四病院団体協議会の2025年度調査によると、病院の**医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%**に達しており、収益の一円も無駄にできない状況が続いています。そうした中、見落とされがちな収益漏れの要因が「診療報酬の返戻・査定」です。
審査支払機関による審査で認められなかった請求は「査定(減点)」として削られ、記載不備や算定要件の不一致がある請求は「返戻」として差し戻されます。施設によって状況は異なりますが、こうした返戻・査定が医業収益に少なからず影響を与えることは、多くの病院経営者が経験として知るところです。
令和8年度診療報酬改定では本体部分が約30年ぶりとなる**+3.09%の大幅引き上げ**となり、急性期一般入院料1が1,688点から1,874点へ、地域一般入院料1が1,176点から1,290点へと改定されました。入院ベースアップ評価料の最大250点への拡充、看護・多職種協働加算(加算1:277点、加算2:255点)の新設など、新たな算定項目も多数生まれています。新しい点数・新設加算が増えた今こそ、請求管理の体制を根本から見直す好機です。
本稿では、理事長・院長・事務長の方々に向けて、返戻・査定の基本から院内審査体制の構築、返戻発生時の対応手順、KPI管理による継続改善まで、実務的な観点で解説します。
返戻・査定とは何か — 基本の仕組みを整理する
診療報酬は、医療機関が診療行為を保険者(健康保険組合・国民健康保険等)に請求し、審査支払機関(社会保険診療報酬支払基金・国保連合会)を通じて支払われます。この請求書類を「レセプト(診療報酬明細書)」と呼び、毎月一定期日に審査支払機関へ提出します。
返戻とは、審査支払機関が算定要件の確認不足・記載漏れ・病名と算定の不一致等を理由に「内容を修正して再提出してください」と差し戻すことです。返戻された請求は、修正・追記のうえ再請求することができます。ただし再請求には期限があり、一般には審査月の翌年度末が目安とされていますが、保険者によって異なる場合があります。事前の確認が必要です。
査定とは、審査支払機関または保険者が「この算定は医学的に過剰・不適切である」として診療点数を減額することです。査定は医師・歯科医師等の審査委員による審査を経て確定するため、返戻よりも覆しにくい性格があります。査定に対しては「再審査請求」で不服申し立てができますが、認められるケースは限られます。

| 区分 |
主な発生原因 |
医療機関の対応 |
| 返戻 |
記載不備・病名不足・算定要件の確認漏れ |
修正・追記のうえ期限内に再請求 |
| 査定(減点) |
過剰算定・適応外算定・重複算定 |
再審査請求または再発防止策の実施 |
返戻は「取り戻せる可能性がある収益漏れ」、査定は「失われた収益」と捉え、それぞれに応じた対策を立てることが収益管理の第一歩です。
返戻・査定が増えやすい4つの背景
返戻・査定が発生しやすい背景には、大きく4つの要因があります。これらは単独ではなく複合的に作用することも多く、施設の状況に応じた対策の優先順位付けが重要です。
① 診療報酬改定による算定要件の複雑化
改定のたびに新しい加算・管理料が設定され、算定要件が増える一方です。令和8年度改定では多職種協働加算の新設をはじめ、既存の加算の施設基準見直しも多岐にわたります。医事課スタッフが改定内容を即座に習得できるかどうかが、返戻・査定率に直結します。
② 担当者の経験・知識のばらつき
診療報酬の知識は医事課スタッフの経験に大きく依存します。帝国データバンクの2024年度調査では民間病院の61.0%が営業赤字と報告されており、こうした厳しい経営環境の中で人員不足が続く病院では、熟練スタッフが退職した際に知識が引き継がれにくいという構造的な問題があります。
③ 医師・コメディカルとの連携不足
返戻の多くは「病名と算定の不一致」に起因します。主治医が意図した治療が診療録・病名として適切に記録されていないことが原因となるケースが多く、医師と医事課の日常的なコミュニケーションが不可欠です。
④ DPC・包括払い制度の複雑さ
DPC制度を採用している病院では、診断群分類(MDC・DPC コード)の選択が収益に直結します。誤分類や入退院基準の管理ミスは、返戻・査定だけでなく収益全体の低下につながります。地域一般病棟やケアミックス病院でも、包括評価と出来高評価の選択に注意が必要です。

算定区分別に見る要注意ポイント
どの算定区分で返戻・査定が多いかを把握することが、対策を効率化する近道です。以下は一般的に多いとされる類型です(施設の状況により異なります)。
入院料・加算の算定
算定を継続するにあたって施設基準の維持確認が必要な加算は、常に要件充足状況の管理が求められます。たとえば入院時医学管理加算、栄養サポートチーム加算、褥瘡管理体制加算などは、職員の配置状況・研修修了状況などが変わると算定できなくなる可能性があります。また、急性期一般入院料における「重症度・医療・看護必要度」の充足率は月次で確認する体制が必要です。
投薬・注射
薬剤の投与量や投与日数の上限を超えた算定、薬剤の保険適応外使用(病名と適応症の不一致)、高額薬剤における算定根拠の不備などが返戻・査定につながりやすいです。自動チェックシステムでは拾いきれない病名との整合性確認を、手動でフォローする体制が重要です。
手術・処置・麻酔
手術に附随する処置・管理料の算定区分(算定できるものとできないものの区別)、麻酔科医加算における専従・常勤の要件確認、難易度に応じた加算の選択などが要注意です。
外来
再診料と外来管理加算の算定可否(処置・検査を行った場合は算定不可)、検査の実施日と算定タイムラインのずれ、同日に複数科を受診した場合の算定ルールなどが典型的な問題となります。

これらの類型を院内でリスト化し、「自院でよく発生するもの」を定期的に集計・共有することが、継続的な改善の基盤となります。
返戻・査定を防ぐための共通の基本原則
どの区分においても共通する原則として、「算定するための根拠(診療録の記載・病名・実施日)が揃っているか」を確認する習慣が何より重要です。診療行為を行ったことと、それを適切に記録し算定根拠を整えることは別の作業です。医師が忙しいほど記録が後回しになりがちですが、記録の遅れは返戻リスクを高めます。また、令和8年度改定のような大規模な改定後には、「以前は算定できていたが今は算定できない」ものや「新たに算定できるようになった」ものが混在します。改定直後は特にチェックを強化し、疑問があれば早期に審査支払機関または専門家へ照会することを習慣化しましょう。
三段階院内審査体制の構築
返戻・査定を減らすために最も効果的な取り組みが、院内での多段階審査体制の整備です。以下の三段階を基本形として参考にしてください。実際には自院の規模・人員体制に合わせて柔軟に設計することが大切です。
第一段階:医事課担当者による一次チェック
レセプトを提出する前に、医事課担当者が自動チェックシステム(レセコンの警告機能・審査チェックソフト等)とマニュアルチェックを組み合わせて確認します。主な確認項目は「病名と算定の整合性」「加算の算定要件充足」「投薬日数制限」「施設基準届出のある加算の有無」などです。マニュアルチェックの観点は、最新の診療報酬改定内容を反映したチェックリストとして整備・更新することが重要です。
第二段階:診療情報管理士・専任担当者によるサンプルチェック
全件の精緻な手動確認は現実的ではありませんが、高額算定・新規加算・過去に返戻歴がある算定区分については、診療情報管理士や専任担当者が重点的に確認します。このフェーズで医師への病名追記・疑義照会を行うことも多く、医師と医事課の定期的なコミュニケーション経路を確立しておくことが前提となります。
第三段階:事務長・管理職による最終確認とKPIレビュー
月次で返戻件数・査定率を集計し、傾向分析を行います。前月比・前年同月比での変化を確認し、異常値があれば原因究明と改善策の立案につなげます。事務長が数字を把握し、院長・理事長へ報告する体制を整えることで、経営レベルでの対策が可能になります。
マニュアルの整備と更新サイクル
この体制を持続させるには、診療報酬改定のたびにマニュアルを更新する仕組みが不可欠です。令和8年度改定(施行2026年6月1日)以降の新算定項目についても、チェックリストへの反映を忘れないようにしてください。また、スタッフの入れ替わりに備えて手順書を文書化し、属人化を避けることが長期的な体制維持につながります。

返戻発生時の対応手順と再請求の実務
返戻が発生した場合の対応手順を標準化しておくことで、再請求の回収率が向上し、再発防止にも直結します。手順が明確でないと、対応が担当者まかせになり、期限切れや記録の欠落が生じるリスクがあります。
ステップ1:返戻通知の確認と仕分け
審査支払機関から送付される返戻通知書(または電子通知)を確認し、返戻理由コードをもとに類型化します。「病名不足」「算定要件不備」「記載誤り」「医学的判断が必要なもの(主治医への確認が必要)」などに仕分けします。件数と金額も記録し、月次集計に反映させます。
ステップ2:主治医・関係スタッフへの確認
医学的判断が必要な案件については、主治医に診療録を確認してもらい、病名追記や意見書の作成を依頼します。この際、「返戻理由と必要な対応」を簡潔にまとめた確認依頼書を活用すると、医師の負担を軽減できます。確認が完了したら、速やかにレセプトの修正・追記を行います。
ステップ3:修正・再請求の準備と期限管理
修正内容・確認結果を記録し、再請求期限を管理台帳またはシステムで管理します。再請求期限は一般に審査月の翌年度末が目安とされていますが、保険者によって異なる場合がありますので、事前に確認することが必要です。期限超過による回収不能を防ぐため、一定期間ごとに未対応件数を確認するルーティンを設けましょう。
ステップ4:再発防止策の立案と共有
同じ理由での返戻が繰り返される場合は、チェックリストの更新・医師へのフィードバック・レセコン設定の見直し等の対策を講じます。返戻理由を匿名化して院内で共有することで、スタッフ全体の意識向上にもつながります。

返戻対応は「失った収益を取り戻す作業」ですが、真の目的は再発防止による収益の安定化です。一件ごとの対応にとどまらず、根本原因を探る姿勢が経営改善につながります。
KPI設定と月次レビューによる継続改善
請求管理の改善は一度きりの取り組みではなく、PDCAサイクルで継続的に回すことが重要です。厚生労働省の病院報告(2024年)によると、全病床の病床利用率の全国平均は77.0%であり、病院経営には収入サイドの細かな積み上げが不可欠です。診療報酬の取りこぼしを減らすことも、その重要な一手です。
設定を推奨するKPI
- 返戻率:返戻件数 ÷ 総請求件数(件数ベース)または 返戻点数 ÷ 総請求点数(金額ベース)
- 再請求回収率:再請求後に支払われた点数 ÷ 返戻点数(高いほど回収体制が機能している)
- 査定率:査定点数 ÷ 総請求点数(金額ベース)
- 診療科別・算定区分別の比率:改善の優先順位付けに活用する
これらの数値は月次で集計し、経営幹部・医事課・主要診療科の長が参加するレビュー会議で確認することが理想的です。施設の規模・患者構成によって目標値は異なりますが、「前月比・前年同月比で悪化していないか」という継続的なモニタリングが最も重要です。
改善サイクルの運用例(一般的なアプローチ)
たとえば「入院料加算の査定が続いている」という傾向が把握できた場合、加算の算定要件チェックリストを更新し、医師・看護師・医事課の三者で月次に確認する仕組みを設けるというアプローチが典型的です。また「特定の診療科で返戻が集中している」場合は、その科の医師向けに病名と算定の整合性に関する勉強会を開くことも有効な取り組みです。
福祉医療機構の病院経営動向調査(WAM短観)でも、経営改善に継続的に取り組む病院ほど財務指標が改善する傾向が確認されています。請求管理の体制整備も、こうした経営改善の一環として位置づけることができます。
| 管理指標 |
確認頻度 |
主な活用場面 |
| 返戻率(金額ベース) |
月次 |
全体傾向の把握・経営報告 |
| 再請求回収率 |
月次 |
対応体制の有効性評価 |
| 査定率(金額ベース) |
月次 |
算定適正化の優先領域特定 |
| 診療科別返戻・査定比率 |
四半期 |
科別改善策の立案 |

まとめ
返戻・査定の削減は、大規模な設備投資なしに医業収益を守ることができる実践的な経営改善策です。四病協の2025年度調査が示すように、病院の74.6%が医業赤字を抱える中、「取りこぼさない請求管理」の重要性は今後さらに高まります。帝国データバンクの調査では医療機関の倒産66件・休廃業解散823件と2年連続で過去最多を記録しており、収益管理の精度向上は経営の喫緊の課題です。
令和8年度診療報酬改定で多くの新算定項目が生まれた今、改定への対応と並行して院内審査体制を見直すことをお勧めします。三段階審査の導入、返戻発生時の対応標準化、月次KPIのモニタリングという3つの柱を軸に、自院に合ったスキームを構築してください。
なお、算定要件の解釈や請求の可否に疑問がある場合は、審査支払機関への事前照会、または診療報酬に精通した専門家への相談をご検討ください。早期の相談が、大きな査定リスクを未然に防ぐことにつながります。
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