帝国データバンクの2025年調査によれば、医療機関の倒産・休廃業解散は2年連続で過去最多を更新し、倒産66件・休廃業解散823件に達しました。診療所経営者の56.7%が70歳以上という現実の中で、後継者不在や慢性的な赤字を背景に「閉院」を決断する経営者が増えています。
しかし「閉院を決めた」その瞬間から、理事長・院長はさまざまな関係者への対応と法的手続きを並行して進めなければなりません。誰に何を、いつ伝えるか——この順序を誤ると、患者の混乱、職員の突然の退職、行政からの指摘といった事態を招きます。特に、入院患者を抱える病院では転院支援が完了しないうちに閉院日が迫るという最悪のシナリオを避けなければなりません。
本記事では、閉院決断後の最初の6か月を中心に、患者・職員・行政への通知の順序と、実務上の準備リストを体系的に整理します。病院再生ナビでは閉院以外の選択肢(売却・経営受託・ダウンサイジング)も詳しく解説していますが、今回は「閉院を決断した後の具体的な動き方」にフォーカスします。
閉院準備の全体スケジュール — 6か月前から当日まで
閉院を実行するには、通常6か月〜1年程度の準備期間が必要です。病床を持つ病院の場合、在院患者の転院調整・退院支援だけで数か月かかることがあります。急に閉院しなければならない事情がある場合でも、最低限の手続きと通知に要する期間は確保しなければなりません。
全体スケジュールは以下の3フェーズに分けるのが一般的です。
【フェーズ1:内部意思決定(〜公表3か月前)】
理事会・社員総会での閉院決議、金融機関・主要取引先への事前説明、顧問弁護士・税理士との連携開始。この段階では情報を外部に出さず、主要な意思決定者と専門家のみで進めます。金融機関には早めに連絡することで、借入金の返済スケジュール変更(リスケ)や残債処理について協議できます。
【フェーズ2:告知・移行期(公表〜閉院1か月前)】
患者・入院中の方への転院支援、職員全員への告知、行政・保険者への届出、ホームページ・掲示での案内。この時期は情報公開と移行支援が同時進行します。医業収支が悪化している場合でも、この時期は職員の士気を保ちながら業務を継続する必要があります。
【フェーズ3:後処理(閉院後)】
診療録(カルテ)の保管体制確立、医療機器・設備の処分、法人解散・清算手続き。閉院は「扉を閉める瞬間」ではなく、法律上の整理が完了するまで続きます。清算には数か月〜1年程度かかることも珍しくありません。
小さなクリニックと異なり、病床を持つ病院では入院患者の転院が最も時間を要します。**「全入院患者が転院先を確保できる日から逆算して」**閉院日を設定することが原則です。転院先が見つからないまま閉院日を迎えることは、医療提供者として許容されません。一般に、転院調整が難しい重症患者・慢性期患者ほど早期から対応を開始する必要があります。

患者への告知と転院・引き継ぎ先の調整
患者への告知は、院内への掲示と個別通知を組み合わせるのが基本です。入院患者と外来患者では対応が大きく異なります。
入院患者への対応
入院中の患者については、主治医が個別に状態と転院先の選択肢を説明します。転院先の確保は病院スタッフ(地域連携室・医療ソーシャルワーカー)が中心となり、患者・家族の希望を踏まえながら受け入れ先を探します。病状が重い患者、認知症の患者、家族との連絡が取りにくい患者ほど転院先確保に時間がかかるため、早期に着手することが重要です。
転院調整にあたっては、地域の医師会や他の病院・老人保健施設・介護施設との連携が欠かせません。地域医療連携室が中心となって受け入れ先のリストを作成し、個々の患者の状態(疾患・要介護度・支払い能力など)に合わせてマッチングを進めます。一般に、病状が安定している患者は比較的早期に転院できますが、医療依存度が高い患者は転院先の確保が難しいことがあります。
外来患者への対応
外来患者には、受診の都度に声がけする形で伝えつつ、院内掲示やホームページでも告知します。慢性疾患で長期通院している患者は、近隣の医療機関への紹介状(診療情報提供書)の準備が必要です。処方薬の引き継ぎについても、かかりつけ薬局や次の医療機関と調整します。
精神科・心療内科などの患者は特に継続的な医療が必要なため、転院先の確保と主治医からの引き継ぎを丁寧に行うことが求められます。
行政・地域医師会との連携
地域医療に影響が大きい病院の閉院では、都道府県・市区町村の医療担当部署や地域医師会に事前相談することが推奨されます。場合によっては、行政が転院調整の支援や近隣医療機関への協力要請を行うこともあります。診療圏の患者が集中する病院の閉院は、地域医療に深刻な影響を与えるため、行政との協力体制を早期に構築することが望まれます。

職員への説明と雇用終了・退職支援
職員への告知は、患者への公式告知よりも先に行うのが原則です。ただし、情報漏えいによる患者不安を防ぐため、告知から公表まで数日〜1週間程度の短い間隔で進めます。職員に伝えてから数週間も内部情報のまま置いておくのは、職員への過大な心理的負担になるため避けるべきです。
告知の順序(3段階)
①理事長・院長・副院長など経営幹部への説明 → ②各部門長(診療科長・看護部長・事務長)への説明 → ③全職員への一斉告知——という段階的なアプローチが一般的です。いきなり全員に通知すると混乱が大きく、主要なキーパーソンが動揺した状態で職員をサポートできなくなります。各段階での説明では、閉院の理由・時期・今後のスケジュールを明確に伝え、職員が次のステップを具体的に考えられるよう情報を提供します。
雇用終了の手続き
閉院に伴う解雇は、労働契約法上の「整理解雇」に当たります。整理解雇の要件(①解雇の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続きの妥当性)を満たす形で進めることが求められます。解雇予告は**30日前(または30日分の解雇予告手当の支払い)**が労働基準法上の義務です。
病院の人件費は医業費用の5〜6割を占めるため、閉院決断後の給与コストをどこまで負担できるかを試算した上で、現実的な閉院スケジュールを組む必要があります。閉院日が早すぎると在院患者の転院が追いつかず、遅すぎると給与コストがかさみます。この両者のバランスを経営者として判断することが求められます。
退職支援・再就職支援
閉院後に職員が次の職場を見つけられるよう、ハローワークへの届出(大量解雇には「大量雇用変動届」が必要)や再就職支援サービスの利用を検討します。近隣の医療機関への紹介状(採用担当者へのアプローチ)を病院側が積極的に行うことで、職員の不安を軽減できます。特に看護師・理学療法士などの専門職は需要が高く、早期から動けば多くの職員が新たな職場を確保できます。

行政・保険者への届出と主要手続き
病院の閉院には、複数の行政機関・保険者への届出が必要です。主な届出先と手続きを整理しておきましょう。
| 届出先 |
内容 |
時期の目安 |
| 都道府県知事 |
病院開設許可の廃止届(医療法) |
廃止日10日前(事前に窓口確認) |
| 地方厚生局 |
保険医療機関指定の廃止届 |
廃止予定月の前月末まで |
| 市区町村 |
生活保護指定医療機関の廃止届 |
閉院日前 |
| 都道府県薬務課 |
麻薬取扱者免許・向精神薬の届出 |
閉院前に廃棄手続き |
| 社会保険・国保組合 |
診療報酬請求終了・返還等の処理 |
閉院後1か月以内が目安 |
上記は代表的なものです。実際の提出先・期限は所在地の都道府県・地方厚生局の窓口で事前確認が必要です。届出先の漏れや期限超過は行政指導の対象になりうるため、弁護士・行政書士と連携して早期に確認しましょう。
また、病院が救急告示や各種医療機能の指定(地域医療支援病院など)を受けている場合には、それぞれの指定廃止届が別途必要です。特定機能病院・がん診療連携拠点病院などの指定がある場合も、早期に所管機関に連絡します。
医療法に基づく病院開設許可は、廃止届の受理によって効力を失います。届出を出す前に閉院すると、無許可での医療行為になりかねないため、手続きの順序に注意が必要です。

診療録(カルテ)の保管と引き継ぎ義務
閉院後に見落とされがちなのが、診療録(カルテ)の保管義務です。医師法第24条は、診療録の保存期間を診療完結日から5年と定めています。閉院後も、この保管義務は継続します。電子カルテであっても紙カルテであっても、この保管義務は同じです。
主な保管方法
①法人解散後に元理事長個人が保管:法人が解散しても、医師資格を持つ元理事長(または担当医師)が診療録を保管することは認められています。ただし、保管場所の安全性・施錠・防水・防火などの条件を整えることと、個人情報保護法への対応が必要です。
②電子カルテデータを専門業者に委託保管:電子カルテで記録されている場合、データの保管を専門業者(カルテ保管サービス・データセンター)に委託することも選択肢です。ただし、委託契約の内容(保管期間・廃棄基準・情報セキュリティ・守秘義務)を厳重に確認する必要があります。
③承継医療機関への引き継ぎ:閉院後に同じ場所や近隣で別の医療機関が開設する場合や、転院先の医療機関が同意する場合には、診療録を引き継ぐことができます。患者の同意が取れている情報については積極的に引き継ぎを行うことで、継続的な医療に貢献できます。
患者から診療記録の開示請求があった場合、閉院後5年以内であれば対応義務があります。請求窓口の設置と連絡先の周知も忘れずに行いましょう。患者に対しては、閉院時の案内文書に「診療記録の問い合わせ先(電話番号・住所)」を記載することが推奨されます。
X線フィルムなど診療録以外の記録についても、診療に関連する記録として同様の保管が求められます。実務上は、保管する記録の種類と保管方法を文書化した「記録保管計画」を作成しておくと後のトラブルを防げます。

閉院後の法人解散と資産処理の流れ
病院が閉院した後、医療法人を解散するには所定の手続きが必要です。法人の種類によって手続きが異なります。
持分あり医療法人の場合
社員総会(特別決議)または理事会の決議を経て解散します。清算人を選任し、残余財産の処理を行います。残余財産は定款または総会決議に従い出資者に分配されます。ただし、持分の計算・払い戻し額の算定をめぐって社員間での争いが生じることもあるため、弁護士・税理士との協議が重要です。
なお、解散・清算にあたっては、医療法人の場合は都道府県知事の認可が必要な場合があります(医療法第55条等)。認可申請から許可が出るまでに数か月かかることもあり、スケジュールに余裕を持って進める必要があります。
持分なし医療法人の場合
持分なし法人は、解散時の残余財産を社員に分配することが原則として認められていません(医療法第54条等)。残余財産は、他の医療法人・国・地方公共団体・社会福祉法人など医療関係の法人へ帰属します。このため、医療機器や施設の処分方法は、定款と医療法の規定に従って慎重に進める必要があります。
解散後の清算・登記抹消
法人の清算・登記抹消まで完了して初めて、法的な意味での閉院プロセスが終了します。清算業務では、残余財産の確定、債権者への通知・異議申述期間の設置(2か月以上)、最終的な財産処分と分配または帰属、清算結了の登記申請という流れで進みます。
法人を解散させずに「休眠」させる選択肢もありますが、医療法人を長期休眠させることは、都道府県から解散命令を受けるリスクがあります。また、再開が見込めない場合に休眠を続けることは経営者・理事への善管注意義務の観点からも問題があるとされています。

まとめ
病院の閉院は「扉を閉める」だけでは終わりません。患者・職員・行政・保険者への通知と手続きが重なり合い、理事長・院長・事務長が膨大な調整業務を担います。
重要なのは**「通知の順序」**です。内部の意思固めをしてから、幹部 → 職員 → 患者 → 対外発表という流れを守ることで、情報の混乱を最小化できます。また、診療録の保管義務は閉院後5年間続くため、「閉院したら終わり」ではない点も留意が必要です。
帝国データバンクの調査によれば、医業の後継者不在率は6割超に達しています。閉院に至る前に、売却・経営受託・ダウンサイジングといった選択肢が残っていないか、外部の専門家にセカンドオピニオンを求めることも一つの選択です。一方、閉院が避けられない状況であれば、本記事のチェックリストを活用して、関係者全員にとって丁寧な終わり方を目指してください。
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