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経営指標・データ

病院の患者需要を予測する — 地域人口動態と地域医療構想データを使った中長期計画

監修者 藤井翔悟

2026-09-20 | NPO法人日本はすばらしい 病院経営支援チーム
監修: 藤井翔悟(医療機関経営支援16年・累計1,000院以上)

病院経営において、「5年後・10年後の患者数はどうなるか」という問いに自信を持って答えられる理事長・事務長は少ないのではないでしょうか。しかし、今日の経営環境では、この問いへの答えを曖昧なまま放置することは、重大なリスクとなります。

四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査によると、病院の**医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%**にのぼります。帝国データバンクの2025年調査では、医療機関の倒産66件・休廃業解散823件が2年連続で過去最多を更新しました。これらの数字の背景には、需要変化への対応が遅れた結果として病床利用率が低下し、収益が悪化するという構造的な問題が多く含まれています。

厚生労働省の病院報告2024によると、一般病床の全国平均利用率は73.3%、全病床では77.0%です。損益分岐点は一般に80%前後とされます。仮に200床・入院単価5万円の病院が利用率を1ポイント改善できれば、年間約3,650万円の増収になる計算です。逆に言えば、需要予測を誤って病床を持ちすぎれば、利用率の低下が直接的な赤字につながります。

患者需要の予測は、経営計画の根幹です。本記事では、地域医療構想データと人口動態統計を活用した患者需要予測の4ステップと、中長期経営計画への具体的な落とし込み方を実務的に解説します。

患者需要予測の4ステップ フロー図

なぜ今、患者需要予測が経営の核心になるのか

少子高齢化・人口減少という大きな潮流は、医療需要の「量」と「質」を同時に変えています。高齢者の増加により整形外科・循環器内科・認知症関連などの需要が拡大する一方、出生率の低下によって小児科・産科の患者数は多くの地域で減少傾向にあります。この変化は地域によって速度と規模が大きく異なるため、全国平均の数値を自院にそのまま当てはめることはできません。

問題の深刻さを示す数字があります。診療所経営者の56.7%が70歳以上であり、医療業の後継者不在率は6割超(帝国データバンク 2025年)という現実は、医療機関全体が世代交代の課題を抱えながら、需要変化という外部圧力にも直面していることを示しています。施設が維持できたとしても、将来の患者需要が縮小する地域で同規模の体制を続ければ、固定費が収益を圧迫し続けます。

病床利用率と損益分岐点の乖離も見逃せません。一般病床の全国平均73.3%に対して損益分岐点が80%前後という現実は、多くの病院がすでに赤字水域で運営していることを意味します。帝国データバンクの2024年度調査では、民間病院約900法人の営業赤字が61.0%(前年度54.8%から悪化)と報告されています。患者需要の変化を先読みして体制を最適化する取り組みが、経営改善の根本解となります。

また、令和8年度診療報酬改定(本体+3.09%、施行2026年6月1日)という約30年ぶりの大幅プラス改定が実現した今こそ、増収効果を最大化するための需要予測と計画立案が求められます。需要が拡大している診療科に投資を集中することで、改定の恩恵を最大限に受けることができます。

病床利用率と損益分岐点の現状グラフ

病床種別 全国平均利用率(2024年) 一般的な損益分岐点水準
一般病床 73.3% 80%前後
全病床 77.0% 施設機能により異なる
療養病床 施設により異なる 施設により異なる

地域医療構想で提示されている需要推計の読み方

地域医療構想は、2025年・2040年に向けて各都道府県が策定した医療機能の分化と連携の方向性を示す計画です。この構想の基礎データとして、各二次医療圏ごとに「将来の病床需要推計」が公表されており、自院の中長期計画の土台として活用できる重要な情報源です。

地域医療構想データを読む際の主要ポイントは3点あります。第一に二次医療圏単位の需要変化の把握です。地域医療構想では都道府県を複数の二次医療圏に分けて推計が示されています。自院が所在する医療圏の入院需要(急性期・回復期・慢性期・在宅医療移行分)が2025年→2040年にかけてどう変化するかを確認します。人口が多い都市部では需要総量が維持される一方、若年人口が流出した地方では顕著な減少が見込まれる医療圏も少なくありません。

第二に機能別の需要変化と診療科の紐付けです。地域医療構想は急性期・回復期・慢性期などの機能別に需要を推計しています。自院の診療科がどの機能に対応するかを整理することで、各科の需要変化を具体的に把握できます。急性期の需要が縮小傾向にある医療圏では、回復期への機能転換が有力な選択肢となります。

第三に競合病院の動向との組み合わせです。需要推計は医療圏全体の数値であり、自院がどのシェアを取れるかは競合病院の動向によって変わります。地域医療構想調整会議の議論を定期的にモニタリングし、近隣病院の機能変更・縮小・閉院などの情報を自院の予測に反映させることが重要です。

これらの公的データは各都道府県のウェブサイトや厚生労働省の地域医療構想策定支援ページから入手可能です。活用にあたっては最新年度のデータを参照し、数年前のデータをそのまま使い回すことのないよう注意が必要です。

地域医療構想と改定対応タイムライン

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自院の患者需要予測 4ステップ

地域医療構想データと自院の内部データを組み合わせることで、より実態に近い患者需要予測が可能になります。以下の4ステップを体系的に実施することを推奨します。

Step 1: 地域人口データの収集・整理

まず、自院の診療圏(1次・2次診療圏)の人口動態データを収集します。国立社会保障・人口問題研究所が公表している将来推計人口データや、厚生労働省・各都道府県の統計資料を活用します。特に注目すべきは年齢階層別人口の変化です。75歳以上・85歳以上の人口がどう推移するかが、入院需要・外来需要の方向性を左右します。また、地域ごとの年齢構成の違いも重要です。同じ市内でも旧市街地と新興住宅地では人口動態が大きく異なることがあります。

Step 2: 需要変化シナリオを設定する

単一の予測値に依存するのではなく、楽観シナリオ・中立シナリオ・悲観シナリオの3つを設定します。例えば「近隣病院の閉院が続き、自院への流入が増える」場合と「競合の機能強化が進み、シェアが下がる」場合では、同じ人口推計でも自院の患者数予測は大きく変わります。シナリオを複数持つことで計画の柔軟性が高まり、どのシナリオが現実化しても対応できる体制を整えられます。

Step 3: 診療科別の影響を分析する

設定したシナリオを、自院の診療科ごとに数値化します。「整形外科の外来患者数は5年後に何%増減するか」「産科の分娩件数は年間何件減るか」といった形で各科に需要変化を割り振ります。この作業には診療科長・外来責任者の協力が不可欠であり、現場の感覚と統計データを統合することが重要です。現場のスタッフは日々の変化を肌感覚で知っており、統計では捉えきれないローカルな情報を持っています。

Step 4: 計画数値に落とし込む

診療科別の需要変化予測を、入院患者延べ数・外来患者延べ数・病床利用率の形で年度ごとに試算します。これを収益計画のベースとして、投資計画・人員計画・設備計画を組み立てます。需要が縮小する診療科については、縮小・撤退のタイムラインを設定し、代替収益源の開発計画と組み合わせることが必要です。また、楽観シナリオでの計画と悲観シナリオでの計画を並べて経営陣で議論することで、リスク感覚を共有できます。

診療科別需要変化×対応優先度マトリクス

診療科別の需要変化トレンドとポートフォリオ整理

患者需要の変化は診療科によって方向性が異なります。医療機関が中長期計画を策定する際には、自院の診療科を「需要の伸びしろ」と「現在の収益貢献度」の2軸でマトリクス評価し、投資・維持・縮小の戦略を割り当てることが有効です。

一般に高齢化に伴い需要が拡大しやすいとされる領域には、整形外科・循環器内科・脳神経内科・認知症関連・緩和ケアなどが挙げられます。骨折・変形性膝関節症・脳梗塞後遺症など、高齢者に多い疾患を扱う診療科の患者数は、高齢化が進む地域では今後も増加が見込まれます(ただし施設の競合状況によって異なります)。

一方、少子化の影響を受けやすい領域には小児科・産科・産婦人科などがあります。出生数が年々減少している地域では、これらの診療科の患者数が長期的に縮小することが避けられません。縮小が確実な診療科については、早めに機能規模の適正化計画を検討することで、固定費の先行削減と収益の安定化が図れます。

ただし、こうした傾向は地域の人口構造によって大きく異なります。都市部では小児科需要が維持されるケースがある一方、地方では高齢化が急速すぎて急性期需要も縮小するケースがあります。自院の医療圏データを必ず確認した上で判断してください。

需要の方向性 具体例(一般的傾向) 基本的な戦略方向
拡大が見込まれる 整形・循環器・認知症・緩和ケア 投資強化・機能拡充の検討
安定・横ばい 消化器・泌尿器・眼科 効率化・コスト管理の徹底
縮小が見込まれる 小児科・産科(地方部) 段階的な縮小・機能転換の計画立案

※上記は一般的傾向であり、地域の人口動態・競合状況によって大きく異なります。必ず自院の医療圏データで確認してください。

令和8年度診療報酬改定(本体+3.09%)では、急性期一般入院料1の点数が1,688点から1,874点へ引き上げられ、物価対応料の新設(急性期一般1で58点/日など)、入院ベースアップ評価料の最大250点への拡充が実施されました。この改定の恩恵を最大限に受けるためにも、需要が拡大する診療科での入院機能を強化することが戦略的に有効です。

需要予測を中長期経営計画に落とし込む実務

需要予測が完成したら、それを中長期経営計画(一般に3〜5年)に組み込む作業が必要です。この統合プロセスにおいて、理事長・事務長が確認すべきポイントを整理します。

計画期間とマイルストーンの設定

令和8年度診療報酬改定(2026年6月施行)、地域医療構想の進捗、2030年前後の人口動態変化など、経営環境の節目を計画の「マイルストーン」として設定します。これにより、計画の各フェーズで何を達成すべきかが明確になります。特に2026年以降は改定後の新点数体系が定着する時期であり、改定対応加算の算定状況を計画の中間評価指標として活用することが推奨されます。

シナリオ別の財務シミュレーション

楽観・中立・悲観の3シナリオに対応した財務モデルを作成します。特に悲観シナリオ下での資金繰りを確認し、どの時点で追加対策が必要になるかを把握しておくことが重要です。悲観シナリオが現実になった際に打てる手が事前に整理されていれば、いざというときの意思決定が迅速になります。

投資計画・人員計画との連動

需要が拡大する診療科への設備投資、需要が縮小する診療科の人員適正化など、需要予測を踏まえた資源配分の計画を立てます。病院のコストの5〜6割は人件費であるため、人員計画の精度が経営改善の成否を左右します。看護・多職種協働加算の新設(加算1: 277点/加算2: 255点)など、新たな報酬体系に対応した人員配置の計画もあわせて検討が必要です。

モニタリング指標の設定

計画の進捗を測るKPIとして、月次で「診療科別外来患者数」「病床利用率」「入院単価」などを追跡します。病床利用率は月次で確認し、悪化傾向が出たら即座に原因を分析して対策を検討する体制が不可欠です。福祉医療機構の病院経営動向調査(WAM短観)など業界ベンチマークを定期的に参照することで、自院の立ち位置を客観的に把握できます。

中長期計画への需要予測組み込み チェックリスト

需要予測の精度を継続的に上げるためのデータ管理

患者需要予測は一度作れば終わりではなく、定期的な更新が必要です。人口動態統計は毎年更新され、地域医療構想の調整会議では競合病院の動向が随時報告されます。これらを取り込んで予測を更新することで、計画の精度を維持します。

更新サイクルの推奨タイミング

年に1回(決算期)、直近の実績(患者数・病床利用率・入院単価)を需要予測モデルに反映し、来年度以降の見通しを修正します。診療報酬改定時(2年に1回)は、改定内容を踏まえた診療科別収益シミュレーションの更新が必要です。令和8年度改定のように本体+3.09%という大きな変化があった際は特に丁寧な再試算が求められます。地域医療構想調整会議後には、近隣病院の機能変更・縮小・閉院などの情報を取り込み、自院のシェア変動を再評価します。

活用できるデータソース

福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査や四病院団体協議会の病院経営定期調査は、業界全体の動向を把握するための有用なベンチマークを提供しています。GemMedなどの医療専門メディアの分析記事も、改定内容や調査結果の解釈において参考になります。日本医師会の発表資料(日医on-line)も診療報酬改定の動向を把握する上で重要な情報源です。

組織体制の整備

需要予測の担当窓口として、事務長が「経営企画担当者」を指名し、定期的なデータ収集と予測更新のサイクルを組織として定着させることが継続的な精度向上の鍵となります。大病院では経営企画部門がこの役割を担いますが、中小規模の病院では事務長が担当者と2名体制で運用するケースが現実的です。年間の作業スケジュールを文書化し、属人化しない仕組みを作ることが長期的な継続につながります。

需要予測あり/なし 経営計画の比較

まとめ

患者需要予測は、「やればいい」から「やらなければ経営が成り立たない」時代に入りました。四病協の調査が示す74.6%という医業赤字比率、そして2年連続過去最多の医療機関倒産・廃業解散件数は、多くの病院が市場環境の変化に追いついていないことの裏返しです。

地域医療構想データと人口動態統計を組み合わせた4ステップの需要予測は、特別な専門知識がなくても事務長・経営企画部門が取り組める実務です。まずは自院の医療圏の将来推計を確認し、現在の病床利用率・損益分岐点との乖離を把握するところから始めてください。需要を先読みすることが、中長期的な経営安定の確実な第一歩です。

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