か」「職員の雇用・処遇はどう守るか」を具体的に示せることが、スムーズな移行の前提条件です。
視点⑤: 議会・地域住民の理解
指定管理者の指定には議会の議決が必要であり、住民にとって公立病院は「地域の財産」という意識があります。住民説明会や広報活動を通じて「なぜ指定管理が必要か」「医療機能はどう守るか」を丁寧に伝え、地域の理解を得るプロセスを省略してはなりません。理解を得ないまま進めると、議会での否決や住民運動によって計画が頓挫するリスクがあります。
視点⑥: 協定書・モニタリング体制の設計能力
自治体の担当部局に協定書を適切に設計・運用する専門知識がなければ、制度が形骸化します。必要に応じて医療経営コンサルタント・弁護士・公認会計士を活用し、協定書の質とモニタリング体制の充実度を確保することが、制度の成否を分ける最重要要素の一つです。

まとめ
公立病院の指定管理者制度は、「直営継続」と「民営化(売却)」の間に位置する第3の経営形態です。地方自治法に基づく制度として法的な裏付けがあり、民間の経営ノウハウを取り込みながら公的医療機能を継続できる可能性を持っています。
ただし、「民間に任せれば自動的に改善する」という過信は禁物です。医師確保の困難さ、モニタリングの形骸化、協定書の瑕疵など、直営とは異なる新たなリスクが生まれます。成功の鍵は、仕様書・協定書の質と、自治体側のモニタリング能力にあります。
帝国データバンクの2025年調査が示すように、医療機関の倒産・休廃業解散は過去最多水準が続いています。「現状維持」という選択は、リスクを先送りするだけです。地域医療を守るために、指定管理者制度の活用を含む経営改善の選択肢を、今のうちに財務・法務・医療機能の三つの軸で検討しておくことをお勧めします。
経営の出口戦略(承継・売却・統合など)も含めて体系的に検討したい場合は、ぜひ以下の関連記事も合わせてご参照ください。
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