「大学病院が赤字だと報道されていたが、なぜあれほど大きな病院が赤字になるのか」「国立大学病院は国のお金が入っているのに、なぜ厳しいのか」——こうした疑問を持つ民間病院の理事長・事務長の方は少なくありません。
実は大学病院・国立大学病院の赤字は、単なる「経営の怠慢」ではなく、構造的・制度的に赤字になりやすいシステムの上に成立しています。民間の私立病院とは根本的に異なるコスト構造を持つ大学病院が、なぜ赤字を抱え、それでも地域医療において欠かせない存在であり続けるのか。本稿では、大学病院の赤字構造を解説するとともに、民間病院への影響と対応策までを整理します。
大学病院・国立大学病院の役割とは — 三重の使命
大学病院(医学部付属病院)と国立大学病院(国立大学法人が設置する病院)は、一般の民間病院とは根本的に異なる「三重の使命」を持っています。
**第一の使命は「高度医療・特定機能病院としての診療」**です。大学病院の多くは厚生労働省の承認を受けた「特定機能病院」として、難しい疾患や高度な手術・治療を必要とする患者を受け入れます。民間の一般病院が対応できないケースや、最終的な砦となる三次救急・高度急性期医療を担うことが多く、一患者あたりの医療コストは民間病院より大幅に高くなります。
**第二の使命は「医学教育」**です。医師・看護師・薬剤師・臨床検査技師など医療専門職を養成するための臨床実習の場として機能します。医学生・研修医への指導には指導医の時間と労力が必要であり、そのコストは診療報酬では十分に回収できません。国立大学病院では大学院生の研究も同時進行しているため、教員・研究者の人件費が診療収益に対して重くのしかかります。
**第三の使命は「研究」**です。新薬の治験、難病の研究、先端医療技術の開発などを担う研究拠点として機能しています。研究費は競争的資金(科研費・AMEDなど)で一部カバーされますが、研究インフラ・設備の維持費は膨大であり、病院の損益に影響を与えます。
この三重の使命を同時に果たすため、大学病院は「特定の患者だけを診て収益を最大化する」という民間病院的な経営最適化が難しい構造になっています。
大学病院の赤字を生む3つの構造要因
大学病院の赤字には、以下の3つの構造要因があります。
要因①:高度医療のコストが診療報酬を上回る
診療報酬は、一般的な医療行為を前提に設定されています。高度急性期医療・難症例・複雑な手術は医師・看護師の配置が厚くなり、薬剤費・検査費も高額になりますが、それに見合った診療報酬点数が必ずしもついてくるわけではありません。
また、大学病院には医師の研修や指導のための「指導管理料」などの加算がありますが、実際の指導コストをカバーするには十分でないケースが多いと言われます。「高い医療を提供するほどコストがかさむが、収益は頭打ちになる」という逆説的な構造が、慢性的な赤字の温床になっています。
要因②:教育・研究コストが診療収益から持ち出しになる
教育コストの多くは診療報酬では回収できません。国立大学病院では「運営費交付金」が国から交付されていますが、近年の政策により交付金は継続的に削減傾向にあり、病院の運営収益でそれを補う構造になっています。また研究活動にかかる設備・施設維持費、技術職員の人件費なども病院会計に組み込まれる場合があり、収益圧迫の要因になります。
要因③:不採算医療の義務的実施
大学病院は地域の最後の砦として、通常の民間病院が引き受けにくい疾患・緊急ケースを受け入れなければなりません。救命救急センターの運営、小児・産科医療の確保、離島・僻地からの患者受け入れなども含まれます。これらの不採算医療は地域に不可欠ですが、採算性は低く、病院全体の収益を引き下げます。
国立大学病院の財務実態 — 近年の赤字深化
国立大学病院の財務状況は、特にコロナ禍以降に厳しさを増しています。
コロナ禍での患者数減少と固定費の負担
2020〜2022年にかけてのコロナ禍では、外来・入院患者数が大幅に減少しました。大学病院も例外ではなく、診療収益が急減した一方で、高度な設備・人員体制の維持コストは変わらないため、固定費の負担が一気に顕在化しました。コロナ患者を多く受け入れた大学病院では、感染対策のための設備投資・人件費上昇も追い打ちをかけました。
物価高騰・人件費上昇の影響
コロナ禍後の2023〜2025年にかけては、薬剤費・医療材料費・光熱費の高騰と、医療従事者への賃上げ圧力が同時に押し寄せました。帝国データバンクの2024年度調査では、民間病院約900法人の営業赤字は61.0%(前年度54.8%から悪化)と報告されており、大学病院を含む全医療機関でコスト上昇の影響が深刻化していることが示されています。
診療報酬改定との関係
令和8年度診療報酬改定では本体が約30年ぶりに3%を超える引き上げ(+3.09%)となりましたが、この改定が大学病院の赤字を根本的に解消するかどうかは慎重に見る必要があります。改定では人件費・物価対応の加算が中心であり、大学病院特有の教育・研究コストへの対応は限定的です。診療収益は改善が期待できますが、費用構造の根本は変わりません。
急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へ引き上げられ(令和8年度改定)、さらに物価対応料が新設されましたが、大学病院が担う高度医療・不採算医療への報酬は依然として十分とは言えない状況です。診療報酬改定の恩恵を最大化するためには、加算の算定要件を早期に確認・整備し、取り漏らしなく請求する体制を整えることが求められます。これは大学病院だけでなく、すべての病院に共通する重要な経営課題です。
大学病院が赤字でも存続できる理由 — 公費支援と制度的役割
大学病院・国立大学病院は、民間病院と異なり、赤字になっても簡単に閉院・廃業できない構造になっています。
公費投入の仕組み
国立大学病院は国立大学法人を通じて国から「運営費交付金」を受け取ります。公立病院は地方自治体から「一般会計繰入金」を受け取ります。これらの公費支援が赤字を補填し、病院の存続を支えています。一方で、公費支援は年々削減傾向にあり、「赤字でもいつまでも支援される」という前提は崩れつつあります。
地域医療提供体制上の不可欠性
大学病院は、地域の医療提供体制において一般の民間病院には代替できない機能を持っています。高度急性期医療・教育・研究の拠点として、国や自治体が「潰せない」存在として支援を続けているという側面があります。しかし、令和6年度 公立病院の経営に関する調査(全国自治体病院協議会)が示すように、公立・大学病院の財務改善圧力は年々高まっており、機能見直しや統合再編の議論が活発化しています。
独自の収益源
一部の大学病院は、自由診療(高度先進医療・がん治療・美容医療など)や産学連携の研究開発収益、病院ブランドによる選定療養費などを組み合わせて独自の収益源を確保しています。これらが診療報酬収益を補い、財務の安定化に貢献するケースもあります。
黒字化している大学病院に共通すること
すべての大学病院が赤字というわけではありません。一部の大学病院は安定した財務を維持しています。一般に、黒字化・財務改善に成功している大学病院には以下のような共通点があると言われます。
| 共通点 | 具体的な取り組み |
|---|---|
| 高い病床利用率の維持 | 紹介患者を積極的に受け入れ、病床を効率的に活用する |
| 地域医療連携の充実 | かかりつけ医・民間病院との連携を強化し、逆紹介(治療後の患者返し)を促進 |
| 独自の診療実績・ブランド | 特定疾患や先端治療での実績を積み、専門患者を全国から集める |
| 自由診療・選定療養の活用 | 保険診療の枠外での収益源を適切に拡大する |
| 病院経営の専門化 | 病院執行部・事務部門に経営専門家を配置し、コスト分析を強化する |
共通しているのは「医療の質で選ばれる病院づくり」と「経営管理の強化」の両輪です。公費支援に依存するだけでなく、自院の強みを活かして独自の患者を呼び込む努力が、財務改善の鍵になっています。
なお、これらの取り組みは大学病院だけでなく、民間病院の経営改善にも共通して応用できる考え方です。「どの患者に何の価値を提供するか」という機能の絞り込みと、数字を追う経営管理の組み合わせは、規模や設置主体にかかわらず病院経営の基本です。自院の強みを棚卸しし、機能の明確化から始めることが、財務改善の第一歩になります。
民間病院への影響と対応 — 競合より連携を
大学病院・国立大学病院の赤字や機能再編は、民間病院の経営にも間接的な影響を与えます。
患者紹介・逆紹介による連携強化の機会
大学病院が「高度医療の拠点」として機能分化を進めると、一般的な疾患・回復期・慢性期の患者を民間病院に戻す「逆紹介」が増えます。これは民間病院にとって患者獲得の機会となります。大学病院との良好な連携体制を構築しておくことが、紹介患者の安定的な確保につながります。
再編・統合による地域医療の変化
大学病院の統廃合や機能縮小が進むと、これまで大学病院が担っていた患者の一部が民間病院に流れる可能性があります。一方で、大学病院との競合が減ることで民間病院が強みを発揮できる領域も生まれます。地域の医療提供体制の変化を早期に把握し、自院の機能定義を明確にしておくことが重要です。
医師・スタッフの確保における競合
大学病院は医師の教育・研究の場として医師を多く抱えており、大学医局を通じた医師派遣が民間病院の診療体制を支えている側面があります。大学病院の財務悪化や医師数の削減が進むと、医師派遣の引き上げが発生し、民間病院の診療体制に影響が出るリスクがあります。大学医局への依存度を把握し、独自の採用ルートを確保しておくことが経営上の重要な課題です。
病院の医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査最終報告)という厳しい状況の中で、大学病院との関係を「競合」ではなく「連携」として活用することが、民間病院の経営安定に貢献します。
まとめ
大学病院・国立大学病院が赤字になる理由は、単純なコスト管理の失敗ではなく、高度医療・教育・研究という三重の使命が生み出す構造的なコスト超過にあります。
- 診療報酬で回収できない高度医療・教育・研究コストが慢性的な赤字を生む
- コロナ禍後の物価高騰・人件費上昇が赤字をさらに深刻化させた
- 公費支援で存続できているが、支援削減圧力により財務改善が求められている
- 黒字化には病床効率化・地域連携・独自収益の三輪が必要
- 民間病院には連携強化と機能分化で機会を活かすアプローチが有効
大学病院の財務状況は地域医療のバロメーターでもあります。近隣の大学病院・公立病院の動向を注視しながら、自院の機能を明確化し、地域連携を深めることが今後の経営安定の鍵になります。
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出典・参考文献
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
- 帝国データバンク 全国「病院経営」動向調査(2024年度)
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- 厚生労働省 令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況
- 令和6年度 公立病院の経営に関する調査 結果報告書
- GemMed 2026年度改定答申: 基本診療料アップ・物価対応料新設・ベースアップ評価料拡充
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