医業赤字74.6%、経常赤字65.6%——四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査(最終報告)が示すこの数字は、日本の病院経営が構造的な収益難に直面していることを改めて浮き彫りにしています。コストの5〜6割を占める人件費、物価高騰による材料費の上昇、そして人口動態の変化による患者数の変動。こうした複数のプレッシャーが同時にかかる環境で、病院が持続可能な経営を維持するためには、収益の「積み上げ」と「費用の効率化」の両方を同時に進める必要があります。
その両方に貢献し得る重要な取り組みが医療DX(デジタルトランスフォーメーション)です。そして、2026年6月1日から施行された令和8年度診療報酬改定では、医療DXに関わる診療報酬加算が大きく再編されました。令和6年度(2024年)に設けられた医療DX推進体制整備加算と医療情報取得加算の2つはともに廃止となり、代わりに電子的診療情報連携体制整備加算(A207-5)が新設されています。
この新加算のなかで特に注目すべきは入院への加算です。従来の医療DX推進体制整備加算は外来を対象としたものでしたが、新設加算は入院初日に最大**160点(加算1)または80点(加算2)**を算定できる設計となっています。1点=10円換算で、加算1の算定は1入院あたり1,600円の増収を意味します。
本記事では、制度改編の経緯と概要から算定要件・届出の実務、そして院長・事務長が押さえておくべき経営上の判断軸まで、体系的に解説します。

医療DXとは何か — 病院経営における意義
医療DXとは、デジタル技術を活用して医療サービスの質向上と病院業務の効率化を同時に実現する取り組みの総称です。政府が推進する医療DXの柱は大きく次の3点です。
第一に**オンライン資格確認(マイナ保険証)**です。患者のマイナンバーカードを保険証として利用し、保険情報だけでなく直近の薬剤情報や特定健診データもオンラインで取得して診療に活用します。重複投薬の防止や、急患・意識不明の患者の治療歴確認など、医療安全の向上にもつながります。
第二に電子処方箋です。従来の紙の処方箋を電子化することで、院外薬局との情報連携がリアルタイムになります。入力ミスの防止、調剤薬局での待ち時間短縮、そして病院・薬局双方の事務業務の効率化が期待できます。
第三に電子カルテの標準化・高度化です。HL7 FHIRと呼ばれる国際標準規格に対応した電子カルテを整備することで、医療機関間での診療情報の共有がスムーズになります。患者が複数の病院を受診する際の情報の断絶を防ぎ、地域の医療連携を深める基盤となります。
これらのDX推進が病院経営に直結する理由は2つあります。一つは診療報酬の加算です。体制を整えた医療機関に対して収益増加という形でインセンティブが与えられます。もう一つは間接的なコスト削減効果です。病院の人件費が総費用の5〜6割を占めるなか、業務のデジタル化による書類作業の削減、転記ミスの防止、スタッフの生産性向上は、経営改善に直接寄与します。
帝国データバンクの調査(2025年)によると、医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件と2年連続で過去最多を更新しています。診療所経営者の56.7%が70歳以上であり、後継者不在や赤字経営が続く医療機関にとって、DXへの対応は「将来の選択肢」ではなく「今すぐ取り組む必要のある経営課題」となっています。
令和6年度→令和8年度 医療DX加算の大転換
令和6年度(2024年6月)の診療報酬改定では、医療DX関連の加算が初めて本格的に設けられました。主なものは次の2つでした。
医療DX推進体制整備加算は、マイナ保険証での確認体制など一定のDX整備を行った医療機関が外来初診時に算定できる加算です。最大で初診時に8点(施設基準の整備レベルに応じた複数区分)が設定されていました。
医療情報取得加算は、マイナ保険証等を用いてオンラインで診療情報・薬剤情報を取得し診療に活用した場合に算定できるものです。
しかし令和8年度(2026年6月施行)の改定では、この2つの加算は廃止・統合され、電子的診療情報連携体制整備加算(A207-5)として大きく再編されました。最大の変化は2点あります。
一つ目は、評価の軸が「体制を整えた」から「実際に情報を活用している」へと移ったことです。マイナ保険証の利用実績、電子処方箋の活用実績など、形式的な届出だけでなく「本当に使われているか」が問われるようになりました。
二つ目は、入院への加算が新設されたことです。旧加算は外来を対象としていましたが、新加算は入院初日にも最大160点(加算1)または80点(加算2)を算定できる設計になっています。外来単体の影響にとどまらず、入院患者を持つ病院にとって経営上のインパクトが大きくなりました。
| 項目 |
令和6年度(旧加算) |
令和8年度(新加算) |
| 加算名称 |
医療DX推進体制整備加算 + 医療情報取得加算 |
電子的診療情報連携体制整備加算(A207-5) |
| 評価の視点 |
体制整備 |
体制整備+実際の利用実績 |
| 入院点数 |
なし |
加算1:160点・加算2:80点(入院初日) |
| 外来(初診) |
最大8点前後(複数区分) |
加算1:15点・加算2:9点・加算3:4点 |
| 届出の引継ぎ |
令和6年6月に届出済 |
引き継がれない(改めて届出が必要) |
| 施行日 |
2024年6月 |
2026年6月1日 |
旧加算の届出は新加算に引き継がれないため、令和6年度に届出を済ませていた施設も、令和8年6月以降に新加算を算定するためにはあらためて地方厚生局への届出が必要です。入院の届出様式は様式18の4となっています。この点は算定漏れを防ぐうえで特に重要な注意事項です。

電子的診療情報連携体制整備加算の点数体系
新加算(A207-5)の点数体系は外来と入院で異なる構造を持っています。それぞれの区分と点数を整理します。
外来の加算
外来では初診時に3段階の加算が設定されています。
- 加算1(15点):最上位区分。より高度なDX整備の実績が求められます。
- 加算2(9点):中間区分。電子処方箋の活用など一定の実績が必要と考えられます。
- 加算3(4点):基本区分。オンライン資格確認の体制整備と基本的な情報活用体制が算定条件の中心です。
外来再診時は一律2点が算定できます。
入院の加算
入院では、入院初日に限り次の加算を算定できます。
- 加算1(160点):より高度なDX整備を行った施設
- 加算2(80点):基本的なDX整備を行った施設
加算1と加算2の差は80点、金額換算で800円(1回の入院あたり)です。入院患者が年間に一定数いる病院では、加算区分の違いが年間収益に大きく影響します。
| 区分 |
外来(初診) |
外来(再診) |
入院(初日) |
| 加算1 |
15点 |
— |
160点 |
| 加算2 |
9点 |
— |
80点 |
| 加算3 |
4点 |
2点(全加算対象施設) |
— |
注意点として、算定できる加算区分は施設基準の整備状況によって決まります。「入院加算を算定するには入院基本料等を現に算定している患者であること」「届出様式(様式18の4)を提出していること」などの要件があります。実際の算定前には厚生労働省の告示・通知を参照し、地方厚生局への確認を行うことを強くお勧めします。

算定要件と体制整備のチェックリスト
電子的診療情報連携体制整備加算を算定するには、施設基準を満たし届出を行う必要があります。加算の区分によって求められる整備レベルが異なります。
全区分に共通する基盤要件
まず、すべての加算区分に共通する基本的な要件があります。
オンライン資格確認の体制整備と実際の活用が第一の柱です。患者がマイナ保険証を持参した際にオンラインで保険情報・薬剤情報を取得し、診療に活かせる体制を整えることが求められます。これは体制を「整備した」だけでなく、「実際に使っている」ことが評価される点が旧加算との大きな違いです。
患者への取り組み内容の周知も必要です。院内にポスターや掲示物を設置し、医療DXに取り組んでいること、マイナ保険証の利用推進に努めていることを患者に伝えることが求められています。これは比較的容易に対応できる要件ですが、忘れがちな点でもあります。
サイバーセキュリティ対策も全区分で求められます。医療情報は個人情報の中でも特に機密性が高く、厚生労働省が定める「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」に基づいた対策を行うことが必要です。実務的には、定期的なシステム更新、アクセス管理の徹底、インシデント対応手順の整備などが含まれます。
加算2・加算1の上位要件(算定候補・要確認)
加算2および加算1では、上記の共通要件に加えて、より高度なDX活用の実績が求められると考えられます。具体的には、電子処方箋の発行・受け取り実績、電子カルテの標準規格対応、地域の医療機関との情報連携実績などが関係する可能性があります。
ただし、上位区分の要件の詳細は厚生労働省の告示・通知(保医発0305第7号等)および地方厚生局の公表資料で直接確認することが必要です。本記事で示す要件は参考情報であり、「算定候補」として検討の起点としてお使いください。
届出の注意事項
令和6年度の旧加算(医療DX推進体制整備加算・医療情報取得加算)の届出は、令和8年度の新加算(電子的診療情報連携体制整備加算)には引き継がれません。令和8年6月1日以降に新加算を算定するためには、あらためて届出が必要です。入院の届出書類は様式18の4を使用します。
届出前に、現在の自院の体制が新加算のどの区分(加算1・2・3)に該当するかを整理しておくことが重要です。過去に旧加算を届け出ていた施設も、体制の棚卸しをしてから新たに届出を行うことをお勧めします。

入院加算160点の経営インパクト — 試算の考え方
入院加算1(160点)の経営への意味を、具体的な数字と照らし合わせながら考えてみましょう。
まず基本的な計算として、1点=10円ですから、加算1(160点)は1入院あたり1,600円の増収です。加算2(80点)は1入院あたり800円です。加算1と加算2の差は800円(1回の入院あたり)です。
これが年間にどの程度の影響を持つかは、各施設の年間入院患者数によって大きく異なります。一般的な規模の病院では、入院患者数が増えるほど影響が大きくなります。たとえば仮に年間入院患者(退院患者)が1,000名の病院が加算2(80点)を算定できれば、年間80万円の増収となります(概算)。加算1(160点)では160万円の増収です。これはあくまで概算であり、実際の増収額は施設の規模・稼働状況・算定要件への適合状況によって異なります。
重要な視点は、令和8年度改定全体での入院収益の改善との組み合わせです。同改定では入院基本料も大幅に引き上げられており、急性期一般入院料1は1,688点から1,874点に、地域一般入院料1は1,176点から1,290点に増額されています。さらに物価対応料(急性期一般1で58点/日など)も新設されています。入院患者を持つ病院にとって、これらの増額に加えてDX加算も積み上げることで、令和8年度改定の恩恵を最大限に受けることができます。
一方、届出を怠った場合は機会損失が続きます。令和6年度に旧加算を算定していた施設でも、令和8年6月以降に新加算の届出をしなければ、入院加算は0点のままとなります。加算2(80点)すら取れていなければ、届出を行う施設との間に1入院あたり800円の収益差が生じ続けることになります。
診療報酬の取りこぼしは経営上のリスクでもあります。算定要件を満たしているにもかかわらず届出を行っていないケースは、中小・地方病院を中心に少なくありません。令和8年度改定を機に、自院の加算算定体制を総点検することが求められています。

医療DX推進のロードマップ — 投資の優先順位と段階的な進め方
医療DXの整備を「一度にすべてやる」と考えると、初期投資が膨らみ、現場スタッフの負荷が過大になりがちです。現実的なアプローチは、段階的なステップを設計し、それぞれのフェーズで加算収益を得ながら次の投資に充てていくことです。
ステップ1:基盤固め(〜6ヶ月)
まず取り組むべきは、マイナ保険証の読み取り機器の導入と、オンライン資格確認の運用定着です。機器自体はすでに多くの病院で導入されていますが、問題は「実際に使われているか」です。受付スタッフのオペレーション、患者への案内体制を整備し、マイナ保険証利用率を高めることが重要です。
あわせて、院内掲示物(ポスター等)を設置して患者に取り組みを周知します。このステップが完了し届出を行うことで、外来加算3(初診4点)や加算2の算定候補となります。
ステップ2:電子処方箋の導入(6ヶ月〜1.5年)
次のフェーズとして、電子処方箋の導入を検討します。電子処方箋は、院外薬局との情報連携をリアルタイムで実現します。紙処方箋の印刷・配布コストの削減、薬局への持参を忘れた患者への対応簡略化、そして重複投薬チェックの強化といった効果が期待できます。
電子処方箋システムの導入には、既存のレセプトコンピュータ・電子カルテとの接続設定が必要です。ベンダーとの調整やスタッフへのトレーニングも含め、3〜6ヶ月程度の準備期間を見込むことが一般的です。このフェーズを経ることで、加算2の確実な算定に近づきます。
ステップ3:電子カルテ更新・HL7 FHIR対応(1.5年〜)
最上位の加算1を目指すためには、電子カルテの標準化対応が不可欠と考えられます。HL7 FHIRは医療データのやり取りに使われる国際標準規格であり、国がその普及を推進しています。既存の電子カルテがこの規格に対応していない場合、システムの更新や改修が必要です。
電子カルテの更新は医療機器・ITシステムのなかでも特に大きな投資であり、200床規模の病院では一般に数千万円規模となることもあります。このため、更新タイミングを事業計画に組み込み、補助金や金融機関の融資制度も活用しながら計画的に進めることが重要です。
補助金・融資制度の活用
医療DXへの投資を後押しする公的な支援策があります。IT導入補助金(中小企業庁・中小企業基盤整備機構)は、ソフトウェアや周辺機器への投資を補助する制度で、医療機関も申請できる場合があります。また、福祉医療機構(WAM)の融資制度はIT投資にも対応した商品があり、有利な条件での資金調達が可能な場合があります。都道府県独自の補助施策もあるため、地域の医師会や病院協会を通じた情報収集も有効です。
たとえば、電子処方箋の導入にあたって補助制度を活用し初期費用を抑え、加算収益によって2〜3年で回収するシナリオを組む病院も一般的なケースとして存在します(仮設例)。投資の意思決定にあたっては、このような投資回収シミュレーションを事前に試算することをお勧めします。
医療DXへの対応を先送りにし続けることは、加算の機会損失だけでなく、電子処方箋の標準化が進む業界全体の流れに取り残されるリスクにもつながります。段階的な取り組みであれ、まずは第一歩を踏み出すことが重要です。

まとめ
令和8年度診療報酬改定(2026年6月施行)で新設された電子的診療情報連携体制整備加算(A207-5)は、医療DXへの取り組みを診療報酬の収益に直結させる制度です。特に注目すべきは入院への加算であり、加算1(160点)を算定できれば1入院あたり1,600円の増収となります。
押さえておくべき重要ポイントを整理します。
1. 旧加算の届出は引き継がれない。 令和6年度に医療DX推進体制整備加算の届出をしていた施設も、令和8年6月以降の新加算算定にはあらためて届出(入院:様式18の4)が必要です。届出を怠ると加算が0点となり、機会損失が生じ続けます。
2. 評価軸が「体制整備」から「利用実績」へ。 形式的な整備だけでは上位区分の算定が難しくなっています。マイナ保険証の実際の利用率を高め、電子処方箋の活用を進めることが加算区分の向上につながります。
3. 段階的な投資計画を立てる。 基盤整備(マイナ保険証・院内掲示)→電子処方箋→電子カルテ更新という3ステップのロードマップを描き、各フェーズで得られる加算収益を次の投資に充てる計画を立てることが現実的です。補助金や融資制度も活用して初期投資の負担を軽減することを検討しましょう。
日本の病院経営が厳しい環境にあるなか、令和8年度改定は入院基本料の大幅引き上げ(本体+3.09%)という追い風をもたらしています。DX加算はその上乗せとして位置付けられます。体制整備と届出を確実に行い、改定の恩恵を最大限に活かすことが、今まさに求められている経営の実務です。
関連記事
出典・参考文献
無料メールで病院経営の実務メモを受け取る
診療報酬・加算・承継・経営改善の重要ポイントを、経営判断に使える短いメモとして届けます。
無料メールを受け取る