令和8年度診療報酬改定(施行: 2026年6月1日)は、本体改定率**+3.09%**という約30年ぶりの大幅プラス改定となりました。四病院団体協議会の2025年度病院経営定期調査最終報告によると、病院の医業赤字率は74.6%・経常赤字率は65.6%という深刻な経営環境が続いています。こうした状況の中で、今改定は病院経営の改善に向けた大きな機会を提供しています。
しかし改定施行から3ヶ月が経過した現在でも、「物価対応料の届出が済んでいない」「ベースアップ評価料の区分を見直していない」「看護・多職種協働加算の存在は知っているが届出の要件確認が後回しになっている」という声が現場の事務長から聞かれます。今改定には入院基本料の引き上げのほかに、届出が必要な新設・拡充項目が複数含まれており、これらを確実に算定することが即効性の高い経営改善策となります。
本記事では、見落とされがちな新設・拡充された入院加算を体系的に整理し、院内での算定漏れを防ぐための体制整備方法を解説します。なお、算定可否は施設ごとの具体的な要件によって異なります。本記事の内容はあくまで一般的な解説であり、実際の算定にあたっては施設の状況に合わせた確認が必要です。
令和8年度改定の全体像と入院経営への影響

今改定の改定率は本体+3.09%で確定しました。日本医師会の発表によると、内訳は**賃上げ対応+1.70%・物価対応+1.29%・政策改定+0.25%・適正化▲0.15%**となっており、医療従事者の賃上げと物価高騰への対応が改定の中心的な柱となっています。
入院基本料については大幅な点数の引き上げが行われました。急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へ(+186点)、地域一般入院料1は1,176点から1,290点へ(+114点)、療養病棟入院料1は1,964点から2,035点へ(+71点)と、それぞれ引き上げられています。GemMedの改定答申解説記事によると、今改定では基本診療料のアップに加えて、物価対応料の新設・ベースアップ評価料の拡充・看護および多職種協働加算の新設という新たな収益改善機会が用意されています。
なぜ今改定がこれほど大幅になったのかを理解するには、病院経営の構造的な問題を把握しておく必要があります。帝国データバンクの2024年度調査によると、民間病院約900法人の営業赤字率は61.0%と、前年の54.8%からさらに悪化しています。また同社の2025年調査では、医療機関の倒産は66件・休廃業解散は823件で2年連続の過去最多となりました。こうした医療提供体制の崩壊リスクを受けて生まれたのが今改定であり、約30年ぶりの3%超という大幅改定はその危機感の表れです。
入院基本料の引き上げ効果だけでも急性期一般1を算定する病院にとっては大きな増収要因となります。しかし本記事で詳しく解説する物価対応料・ベースアップ評価料・看護多職種協働加算はいずれも届出が必要な項目です。「気づかないまま放置している」施設では、改定の恩恵の半分以上を取り逃しているケースがあります。
| 入院料区分 |
改定前 |
改定後 |
増加点数 |
| 急性期一般入院料1 |
1,688点 |
1,874点 |
+186点 |
| 地域一般入院料1 |
1,176点 |
1,290点 |
+114点 |
| 療養病棟入院料1 |
1,964点 |
2,035点 |
+71点 |
物価対応料の新設 — 算定要件と届出の注意点

物価対応料は今改定で新設された入院料の付加算定項目です。光熱費・食材費・医療材料費などの物価高騰に対応するための診療報酬上の措置として導入されました。厚生労働省の個別改定項目によると、急性期一般入院料1においては1日につき58点が算定候補となっています(届出区分・施設要件の確認が必要)。
物価対応料の特徴は、既存の入院基本料の算定に加えて別途届出が必要な点です。入院基本料を算定しているすべての病棟が自動的に算定できるわけではなく、各病棟の入院料区分に応じた届出要件を満たす必要があります。複数の入院料区分を混在して算定している病院では、病棟ごとに算定可否と点数が異なるため、一括処理でなく病棟単位での確認が求められます。
福祉医療機構の2025年6月病院経営動向調査によると、物価高騰による経費増加が病院経営を圧迫している実態が継続して示されています。物価対応料は物価コストの「全額補填」ではありませんが、その一部を診療報酬として回収できる重要な仕組みです。特に光熱費・食材費の上昇が続く施設では、算定の有無が収益に直接響きます。
算定にあたって特に注意すべき点として以下が挙げられます。
届出のタイミングに注意
施行日(2026年6月1日)より後に届出した場合は、算定開始が届出日以降となる場合があります。経過措置の有無と遡及算定の可否については施設ごとに地方厚生局への確認が必要です。算定開始が遅れるほど逸失収益が積み上がるため、早急な確認が推奨されます。
システム設定の確認
届出が完了していても、電子レセプトシステムへの算定コード登録が誤っている場合は請求できません。システムベンダーへの設定確認も忘れずに行ってください。
よくある算定漏れのパターンとして、「2026年6月1日の施行に合わせた届出が間に合わず7月以降にずれ込んでいる」「届出は完了しているがレセプト上の算定コードが正確に設定されていない」「算定できない病棟があると誤認して全病棟を未算定のままにしている」などが報告されています。
ベースアップ評価料の拡充 — 最大250点への変更と届出の見直し

ベースアップ評価料は令和6年度(2024年度)改定で医療従事者(医師・歯科医師を除く)の賃上げを促進する目的で新設されました。今改定ではその入院評価料部分が最大250点へと大幅に拡充されました。
病院のコストの5〜6割は人件費であることはよく知られています。賃上げによる人件費増加は避けられない一方、その財源をどう確保するかが経営上の大きな課題です。福祉医療機構の2023年度決算リサーチレポートでも、医療従事者の賃上げが病院の人件費率を押し上げ、収益を圧迫している実態が示されています。ベースアップ評価料は、賃上げを実施した病院がその一部を診療報酬として回収できる仕組みとして、賃上げと経営安定を両立するための重要なツールです。
今改定での拡充により、区分によっては令和6年度の制度導入時と比べて算定可能点数が引き上げられています。しかし、拡充後の区分で届出を更新していない施設では旧区分のままで算定が続いており、新たな増収機会を取り込めていません。令和6年度の届出時と令和8年度施行後では届出区分の上限が変わっているため、届出し直しが必要か否かを確認することが急務です。
届出の更新にあたって確認すべき主な事項は以下の通りです。
賃上げ実績の記録整備
届出には賃上げ対象職員の職種・人数・賃金改定額の記録が求められます。人事担当者と連携し、必要な記録が整備されているかを確認することが先決です。記録が不十分なために届出区分が下がってしまうケースが散見されます。
外部委託職員の取り扱いの確認
委託業者の職員は一般にベースアップ評価料の算定根拠に含めることができません。自院の直接雇用職員だけを対象として算定根拠を整理します。混同が生じると届出内容に誤りが生じる可能性があります。
区分の定期的な再検討
令和6年度の届出時と比べて自院の賃上げ状況が変化している場合、より上位の区分への変更が可能かもしれません。届出区分を固定的に考えず、年1回以上の見直しを習慣化することが、ベースアップ評価料を最大限活用するための基本姿勢です。
看護・多職種協働加算の新設 — 加算1・加算2の要件と選択

看護・多職種協働加算は今改定で新設された加算です。急性期医療における多職種連携の推進を目的として、医師・看護師・薬剤師・理学療法士などの多職種が協働してケアを提供する体制を評価する加算となっています。厚生労働省の個別改定項目によると、**加算1(277点)と加算2(255点)**の2区分が設けられています。
加算1と加算2の違いは多職種チームの構成要件・カンファレンス実施の頻度・記録の方法等に関するものですが、具体的な要件は施設の機能・患者構成によって異なります。自院への適用可否は詳細な要件確認を通じて判断する必要があります。
PwC Japanの分析によると、今改定は入院料の選択肢が複雑化しており、施設の機能や届出状況に応じた最適な組み合わせを検討することが重要とされています。看護・多職種協働加算も同様に「自院は加算1か加算2か」という判断を、算定収入と届出準備コストの両面から慎重に行うことが求められます。
現場での見逃しパターンとして多いのは、「日常的に多職種カンファレンスを実施しているが記録が不十分で届出を見送っている」ケースです。カンファレンスの記録様式を標準化するだけで届出要件を満たせる場合があります。
また「加算1の要件を満たしているが加算2で届出している」というケースも報告されています。加算1と加算2の差は1日22点であり、160床稼働×365日×22点×10円で計算すると年間約1,284万円の差となります(試算)。この差は積み重なれば経営上、無視できない規模となります。
この加算は2026年6月1日施行であり、届出が遅れた施設では施行日からの増収を取り逃している可能性があります。早急な届出状況の確認と、現在の届出区分が最適かどうかの再確認が推奨されます。
200床病院を例にした入院単価の変化試算

具体的な増収インパクトを理解するために、急性期一般入院料1を算定する仮想の200床病院(病床利用率80%・1日あたり平均入院患者160名)を例に試算します。これは一般的なモデルケースとしての仮設例であり、実際の算定条件・施設要件により大きく異なります。
入院基本料の増収試算
急性期一般1の改定増加分は+186点/日です。1点=10円として計算すると、1日あたり160床分の増収は:
- 186点×10円×160床×365日 ≈ 年間約1億880万円
これは「何もしなくても改定率に応じて増収になる」部分です。ただし、診療単価の実態や入院料区分の構成により、実際の効果は大きく異なります。
物価対応料を算定した場合の追加効果
物価対応料(算定候補58点/日)を追加算定できた場合の概算:
- 58点×10円×160床×365日 ≈ 年間約3,386万円
なお、物価対応料は物価コスト増加を補填する趣旨であるため、純粋な利益増加とはならない点に注意が必要です。
参考: 病床利用率との比較
検証済みファクトとして、「病院200床・入院単価5万円の場合、病床利用率1ポイント増加は年間約3,650万円の増収」という試算があります(2床×5万円×365日の機械計算)。物価対応料の効果(約3,386万円)は、病床利用率1ポイント相当に近い規模感であり、算定するかどうかの違いがいかに大きいかが示されています。
この試算が意味するのは、「届出書類を整備して提出する」という事務作業1回が、年間3,000〜5,000万円規模の収益差を生み出す可能性があるということです。今改定の算定対応は、多額の設備投資や患者数増加を必要とせずに収益を改善できる、即効性の高い取り組みといえます。
ただし、ベースアップ評価料は同時に賃上げコストの増加を伴うものであり、差し引きで手元に残る増収分は算定額そのものではありません。また、物価対応料の算定は物価コスト増加の一部を補填する趣旨であり、利益増加というよりコスト圧縮効果として捉える視点も重要です。改定対応の目的は「トータルの経営改善」であり、算定額だけを過大評価しないことが必要です。
算定漏れゼロへの院内体制整備チェックリスト

算定漏れを防ぐには、医事課単独の取り組みを超えた院内全体の体制整備が必要です。理事長・事務長が主導して全体の仕組みをつくることが、持続的な算定精度の向上につながります。
帝国データバンクの2024年度調査によると、民間病院約900法人の営業赤字率は61.0%(前年54.8%から悪化)という実態があります。また同社の2025年調査では医療機関の倒産・休廃業解散の過去最多更新が示されています。こうした厳しい経営環境の中で、算定できる診療報酬を確実に算定することは経営改善の基本であり、体制整備への投資は直接的な収益改善として返ってくる取り組みです。
【届出・施設基準の管理体制】
算定漏れの最大原因は「届出の存在を把握していない」または「届出したが要件確認が不十分だった」というケースです。以下を実施してください。
- 自院の全届出項目の一覧を最新化する(年1回以上)
- 今改定(令和8年度)で新設・拡充された項目を一覧表に追加する
- 各項目について「届出済み / 未届出 / 要件確認中」の3区分で管理し、未届出・確認中の項目には担当者と確認期限を設ける
- 経過措置期間・施行日を確認し、遡及算定の可否を精査する
【レセプト・請求データの活用】
月次のレセプト返戻・査定内容を分析することで、算定エラーのパターンを早期に発見できます。
- 返戻・査定理由を記録・分類し、繰り返しエラーを防ぐ
- 前月比・前年同月比で算定件数・金額を比較し、急激な減少がないか確認する
- 新設加算の算定件数が適切に計上されているかを毎月モニタリングする
【多職種への情報共有】
診療報酬の算定要件には医師の指示や看護記録、リハビリの実施記録が必要なものが多くあります。算定要件を医療スタッフ全員が理解することが算定漏れ防止の基本です。改定内容を医師・看護師長・各部門管理者に説明する機会を設けるとともに、看護・多職種協働加算のカンファレンス記録様式を統一し、ベースアップ評価料の根拠資料となる賃金改定記録の整備を人事部門と協力して進めることが重要です。
【外部支援の活用】
自院の体制だけでは見落としが生じる場合、診療報酬コンサルタントや医療コンサルタントの活用も選択肢のひとつです。年1回程度の外部チェックにより、算定漏れの発見だけでなく今後の改定対応の準備にも役立てることができます。ただし、コンサルタントの費用対効果を試算したうえで導入を判断することが大切です。
まとめ
令和8年度診療報酬改定は、約30年ぶりの本体+3.09%という大幅プラス改定として、入院基本料の引き上げのほかに物価対応料・ベースアップ評価料・看護多職種協働加算という3つの大きな収益改善機会を提供しています。しかし改定の恩恵を受けるためには、それぞれの届出・算定要件を確認し、院内体制を整備することが不可欠です。
理事長・事務長として今すぐできることは、**「現在の届出状況の棚卸し」**から始めることです。全届出項目の一覧表を作成し、今改定の新設項目と自院の届出状況を突き合わせるだけで、算定漏れが見つかるケースは少なくありません。改定率の数値だけを見て「今回は増収になる」と安心するのではなく、具体的な行動に移すことが黒字化への道筋となります。
算定漏れは一種の機会損失です。届出書類の整備という比較的小さな努力が、年間数千万円から億円規模の収益差につながることを念頭に置き、早急な対応を進めてください。
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