多くの病院では「病院全体の損益計算書はあるが、診療科や病棟ごとの損益がわからない」という状態が続いています。理事長や院長は「うちの○○科は赤字かどうか」を感覚的にしか把握できず、経営改善策も「全体的にコストを抑えろ」という曖昧なものにとどまりがちです。
この状態を脱するうえで有効なのが、原価計算(Cost Accounting)と部門別損益管理の導入です。病院全体のコストを診療科・病棟・支援部門ごとに分解することで、「どこに問題があるか」が数字として初めて見えてきます。
製造業では当然のように使われてきた原価計算ですが、病院では「診療報酬という包括払い体制」「複雑な業務プロセス」「配賦計算の煩雑さ」を理由に導入が遅れてきた経緯があります。しかし近年は電子カルテとレセプトコンピュータの整備が進み、中小規模の病院でも現実的に取り組める環境が整いつつあります。本稿では、病院における原価計算の基本概念から実務的な導入手順、経営改善への活用法まで、理事長・事務長が押さえるべきポイントを体系的に解説します。
「決算書だけ」では見えないもの — 原価計算が必要な理由
四病院団体協議会の2025年度病院経営定期調査によれば、病院の医業赤字率は74.6%、経常赤字率は65.6%に達しており、多くの病院が慢性的な赤字経営を強いられています。しかし、問題の核心は「病院全体の赤字額」ではなく、「どの部門が赤字をもたらしているか」という構造的な理解です。
病院のコストの5〜6割は人件費が占めます。この人件費を含む費用が「どの診療科・どの病棟」に帰属するかを把握しなければ、コスト削減も収益改善も的を絞ることができません。「うちは入院単価が低い」「外来が多すぎて赤字だ」という感覚論からは、具体的な改善策が生まれにくいのです。
原価計算とは、サービス1件あたり、あるいは部門1単位あたりにかかるコストを算出する管理会計の手法です。損益計算書(P/L)が「結果を示す財務会計」であるのに対し、原価計算と部門別損益管理は「改善の方向を示す管理会計」と位置づけられます。財務会計が法定義務であるのに対し、管理会計は自院の経営判断のために自院が設計するツールです。どれほど精緻な財務諸表があっても、それだけでは「どこを改善すべきか」はわかりません。
帝国データバンクの2025年調査によると、医療機関の倒産・休廃業解散は2年連続で過去最多を更新しています。経営危機を早期に察知し手を打つためにも、部門レベルでの損益把握は今や不可欠なインフラといえます。
費用を「直接費・間接費・共通費」に分ける基礎知識
部門別損益管理の第一歩は、病院全体のコストを3種類に分類することです。この分類がなければ、費用を各部門に帰属させる「配賦」の作業が始められません。
直接費とは、特定の診療科・病棟に直接帰属できる費用です。たとえば内科外来に常駐する医師の給与、整形外科で使用したインプラント材料費、手術室に配属された専従看護師の人件費などが該当します。測定・追跡が比較的容易であり、部門別損益の骨格をなします。
間接費とは、複数の部門にまたがって発生するため、何らかの「配賦基準」によって各部門に割り振る必要がある費用です。手術室・ICU・検査室・放射線部門などの運営コストが典型例です。たとえば検査部門の費用は「各診療科からの検査依頼件数」を基準に按分する方法が一般的です。
共通費とは、管理部門・医事課・給食・施設管理・情報システムなど、全院的な運営に不可欠な費用です。これも床面積比、職員数比、患者数比など適切な基準によって各部門に配賦します。
どの基準を選ぶかによって部門別損益の数値は変わります。重要なのは「その院の実態に即した合理的な基準を選び、月次で一貫して適用すること」です。途中で基準を変更すると前年比較ができなくなるため、初年度から慎重に設計してください。なお、完璧な精度を最初から目指す必要はありません。「大まかにでも各部門の損益傾向がわかる」ことを最初の目標にするとよいでしょう。
部門別損益計算の実務 — 何をどう測定するか
実際に部門別損益管理を構築するには、以下のステップを段階的に進めます。
Step 1: 管理単位の設定 まず「どの単位で損益を管理するか」を決めます。診療科別(内科・外科・整形外科・産婦人科など)、病棟別(急性期一般病棟・回復期病棟・療養病棟)、支援部門別(検査・放射線・薬剤・リハビリ)、外来・入院の区分など、自院の規模と目的に合わせて設定します。最初はあまり細かく分けすぎると管理工数が増えるため、主要な診療科・病棟を5〜10程度に絞ってスタートするのが現実的です。
Step 2: 収益の部門別把握 レセプト(診療報酬明細書)や電子カルテのデータを活用し、入院収益・外来収益を診療科別・病棟別に集計します。多くのレセプトコンピュータにはこの集計機能が備わっています。DPC対象病院であれば、診断群分類コード別の収益データも活用できます。
Step 3: 費用の分類と配賦計算 給与台帳・購買データ・光熱水費などを参照し、各部門の直接費を集計します。次に間接費・共通費を設定した配賦基準に従って各部門に割り振ります。最初はExcelで配賦計算表を作成するところから始めることができます。電子カルテ・会計システムとの連動が整えば、月次の集計作業は大幅に効率化されます。
Step 4: 部門別損益表の整備と月次更新 収益から直接費・配賦費用を差し引いた「部門別損益」を算出し、月次で更新します。前月比・前年同期比で変化を追うことで、問題の早期発見が可能になります。
以下の表は、部門別損益表の構造を示した模式例です。具体的な金額は各院の規模・機能により大きく異なります。
| 項目 | 一般病棟 | 外来部門 | 検査部門 |
|---|---|---|---|
| 医業収益 | 入院収益計 | 外来収益計 | 院内振替収益 |
| 直接人件費 | 医師・看護師等 | 医師・看護師等 | 臨床検査技師等 |
| 直接材料費 | 薬剤・材料費等 | 薬剤・材料費等 | 試薬・消耗品等 |
| 配賦費用 | 間接費・共通費の按分 | 間接費・共通費の按分 | 間接費・共通費の按分 |
| 部門損益 | 収益 − 費用 | 収益 − 費用 | 収益 − 費用 |
(注:この表は構造を理解するための模式例です。検査部門など支援部門の収益は「院内振替」として設定する方法が一般的です。)
診療科別損益の読み方と3つの落とし穴
部門別損益表が完成しても、数字の読み方を誤ると判断を間違えます。以下に典型的な3つの落とし穴を挙げます。
落とし穴①「単体赤字」=「廃止すべき科」ではない
たとえば救急部門は単独の収益だけを見ると赤字になりやすいですが、救急経由で入院した患者が他の診療科の収益を支えているケースが典型的です。産科も同様で、産科単独では採算が取りにくくても、産後の母体フォローや婦人科診療への誘導、地域への認知向上という面で病院全体に貢献している場合があります。
ある診療科を単体の損益だけで評価すると、院内の機能連携や患者導線が見えなくなります。「その診療科がなくなったとき、他の診療科の収益にどう影響するか」という視点を常に持つことが大切です。
落とし穴②「固定費と変動費」を混同する
診療科を縮小・閉鎖しても、配賦された共通費(施設管理費・管理部門人件費・情報システム費など)はすぐには減少しません。「赤字科を閉じたのに全体損益が改善しない」という事態は、固定費の扱いを誤ったときに起きます。部門別損益を見るときは、「その部門を閉じたときに本当に削減できる費用(変動費・専任スタッフの人件費など)」と「削減できない固定費配賦額」を区別して考えることが重要です。
落とし穴③「配賦基準の恣意性」に注意する
同じ費用でも、どの配賦基準を使うかによって部門別損益は変わります。たとえば電気代を床面積で配賦するか、患者数で配賦するかで、病棟と外来の負担額が変わります。「この数字が絶対に正しい」ではなく、「この基準で計算した結果として、こういう傾向がある」という姿勢で解釈してください。
こうした落とし穴を踏まえ、部門別損益は「改善の方向を探る羅針盤」として使い、最終的な意思決定は院全体の損益・患者への影響・地域医療への役割を総合的に考慮して行うことが重要です。診療科を4象限(収益性×診療件数)でマトリクス評価する方法は、視覚的に優先課題を整理するうえで有効です。
原価計算を活かした月次経営改善サイクル
部門別損益表を作っただけでは経営は改善しません。「月次で確認し、問題部門を深掘りし、改善策を設定・実行し、効果を追う」サイクルを回し続けることが重要です。
月次経営会議の設計
理事長・院長・事務長・主要診療科長が参加する「経営会議」を月1回開き、部門別損益の最新データを確認する仕組みを整えます。前月比・前年同期比で変化が大きい部門を重点的に議論し、次月までの改善行動を決めます。最初は資料作成に手間がかかりますが、フォーマットが固まれば月次の集計・報告は2〜3時間以内に収められるようになります。
問題部門のコスト分解
「どの費用項目が高いか」を診療科・病棟単位で掘り下げます。人件費が高い場合は稼働状況・残業時間・夜勤回数を確認し、材料費が高い場合は使用量・単価・廃棄率を調べます。問題の根本原因(稼働が少ないのに人員が多い、高価なデバイスを使いすぎているなど)を特定したうえで改善策を立案します。
病床利用率との連動
部門別損益と病床利用率の管理は連動させることが重要です。200床・入院単価5万円の病院であれば、病床利用率が1ポイント改善するごとに年間約3,650万円の増収効果が試算できます(2床×5万円×365日)。「○○科の空床が多い → その科への紹介ルートを強化する → 利用率が上がる → 損益が改善する」という一連の因果関係を、経営会議で共有することで具体的な打ち手が見えてきます。
令和8年度診療報酬改定との接続
令和8年度診療報酬改定では本体が約30年ぶりの3%超(+3.09%)引き上げとなり、入院基本料の増点、物価対応料の新設、入院ベースアップ評価料の拡充が施行されました(2026年6月1日施行)。これらの改定は部門別収益に直接影響します。改定の恩恵を最大化するためにも、どの病棟・診療科でどの加算が算定できるか(「算定候補」「要確認」として)を部門別損益管理と組み合わせて追跡することが有効です。
外部ベンチマークと原価計算の組み合わせ方
自院の部門別損益を見るだけでなく、外部のベンチマークデータと組み合わせることで、問題の深刻度と改善余地がより明確になります。
活用できる外部データ源
福祉医療機構(WAM)の「病院経営動向調査」では、機能別・規模別の収支状況や人件費率・材料費率などの平均値が公表されています。自院の数値を同規模・同機能の平均と比較することで、「どの費用項目が突出しているか」を把握できます。四病院団体協議会の年次調査は、一般病院・療養型・精神科別の収益構造を把握するのに役立ちます。また厚生労働省の「医療施設(動態)調査・病院報告」では、病床利用率や平均在院日数の全国データを参照できます。
ベンチマーク活用の注意点
外部の平均値はあくまで「参考値」です。医療機能・地域性・患者構成・診療科ミックスが異なれば、単純比較には限界があります。「自院の人件費率が全国平均より高い」とわかった段階で、「なぜ高いのか」を自院の実情に照らして探ることが本当の意味での活用です。外部比較の目的は「順位をつけること」ではなく、「改善の切り口を見つけること」にあります。
以下の表は、内部管理と外部ベンチマークの役割分担を整理したものです。
| 管理ツール | 目的 | 活用頻度 |
|---|---|---|
| 部門別損益表 | 自院内の問題部門の特定・月次追跡 | 毎月 |
| WAM・四病協データ | 同規模・同機能病院との相対位置確認 | 年1〜2回 |
| 厚労省病院報告 | 病床利用率・平均在院日数の全国比較 | 年1回 |
| 診療報酬改定資料 | 加算算定可能性の確認(算定候補として整理) | 改定のたびに |
外部比較と内部管理を組み合わせることで、「何が問題か」(内部管理)と「どのくらい深刻か」(外部比較)という2つの視点が揃い、経営改善の優先順位づけが格段にやりやすくなります。
まとめ
病院の原価計算と部門別損益管理は、「何となくコストを減らす」から「データに基づいて問題部門を特定し改善する」経営への転換を支えるツールです。まずは「どの単位で管理するか」を絞り込み、Excelベースの簡易計算表から始めることをおすすめします。
精度を少しずつ高めながら月次サイクルを回し続けることが大切です。完璧な仕組みを最初から目指す必要はありません。「部門別の大まかな損益傾向がわかる」状態を作るだけでも、経営会議の議論の質は大きく変わります。医業赤字が74.6%に達する厳しい経営環境のなかで、データに根ざした継続的な管理サイクルこそが、病院再生への最も確実な道筋です。
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出典・参考文献
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- 福祉医療機構リサーチレポート 2023年度決算 病院の経営状況
- 福祉医療機構 病院経営動向調査(WAM短観)
- 厚生労働省 令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況
- 人件費をベースとした新たな病院経営指標を用いた国立病院機構における5年間の分析(日本医療マネジメント学会雑誌)
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