四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査(最終報告)によると、病院の**医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%**に達しています。こうした厳しい経営環境の中で、「役員報酬を下げるべきか」という問いに向き合う理事長・院長・事務長は少なくありません。

しかし役員報酬の見直しは、単に金額を下げるだけの話ではありません。法人税法上の手続きを誤れば損金不算入リスクが生まれ、医療法上のガバナンス規制にも関わります。また「なぜ今、役員が減額するのか」というメッセージ設計を誤れば、院内の士気を下げる逆効果を招くこともあります。

この記事では、赤字病院における役員報酬の見直しを経営・税務・ガバナンスの三つの視点から整理し、理事長・事務長が実務で押さえるべきポイントを解説します。

医療法人における役員報酬の制度的位置づけ

医療法人では、理事・監事などの役員に対して支払う報酬(役員報酬)は、定款の定めまたは社員総会の決議によって定めることができます。支給した役員報酬は、一般に法人の費用として損益計算書に計上されます。

一般の株式会社と異なり、医療法人は非営利性を前提とした法人です。そのため、役員報酬が不合理に高額である場合や、法人の財務状況に不釣り合いな場合は、都道府県の指導監督において「不当な利益供与」として問題にされる可能性があります。近年は厚生労働省の指導監督基準の整備が進み、役員報酬規程の作成・社員総会での承認・議事録の保管が実務上の基本となっています。

病院のコストの5〜6割を人件費が占めることはよく知られていますが、役員報酬はその人件費の一部です。額の大小はさまざまですが、「経営トップとしての責任と報酬が連動している」という示しは、職員の規律・ガバナンス意識にも影響を与えます。

医療法人の役員報酬決定フロー

医療法人の役員は通常、理事(常勤・非常勤)と監事で構成されます。役員報酬の決定フローは一般に次のとおりです。まず定款に役員報酬に関する条項(「役員に報酬を支給する場合は社員総会の決議による」など)を設けます。次に、社員総会で役員報酬の総枠または個別額を承認します。理事会では、個別の配分を決定します。これらの決議は必ず議事録として保存してください。

医療法人の役員報酬の決定構造

決定機関 決定事項 根拠
社員総会 役員報酬の総枠・支給方針 定款の規定に基づく
理事会 個別役員への配分 社員総会の授権による
代表理事(理事長) 非常勤理事等への配分委任 理事会決議または委任

なお、医療法人の種類によって役員報酬に関する制約が異なります。社会医療法人や特定医療法人では、定款や認定要件として役員報酬の水準・開示に関する基準が定められており、一般の医療法人より厳格な制約を受けることがあります。自法人の種別(一般医療法人・特定医療法人・社会医療法人)を確認し、それぞれの法的要件を正確に把握した上で報酬設計を行うことが重要です。また、医療法改正(2015年以降)の流れの中で、多くの都道府県が医療法人の指導監督要綱を見直し、役員報酬の透明化・適正化を求める傾向が強まっています。報酬規程がない医療法人は、まず規程の作成から始めることが経営ガバナンスの出発点です。

赤字経営下で役員報酬を見直す必要性

帝国データバンクの2024年度調査によると、民間病院約900法人のうち営業赤字は61.0%に達し、前年度の54.8%から6.2ポイント悪化しています。また同社の2025年調査では、医療機関の倒産が66件・休廃業解散が823件と2年連続で過去最多を更新しました。このような状況下で役員報酬を据え置くことには、二つの深刻なリスクがあります。

財務面のリスク

赤字が続く中で役員報酬を高い水準に維持することは、毎月の現金流出の固定費を増やします。医療機関の資金繰り悪化は突然訪れることが多く、「もう少し早く対処しておけば」という声を現場でよく聞きます。役員報酬の適正化は、手元資金の保全にも直結します。特に帝国データバンクが指摘するとおり、倒産・休廃業解散が増加傾向にある中で、固定費の一つひとつを見直す姿勢が経営の継続性を左右します。

ガバナンス・人材面のリスク

職員や外部の目から見て、「経営が苦しいのに役員だけが高い報酬をもらっている」という状況は、院内の不満・不信感の温床になります。特に、ベースアップ要請や人員不足を理由に現場に負荷をかけながら役員報酬を維持していると、優秀な人材の離職につながることがあります。離職率の悪化は採用コストの増加と医療の質の低下という悪循環を生み、経営をさらに圧迫します。

一方、適切な役員報酬の見直しは単なるコスト削減ではなく、「経営者自身が覚悟を示す」という院内外へのメッセージです。財務改善計画を職員・金融機関・行政に示す際に、役員報酬の自主的な減額が含まれていると、計画の真剣度が伝わりやすくなります。

このような厳しい経営環境の中で見落とされがちなのが、「役員報酬の問題を後回しにするほど選択肢が狭まる」という点です。資金繰りが極度に悪化してから役員報酬の見直しに着手しても、金融機関への信頼回復・融資条件の交渉・職員への説明がいずれも困難になります。早期に自主的な見直しを行い、計画の誠実性を示すことが、中長期の経営再建において最も有効な戦略のひとつです。

赤字経営と役員報酬リスクの構造

役員報酬を変更する際の税務上の注意点

役員報酬の見直しで最も注意すべきは、法人税法上の「定期同額給与」要件です。法人税の申告を行う医療法人において、役員報酬が損金として認められるためには、原則として毎月同額を定期的に支払う「定期同額給与」の形式を維持する必要があります。

一般的なルールとして、役員報酬を事業年度の途中で変更する場合、損金算入が認められないリスクがあります。原則として役員報酬の改定は事業年度開始から3か月以内に行うことが求められます(いわゆる「期首3か月ルール」)。やむを得ない事業上の理由(経営悪化事由)による期中変更が認められるケースもありますが、その適用要件は厳格です。

重要なのは、具体的な変更の可否・時期・手続きは必ず顧問税理士や公認会計士に事前確認することです。医療法人の税務は一般企業と異なる点も多く、自己判断でのリスクは大きいといえます。

変更手続きの流れを整理すると、概ね次のようになります。

役員報酬変更手続きのチェックリスト

変更手続きの基本ステップ

ステップ 内容 ポイント
① 税理士との事前相談 変更時期・額・手続きの確認 損金不算入リスクの回避
② 社員総会の開催 役員報酬総枠の変更決議 議事録を必ず保存
③ 理事会の開催 個別額の改定決議 同左
④ 新報酬額での支給開始 変更後は毎月同額支給 定期同額給与の維持
⑤ 書類の整備・保存 議事録・規程変更書の保管 税務調査対応の備え

減額の時期が税務上適切でない場合、変更前後の差額部分が損金として認められず、法人税等の追加負担が生じる可能性があります。コスト削減のつもりが税務コストを増加させるという本末転倒を避けるためにも、専門家への相談は省略しないでください。

一点、よく誤解されるのが「赤字であることを証明すれば期中変更ができる」という認識です。実際には、「経営の著しい悪化」による役員報酬の期中変更は、要件充足を個別に判断される面があり、税務調査で認められないケースも報告されています。「損金不算入になっても減額すべき状況」と「適切な手続きを経て損金算入できる状況」を明確に区別し、税理士と計画的に対処することが不可欠です。税理士への相談を「コスト」と捉えず、「リスク回避のための投資」として位置づける視点が、実務では重要です。

適正な役員報酬額の考え方

「では、いくらが適正なのか」という問いに、明確な数値基準はありません。厚生労働省や都道府県の指導監督基準では、同規模・同種の医療法人との比較や、役員の職務実態との整合性が判断基準とされています。

実務では、次のような観点から適正額を検討します。

① 類似法人との比較

都道府県や病院団体が公表している財務データを参考に、同規模・同地域の医療法人の役員報酬水準と比較します。医療法人の決算書公告制度が整備されつつある今日、施設ごとの水準の違いが可視化されやすくなっています。著しく乖離している場合は見直しの検討対象です。

② 職務の実態との対応

理事長が診療・経営・管理すべてを担っているケースと、実質的な業務を他の理事に委任しているケースでは、適正報酬額も異なります。「実際にどんな業務をどれくらいの時間行っているか」という職務実態の記録が、合理性の根拠になります。

③ 法人の財務状況との整合性

経常赤字が続く状況で現在の報酬額を維持することが「不合理ではないか」という視点が重要です。四病院団体協議会の2025年度病院経営定期調査によれば、医業赤字の病院は74.6%にのぼる一方、一定数の黒字病院も存在します。赤字の深刻度・期間・構造によって、許容される役員報酬のレンジも変わります。

④ 退職給与との整合性

役員の退職給与は最終報酬月額をベースに計算されることが一般的です。現在の報酬額を大幅に下げると、将来の退職金算定にも影響するため、両者を合わせて設計することが重要です。役員退職金の具体的な考え方については、関連記事「医療法人の役員退職金 — 適正額の考え方と税務」もあわせて参照してください。

このほか、実務上よく見られる課題として、医療法人の役員に配偶者や親族が含まれる場合の報酬設定があります。家族への役員報酬が過大であれば、指導監督において問題になるばかりでなく、法人税法上の「不相当に高額な給与」として損金不算入リスクが生じます。同族役員への報酬については、社外の同種法人との比較で合理性を示せるかどうかを事前に確認しておく必要があります。役員報酬の見直しは、こうした関連する全ての報酬体系を一体として整理する好機でもあります。毎期の経営状況に応じた定期的な見直しの習慣をつけることが、健全なガバナンスの基礎となります。

役員報酬適正水準の判断マトリクス

ガバナンス強化と役員報酬の透明化

役員報酬の見直しをきっかけに、医療法人のガバナンス体制全体を整備することをお勧めします。2017年の医療法改正以降、特定医療法人や社会医療法人を中心に、情報開示・監査・内部統制の強化が求められるようになっています。一般の医療法人であっても、こうした流れを先取りしてガバナンスを強化しておくことは、中長期の経営安定につながります。

役員報酬の透明化に関連した実務上のポイントをまとめます。

① 役員報酬規程の整備

支給基準・総枠・決定プロセスを定めた「役員報酬規程」を作成し、社員総会で承認します。規程の有無は指導監督の際にも確認されることがあります。規程がない場合は、まずひな形を参考に作成し、法人弁護士や税理士にレビューを依頼することをお勧めします。

② 社員総会・理事会の適切な運営

役員報酬を含む重要事項は、社員総会・理事会を適切に開催し、議事録を正確に残します。形式的な開催ではなく、実質的な議論が行われた記録を残すことが重要です。特に役員報酬の変更決議は、後日の税務調査・指導監督で確認されることがあります。

③ 第三者の視点の活用

大規模な医療法人や経営改善が急務の場合、外部コンサルタントや監事(外部専門家)の視点を活用して、役員報酬の妥当性を第三者的に評価することが有効です。福祉医療機構(WAM)の融資審査においても、法人のガバナンス体制・役員の質は重要な評価項目のひとつです。

④ 情報の適切な開示

一定規模以上の医療法人には決算書公告義務がありますが、任意開示(病院ホームページでの財務情報開示など)も、地域・職員からの信頼構築に効果があります。透明なガバナンスは、金融機関から融資を受ける際の信用力向上にも寄与します。

透明なガバナンスの実現は、職員の定着率向上にも間接的に寄与します。「経営の数字が見えない・役員が何を考えているかわからない」という不安が、優秀な人材の離職につながることがあります。役員報酬の透明化と経営情報の共有は、採用・定着コストの削減という実質的な経営改善効果もあります。特に人手不足が深刻な医療現場では、「この法人はガバナンスが整っており長く勤められる」というシグナルが採用競争力にもなります。

医療法人ガバナンス整備チェックリスト

経営改善計画への役員報酬の組み込み方

役員報酬の見直しを経営改善計画(財務改善計画)と連動させることで、最大の効果を発揮します。計画に役員報酬の適正化を組み込む手順は、概ね以下のとおりです。

STEP 1 現状分析

月次決算で医業収支・経常収支を把握し、赤字の構造(収益不足か費用過多か)を分析します。四病院団体協議会の2025年度調査では74.6%が医業赤字という状況ですが、自院の赤字が「構造的な収益不足」なのか「コスト超過」なのかによって、役員報酬見直しの効果も変わります。固定費の圧縮が急務ならば優先度は高く、収益増が先決ならば改善計画の中での位置づけも変わります。

STEP 2 目標の設定

経常黒字化の目標年次(例: 3か年での経常収支均衡)を設定し、そのロードマップの中に役員報酬の段階的な見直し・回復スケジュールを組み込みます。「いつまでにいくら減らし、どの指標が回復したら戻す」という明確なルールを作ることが重要です。漠然と「厳しい間は我慢」では、役員のモチベーションが持続しません。

STEP 3 社員総会・職員説明

経営改善計画と役員報酬見直しの方針を、社員総会で正式決議するとともに、職員向けにも説明します。「経営改善は役員自らが率先する」という姿勢を示すことで、現場の協力を得やすくなります。数字を正直に開示し、回復の見通しを示すことが信頼につながります。

STEP 4 金融機関・行政への説明

経営改善計画を提出する際(WAM融資のリスケ・条件変更・新規借入を含む)、役員報酬の適正化も計画に含めることで、計画の実効性・誠実性を示すことができます。福祉医療機構の調査によれば、資金繰りが悪化する病院では経費の固定費化が先行している傾向があります。役員報酬の適正化を示すことは、金融機関への説明力を高めます。

STEP 5 モニタリングと段階回復

四半期ごとにKPIの達成状況を確認し、医業収支や病床利用率などの指標が改善基準を超えた時点で、役員報酬を段階的に戻すルールをあらかじめ規程化します。「ずっと我慢させる」のではなく、「改善に連動して報いる」仕組みを作ることが、長期的なモチベーション維持につながります。また、改善計画の進捗を「見える化」するため、月次の医業収支・病床利用率・人件費率を一枚のダッシュボードにまとめ、役員会・管理職会議で定期共有する習慣を持つことを推奨します。数字の透明な共有が、役員報酬の段階回復を「約束」ではなく「ルール」として機能させます。KPIが予定を上回るペースで改善した場合に、計画より早く報酬を戻す条項を事前に設けることも、役員の動機づけとして有効な手法です。

経営改善計画と役員報酬連動のタイムライン

まとめ

赤字病院における役員報酬の見直しは、コスト削減策としてだけでなく、経営改善への覚悟を示すガバナンス行動として重要な意味を持ちます。

見直しに際して押さえるべき三つのポイントをまとめます。

  • 経営: 赤字の構造を正確に把握し、役員報酬の見直しを経営改善計画に明示的に組み込む。改善に連動した回復ルールも事前に設計する
  • 税務: 定期同額給与の原則を理解した上で、変更の時期・手続きを必ず顧問税理士に確認する。自己判断による期中変更は損金不算入リスクがある
  • ガバナンス: 役員報酬規程の整備・社員総会運営・議事録保存・情報開示を通じて、職員・金融機関・地域社会からの信頼を積み上げる

役員報酬の問題を単独で処理しようとせず、経営改善・資金繰り・人材定着・承継計画という大きな文脈の中に位置づけて対処することが、実効性の高い解決につながります。まずは顧問税理士・公認会計士とともに現状を棚卸しし、次の事業年度開始に向けた計画を立てることをお勧めします。

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出典・参考文献

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