病院の経営環境が急速に変化しています。令和8年度(2026年度)の診療報酬改定では本体プラス3.09%という約30年ぶりの引き上げが実現しましたが、同時に人件費・物価の高騰も続いており、単年度ごとの対応だけでは経営の安定を保つことが難しい時代です。

四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査(最終報告)によれば、病院の医業赤字率は74.6%、経常赤字率も**65.6%**に上ります。GemMedの解説記事でも「赤字病院が多数派という構造は長期化している」と指摘されており、単年の収支対策に追われるだけでは根本的な改善は望めません。

帝国データバンクの2024年度調査によれば、民間病院の61.0%が営業赤字であり、前年度(54.8%)からさらに悪化しています。この数字が意味するのは、多くの病院が「今期をどう乗り切るか」という短期思考にとどまり、3〜5年先の数字と方向性を明確に描けていないという現実です。

中期経営計画(以下「中計」)は、3〜5年の時間軸で経営の方向性と数値目標を示す計画書です。金融機関に提出する「事業計画書」とは目的も読者も異なり、院内の職員が「自分たちはどこへ向かうのか」を理解するための羅針盤として機能します。本稿では、中計の立案から実際の運用まで、実務に即した手順を解説します。

中期経営計画と事業計画書の違いを押さえる

まず、混同されがちな「事業計画書」と「中期経営計画」の違いを整理します(図1参照)。事業計画書は主に銀行・日本政策金融公庫・福祉医療機構(WAM)への融資申請時に求められる書類で、数値の正確性と返済能力の証明が目的です。外部審査者が読む文書であるため、どうしても「現状より楽観的な収益見通し」を示す傾向があります。

一方、中計は院内の戦略ツールであり、どんな医療機能を強化するか、どの部門の収益を何%改善するかを具体的に描きます。事業計画書はあくまでも「お金を借りるための文書」ですが、中計は「組織を動かすための文書」です。外部への提示を前提とした事業計画書では記載しにくい「不採算部門の縮小」「人員再配置の計画」「設備更新の先送り判断」なども中計には盛り込む必要があります。

事業計画書と中期経営計画の違い

理事会・管理職・現場スタッフそれぞれへの説明バージョンを用意するのが実務上の鉄則です。理事会向けには財務数値を中心に、管理職向けには部門別アクションを中心に、現場スタッフ向けには「私たちの仕事がどう変わるか」というわかりやすい言葉で伝える工夫が求められます。「中計を作ったが現場に浸透しない」という状況の多くは、説明の対象と内容が整理されていないことに起因します。

中計に必要な6つの構成要素

実際に中計を作成する際は、以下の6つの要素を必ず含めてください(図2参照)。

要素 内容のポイント
①現状分析 財務・人員・稼働率・市場の4軸で現在地を把握する
②経営理念・方向性 3〜5年後に「どんな病院になりたいか」を一文で示す
③数値目標(KPI) 医業利益率・病床利用率・入院単価など主要指標を設定
④部門別行動計画 目標達成のための各部門の具体的アクションを年度別に示す
⑤財務計画 損益・キャッシュフロー・設備投資を3〜5年分試算する
⑥進捗管理体制 月次・四半期のモニタリングサイクルと責任者を決める

①の現状分析では、厚生労働省の病院報告が示す全国平均(全病床77.0%・一般病床73.3%)と自院の病床利用率を比較し、何ポイントのギャップがあるかを起点にすると数値が具体的になります。病床利用率が損益分岐点とされる80%前後を下回っている場合は、なぜ下回っているかの原因分析が最優先です。在院日数・紹介率・診療圏の人口動態・競合の新規開業など、複合的な要因を分解して把握してください。

②の経営理念・方向性は抽象的になりがちですが、「急性期から在宅への橋渡し機能を強化する」「地域包括ケアの中核を担う200床の病院として存続する」のように、機能・規模・役割を具体的に盛り込むと、後続の数値目標との整合が取りやすくなります。方向性が曖昧なまま数値目標だけを掲げると、部門間の優先順位付けで毎回議論が発生し、計画が機能しなくなります。

中期経営計画の6つの構成要素

数値目標の設定とKPIの選び方

「3年後に黒字化する」は目標ではなく願望です。中計で設定する数値目標は、現状から逆算して「達成可能だが現状維持では届かない」レベルに設定するのが基本です(図3参照)。主要KPIとして次の3指標を軸にすることを推奨します。

①医業利益率

現状の医業赤字率(四病協の2024年調査では74.6%が赤字)を踏まえ、3年後の医業利益率の目標値を設定します。業界平均より上を目指すには、まず医業利益率を0%(収支均衡)にすることが最初のマイルストーンになります。「3年で収支均衡」「5年で医業利益率3%以上」のように段階を設けることで、年度ごとの達成基準が明確になります。

②病床利用率

一般に損益分岐点は80%前後とされます。厚生労働省の病院報告(2024年)では全病床の全国平均が77.0%、一般病床では73.3%です。200床・入院単価5万円の病院で病床利用率が1ポイント上がると、年間約3,650万円の増収につながります(200床×2床分×5万円×365日の機械計算)。この数字を経営幹部で共有すると、「利用率を77%から80%に上げる」という目標が具体的な金額感を持って語れるようになります。中計の期間中に達成すべき利用率の年次目標を設定し、毎月確認する指標に位置づけてください。

③入院単価・外来単価

令和8年度改定で急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へ引き上げられました。単価アップの恩恵を最大化するには、施設基準の維持と新たな加算の届出が前提です。基準を満たし続ける体制コスト(人員・研修・記録管理)を「維持コスト」として中計の財務計画に折り込むことが重要です。また、物価対応料の新設(急性期一般1で58点/日など)など令和8年度改定の新項目は、算定候補として中計に明記し、届出準備スケジュールを具体化してください(算定可否は施設の状況により異なるため、確認が必要です)。

主要KPI目標値の設定フレーム

部門別行動計画の落とし込み方

数値目標だけを掲げた計画書は絵に描いた餅に終わります。目標を達成するために各部門が「いつ」「何を」するかを年度別に落とし込む必要があります(図4参照)。

絶対に避けるべき表現と推奨表現:

避けるべき表現(曖昧) 推奨表現(具体的)
「外来患者数を増やす努力をする」 「〇月までに院長が診療圏内3クリニックへ訪問し紹介依頼を実施する」
「コスト削減を推進する」 「事務長が第2四半期中に給食委託費の見積もり取り直しを完了する」
「医師確保に取り組む」 「〇年〇月に大学医局への採用要請を△副院長が実施する」

一般に病院のコストの5〜6割は人件費です。看護師の配置や採用計画は中計の中でも特に精緻な試算が求められるセクションです。看護師1人の年収・採用コスト・離職コストを合算した「実質的な人件費単価」を計算し、病床利用率目標と連動させた必要人員数を割り出してください。「7対1看護体制を維持するには何人の看護師が必要か」「現状の離職率が続けば何年後に基準を割り込むか」という試算を中計に盛り込むことで、採用・育成への投資判断が定量的に行えます。

福祉医療機構リサーチレポート(2023年度決算)によると、病院の人件費率の高さと収益性の低さには強い相関があり、人件費の管理なくして経営改善は実現しません。部門別行動計画では、看護部・診療部・コメディカルそれぞれの人件費率目標を設定し、採用・定着・生産性向上の各施策と紐付けることを強く推奨します。

部門別行動計画マトリクス

進捗管理とPDCAの回し方

中計は作成して終わりではなく、毎月・四半期・年度ごとに進捗を確認し、計画と実績の差異を分析してアクションに反映させる仕組みが不可欠です(図5参照)。

月次モニタリングの最小セット:

月次では、収入・費用・病床利用率・外来患者数・入院単価の5指標を少なくとも確認してください。計画比5ポイント以上の乖離が生じた項目は即時に原因調査を行い、翌月の経営会議で対策を決定するサイクルを習慣化します。「先月の数字が出るのが翌月末」という状況では改善が遅れます。診療報酬の請求データを活用し、遅くとも翌月10〜15日には主要指標の速報値を把握できる体制を整えてください。

四半期モニタリングの論点:

四半期では、部門別行動計画の進捗確認を実施します。未着手アクションのボトルネック(人員不足・予算不足・意思決定の遅れ)を特定して解消します。また、福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査(WAM短観)が四半期ごとに公表する業界平均データを活用し、自院の指標を業界と比較してください。「なんとなく悪い」という感覚から「業界平均より〇ポイント低い」という具体的な課題認識に変えることで、改善施策の優先順位付けが格段に容易になります。

年度末の必須作業:

年度末には翌年度の計画を修正・更新します。外部環境(診療報酬改定・地域医療構想の進捗・人口動態・競合施設の動向)の変化を反映させることが不可欠です。特に診療報酬改定は3年ごとに訪れるため、改定の年は「大改訂」、その他の年は「小改訂」として中計のアップデートサイクルを設計することを推奨します。

PDCAを機能させるには、現場レベルではなく理事長・院長が「数字で語る文化」をトップダウンで作ることが先決です。毎月の経営会議で病床利用率と医業損益の実績が10分以上議題になる病院は、そうでない病院に比べて改善スピードが異なります(施設の状況により効果は異なります)。

PDCAサイクルと中計の運用

実行体制と推進組織の作り方

最後に、中計を「絵に描いた餅」にしないための体制づくりを説明します(図6参照)。

中計推進のベストプラクティスは、経営企画部門(または担当者)を専任で置くことです。小規模病院では事務長が兼任するケースが多いですが、日々の事務処理と中計管理を兼ねると進捗管理が後回しになりがちです。200床以下の病院でも、週の20〜30%を中計推進に充てる専任時間を確保することを強く推奨します。

推進体制の最小モデルは次のとおりです。

  • 推進責任者: 理事長または院長(方向性の最終決定者。トップが関与しない計画は現場に浸透しない)
  • 実務担当: 事務長または経営企画担当者(KPI管理・報告書作成・月次数値の集計と分析)
  • 部門連絡者: 各診療科・看護部・コメディカルの代表1名(現場情報の収集と計画の周知)

体制を作ったら、まず「キックオフミーティング」を開き、なぜ中計を作るのか・どのような数字を目指すのかを全幹部に共有してください。現場が「何のためにこれをやるのか」を理解していない計画は定着しません。PwC Japanの医療コンサルタント向け資料でも、中期計画の策定プロセスへの現場参加が実行率を高める重要因子として挙げられています。

タイムラインの目安:

初年度は「中計の策定」自体を最初の6か月で完了させ、後半6か月で運用を開始するスケジュールが現実的です。策定に1年以上かけると外部環境が変化してしまうため、完璧を求めすぎず「まず動かせるレベルの計画書」を作ることを優先してください。「3か月で改訂する」という前提で走り始めることが大切です。

金融機関・WAM・各種補助金の審査においても、中計の整備状況は評価ポイントになります。2026年度は令和8年度改定の移行期にあたり、施設基準の届出変更や物価対応料の算定要件整備なども中計に組み込む必要があります。日医on-lineの情報によれば、令和8年度改定の本体改定率はプラス3.09%であり、その恩恵を最大化するためにも、施設基準の整備スケジュールを中計の行動計画に明確に位置づけることが求められます。

中期経営計画の推進体制とタイムライン

まとめ

病院の中期経営計画は、①現状分析②経営理念・方向性③数値目標④部門別行動計画⑤財務計画⑥進捗管理体制の6要素で構成されます。金融機関向けの事業計画書とは目的が異なり、「組織を動かすための内部戦略ツール」として位置づけてください。

数値目標は医業利益率・病床利用率・入院単価の3指標を軸に設定し、月次PDCAで継続的に進捗を確認します。最初の中計は完璧でなくてよく、「3か月で改訂する」という前提で動かし始めることが大切です。計画を持っている病院と持っていない病院では、診療報酬改定への対応スピードと経営改善の精度に大きな差が生まれています。

医療機関の倒産・休廃業解散は2025年に66件・823件と2年連続で過去最多を更新し(帝国データバンク2025年調査)、診療所経営者の56.7%が70歳以上という後継者問題も深刻です。「今期を乗り切る」から「3〜5年先を描く」への転換が、病院存続の鍵を握っています。

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出典・参考文献

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