外来患者数の減少が続く病院経営において、「オンライン診療」を検討する理事長・院長・事務長が増えています。帝国データバンクの2025年調査によると、医療機関の倒産・休廃業解散は過去最多を2年連続で更新し、経営環境の厳しさは増すばかりです。こうした状況の中、オンライン診療は「通院が難しい患者を取り込む手段」として注目を集めています。
しかし「導入すれば増収になる」と期待して始めたものの、想定ほどの効果が出ない——という声もあります。オンライン診療の収益化には、対面診療とは異なる特性があり、診療報酬の仕組み・コスト・院内体制の三点を正確に把握したうえで判断する必要があります。
本稿では、令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)後のオンライン診療の位置付けから、導入コストの全体像、収益化の考え方、院内整備のポイント、そして具体的な導入ロードマップまで、病院経営の実務目線で整理します。
令和8年度改定でオンライン診療はどう変わったか
オンライン診療の歴史を振り返ると、2020年の新型コロナウイルス感染症への対応として特例的に大幅な緩和が行われたことが出発点です。感染防止を優先するため、初診を含むオンライン診療が急速に普及し、多くの医療機関が初めてシステムを導入しました。
その後2022年には恒久化が実現し、初診からのオンライン診療が「原則可能」となりました。これにより、病院においても幅広い診療科で活用の裾野が広がりました。令和6年度診療報酬改定では、算定要件の明確化と対象疾患の整理が行われ、医療機関がより適切に対応できる枠組みが整備されました。
令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)は、本体改定率プラス3.09%という約30年ぶりの3%超の大幅改定であり、賃上げ対応・物価対応・多職種協働の評価強化が中心テーマとなりました。同改定においてもオンライン診療に関する要件整備が進められており、具体的な点数や算定条件については厚生労働省の「令和8年度診療報酬改定 個別改定項目」を参照のうえ、自院の診療科ごとに確認が必要です。
重要な前提として押さえていただきたいのは、オンライン診療の診療報酬は一般に対面診療より低く設定される傾向にある点です。「点数が低くても導入するメリットがあるか」を問い直すことが、正確な経営判断につながります。

病院がオンライン診療に向いている診療科と患者像
オンライン診療は、すべての診療科に等しく適合するわけではありません。病院経営の観点から導入の優先順位を判断するには、「診療科の特性」と「患者層の特性」を組み合わせて評価することが重要です。
精神科・心療内科は、オンライン診療との親和性が特に高いとされます。継続処方を中心とした通院管理が主体のケースでは、通院自体に心理的・物理的なハードルを感じる患者が多く、オンライン診療によって受診継続率の向上が期待できます。地方や遠隔地の患者が多い病院では、特にアクセス改善の効果が大きいと言われています。
**内科(慢性疾患管理)**では、高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病患者が定期的な処方のために通院するパターンが典型です。状態が安定しており身体所見の変化が少ない患者については、オンライン診療で対応することで外来の混雑緩和と患者利便性向上を同時に実現できます。
皮膚科は、写真・動画による視覚情報を活用しやすい診療科として、維持療法や経過観察を中心にオンライン診療が機能しやすいとされます。初診時の確定診断には一定の限界がありますが、既に診断が確定している湿疹・アトピー・ニキビなどの継続フォローには適しています。
一方、外科・整形外科・救急など、触診・画像検査・処置が診療の中心となる診療科では、オンライン診療の適用範囲は限られます。術後の安定期における経過観察など、身体所見の確認が最小限で済む場面に絞って補完的に活用するのが現実的です。
また、高齢者が患者層の中心である病院は注意が必要です。スマートフォンやパソコンの操作に不慣れな患者が多い場合、オンライン診療の利用率が想定を下回るリスクがあります。導入前に、自院の外来患者の年齢分布とデジタルリテラシーの傾向を把握しておくことが重要です。

導入に必要なコストの全体像
オンライン診療の導入コストは「初期費用」と「月次ランニングコスト」に大別できます。病院の規模・対応診療科数・選択するシステムによって規模は大きく異なりますが、以下の費目を一覧で把握しておくことが損益計算の出発点です。
| 費目 |
主な内容 |
備考 |
| プラットフォーム費(初期) |
医療機関向けビデオ診療システムの初期費用 |
無料〜数十万円程度と幅がある |
| プラットフォーム費(月次) |
月額使用料・件数従量課金など |
プランにより数万〜十数万円程度 |
| 機材費 |
医師用PC・Webカメラ・マイク・照明 |
既存機材の転用も可能 |
| 規程・法的整備費 |
院内規程の作成、弁護士確認費用 |
省略すると運用リスクが高まる |
| 研修費 |
医師・看護師・受付スタッフへの研修 |
外部研修または院内勉強会 |
| 広告・告知費 |
HP更新・院内掲示・チラシ作成など |
患者への認知が利用率に直結 |
特に見落としがちなのが事務スタッフの人件費増加分です。オンライン診療の予約受付・患者からの問い合わせ対応・システムトラブルの初次対応などは、既存業務に上乗せされます。「システム費だけ」を試算して採算ラインを設定すると、実際の運営段階で赤字になるケースがあります。必ず人件費を含めたトータルコストで損益を把握してください。
病院のコストの5〜6割は人件費であるという構造はオンライン診療においても変わりません。初期投資を抑えた無料・低価格プランで試験運用しながら、稼働状況を見てシステムをグレードアップするアプローチが現実的です。

収益化のポイント — 対面外来との違いを正確に理解する
オンライン診療を収益改善手段として評価するには、対面診療との違いを構造的に理解することが不可欠です。
診療報酬の特性
オンライン診療では、初診料・再診料に相当する診療報酬の算定が可能ですが、対面診療とは算定要件や点数が異なります。また、対面でなければ実施できない検査・処置・手術はオンラインでは算定できないため、一般に1件あたりの診療報酬単価は対面より低くなる傾向があります。
各種加算の算定可否については、診療科・患者の状態・施設基準等によって異なります。令和8年度改定の告示・通知を確認のうえ、自院で算定候補となる加算を洗い出すことが重要です(算定可否は断定せず「確認が必要」な項目として扱ってください)。
採算が出るシナリオ
オンライン診療で採算が取れるのは、主に次のような条件が揃う場合です。
- 再診が多い診療科(精神科・内科)で月1〜2回の定期フォローが大半を占める
- 通院困難な患者(遠方・多忙・身体的制限がある)の取り込みで新患増加が期待できる
- 対面外来の予約がひっ迫しており、オンラインが実質的な増枠になっている
- 患者層が比較的若く、デジタル利用への抵抗が少ない
反対に、以下のような場合は費用対効果が出にくいと言われています。
- 初診・急性期対応が主体で、毎回身体所見の確認が必要
- 外来の稼働率に余裕があり、オンラインで増える患者数が対面移管にとどまる
- 高齢患者が多く、操作トラブルの対応コストがかさむ
収支シミュレーションの考え方
月次ベースで「オンライン診療件数 × 平均診療報酬単価 − ランニングコスト(システム費 + 人件費増分)」を計算し、純増分がプラスになる件数を「採算ライン」として設定します。この採算ラインを超えるだけの患者需要があるかを、自院の診療圏・患者データ・競合状況から見積もることが投資判断の核心です。
四病協の2024年度病院経営定期調査最終報告によると、病院の医業赤字は74.6%・経常赤字は65.6%に達しています。こうした厳しい経営環境において「追加投資が確実に回収できるか」を慎重に検証する姿勢は、むしろ健全な経営判断です。

院内体制・法的要件の整備ポイント
オンライン診療の適切な実施には、システムを導入するだけでなく、院内体制と法的要件の整備が必要です。厚生労働省が定める「オンライン診療の適切な実施に関する指針」は、導入前に必ず確認すべき文書です。指針では初診の可否・禁忌とすべき症状・セキュリティ要件・診療録の管理方法などが規定されています。
①システムのセキュリティ要件
使用するビデオ通話システムは、医療機関向けの要件を満たしているか確認が必要です。一般的なビデオ会議ツール(消費者向けのサービス等)をそのまま使用することは、セキュリティ・個人情報保護の観点から推奨されていません。医療機関専用またはオンライン診療対応を明示したシステムを選択してください。
②電子処方箋への対応
令和6年度以降、電子処方箋の普及が進んでいます。オンライン診療で処方を行う場合、電子処方箋を発行できる環境を整えることで、患者が薬局で紙の処方箋なしに受け取れるようになり、利便性が大幅に向上します。
③患者同意の取得と診療録管理
オンライン診療を実施する前に、患者からの書面または電磁的な同意を得る必要があります。同意内容(オンライン診療であること・限界・緊急時の対応方針)を明確に説明し、診療録に記録として残してください。
④緊急時の対応フロー
オンライン診療中に患者の状態が急変するリスクに備え、緊急受診の案内方法・119番通報の手順・かかりつけ医との連携方法をあらかじめ規程に定めておく必要があります。「何かあれば来院を」という曖昧な対応では、万一のとき対応が遅れます。
⑤全スタッフへの共有
整備した規程・フローは「担当医師だけが知っている」状態では機能しません。受付・看護師・事務スタッフ全員がオンライン診療の基本手順と緊急対応を把握していることが、安定した運用の前提です。

導入ロードマップ — 検討から運用開始まで6ステップ
「決断してすぐ翌週から始められる」と思っていた理事長・院長が、規程整備や研修に時間がかかることを想定していなかったため、開始が大幅に遅れた——というケースは珍しくありません。以下の6ステップを目安に、計画的に進めることをお勧めします。
Step 1: 導入可能性の整理(目安 1〜2週間)
自院の診療科特性・外来患者層の年齢構成・医師の意向・近隣の競合医療機関の動向を整理します。「そもそも自院に向いているか」をこの段階で判断し、向いていないと判断したら早期に撤退することがコストを節約します。
Step 2: システム選定・契約(目安 2〜4週間)
複数の医療機関向けオンライン診療プラットフォームを比較します。評価軸は「機能(予約・ビデオ・電子処方箋連携)・セキュリティ基準・料金体系・導入サポートの充実度」です。無料トライアルがある場合は活用してください。
Step 3: 規程・マニュアルの整備(目安 2〜3週間)
オンライン診療実施規程の作成、患者向け案内資料・同意書フォームの準備、緊急時対応マニュアルを整えます。院内弁護士や医師会の相談窓口を活用することで、法的リスクを事前に洗い出せます。
Step 4: スタッフ研修(目安 1〜2週間)
医師・看護師・受付スタッフが実際にシステムを操作し、予約受付から診療・処方・会計までの流れを通しで確認します。「使い方が分からない」状態で患者受付を開始すると、トラブルが頻発します。
Step 5: 患者告知・試験運用(目安 2〜4週間)
ホームページ・院内掲示・診察時の案内などで患者に告知します。最初の試験運用期間は、既存の慢性疾患患者の中から本人が希望するケースに限って対応し、問題点を洗い出してから範囲を広げてください。
Step 6: 本格運用・効果測定(継続)
月次で「対応件数・診療報酬収入・患者満足度・スタッフ対応コスト」を集計し、採算ラインを下回っていないか定期的に評価します。開始から6ヶ月〜1年を一つの節目とし、費用対効果を経営会議で客観的に評価する機会を設けることをお勧めします。

まとめ
オンライン診療は、適切な診療科と患者層を選び、院内体制を整えたうえで導入するなら、外来患者の底上げと患者利便性向上に貢献する可能性があります。しかし「導入さえすれば増収になる」という単純な話ではなく、自院の診療科特性・患者層・スタッフ体制との適合性を事前に検証することが欠かせません。
令和8年度診療報酬改定(2026年6月施行)でオンライン診療の位置付けが整備されたこのタイミングは、改めて「自院にとっての向き・不向き」を整理する好機です。四病協の2024年度病院経営定期調査では医業赤字が74.6%に達しており、追加の固定費を確実に回収できる見込みが立ってから投資することが、健全な経営判断です。まずは「試験運用できる診療科が1つあるか」の視点から検討を始めてみてください。
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