「また看護師が辞めた。今回も紹介会社に頼むしかない」——看護部長からのそんな報告のたびに、ため息をついていないでしょうか。人材紹介会社を通じて看護師を1人採用するたびに、想定年収の一定割合が手数料として出ていきます。病院のコストの5〜6割はもともと人件費です。その上にさらに採用コストが上乗せされる構造は、四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査(最終報告)で病院の74.6%が医業赤字と報告される今、看過できない経営課題になっています。
本稿では、なぜ紹介会社への依存が生まれるのかという構造をまずひもとき、そのうえで採用コストを一時しのぎではなく構造的に下げる5つの施策を、効果測定の指標まで含めて解説します。すぐに全部はできなくても、着手の順番が分かるように書きました。
紹介会社依存が経営を圧迫する構造と悪循環
人材紹介の手数料は、一般に採用した看護師の想定年収に対する一定割合を成功報酬として支払う仕組みです。料率は会社や契約により異なりますが、複数名を毎年紹介経由で採用していれば、看護師1人分の年収に相当する金額が「入職してもらうためだけのコスト」として毎年流出していても不思議ではありません。しかもこの支出は、診療報酬のどこからも直接は補填されません。
問題は金額そのものより、依存が悪循環として固定化することにあります。典型的な流れはこうです。
- 離職が発生し、夜勤シフトが組めなくなる
- 現場を守るため「とにかく早く」と紹介会社に緊急依頼する
- 手数料が発生し、教育コストも重なる
- 採用コストが膨らんだ分、既存職員の処遇改善や増員に回す原資が細る
- 職場環境が改善されず、また離職が起きる——そして1に戻る
この循環の中では、採用は常に「欠員の穴埋め」であり、後手に回り続けます。紹介会社が悪いのではなく、緊急採用しか選択肢がない状態が高コストの正体です。したがって対策の本丸は、「緊急でない採用」を可能にする体制づくり、すなわち定着と直接応募の仕組み化になります。
出発点は、自院の実態を数字でつかむことです。過去3年分の採用実績を、紹介会社経由・ハローワーク・直接応募・職員紹介などのチャネル別に並べ、それぞれに支払った費用を合計してみてください。多くの病院では、この棚卸しをした時点で「思っていたより紹介依存が進んでいた」ことに気づきます。帝国データバンクの2024年度調査では民間病院約900法人の61.0%が営業赤字(前年度は54.8%)と報告されており、収益環境が厳しいからこそ、支出の中では数少ない「構造を変えれば下げられる費目」である採用コストに経営者自身が目を向ける価値があるのです。
施策1:定着率の改善こそ最大の採用施策 — 離職理由の見える化から
逆説的ですが、採用コスト削減の第一歩は採用活動ではなく離職を減らすことです。年間の採用必要数は「増員分+離職補充分」で決まり、多くの病院では後者が大半を占めます。離職が1人減れば、その分の紹介手数料・再教育コスト・引き継ぎ期間の生産性低下がまるごと消えるわけで、これに勝る「採用施策」はありません。
着手点は離職理由の見える化です。表向きの退職理由(家庭の事情・引っ越し等)と本当の理由(人間関係・夜勤負担・評価への不満)は往々にして異なると言われます。次のような仕組みで実態をつかみます。
- 退職面談の記録を定型化する:聞く項目を揃え、看護部長だけでなく事務部門も内容を共有する
- 部署別・経験年数別の離職率を出す:病棟ごとの偏り、入職3年以内の早期離職の比率を把握する
- 在職者サーベイを年1回行う:辞めた人ではなく「辞めそうな人」の不満を先に拾う
- 夜勤回数・時間外の偏りをデータで見る:特定の人に負荷が集中していないか
見える化の結果、対策は「給与」よりも夜勤負担の平準化・上司のマネジメント・キャリア支援に行き着くケースが多いとされます。定着率は後述の効果測定でも中核の指標になります。
注意したいのは、定着改善とは「辞めないでほしい」と引き留めることではなく、働き続けられる条件を整えることだという点です。面談やサーベイで把握した不満のうち、夜勤の偏りやシフトの硬直性など運用で直せるものから着手し、「声を上げれば職場が変わる」という実感をつくることが、次のサーベイの回答率と信頼性を高め、改善の好循環を生みます。逆に、聞くだけ聞いて何も変えなければ、サーベイ自体が不信の種になります。小さくても目に見える改善を先に実行することが鉄則です。
施策2:直接応募チャネルを育てる — 採用サイト・SNS・職員紹介制度
紹介会社経由の比率を下げるには、直接応募の受け皿を平時から育てておく必要があります。代表的なチャネルは3つです。
| チャネル | 初期の手間 | 費用の性質 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 病院採用サイト | 大きい | 制作・運用費(固定的) | 検索経由で長期に効き続ける資産になる |
| SNS・動画 | 中程度 | 主に人手(内製可能) | 職場の雰囲気を伝えられ、若手に届きやすい |
| 職員紹介制度 | 小さい | 紹介インセンティブ | 定着率が高い傾向。職場満足度が前提条件 |
採用サイトは、法人サイトの中の1ページではなく、看護部の教育体制・モデル勤務・先輩インタビューまで載せた独立したコンテンツにするのが定石です。求職者の多くは応募前に必ず病院名で検索します。そこで情報が薄いと、せっかくの認知が応募につながりません。
SNSや動画は、費用よりも継続体制がハードルです。広報担当を決め、月数本でも職場の日常を発信し続けることが、「知らない病院」から「雰囲気の分かる病院」への転換をつくります。
**職員紹介制度(リファラル採用)**は、紹介会社への手数料に比べればはるかに小さいインセンティブで済むうえ、実際の職場を知る職員のフィルターを通るため定着率が高い傾向があると言われます。ただし、職員が友人に勧めたくなる職場であることが大前提であり、施策1の定着改善と表裏一体です。
3つのチャネルに共通するコツは、担当と予算を明示して「片手間」から卒業させることです。事務長が兼務で細々と続ける体制では、更新が止まった採用サイトや数か月放置されたSNSがかえって逆効果になります。紹介会社に支払っていた費用の一部を直接応募チャネルの運営費に振り替える、と考えれば投資判断はしやすいはずです。効果が出るまで半年から数年かかるチャネルだからこそ、離職が落ち着いている平時に始めることが重要です。
施策3:潜在看護師の復職支援 — 眠っている有資格者に道をつくる
看護師資格を持ちながら現場を離れている、いわゆる潜在看護師は、子育てや介護を機に離職した層を中心に相当数いるとされています。この層は「ブランクへの不安」「夜勤ができない」「最新の医療機器についていけるか」という心理的障壁で復職をためらっていることが多く、裏を返せば、障壁を下げる仕組みを用意した病院が選ばれます。
- 復職研修・技術リフレッシュ研修:採血や医療機器の操作を練習し直せる場を用意し、外部にも告知する
- 短時間勤務・日勤専従など多様な勤務形態:「まず週3日・日勤のみ」から入れる枠を制度化する
- 段階的なステップアップ:外来や健診部門から始め、慣れたら病棟へ、という経路を示す
- 院内保育・学校行事への配慮:離職理由そのものを打ち消す条件整備
都道府県のナースセンターなど公的な復職支援の枠組みと連携すれば、募集費用をほとんどかけずに接点をつくれる場合もあります。即戦力の中途採用と比べれば立ち上がりに時間はかかりますが、紹介手数料が発生せず、地域在住で長く勤めてもらいやすいという点で、費用対効果の高いチャネルです。復職者の受け入れ実績が積み上がれば、「ブランクがあっても働ける病院」という評判そのものが、次の応募を呼ぶ資産になります。
施策4:多職種協働で看護業務の負荷そのものを下げる
採用と定着の両方に効く土台の施策が、看護師でなくてもできる業務を看護師から外すことです。搬送・物品管理・入力補助・食事の下膳などを看護補助者や事務職員に移管し、薬剤師・リハビリ職・管理栄養士との分担を見直すことで、看護師は本来業務に集中でき、夜勤負担や時間外の削減につながります。負荷が下がれば離職が減り、「看護師の数を増やす」以外の解決経路が生まれます。
追い風になるのが診療報酬です。令和8年度診療報酬改定では本体+3.09%という約30年ぶりの高い改定率となり、内訳には賃上げ対応+1.70%が含まれます。入院関連では看護・多職種協働加算(加算1:277点/加算2:255点)が新設され、看護補助者との協働や多職種でのケア体制を評価する方向性が明確になりました。GemMedの改定答申解説や厚生労働省の個別改定項目資料でも、入院ベースアップ評価料の拡充(最大250点)と並んで、人材確保・負担軽減に報酬を振り向ける姿勢が読み取れます。
ただし、新設加算を自院が算定できるかどうかは施設基準・人員配置の要件次第であり、算定候補として院内で要件の確認が必要です。改定の施行は2026年6月1日ですから、要件を満たすための看護補助者の採用・研修体制の整備は前倒しで検討する価値があります。「加算が取れるから体制を組む」のではなく、「負担軽減の体制を組んだ結果、加算も算定候補になる」という順序で考えると、施策がぶれません。
施策5:奨学金・実習受け入れという長期投資と、効果測定の指標
最後は時間軸の長い施策です。看護学生への奨学金制度(卒業後に一定期間勤務すれば返還免除とする形が典型です)と、看護学校からの実習受け入れは、数年がかりで「毎年、新卒が自然に入ってくる経路」をつくる投資です。実習で職場の雰囲気を体験した学生は、入職後のギャップが小さく定着しやすいと言われます。地域の看護学校との関係構築は一朝一夕にはできないからこそ、先行した病院の参入障壁になります。
奨学金制度を設計する際は、返還免除の条件(勤務年数)や中途退職時の取り扱いを規程・契約書で明確にし、後々の労使トラブルを避けることが大切です。金額や対象人数は病院の体力に合わせて小さく始めて構いません。実習受け入れとセットで、学生・教員と「顔の見える関係」を先につくっておくと、制度の効果は大きく高まります。
そして5つの施策すべてに共通して欠かせないのが効果測定です。感覚ではなく、次の指標を月次〜年次で追ってください。
- 採用単価:採用関連支出の合計 ÷ 採用人数。紹介手数料も広告費も含めた総額で見る
- チャネル別採用比率:紹介会社経由が何割か。直接応募・リファラルの比率の推移
- 離職率(全体・入職3年以内):定着施策の成果を測る中核指標
- 応募数・採用サイト経由の問い合わせ数:直接応募チャネルの育ち具合
- 看護職員の時間外・夜勤回数の分布:負荷軽減策が現場に届いているか
福祉医療機構の病院経営動向調査(WAM短観)でも人材確保は病院経営の継続的なテーマとして扱われており、採用コストは「かかるもの」と諦めるのではなく、構造を変えれば下げられる費目として管理することが重要です。
まとめ — 「緊急採用しかない状態」から抜け出す
紹介会社への手数料が高いのではなく、紹介会社に緊急依頼するしかない体制が高くつくのです。本稿の5つの施策を着手順に並べ直すと、①離職理由の見える化と定着改善、②多職種協働による負荷軽減(令和8年度改定の看護・多職種協働加算は算定候補として要件確認を)、③採用サイト・SNS・職員紹介の直接応募チャネル整備、④潜在看護師の復職支援、⑤奨学金・実習受け入れの長期投資、となります。人件費がコストの5〜6割を占める病院経営において、採用の構造改革は収支改善の本丸のひとつです。自院の採用単価とチャネル別比率を出すところから、今月始めてみてください。