四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査最終報告によると、病院の**医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%**という深刻な状況が続いています。令和8年度の診療報酬改定で本体がプラス3.09%と約30年ぶりの高水準になったとはいえ、人件費高騰や物価上昇を吸収し切れていない施設は少なくありません。
このような経営環境の中で注目が高まっているのが、保険外・自費診療を活用した収益の多角化です。診療報酬という「公定価格」に縛られる保険診療と異なり、保険外サービスは施設が価格設定できる数少ない収益手段です。ただし「混合診療は原則禁止」という法的ルールが存在するため、何が認められ、何が認められないのかを正確に理解したうえで取り組む必要があります。
本記事では、保険診療・混合診療・自費診療の違いから始まり、病院が実際に取り組める保険外サービスの種類、導入手順、そして留意すべきリスクまでを、理事長・院長・事務長の視点で整理します。
保険診療・混合診療・自費診療の違いを整理する
まず前提として、3つの概念を明確に分けて理解することが重要です。
保険診療とは、健康保険法に基づき診療報酬点数で収益が決まる標準的な医療サービスです。患者は1〜3割の自己負担を支払い、残りは保険者(健康保険組合や国民健康保険)が負担します。収益は「点数×10円」という公定価格で決まるため、施設側が価格を上乗せすることはできません。
**自費診療(保険外診療)**とは、健康保険が適用されない診療やサービス全般を指し、費用は全額患者負担です。健診・人間ドック、任意予防接種、特別室の差額、文書料などが代表例です。施設が価格を自由に設定できるため、適正な価格設定と患者への説明体制が整えば、安定した収益源になり得ます。
問題となるのが混合診療です。保険診療と自費診療を同時に行うことを指し、健康保険法の規定に基づき原則として禁止されています。混合診療を行うと、本来であれば保険で支払われるはずの部分も含めて全額自己負担とみなされるリスクがあります。ただし例外として「選定療養」「評価療養」「患者申出療養」という制度が設けられており、一定の条件を満たせば保険診療と組み合わせることができます。

この3つの区分を正確に把握することが、保険外収益を安全に拡大するための第一歩です。「何となく患者から費用をいただいている」という曖昧な運用は、後述するリスクに直結します。
混合診療の「原則禁止」と認められる例外
混合診療が原則禁止とされている理由は、安全性・有効性が未確認の診療に保険が使われることを防ぐとともに、患者の経済的な保護を図るためです。保険診療中に未承認の薬剤や治療を組み合わせると、その部分だけでなく全診療費が自己負担になりかねないため、患者への不利益が大きくなります。
ただし、次の3制度は混合診療の例外として認められており、病院にとって保険外収益を生み出す重要な仕組みです。
選定療養は、患者が自ら選択する「特別な療養」を指します。代表的なものは次のとおりです。
- 特別の療養環境(差額ベッド室)の提供
- 紹介状なしで200床以上の病院を受診する場合の初診・再診料
- 時間外診察(時間外選定療養)
- 入院期間が180日を超えた場合の長期入院
- 制限回数を超える医療行為(歯科の例など)
評価療養は、保険適用を検討中の先進医療・治験などが対象です。先進医療は厚生労働大臣が承認した高度な医療技術で、技術料部分のみ自費、保険診療と組み合わせ可能という整理になっています。
患者申出療養は、患者自らが申し出た、海外で実施されているが国内未承認の療養を対象とした制度です。

これらの制度は要件が細かく定められており、施設の機能・規模・届出状況によって算定できるかどうかが変わります。「当院でも使えるはず」という思い込みで運用を始めることは危険です。新たに保険外サービスを導入する際は、必ず医療法人に精通した弁護士・コンサルタントへの確認を行うことをお勧めします。
病院が実施できる主な保険外・自費診療の種類
保険外収益の主な柱となるサービスをカテゴリ別に整理します。自院に何が合っているかを選定する際の参考にしてください。
健診・予防系サービス
最も収益規模が大きい保険外収益の柱です。
企業・団体健診は、事業者が従業員に受けさせる義務がある定期健診(労働安全衛生法に基づく)を受託するもので、安定した集客と収益を見込めます。健診専用の時間帯・スペースを確保できる病院では早期に収益化しやすいカテゴリです。
人間ドック(日帰り・1泊2日)は、保険診療の枠外でオプション検査を提供できるため、施設が検査内容と価格を裁量で決められます。近年は健康意識の高い中高年層の需要が高く、健診センターとして独立採算で運営する病院も増えています。
任意予防接種(インフルエンザ・帯状疱疹ワクチン・HPVワクチン等)は、定期接種以外のワクチン接種を全額自己負担で提供するものです。患者の信頼が高い「かかりつけ病院」として機能している施設は、単価は小さくとも継続的な来院につながります。
選定療養・入院関連
**特別室(差額ベッド)**は、患者が希望する個室・準個室に対して、保険診療上の標準的な入院環境を超える部分を「差額」として請求する仕組みです。施設整備の投資回収としても重要で、一定の入院規模を持つ病院では差額室料が安定収益源になっているケースが多くみられます。ただし、「特別の療養環境」に関する基準(室料等の掲示、同意書の取得)を満たす必要があります。
200床以上の病院への直接外来は、紹介状なしで来院した患者から、保険診療とは別に選定療養費を徴収できる制度です。令和6年度の改定で徴収下限額が引き上げられており、一般病院への応用も広がっています。
文書料・その他サービス
診断書・保険会社向け証明書・英文証明などの文書料は、比較的少額ですが、診察に付随して確実に発生するサービスです。文書料の価格設定は施設裁量であるため、適正な価格設定と事務手続きの効率化が収益最大化のポイントになります。
渡航前健診・ワクチン接種は、海外赴任や留学前に必要な接種・証明書発行を一括で提供するサービスです。都市部や大学・企業集積地域の病院に向いています。

保険外収益の経営的な位置づけ — 規模感と効果
保険外収益が経営に与えるインパクトは施設によって大きく異なります。健診センターを独立部門として運営している病院では、保険外収益が全収益に占める割合が相当程度になるケースがある一方、文書料や差額室料だけの病院では数%にとどまるケースもあります。どれくらいの収益を見込めるかは、施設の規模・立地・スタッフ体制によって異なります。
一方、経営上の意義は金額規模だけではありません。帝国データバンクの2024年度調査では民間病院の61.0%が営業赤字という状況の中、保険外収益は「保険診療収入の増減リスクをヘッジする」という戦略的な役割も担います。診療報酬改定があるたびに収入が変動する保険診療と異なり、施設が価格設定できる保険外収益は、多少なりとも収益の安定化に寄与します。
また、病院のコストの5〜6割が人件費であるという構造は変わりません。令和8年度改定ではベースアップ評価料が最大250点まで拡充されましたが、それでも人件費高騰の全てをカバーできるわけではありません。保険外収益は人件費を支える「もう一本の柱」として位置づけることができます。

保険外収益を増やすための実践6ステップ
保険外サービスを安全・確実に拡大するには、段階的なアプローチが有効です。
Step1: 現状の棚卸し
まず自院の保険外収益の全容を把握します。差額ベッド料、文書料、健診収益、予防接種収益などを分類し、金額・件数・単価を整理します。「何となく請求している」状態から脱却し、各収益の採算性と伸びしろを把握することが出発点です。
Step2: 自院に合ったサービスの選定
立地(都市型・郊外型)、病床規模、専門診療科、既存スタッフの技能という4つの観点から、自院に合った保険外サービスを絞り込みます。たとえば大学・企業が多い都市部なら企業健診・渡航前接種の需要が高く、高齢者が多い地域なら帯状疱疹ワクチンの接種需要が見込みやすいといった具合です。
Step3: 適法性・手続きの確認
選定した保険外サービスが法令上問題ないか、また届出・掲示義務がないかを専門家と確認します。特に選定療養は要件が年度によって変わることがあるため、最新情報の確認が必須です。
Step4: 価格設定と院内掲示
競合医療機関のサービス内容と価格を調査し、自院の適正価格を設定します。選定療養は法令上の掲示義務があり、差額室料や追加費用の一覧を院内の見やすい場所に掲示しなければなりません。
Step5: 体制・教育の整備
受付・会計担当者が患者に正確な説明と同意取得を行える体制を整えます。「保険診療と違う」ことを患者が十分理解しないまま費用が発生すると、後からクレームになりやすいため、案内資料と研修の充実が重要です。
Step6: 収益モニタリングと改善
月次で保険外収益を集計し、採算性・患者満足度・件数の推移を確認します。採算割れが続くサービスは早期に見直し、好調なサービスには追加投資を検討します。

リスクと注意点 — 法令遵守と患者信頼の両立
保険外収益の拡大には、見落とすと深刻な結果につながるリスクがあります。
不当請求・保険への混入
最も厳重に避けなければならないのは、保険診療として算定できる部分を自費として二重請求したり、自費診療の費用を保険請求に紛れ込ませたりする不当請求です。発覚した場合、保険者への全額返還、保険医療機関の指定取り消し、場合によっては刑事責任につながります。自費収益は保険収益と明確に会計区分し、管理することが不可欠です。
患者への説明不足とトラブル
「費用が発生するとは知らなかった」「同意した覚えはない」というクレームや医療訴訟は、丁寧な事前説明と書面による同意取得で大半が防げます。同意書のフォーマットは定型化し、受付段階で漏れなく取得する仕組みをつくることが重要です。
消費税の扱い
保険診療は消費税の非課税取引ですが、保険外サービスは原則として消費税の課税対象となるケースが多くあります(健診・人間ドック等は非課税の部分もありますが、確認が必要です)。価格設定時に消費税を含めているかどうかを明確にし、経理処理を適切に行う必要があります。消費税の課税・非課税区分の誤りは税務調査での指摘リスクにつながります。
掲示義務の遵守
選定療養を提供する場合、「内容・費用・提供の有無を患者に知らせるための院内掲示」が義務づけられています(療養担当規則)。掲示が不備であることが監査・実地調査で指摘されると、改善勧告の対象になります。掲示内容は定期的に点検し、価格改定の際には速やかに更新してください。

なお、保険外収益の取り組みと並行して、入院・外来の収益構造そのものを見直すことも重要です。加算の算定漏れや入院料区分の適正化は、比較的短期間で収益改善が見込める施策です。詳しくは関連記事もご参照ください。
まとめ
保険外・自費診療の活用は、医業赤字が構造化した現代の病院経営において、収益の複線化という観点から重要性が高まっています。ただし、混合診療の原則禁止という法的枠組みを正確に理解し、選定療養・評価療養などの例外制度を適切に活用することが前提です。
取り組み方としては、まず自院の現状棚卸しから始め、立地・機能・体制に合ったサービスを絞り込んだうえで、専門家確認→体制整備→モニタリングという段階を踏むことが安全かつ確実です。不当請求リスク・患者トラブル・消費税処理という3つのリスク管理を徹底することで、持続的な保険外収益の拡大が実現できます。
保険診療収入の改善と保険外収益の多角化を組み合わせることで、令和8年度改定後の厳しい経営環境においても、経営の安定化に向けた一歩を踏み出せるはずです。
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