「近隣の市立病院が大幅な赤字だと報道されていた」「県が公立病院の再編・統合を検討しているらしい」——こうしたニュースを目にする機会が、ここ数年で確実に増えました。民間病院の理事長・院長・事務長の皆さまにとって、公立病院の経営問題は決して他人事ではありません。公立病院がどのような役割を担い、なぜ赤字が深くなりやすいのか。その赤字を支えてきた一般会計繰入金という仕組みには、どのような限界があるのか。そして国が各自治体に策定を求めている「公立病院経営強化プラン」によって、地域の医療提供体制はどう変わり、民間病院の経営にどんな影響が及ぶのか。本記事では、「令和6年度 公立病院の経営に関する調査」などの公的調査を手がかりに、公立病院の赤字の構造を整理し、民間病院がとるべき視点までを解説します。

公立病院の役割 — 赤字は「経営の怠慢」ではなく構造である

まず押さえておきたいのは、公立病院の赤字の多くは、担っている役割そのものに由来する構造的なものだという点です。

公立病院とは、都道府県や市町村などの自治体が開設する病院を指します。その配置は「儲かるかどうか」ではなく、政策的な必要性によって決まってきました。具体的には、次のような領域です。

  • へき地・離島医療:人口が少なく、民間では採算が成り立ちにくい地域の医療を維持する
  • 救急・小児・周産期医療:需要の波が大きく、体制維持コストが重い部門を支える
  • 災害・感染症対応:平時から病床や人員に「余力」を持たせておく必要がある
  • 精神・結核などの政策医療:制度上・社会上の要請から民間が担いにくい分野を引き受ける

公立病院が担う不採算医療の役割を示した構造図

これらは地域住民の生命を守るうえで欠かせない機能ですが、**診療報酬だけでは費用を賄いきれない「不採算医療」**が中心です。たとえば救急体制は、患者が来ても来なくても医師・看護師を待機させるコストがかかります。へき地の病院は、患者数が少なくても一定の診療機能を維持しなければなりません。

そもそも病院経営全体が厳しい時代です。四病院団体協議会(四病協)の病院経営定期調査の最終報告によると、2024年度は医業利益ベースで74.6%、経常利益ベースで65.6%の病院が赤字でした。民間を含む病院全体でこの水準ですから、不採算部門を政策的に引き受ける公立病院の収支がさらに厳しくなるのは、ある意味で必然といえます。実際、「令和6年度 公立病院の経営に関する調査」の結果報告書でも、多くの公立病院で経営状況の厳しさが示されています。

加えて、病院のコストの5〜6割は人件費です。公立病院は公務員に準じた給与体系や人事制度を持つことが多く、経営環境の変化に応じた柔軟な人件費コントロールが難しいと言われます。役割の面でもコスト構造の面でも、赤字が固定化しやすい条件がそろっているのです。

一般会計繰入金という仕組み — 自治体からの補填とその限界

では、赤字が続く公立病院はなぜ存続できるのか。その答えが一般会計繰入金です。

公立病院の多くは、地方公営企業として自治体の「病院事業会計」で運営されています。独立採算が原則とされる一方で、先に述べたような不採算医療については、開設者である自治体の一般会計(税金や地方交付税など)から病院事業会計へ資金を繰り入れることが制度上認められています。国(総務省)は毎年度「繰出基準」を示しており、これに沿った繰入は基準内繰入、基準を超えて自治体が独自判断で行う補填は基準外繰入と呼ばれます。

一般会計繰入金の基本的な流れを示したフロー図

繰入の対象となる経費の代表例を整理すると、次のようになります。

繰入対象の類型 内容の例
不採算部門の運営 救急、小児、周産期、精神、感染症医療などの体制維持
立地条件による不採算 へき地・離島など患者数が構造的に少ない地域の医療
建設・設備投資 病院建物の建設改良費や企業債(借入金)の元利償還の一部
研究・研修など 医師確保、臨床研修、高度医療の研究開発に係る経費

ここで重要なのは、繰入金は「赤字の穴埋め」ではなく、本来は「政策医療の対価」として設計されているということです。自治体が「この地域に救急体制を維持してほしい」と求める以上、その費用は開設者が負担する——という考え方です。

しかし現実には、政策医療のコストと繰入額の対応関係が必ずしも明確でないまま、結果として生じた赤字を事後的に埋める形の繰入(基準外繰入)が膨らんでいるケースが少なくないと言われます。この構図こそが、公立病院の赤字を「見えにくく」してきた要因でもあります。

自治体財政の悪化という時限装置

一般会計繰入金という仕組みは、自治体の財政に体力があるうちは機能します。問題は、その前提が崩れつつあることです。

多くの地方自治体は、人口減少による税収の伸び悩み、高齢化に伴う社会保障関係費の増加、公共施設の老朽化対応など、複数の財政圧力に同時にさらされています。そのなかで病院事業への繰入が拡大を続ければ、教育・福祉・インフラなど他の行政サービスと予算を奪い合うことになります。基準外繰入が大きくなるほど、議会や住民から「なぜ病院にこれほど税金を投入するのか」という説明を求められる場面も増えていきます。

さらに、物価高騰と人件費上昇が病院の費用を押し上げる局面が続いています。福祉医療機構の病院経営動向調査(WAM短観)でも、病院経営を取り巻く環境の厳しさが継続的に報告されており、これは公立・民間を問いません。費用が増えれば必要な繰入額も増える。しかし自治体側の財源は増えない。「繰入で支える」というモデル自体が、構造的な限界に近づいているのです。

民間病院の経営者の視点で言えば、これは次のような意味を持ちます。すなわち、近隣の公立病院の経営は「自治体の財政力」という、医療とは別の変数に依存しているということです。自院の中期計画を立てる際には、地域の公立病院の診療機能だけでなく、開設自治体の財政状況までを視野に入れておく必要があります。

公立病院経営強化プラン — 国が各自治体に求める枠組み

こうした状況を受けて、国(総務省)はガイドラインを示し、公立病院を持つ各自治体に「公立病院経営強化プラン」の策定を求めています。かつての「公立病院改革プラン」「新公立病院改革プラン」の流れを引き継ぎつつ、「再編・縮小ありき」ではなく**「機能分化・連携強化による経営強化」**へと力点を移したのが特徴とされています。

プランの柱として掲げられている主な視点は、おおむね次のとおりです。

  • 役割・機能の最適化と連携強化:地域の中で自院が担うべき機能を明確化し、他院との連携を強める
  • 医師・看護師等の確保と働き方改革:医師少数区域等への医師派遣、勤務環境の改善
  • 経営形態の見直し:地方独立行政法人化、指定管理者制度の導入、民間譲渡などの選択肢の検討
  • 新興感染症の感染拡大時等に備えた平時からの取組
  • 施設・設備の最適化と経営の効率化:数値目標を設定した経営改善

公立病院経営強化プランの主な柱を整理したチェックリスト

ポイントは、これが単なる院内の経営改善計画ではなく、「地域全体で医療機能をどう配置し直すか」という設計図だということです。プランは地域医療構想との整合性を求められ、策定過程では都道府県や地域の医療関係者との協議が想定されています。つまり、**民間病院もこの議論の「登場人物」**なのです。自院の地域で公立病院のプランがどう描かれているかは、自治体のウェブサイト等で公表されることが多いため、一度確認しておくことをおすすめします。

再編・統合・機能分化はどう進むのか

経営強化プランの実行段階で現実に起こるのが、再編・統合・機能分化です。典型的な方向性は次の4つに整理できます。

  1. 基幹病院への統合・集約:複数の公立病院を統合し、急性期機能を基幹病院に集約する
  2. 機能転換:急性期病床を回復期・慢性期病床へ転換し、地域のニーズに合わせる
  3. ダウンサイジング・診療所化:病床数を縮小する、あるいは有床・無床診療所として存続させる
  4. 経営形態の見直し:地方独立行政法人化や指定管理者制度、民間譲渡により運営の担い手を変える

公立病院の再編・統合・機能分化の主な方向性を示した分岐図

背景には、医療需要そのものの構造変化があります。厚生労働省の病院報告(2024年)によれば、病床利用率の全国平均は全病床で77.0%、一般病床では73.3%にとどまります。病院経営の損益分岐点は一般に利用率80%前後とされますから、全国平均がそれを下回っている状態です。人口減少地域ではこの傾向がより強く、「すべての病院がフルスペックの急性期を維持する」ことが物理的に成立しなくなっているのです。

もっとも、再編・統合は計画どおりに進むとは限りません。住民の反対運動、議会の判断、医師確保の見通しなどによって、計画が修正・延期されることも珍しくありません。民間病院としては、「決定事項」だけでなく「検討中の選択肢」の段階から情報を追うことが、後述する経営判断の準備につながります。

民間病院への影響 — 患者流動・連携先・そして「空白」

ここからが本記事の核心です。公立病院の再編は、同じ地域の民間病院の経営環境を直接変えます。影響はリスクと機会の両面があり、時間軸によっても異なります。

時間軸 リスク 機会
短期(再編前後) 救急輪番の負担増、紹介・逆紹介ルートの混乱 外来・入院患者の流入、近隣からの新規紹介
中期(体制定着後) 連携先の消失、統合基幹病院への患者集中、人材獲得競争 回復期・慢性期機能の受け皿、公立からの機能移管、承継・受託の打診

公立病院再編が民間病院に与える影響を時間軸とリスク・機会で整理したマトリクス

第一に患者流動の変化です。公立病院が急性期機能を縮小すれば、その患者はどこかへ流れます。受け皿となれる民間病院には増患の機会ですが、準備がなければ救急の負担だけが増える結果にもなりかねません。病床利用率の面では、たとえば200床・入院単価5万円の病院なら、利用率1ポイントの改善は年間約3,650万円の増収(2床×5万円×365日の機械計算)に相当します。公立再編に伴う患者流動は、この数字を動かす数少ない外部要因です。

第二に連携構造の変化です。紹介先・逆紹介先として機能していた公立病院が統合されれば、連携の相手先や距離感が変わります。地域連携室の実務レベルで、新しい基幹病院との関係構築をやり直す必要が生じます。

第三に統合後の「空白」です。統合により旧病院の所在地から入院機能が消えると、その地域に医療の空白が生まれます。この空白を誰が埋めるのか——ここに民間病院の役割と事業機会があります。一方で、病院業界全体では、帝国データバンクの調査で2025年の医療機関の倒産が66件、休廃業・解散が823件と2年連続で過去最多を記録し、同社の2024年度調査では**民間病院約900法人の61.0%が営業赤字(前年度は54.8%)**でした。つまり民間側にも余力が乏しいなかで、地域の医療機能の再配置が進んでいるのが現状です。

公立・民間の連携という選択肢 — 対立ではなく分担へ

公立病院の再編を「脅威」とだけ捉えるのは得策ではありません。自治体側も、繰入金の限界と医師確保の難しさのなかで、民間の経営ノウハウや運営力を必要とする場面が増えているからです。民間病院が関与しうる主な形は次のとおりです。

  • 機能分担・連携の深化:公立が急性期、民間が回復期・慢性期・在宅といった役割分担を協議のうえで明確化し、紹介・逆紹介を太くする
  • 指定管理者制度:公設民営の形で、民間法人が公立病院の運営を担う
  • 経営受託・経営支援:法人格や開設者を変えずに、経営実務を民間側が支援・受託する(詳しくは「経営受託」という第3の道で解説しています)
  • 譲渡・承継の受け皿:民間譲渡が選択された場合に、地域医療を引き継ぐ主体となる

公立・民間連携の主な選択肢を整理した比較表

医療業界では後継者不在率が6割を超え、診療所経営者の56.7%が70歳以上というデータもあります(帝国データバンク調査)。担い手不足は公立・民間共通の課題であり、だからこそ**「公か民か」ではなく「地域の医療機能をどう残すか」という視点での協議**が現実的な落としどころになります。当法人が関わった高野病院(福島県広野町)の支援でも、地域に医療を残すためには開設主体の枠を越えた連携が不可欠であることを痛感しました。

なお、経営環境の追い風として、令和8年度診療報酬改定では本体プラス3.09%と約30年ぶりの3%超の引き上げが決定しています(施行は2026年6月1日)。ただし改定を活かせるかどうかは各病院の体制次第であり、個々の点数の算定可否は要件の確認が必要です。外部環境の変化を自院の計画に落とし込む作業こそが、公立・民間を問わず問われています。

まとめ — 公立病院の赤字は「地域の設計図」を読むシグナル

公立病院の赤字は、個々の病院の努力不足というより、不採算医療を担う役割・硬直的なコスト構造・繰入金依存という三層の構造問題です。そして自治体財政の悪化により、繰入で支えるモデルは限界に近づき、経営強化プランのもとで再編・統合・機能分化が進みつつあります。

民間病院の経営者にとって、これは自院の商圏・連携・人材・事業機会のすべてに関わる変化です。地域の公立病院の経営強化プランと自治体財政を定点観測し、患者流動の変化に備え、連携や受託・承継といった選択肢を早めに検討テーブルに載せておくこと。それが、この構造変化の時代に民間病院が主導権を持つための第一歩です。自院の立ち位置の整理や公立病院との連携のご相談は、当法人でも承っています。

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出典・参考文献