病院の経営を続けることが、ある日限界に達する——そのような状況に直面している理事長・院長は、今この瞬間も少なくありません。「このまま続けることが本当に地域のためになるのか」「職員に申し訳ない」「借入がこれ以上増えるのは怖い」。こうした思いの先に、「閉院」という選択肢が浮かび上がります。
しかし、閉院は最後の決断であるべきです。閉院を検討する前に、経営悪化の構造を正しく理解し、まだ残されている手立てを一つひとつ確認することが、経営者の責務といえます。
本記事では、赤字病院が閉院に至る主な理由を構造的に整理し、閉院を選ぶ前に試みるべき具体的な選択肢を示します。
閉院・廃業解散する医療機関の実態
2025年、医療機関の倒産件数は66件、休廃業・解散件数は823件に達し、いずれも2年連続で過去最多を更新しました(帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査」2025年)。かつては「病院は潰れない」と言われた時代もありましたが、今や年間に800件超の医療機関が姿を消しています。
特に倒産よりも多いのが「休廃業・解散」です。これは裁判所を通じた法的整理ではなく、経営者が自主的に診療をやめるケースです。後継者がいない、経営が立ち行かなくなった、院長が高齢で引退する——そうした事情が背景にあります。

この数字を「対岸の火事」と見ることはできません。四病院団体協議会の2024年度最終調査によれば、病院の医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6% に達しています。つまり、黒字を維持できている病院は少数派であり、多くの病院が赤字経営の中でなんとか存続している状況です。
理由①:財務の悪化が限界点を超える
赤字病院が閉院に至る最大の直接的原因は、財務の悪化が返済不能のレベルに達することです。
病院経営は、患者数の減少や診療報酬の単価低下が起きると、すぐに収益が圧迫されます。収益が下がっても人件費・光熱費・医薬品費といった固定的な費用はなかなか削れません。その結果、月次で赤字が積み重なり、手元の現金(運転資金)が不足するようになります。
運転資金が足りなくなると、医療機関は金融機関から借入を増やすか、リスケジュール(返済猶予)を申請するかという選択を迫られます。借入を繰り返すと元本が膨らみ、返済額が収益をさらに圧迫するという負のスパイラルに入ります。
帝国データバンクの2024年度調査では、民間病院約900法人のうち営業赤字が61.0%(前年度54.8%から悪化)という結果が出ています。赤字が慢性化すると、設備更新や人材採用への投資ができなくなり、サービス水準が下がってさらに患者が離れる——このサイクルが加速します。

財務悪化は「患者減少→収益低下→資金繰り悪化→投資困難」という連鎖反応として起きます。一つひとつのステップは小さく見えても、気づいたときには閉院しか選べない状況になっていることがあります。だからこそ、財務の悪化兆候を早期に捉えることが重要です。
理由②:後継者が見つからない
財務が何とか保たれていても、院長の引退後に診療を継続できる人がいないために閉院を余儀なくされる病院も多くあります。これが後継者問題です。
帝国データバンクの2025年データによれば、診療所経営者の56.7%が70歳以上であり、医療業の後継者不在率は6割超に達しています。院長が70代に差し掛かっても、「誰かに継いでもらうめどが立っていない」という状況が全国に広がっています。
後継者問題は、親族内承継がうまくいかないケースが大半です。子どもが医師でない、あるいは医師であっても別の病院に勤務しており戻るつもりがない、というケースが典型です。また、親族内に継承意欲がある場合でも、借入金や施設の老朽化を見て「継いでも難しい」と判断されることもあります。

後継者不在のまま時間が経過すると、院長の健康状態悪化や突然の引退で急な閉院を余儀なくされます。急な閉院は、患者への引継ぎ・転院調整、職員の雇用保護、医療機器の処分など、多くの手続きを一気にこなす必要があり、関係者全員に大きな負担がかかります。
一方、早めに第三者承継(M&A)を活用すれば、診療継続しながら売却益を得られる可能性があります。後継者問題は「時間が解決してくれる」ことはなく、早く動くほど選択肢が増える領域です。
理由③:医師・看護師の確保が困難になる
赤字が続き財務が傷むと、最も影響を受けるのが人材採用・定着です。病院は費用の5〜6割が人件費(給与・賞与・社会保険料)であり、医師1人を確保するコストは特に大きな負担になります。
赤字病院では、採用コストの高い常勤医師を雇えず、時間外労働の負担が既存の医師に集中します。当直回数の増加や過重労働が続くと、勤務医の離職が起き、さらに医師が不足するという悪循環に陥ります。医師が減ると診療科を縮小せざるを得なくなり、患者が他の病院へ流れ、収益がさらに落ちます。
看護師についても同様です。人手不足で残業が常態化すると離職率が高まり、採用コストと教育コストが膨らみます。厚生労働省「令和6年 病院報告」によれば、全国の病床利用率は全病床で77.0%、一般病床で73.3%となっており、損益分岐点として一般に80%前後とされる水準を多くの病院が下回っています。人材不足により病床が稼働しきれない状態が続くと、収益機会の損失が慢性化します。

たとえば、200床・入院単価5万円の病院では、病床利用率が1ポイント上がると年間約3,650万円の増収になるという計算があります(2床×5万円×365日)。逆に言えば、利用率が数ポイント低下するだけで、数億円単位で収益が落ちることを意味します。医師・看護師の確保は、病床稼働率と直結した経営課題です。
理由④:地域の患者数が構造的に減少する
人口減少と高齢化が進む地方では、医療需要そのものが縮小することも閉院の一因です。少子化によって小児科・産科の患者が減り、人口流出で全体の患者数が下がる地域では、病床の維持費用に見合う収益を確保することが難しくなります。
また、地域医療構想によって病床の機能分化・連携が進む中、急性期病院の病床を削減する動きも加速しています。従来のスタイルで急性期を維持することが困難になった病院は、機能転換か縮小かを迫られます。
こうした状況では、規模を縮小して在宅医療に参入する、療養型や回復期リハビリ病棟に転換する、診療所として再スタートするといった機能転換が有効な場合があります。闇雲に閉院するのではなく、地域に残された需要をどう取り込むかを戦略的に考えることが重要です。

自院の財務状況と地域の需要・承継可能性を軸に、4象限で考えると判断が整理しやすくなります。財務が悪化していても地域需要があるなら、M&Aや第三者承継が有力な選択肢です。財務が健全でも需要が縮小しているなら、ダウンサイジングや機能転換を検討する時期といえます。
閉院を選ぶ前に試みるべき5つの選択肢
閉院を決断する前に、以下の選択肢を一つひとつ検討したかどうかを確認してください。
① 診療報酬の算定見直し
令和8年度診療報酬改定(2026年6月施行)では、基本診療料が本体+3.09%引き上げられ、急性期一般入院料1は1,688点から1,874点に、物価対応料(急性期一般1で58点/日など)が新設されました。また、入院ベースアップ評価料が最大250点に拡充されています。これらの加算を算定できているかどうかを確認することが、まず最初のステップです。算定漏れが見つかるだけで、月単位で数十万〜数百万円の増収につながる場合があります。
② 病床利用率・平均在院日数の改善
現在の病床利用率が損益分岐点(一般に80%前後)を大幅に下回っている場合、稼働改善だけで収益が大きく改善する余地があります。入院患者の在宅復帰支援、紹介患者の受け入れ体制強化、退院調整の早期化などを組み合わせることで、追加の設備投資なしに収益を高める手があります。
③ 福祉医療機構(WAM)融資・補助金の活用
福祉医療機構(WAM)は、経営改善を目的とした低利融資や、設備更新・耐震化補助金を提供しています。民間金融機関での借入が難しくなっている場合でも、WAMの制度融資を活用することで資金繰りの改善が図れることがあります。補助金・交付金の探し方については事前に相談することをおすすめします。
④ M&A・第三者承継の検討
後継者不在や財務悪化が深刻な場合でも、病院の立地・機能・患者数によっては買い手が見つかる可能性があります。M&A専門の仲介会社への相談は秘密保持契約(NDA)のもとで行われるため、職員や患者に知られることなく情報収集できます。早い段階で打診することで、条件交渉の余地が広がります。
⑤ 機能転換・ダウンサイジング
急性期から回復期・療養型への機能転換、または病床削減による規模縮小(ダウンサイジング)は、コスト構造を需要に合わせる有効な手段です。病床を減らすことは「後退」ではなく、固定費を下げながら利用率を高める「前向きな選択」として機能する場合があります。

閉院の準備には、患者への転院支援、職員の雇用保護、借入金の整理、医療機器の処分など多くのコストと手間がかかります。閉院してから「もっと早く動いていれば」と後悔するケースは少なくありません。上記のチェック項目を一つでも未確認のまま閉院を決断することは避けてください。
まとめ
赤字病院が閉院に至る主な理由は、財務の悪化・後継者不在・医師看護師の確保困難・地域需要の縮小という四つの構造的要因が複合的に絡み合っています。医療機関の休廃業解散が年間823件に達した今、これらの問題は「他人事」ではありません。
しかし、閉院は最後の選択肢です。診療報酬の算定見直し、病床利用率の改善、WAM融資の活用、M&Aや機能転換といった手立てを一通り検討した上で、それでも解決の見通しが立たない場合に、初めて閉院という判断が現実的な選択肢として浮上します。
赤字病院の経営改善には、早期の行動と、外部の専門家を活用した客観的な視点が不可欠です。閉院を考える前に、まず現状を正確に把握するところから始めてください。
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