福島県双葉郡広野町。東京電力福島第一原発から約22kmのこの町に、高野病院はあります。 1980年の開業以来、療養・精神を中心に109床(療養60床・精神49床)を持つ、この地域の医療の砦です。
双葉郡で、唯一残った病院
2011年3月、東日本大震災と原発事故。双葉郡にあった病院のうち、高野病院を除くすべてが閉鎖・避難を余儀なくされました。 そのなかで高野病院は、「患者を動かせば命に関わる」という判断のもと、双葉郡で唯一、診療を続けた病院になりました。
避難で住民が減り、外来患者は月500人前後から一時は数十人規模まで落ち込んだといいます。 収入が激減する一方で職員の雇用は守り続けたため、通常なら医業収益の5〜6割である人件費率が、9割近くに達した時期もあったと報じられています。 「病院が赤字になる」ということの、これ以上ない極限のかたちです。
院長の死と、存続の危機
震災後もたった一人の常勤医として診療を支え続けた高野英男院長は、2016年12月、火災により81歳で急逝されました。 常勤医ゼロとなった病院に対し、地元・広野町や全国の医療者から支援の輪が広がり、 クラウドファンディングや医師の応援派遣によって診療は継続されます。 娘であり事務長から理事長となった高野己保氏が経営の重責を担い、 2023年11月には第三者承継により新体制へ——高野病院は、いまも双葉郡の地域医療を守り続けています。
私たちが高野病院で行ったこと
NPO法人日本はすばらしいの病院経営支援チーム(監修・藤井翔悟)は、この高野病院を訪問し、 経営支援・コンサルティングを行いました。 売上や利益の前に、まず「この病院が地域に存在し続けること」自体が目的になる—— 高野病院の現場は、私たちが病院支援で大切にしている優先順位を、そのまま体現していました。
そこで私たちが改めて確認したのは、次の3つです。
- 病院の危機は、経営数字より先に「人」に現れる。医師一人、事務長一人にすべてが載っている構造は、どんな黒字よりも脆い。 持続可能な体制づくり(採用・権限の分散・承継準備)こそが最初の経営改善である。
- 「地域に病院を残す」には、志だけでなく仕組みがいる。高野病院が生き残れたのは、志に加えて、外部からの支援を受け入れる決断と、 最終的には第三者承継という経営の選択があったからである。
- 赤字病院の再生は、綺麗事ではなく実務である。人件費率9割という現実の前では、一般論のコンサルティングは無力に近い。 資金繰り・診療報酬・採用・承継を同時に動かす実行力だけが病院を残す。
この経験は、本メディア「病院再生ナビ」の原点です。 病院がひとつ消えるとき、失われるのは建物ではなく、地域の暮らしの前提です。 そして高野病院が示したように、危機にある病院にも、残す道は必ず検討の余地があります。