医業赤字74.6%・経常赤字65.6%という厳しい経営環境が続くなか(四病協2024年度病院経営定期調査・最終報告)、「入院収益だけに頼らない経営の多角化」が多くの病院で緊急の経営課題となっています。
その選択肢として近年注目されているのが、病院が自ら訪問看護ステーションを開設するというアプローチです。退院後の患者を継続的にフォローする在宅ケア部門を持つことは、単なる収益源の追加にとどまらず、地域医療連携の強化や看護師のキャリアパス拡大という副次効果ももたらします。
本記事では、訪問看護ステーションの開設要件・コスト・収益構造・人材確保・判断基準という5つの切り口から、経営判断に必要な実務知識を整理します。なお、診療報酬・介護報酬の具体的な算定条件や点数は改定のたびに変更されます。本記事の内容を参考に、開設前に管轄の地方厚生局・都道府県窓口および専門家へご確認ください。

なぜ今、病院が訪問看護に参入するのか
病院経営を取り巻く構造的な変化
帝国データバンクの2025年調査によると、医療機関の倒産は66件・休廃業解散は823件と2年連続で過去最多を記録しています。診療所経営者の56.7%が70歳以上であり、後継者不在率は6割超という状況が示すとおり、医療機関の経営環境は全体として厳しさを増しています。
こうした背景の一因として、全国の病床利用率(全病床平均77.0%・一般病床73.3%、厚生労働省 病院報告2024)が損益分岐点とされる80%前後を下回る状態が常態化していることが挙げられます。200床・入院単価5万円の病院では、利用率が1ポイント低下するごとに年間約3,650万円の減収となる計算です。このような構造的な収益圧力に対して、在宅医療参入による収益多角化は有効な選択肢のひとつです。
政策的な後押し:地域完結型医療への転換
国は「病院完結型」から「地域完結型」の医療・介護体制への転換を一貫して推進しています。急性期病棟の平均在院日数短縮、退院支援の強化、在宅復帰率の目標設定という一連の政策は、「病院の外」で患者をケアする仕組みの充実を前提としています。
令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)においても、在宅医療を支える体制への評価が継続的に拡充されており、病院が在宅部門を持つことの政策的な合理性は高まっています(厚生労働省 個別改定項目について)。
病院附属の訪問看護ステーションならではの強み
自院の退院患者を継続フォローできるというのが最大の強みです。入院中から患者情報を把握しているため、退院直後のケアの質が高く、患者・家族からの信頼を得やすい立場にあります。また、病状悪化時に速やかに自院へ再入院させられる体制は、利用者にとって大きな安心感となり、地域での評判・紹介増にもつながります。
訪問看護ステーションの開設要件と設立手順
最低限クリアすべき3つの要件
訪問看護ステーションの指定を受けるには、①事業者の法人格、②管理者の資格、③看護職員数(常勤換算)の3点が最低要件です。
| 要件 |
概要 |
| 事業者の法人格 |
医療法人・社会福祉法人・NPO法人等が可。個人経営は不可 |
| 管理者の資格 |
保健師・助産師・看護師のいずれか(原則として専従) |
| 看護職員の常勤換算数 |
2.5人以上(うち保健師・助産師・看護師が1人以上) |
| 事業所の所在地 |
都道府県(または政令市・中核市)への指定申請と市区町村への届出が必要 |
都道府県によって細かい要件が異なる場合があります。申請前に管轄窓口で最新の要件を確認することが必須です。
開設までの標準的な流れ
一般的な開設手順は次のとおりです。
- 実現可能性調査:スタッフ確保の見通し・診療圏の需要・採算性を検討
- 法人内での意思決定:理事会での設置承認・定款附帯業務の確認(変更が必要な場合は登記手続き)
- 就業規則・給与規程の整備:訪問看護固有の手当・緊急対応ルールを整備
- 指定申請書類の作成・提出:管轄の都道府県窓口へ申請
- 指定通知の受領・開所準備:スタッフ研修・備品調達・利用者獲得活動
- 開所・運営開始
申請から開所まで、スタッフ確保の状況にもよりますがおおむね2〜4ヶ月を要することが一般的です。医療法人が新たに附帯業務として訪問看護ステーションを設ける場合は、定款変更と登記手続きが追加されるため、早めに司法書士・行政書士へ相談することを推奨します。
「機能強化型訪問看護管理療養費」を目指す視点
訪問看護ステーションの中には、重症度の高い利用者への24時間対応や、複数の訪問看護ステーションへのサポート機能を備えた「機能強化型」の指定を受けられる施設があります。この指定を受けると上位の管理療養費が算定できる可能性があります(算定要件・点数は改定のたびに変更されるため、最新の公表情報を確認することが必要です)。開設当初から機能強化型を目指すことは難しいですが、将来の方向性として意識しておくことで、スタッフ採用・体制構築の優先順位が明確になります。また、24時間対応体制を整えることで利用者・ケアマネジャーへの訴求力が大幅に向上し、利用者獲得の加速につながるという経営上の効果もあります。

立ち上げコストと資金計画
初期投資の主な内訳
訪問看護ステーションの初期投資は、医療機器が不要な分、医療機関の新規開設と比べると比較的軽い傾向があります。主な支出項目は次のとおりです。
- 事務所の整備:病院敷地内・隣接地に設置できれば賃貸費用を抑えられる
- 公用車:スタッフ数に応じて2〜4台程度(リースも選択肢)
- ICT機器・記録ソフト:タブレット端末・訪問看護専用の電子記録ソフト(病院の電子カルテとの連携対応が望ましい)
- 制服・消耗品・備品:開所時の初期在庫
事業所を病院内または隣接地に設ける場合、事務所の賃貸・改修コストを大幅に抑えられます。条件によって異なりますが、数百万円単位の初期費用を想定するケースが一般的に多く聞かれます。
ランニングコストの構造
訪問看護ステーションの費用構造も、病院全体と同様に人件費が5〜6割を占める傾向があります。常勤換算2.5人という最低要件のみでは採算ラインに届きにくく、開設当初から常勤換算5〜7人規模を目標に人員計画を立てることが経営上の安定につながるとされています。
その他の主なランニングコストは、車両費(燃料・保険・リース料)、訪問看護記録ソフトのサブスクリプション費用、広告・地域連携活動費などです。
資金調達の選択肢
福祉医療機構(WAM)は在宅サービス事業者向けの融資メニューを提供しており、病院本体の融資とは別に申請できるケースもあります(福祉医療機構 病院経営動向調査)。開設費用の融資に加えて、運転資金の確保も含めた資金計画を策定することが重要です。利用者獲得には3〜6ヶ月程度の助走期間を要することを考慮し、最低6ヶ月分の運転資金を確保したうえで開所することが安全です。

訪問看護の収益構造 — 2つの報酬体系を理解する
介護保険と医療保険の使い分け
訪問看護の報酬は、利用者の状態に応じて**介護保険(介護報酬)または医療保険(診療報酬)**のいずれかで請求します。両者は以下のように使い分けられます。
| 区分 |
適用の主な条件 |
特徴 |
| 介護保険 |
要支援・要介護認定を受けた高齢者(原則) |
ケアマネジャーの居宅サービス計画に基づく |
| 医療保険 |
厚生労働大臣が定める疾病・精神科疾患・特別管理が必要な状態等 |
主治医の訪問看護指示書に基づく |
一般に、医療依存度の高い利用者(がん末期・難病・精神科疾患など)は医療保険が優先されます。病院附属の訪問看護ステーションは、高度な医療ニーズを持つ利用者を積極的に受け入れやすい立場にあり、単価の高い医療保険利用者の割合が高まりやすいという傾向があります。
主な加算と収益への影響
訪問看護には「緊急時訪問看護加算」「特別管理加算」「ターミナルケア加算」など複数の加算が設定されています。これらを適切に算定できる体制を整えることが、訪問件数の増加以上に収益改善に直結します。ただし加算の算定要件・点数は診療報酬・介護報酬改定のたびに変更されますので、最新の厚生労働省公表資料で確認することが必須です(厚生労働省 個別改定項目について)。
病院との連携がもたらす収益上の優位性
- 患者情報の継続性:入院中からの情報引き継ぎにより、退院直後の手厚いケアが可能
- 主治医との密な連携:指示書の速やかな発行・変更により、利用者の状態変化への対応が迅速
- 再入院対応:病状悪化時に自院へスムーズに入院調整できるため、利用者・家族の安心感が高い
これらの強みは、地域の利用者・ケアマネジャーへの差別化要因となり、紹介・口コミによる利用者増につながります。

人材確保・育成 — 採用戦略と院内異動の設計
訪問看護師に求められる能力の違い
訪問看護師には病院看護師と異なる資質が求められます。最も大きな違いは「ひとりで利用者宅に出向き、自己判断で対応する」という点です。病院では医師が近くにおり、チームで動ける環境があります。訪問看護ではフィジカルアセスメント能力・コミュニケーション能力・判断力が特に重要となります。
院内の看護師を訪問看護ステーションへ異動させる場合は、この違いを十分に理解したうえで適性を見極め、開所前から同行訪問による十分なOJT期間を設けることが不可欠です。
採用チャネルの複線化
| 採用チャネル |
特徴 |
留意点 |
| 院内公募(異動) |
患者情報の継続性が高い・組織文化を知っている |
訪問看護未経験者にはOJTが必要 |
| 訪問看護経験者の外部採用 |
即戦力になりやすい |
採用競争が激しく、人材紹介費が高騰 |
| 新卒採用・早期育成 |
数年単位の投資だが組織への定着率が高い |
育成コストと時間がかかる |
| 人材紹介会社 |
スピードは出る |
紹介手数料(理論年収の20〜30%程度)が発生 |
病院の離職率低下という観点からも、「病院→訪問看護ステーション」というキャリアパスの提示は、中堅看護師の定着に有効です(帝国データバンク 全国「病院経営」動向調査2024年度)。
管理者(所長)の選定が成否を左右する
訪問看護ステーションの管理者は、利用者獲得・スタッフマネジメント・地域連携の3つを同時に担う要職です。訪問看護の現場経験者を管理者に充てることが理想ですが、難しい場合は法人内の他施設からの異動や、開設初期における外部コンサルタントの活用も選択肢になります。管理者のマネジメント能力が、ステーションの立ち上がり速度を大きく左右します。
OJTの具体的な内容と期間の設計
院内の看護師を訪問看護師へ移行させる際のOJTは、一般に「①同行訪問期間(1〜2ヶ月)→ ②一人訪問・上長チェック期間(1〜2ヶ月)→ ③独立運用」という流れで設計することが多いです。同行訪問の期間中に特に重点を置くべき内容は、フィジカルアセスメントの実践(バイタル・呼吸音・浮腫のアセスメント等)、介護保険制度の基礎知識(居宅サービス計画・給付管理の仕組み)、緊急時の連絡・対応フロー(いつ・誰に・どう連絡するかの徹底)の3点です。病院での多職種チーム医療の経験が豊富な看護師ほど、訪問看護への移行時に「孤独感」を覚えやすいことが知られています。定期的なカンファレンス(週1〜2回)やオンコール対応の共有体制が、スタッフの定着に直結します。

開設の判断基準 — やるべき病院・様子見すべき病院
開設に向いている病院の特徴
以下に当てはまる病院は、訪問看護ステーション開設の効果が出やすいといえます。
- 退院後に在宅を選ぶ患者が一定数いる(退院支援の延長線上に在宅ニーズがある)
- 地域のケアマネジャー・地域包括支援センターと既に連携関係がある
- 訪問看護に関心のある看護師が複数人いる(院内公募での確保が見込める)
- 病院の診療圏内に医療依存度の高い高齢者人口が多い
- 在宅復帰率・退院調整の指標改善を経営目標に掲げている
これらが複数重なる病院では、開設後3〜6ヶ月で一定の利用者を確保し、早期の損益改善が期待できます。
慎重に検討すべき病院の特徴
逆に以下のような状況では、開設のリスクが高まります。
- 病院本体の経営が極度に悪化しており、追加投資の余力がない(本体の立て直しを優先)
- 管理者候補となる訪問看護経験者が社内にいない
- 診療圏の人口減少・高齢化が急速で、利用者獲得の見通しが立たない
- 法人定款や附帯業務の整理に時間がかかる状況にある
一般に「本体経営がある程度安定しており、在宅医療参入で地域貢献と収益多角化を両立したい」という積極的な動機で開設する病院ほど成功率が高く、反対に「本体の赤字を在宅事業で補おう」という消極的な動機での参入は、本体・在宅の双方がうまくいかないリスクがあります(GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%)。
撤退の判断も視野に入れる
開設後1年が経過しても月間の訪問件数が採算ライン(施設規模・人員構成により異なる)を大幅に下回る場合は、縮小・廃止も含めた判断を早めに行うことが経営全体を守ります。「始めたから続ける」という継続バイアスに陥らず、データをもとにした意思決定が重要です。

まとめ
訪問看護ステーションの開設は、適切な条件が整った病院にとって収益多角化・在宅連携の強化・看護師のキャリアパス拡大という3つの効果をもたらす有力な経営手段です。
成功のカギは、①開設要件と手続きの事前確認、②管理者・スタッフの人材確保、③現実的な損益計画の策定、④病院本体との連携体制の構築、という4つのステップを丁寧に踏むことにあります。「小さく始めて実績を積みながら拡大する」というアプローチが、長期的な成功につながるでしょう。
病院経営の多角化に関する関連の取り組みについては、以下の記事も参考にしてください。
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出典・参考文献
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