病院の医業赤字が74.6%に達し、倒産・休廃業が2年連続で過去最多を更新し続ける中、「理事長・院長が医療の専門家であることは当然として、経営の専門知識を備えた人材が院内にどれだけいるか」が、病院の存続を左右する決定的な差になっています。
臨床の優秀さと経営管理の熟練は、まったく別のスキルセットです。医師・看護師として第一線を走ってきた経営陣が、財務分析・診療報酬の最適化・人事制度設計・M&A対応といった「経営実務」を体系的に学ぶ機会は、意識して作らなければほとんど存在しません。特に中小規模の民間病院では、外部のコンサルタントに丸投げするか、勘と経験だけで経営判断を重ねるか、という二択に追い込まれている場面が少なくありません。経営コンサルタントに依存することは悪いことではありませんが、「コンサルタントの言っている意味が理解できない」「改善策が院内に根付かない」という声も多く聞かれます。
こうした問題意識から生まれたのが、**医療経営士(いりょうけいえいし)**です。一般社団法人日本医療経営実践協会が認定するこの資格は、医療機関の経営課題を体系的に解決できる人材を育成・認定することを目的としており、病院の事務長・経営企画担当・理事長本人まで、幅広い立場の人が取得しています。
本記事では、医療経営士の概要・等級制度・試験内容から、院内の人材育成や経営強化への具体的な活用方法まで、病院経営者目線で整理します。
赤字が常態化する病院経営と「管理力不足」の構造的問題
四病院団体協議会が2024年度に実施した病院経営定期調査の最終報告によると、調査対象病院の医業赤字が74.6%、経常赤字が**65.6%に達しています。民間病院に限定した帝国データバンクの2024年度調査でも61.0%**が営業赤字という結果が出ており、赤字経営は特定の病院だけの問題ではなく、業界全体の構造的な課題となっています。

さらに深刻なのは、悪化が長期トレンドとして続いている点です。医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件で2年連続の過去最多となっており(帝国データバンク 2025年)、存続の危機に直面する病院が確実に増えています。物価高騰・賃上げ圧力・診療報酬の制約という三重苦が重なる中、経営管理の巧拙が病院の明暗を分けています。
こうした環境の中で特に問題になるのが、「経営管理の専門知識を持つ人材が病院内に少ない」という構造的課題です。病院のコストの5〜6割は人件費が占めており、人材配置・業務効率・診療報酬の算定精度が少しずれるだけで、数千万円単位の損益差が生じます。それにもかかわらず、医師・看護師出身の経営層が財務分析・原価管理・人事制度設計・M&A対応などを体系的に学んだ経験を持つことはまれです。
さらに深刻な問題として、病院の経営管理人材育成が制度として整っていないという現実があります。医師は医師法・医学部のカリキュラムで臨床教育を受けますが、「病院の経営者・管理者になるための体系的な学習機会」は公教育の中ではほとんど提供されていません。医師免許・看護師免許は取得できても、病院を経営・運営するための知識は自力で習得しなければならないのが現状です。MBA取得という選択肢もありますが、一般経営理論が中心でありながら病院特有の診療報酬制度・医療法規・病棟運営といった実務に直結しないケースも多くあります。
結果として、経営者・管理者が自主的に学ぶか、外部のコンサルタントに依存するかの二択になりがちです。医療経営士は、まさにこの「院内経営言語の習得」を体系化したものです。外部への依存度を下げ、自院の経営課題を自分たちで見つけ・解決する力をつけるための基盤になります。
医療経営士とは — 誰が認定し、何を目的とした資格か
医療経営士は、一般社団法人日本医療経営実践協会(東京都中央区)が認定する民間資格です。「医療機関をマネジメントする上で必要な医療と経営の両方の知識を有し、経営課題を実践的に解決できる人材」と定義されており、病院の経営改善・再生・M&A・承継支援などに携わるスペシャリストを想定して設計されています。

資格は3級・2級・1級の3段階で構成されています。3級は医療経営の基礎的知識を幅広く問う入門レベル、2級は経営戦略・財務・組織管理などに踏み込んだ応用レベル、1級は経営の総合的なマネジメント実務を問う上級資格と位置づけられています。段階を踏んで取得を進める仕組みのため、「まず事務長に3級を」という形で院内育成計画に組み込みやすい点が特徴です。
この資格が他の医療関連資格と大きく異なるのは、経営課題の解決に焦点を当てている点です。診療情報管理士や医療情報技師などが特定業務の専門性を証明するのに対して、医療経営士は病院経営全体を俯瞰し、課題を見つけて解決するゼネラリスト型の経営管理能力を認定します。医師・看護師が臨床スキルを証明するように、医事・経営系スタッフが「経営管理力」を客観的に証明できる資格とも言えます。
また、一般的なMBAや経営学修士との比較でいえば、医療経営士は診療報酬制度・医療法規・病院組織の独自性など「医療機関特有の経営知識」に特化している点が大きな強みです。外部から転職してきた経営人材がいても、医療業界の特殊性を理解するまでに多くの時間を要します。医療経営士は、医療業界内の経営人材が業界特有の課題解決能力を磨くために設計されています。
認定後は協会会員として、財務分析・業務改善・リスクマネジメント・地域連携・広報・DPC などのテーマ別研究会に継続参加でき、最新の医療経営情報を定期的にアップデートできる仕組みが整っています。令和8年度診療報酬改定のような大型改定が行われた年には、こうした研究会が改定内容の実務的解釈と活用策を提供する場としても機能します。
等級別の試験内容と学習領域
それぞれの等級がどのような試験形式・内容で、誰を対象としているかを整理します。

3級 — 医療経営の入門資格
3級試験は80分・50問の五肢択一式で実施されます。出題範囲は医療経営史・医療政策・医療関連法規・医療倫理・病院組織論・財務管理の基礎・診療報酬制度の仕組みなど多岐にわたります。合格基準は総得点の60%程度とされており、合格率は約40%前後で推移しています。試験範囲が広く体系的な準備が求められますが、記述式ではなく択一式のため、集中的な学習で合格を目指しやすい構成です。
3級は受験資格の制限がなく、医療職・事務職・コンサルタントなど立場を問わず受験できます。病院の事務スタッフや転職希望者が「医療経営への入口」として取得するケースも多く、幅広い人材の経営知識習得のきっかけになっています。また、3級に合格して協会の正会員になることで、2級への受験資格が得られるため、段階的なキャリア形成にも対応しています。
試験に向けた学習には、日本医療出版が発行する「医療経営士テキストシリーズ」(全40巻)が公式テキストとして広く活用されています。各巻が財務・人事・法規・診療報酬・IT・地域医療など特定テーマに対応しており、学習したい分野のテキストを選んで読み進められる設計です。すべてを読む必要はありませんが、試験範囲に対応した基本巻は必読とされています。院内勉強会の教材として採用する病院も増えており、複数のスタッフが一緒に学ぶことで理解が深まるという効果もあります。
2級 — 経営戦略・財務・人事の応用資格
2級は3級の基礎知識を前提として、より高度な経営実務能力を問います。経営戦略の立案・財務分析の深化・病院組織のマネジメント・コスト構造の改善などが主要テーマとなります。受験には3級合格と協会正会員であることが必要です。合格率は1桁〜2割程度といわれており、相当の専門性と実務経験の裏付けが求められます。事務長・経営企画部長クラスが自らの経営管理能力を対外的に示すための資格として活用するケースが多く見られます。
1級 — 経営マネジメントの総合資格
1級は医療経営の総合的なマネジメント能力を問う最上位資格です。論文・面接などが課されるケースがある(詳細は協会公式サイトで確認)ほか、高度な総合判断力が問われます。医療コンサルタント・病院CFO・上級事務長クラスが対象とされており、医療経営のスペシャリストとしての対外的な認知度も高い資格です。1級取得者は医療経営の専門家として、病院経営の再生・M&A・地域医療ネットワーク構築などの高度な課題に対応できる人材として評価されます。
| 等級 |
対象の目安 |
試験形式の目安 |
合格難易度 |
| 3級 |
経営基礎知識の習得を目指す方 |
五肢択一50問(80分) |
中(合格率約40%) |
| 2級 |
戦略立案・財務分析を深めたい方 |
記述・択一等(公式サイト参照) |
高(1桁〜2割程度) |
| 1級 |
経営マネジメントを実践する方 |
論文・面接等(公式サイト参照) |
最高(高度な実力必要) |
医療経営士の知識が役立つ病院経営の6つの場面
医療経営士の資格取得を通じて習得できる知識は、病院経営の実務の幅広い場面で活用できます。6つの主要場面を具体的に解説します。

① 財務・経営分析
損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書を読み解き、自院の経営課題を数字で特定できるようになります。病床利用率・診療科別収益・人件費率などのKPIを月次でモニタリングし、早期に手を打つ体制づくりに直結します。病院の損益分岐点は病床利用率80%前後とされており、利用率が1ポイント変動するだけで大きな収益差が生じます。たとえば200床・入院単価5万円の病院の場合、利用率1ポイントの変動は年間約3,650万円の収益差に相当します(2床×5万円×365日の試算)。経営知識を持つ担当者が月次管理を担うことで、問題の早期発見と迅速な対応が可能になります。
② 診療報酬の最適化
診療報酬の算定要件を深く理解することで、算定漏れの発見や新設加算への対応が迅速になります。令和8年度診療報酬改定(本体+3.09%、2026年6月施行)では物価対応料の新設・看護・多職種協働加算の創設など多くの改正が入りました。制度変更の内容を正確に理解し、自院の施設基準と照らし合わせて算定可能な加算を見極められる人材の存在が、病院収益に直接影響します。改定のたびに外部に確認を依頼するよりも、院内に知識を持つ人材がいれば対応が格段に早くなります。
③ 人事・組織マネジメント
病院のコストの5〜6割を占める人件費を適正に管理するには、採用・定着・評価制度の設計が欠かせません。医療経営士の学習では、医療機関に特化した人事管理・賃上げ対応・離職率改善などの実務知識を扱います。特に看護師・技師の確保難が続く現在、採用戦略と離職防止策を経営の視点で設計できる人材の価値は高まっています。「人が足りないから採用する」という対処療法ではなく、「組織設計として離職率を下げる」という構造的アプローチを取れるかどうかが、人件費管理の核心です。
④ M&A・事業承継
医療業の後継者不在率は6割超に達しており、M&A・承継は多くの医療法人で現実的な選択肢となっています。医療経営士のカリキュラムでは医療法人の組織設計・評価・デューデリジェンスの基礎も扱うため、外部アドバイザーとの協議をより主体的に進める力がつきます。「仲介業者の提案内容が理解できない」「契約書の意味がわからない」という状況を避けるためにも、基礎知識の習得は不可欠です。承継プロセスを有利に進めるためには、経営者自身が評価の枠組みを理解していることが第一歩です。
⑤ 地域連携・在宅医療
地域医療構想・在宅医療体制・連携パスに関する知識は、地域連携室スタッフの育成に直接活かせます。外来患者の減少が続く環境では、紹介元医療機関との関係強化・逆紹介率の向上が急務です。地域連携を担当するスタッフが医療経営士の知識を持つことで、医療機関同士の関係構築が戦略的に行えるようになります。単に「紹介をお願いする」だけでなく、地域医療ネットワーク全体の中で自院がどう機能するかという俯瞰的な視点が生まれます。
⑥ BCP・リスクマネジメント
災害・感染症・重大インシデントへの備えは経営継続に不可欠です。リスクマネジメントの枠組みを理解した人材が院内にいることで、対応の初動が早まり、被害を最小化できます。BCP(事業継続計画)の策定は形式的なものに終わりがちですが、経営視点を持つ担当者が関与することで実効性が高まります。また、医療安全・感染管理の問題は経営リスクと直結するため、経営管理の知識が臨床的なリスク管理と橋渡しされる役割も担います。
院内での資格取得推進と活用フロー
医療経営士を院内の経営強化に活用するためには、「誰に取得させ、どう役割を与えるか」という育成設計が重要です。資格取得だけで終わらせず、取得後に実践の場を与えることが人材育成の完成形です。

取得を検討すべき人材の優先順位
事務長・経営企画担当者 — 財務管理・経営計画・診療報酬対応を担う中核人材として、3級取得は最も費用対効果が高い投資の一つです。2級以上を取得した事務長は、理事長への経営提言をデータに基づいて行えるようになります。外部コンサルタントへの依存度を下げ、経営改善施策の内製化にも貢献します。「外部に委託していた経営分析を自前でできるようになった」という変化は、中長期的なコスト削減にもつながります。また、事務長が経営知識を持つことで、理事長・院長との経営会議の質が根本的に変わります。
中堅〜シニア看護師長 — 看護部は病院最大のコストセンターです。予算管理・病床効率・スタッフ配置に関わる看護管理者が経営知識を持つことで、現場と経営の橋渡しが機能し始めます。離職率の高い職場では、人事管理の理解が定着率改善に直結します。経営指標を読める看護師長がいると、病床利用率や平均在院日数の改善施策を現場から提案する動きが生まれます。「看護師は患者ケアだけ」という分業的な思考を超えて、組織全体の経営改善に参画できる看護管理者の育成が求められています。
診療科長・副院長クラス — 診療科別損益を理解した医師は、自科の「収益貢献度」を意識した意思決定ができるようになります。新専門医制度や在院日数管理など、経営と臨床の接点となる課題について数字を持って議論できる医師が増えると、経営会議の質が根本的に変わります。「この手術は採算が合うか」「この診療科は継続すべきか」という判断に、経営知識のある医師が参加することで議論が深まります。
理事長・院長本人 — 外部コンサルタントに頼らず、経営課題を自ら把握・判断する力をつけたい場合は3級取得が出発点になります。「自分が基礎知識を持つことで、コンサルタントの提案の信頼性を判断できるようになった」という声は実際に多く聞かれます。また、将来の後継者候補として育てている人物に経営知識を習得させる手段としても有効です。
取得後の活用フロー
取得後は単に「資格取得」で終わらせず、院内に実践の場を与えることが肝心です。具体的には、①月次経営会議への参加・資料作成の担当、②予算管理・収支シミュレーションの主担当として財務資料の作成、③診療報酬改定対応チームの中核として算定整理・施設基準チェックを担う、④経営改善プロジェクトのリーダーに任命する、といった取り組みが有効です。また、院内で複数のスタッフが取得している場合は、定期的な内部勉強会を開催して知識を共有する体制を作ると、組織全体の経営管理能力が向上します。
協会の研究会・セミナーへの継続参加により、最新の医療経営情報を定期的に更新できる体制も整います。一度取得して終わりではなく、継続学習の枠組みが用意されている点が医療経営士の大きな強みです。
費用対効果の考え方と令和8年度改定後の視点
資格取得に必要な費用(受験料・テキスト費・協会会費等)については、**一般社団法人日本医療経営実践協会の公式サイト(https://www.jmmpa.jp/)**で最新情報をご確認ください。費用対効果を考える際の視点として、投資先と期待されるリターンを整理すると下のようになります。
| 投資対象 |
投資水準の目安 |
期待されるリターン(定性評価) |
| 事務長への2級研修 |
中程度 |
経営分析・提言力の向上、コンサル費用の削減 |
| 看護管理者への3級研修 |
比較的低め |
病床稼働管理・コスト意識の向上 |
| 診療科長への経営研修 |
比較的低め |
診療科別採算の自律的改善 |
| 経営企画スタッフの育成 |
低〜中程度 |
改定対応・計画立案の迅速化 |
外部の経営コンサルタントへの年間委託費用と比較すれば、院内人材の育成は中長期的には圧倒的に費用対効果が高い選択肢です。コンサルタントを活用することと院内人材を育成することは、二者択一ではありません。理想は「院内に経営知識を持つ人材がおり、コンサルタントをレビューしながら活用できる状態」です。
特に令和8年度診療報酬改定(本体+3.09%、2026年6月施行)以降は、新設加算の算定要件を正確に把握し、施設基準を満たすためのシミュレーションをこまめに回せる人材の有無が病院収益に大きく影響します。今回の改定では急性期一般入院料1の基本点数引き上げ(1,688点→1,874点)、物価対応料の新設(急性期一般1で58点/日など)、入院ベースアップ評価料の拡充(最大250点)、看護・多職種協働加算の創設(加算1:277点、加算2:255点)など、制度変更の幅が広く、こうした改正を素早く収益につなげるためには院内に「改定をキャッチアップできる人材」が不可欠です。

また、医療業の後継者不在率が6割超という状況の中では、「次の経営者候補に経営知識を早期に身につけさせる」というサクセッションプランの観点からも、医療経営士の取得推進は合理的です。早期から後継者候補が経営の言語を習得することで、承継後のスムーズな経営移行が期待できます。承継前の数年間、月次経営会議への参加と資格取得による知識習得を組み合わせることは、後継者育成の具体的な手法として実際に活用されています。「資格取得という明確なマイルストーンを設けることで、後継者に経営学習の動機づけができる」という点でも、医療経営士は実用的なツールです。
医療経営士の取得は「コスト」ではなく、「院内の経営管理能力への投資」と捉えることが重要です。経営改善が継続的な施策として機能するためには、それを推進できる「院内の担い手」が必要です。外部の力を借りながらも、自院の経営は自分たちで判断・コントロールできる体制をつくることが、安定した病院経営の土台となります。
まとめ
医療経営士は、病院の経営管理能力を体系的に高めるための民間資格です。3級・2級・1級の段階制により、「まず事務長に3級を取らせてみる」という小さな一歩から始められる使いやすさが特徴です。取得を通じて学べるのは、財務・診療報酬・人事・リスク管理・M&A・地域連携といった病院経営の全域にわたる知識であり、臨床を除くほぼすべての経営課題に対応できる知識体系です。
医業赤字74.6%という厳しい環境の中で、外部コンサルタントに頼り続けるだけでなく、院内に経営課題を自ら見つけ・対処できる人材を育てることが、中長期的な経営安定の土台となります。経営知識を持つスタッフが1人増えるだけで、診療報酬改定の取りこぼし・人件費の無駄・地域連携の機会損失を防ぐ行動が加速します。
「経営は医療の質を保証する器」と捉え、医療経営士を活用した人材育成を今期の経営改善取り組みの一環として検討されることをお勧めします。まずは院内で最も経営改善に携わる事務長や経営企画担当に、3級テキストを渡して一緒に学ぶところから始めてみてください。一人の「経営を語れる人材」が院内に育つことが、病院全体の経営力強化への第一歩になります。
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