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医療法人の内部留保・剰余金をどう活かすか — 投資・承継・危機備えの実務

監修者 藤井翔悟

2026-10-20 | NPO法人日本はすばらしい 病院経営支援チーム
監修: 藤井翔悟(医療機関経営支援16年・累計1,000院以上)

医療法人の経営において、「内部留保」や「剰余金」という言葉は日常的に使われますが、それをどう管理し、どう活用するかについて体系的に整理できている法人は、一般的にそれほど多くないと言われています。

特にここ数年、医療機関を取り巻く経営環境は厳しさを増しています。帝国データバンクの調査によれば、2025年の医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件にのぼり、2年連続で過去最多を記録しました。また、四病院団体協議会(四病協)の2024年度病院経営定期調査の最終報告では、医業赤字74.6%、経常赤字65.6%という数値が示されており、多くの病院が損益上の厳しい状況に置かれていることがわかります。

こうした環境の中で、内部留保は「守りの財務」の要であると同時に、設備投資や事業承継を支える「攻めの財務」の源泉でもあります。本記事では、医療法人における内部留保・剰余金の基本概念から、その管理と活用の実務まで、理事長・事務長の方々に向けて丁寧に解説します。


医療法人の「剰余金」とは — 通常法人との違い

医療法人の純資産構成

株式会社であれば、利益の一部を株主に配当することが法的に認められています。一方、医療法人は医療法によって剰余金の配当が明確に禁止されています。これは、医療が非営利性を前提とした公共的な事業であることに由来しています。

このため、医療法人が1年間の事業活動を通じて得た「当期剰余金」(損益計算書の最終利益にあたる)は、外部に流出することなく法人内に蓄積されていきます。この蓄積された資金が「内部留保」の実体です。

医療法人の純資産(貸借対照表上の資本に相当する部分)は、大きく以下の3つで構成されます。

基本金とは、設立時の出資金や、事業に継続的に充当するために組み入れられた金額です。一度組み入れると取り崩しに手続きが必要で、安定性の高い資本です。

積立金とは、理事会の決議などによって特定の目的のために設けられた引当的な性質の剰余金です。設備更新積立金、退職給与積立金などが代表例です。目的が明確なぶん、支出の際の意思決定が比較的しやすい特徴があります。

繰越剰余金は、毎期の当期剰余金から積立金への振替等を経たあとに残る累積の剰余金です。広義の「内部留保」として経営上意識されるのは、主にこの繰越剰余金と積立金の合計です。

通常法人との最大の違いは、この「出口がない」という構造です。配当という出口がないため、医療法人の純資産は理論上、損失を出さない限り毎期積み上がり続けます。この構造を正しく理解することが、内部留保管理の第一歩です。


内部留保の現状 — 赤字病院でも積み上がる理由

赤字でも内部留保が残る理由

「うちは毎年赤字なのに、なぜ預金は減らないのか」という疑問を持つ理事長の方は少なくありません。これを理解するためには、会計上の「損益」と実際の「キャッシュフロー」の違いを把握することが重要です。

損益計算書(P/L)で計上される費用のうち、「減価償却費」は現金の支出を伴いません。建物・医療機器・設備に対する減価償却費は、設備取得時にすでに現金が支出されているため、毎期の会計処理では費用として計上されますが、実際の資金流出はその期には発生しないのです。

たとえば、医業収益と医業費用の差引がマイナスで「医業損失」が出ていたとしても、その費用の中に減価償却費が含まれていれば、営業キャッシュフローはプラスになる場合があります。P/Lは赤字でも、現金・預金残高は維持・増加するという状況が生まれるわけです。

また、病院のコストの5〜6割は人件費と言われています。人件費は現金支出を伴いますが、退職給付引当金のように、会計上は費用でも実際の現金支出が将来にずれる項目もあります。こうした非現金費用の存在が、「P/L赤字でも内部留保が残る」現象を生み出します。

四病協の最終報告における医業赤字74.6%という数値は、多くの病院が損益上は赤字であることを示していますが、すべてが資金ショートしているわけではありません。むしろ、長年にわたって積み上がった内部留保(現預金・有価証券・貸付金等)が財務的な安定を支えているケースが一般的です。

一方で、この「見かけの安定」に安心してしまい、減価償却費相当の資金を将来の設備更新に向けて計画的に積み立てておかない場合、数年後に一気に資金が流出するリスクがあります。内部留保の「実質的な用途」を把握しておくことが重要です。


剰余金の活用①:設備投資・更新計画

設備投資の意思決定フロー

内部留保の活用先として最も一般的なのが、設備投資・設備更新です。病院は医療機器、建物・施設、IT・電子カルテシステムなど、多くの固定資産を抱えています。これらは一般的に10年〜30年の耐用年数を持ちますが、実際の使用年数はより長くなることも多く、更新時期の管理が財務計画の核心の一つです。

設備投資の意思決定において、内部留保はどのような役割を果たすのでしょうか。

まず、「自己資金比率」の観点から考えます。金融機関から設備投資資金を借入する場合、自己資金(内部留保)をどれだけ充当できるかは、融資審査における重要な指標の一つです。内部留保が厚ければ、より有利な条件での融資を引き出しやすくなります。また、借入額を抑えることで、毎期の返済負担(元本返済)が軽減され、資金繰りに余裕が生まれます。

次に、「緊急対応力」の観点です。医療機器は突発的な故障が起きることがあります。CT・MRIなどの高額機器が急に使用不能になった場合、迅速に代替機を調達できるかどうかは、内部留保の水準によって大きく変わります。計画的な設備更新に加え、緊急時の対応余力として一定の内部留保を確保しておくことは、BCP(事業継続計画)の観点からも重要です。

設備投資の意思決定フローとしては、一般的に次のステップが考えられます。老朽化・更新需要の確認、費用対効果分析、資金調達方法の検討(自己資金・借入・リース・補助金)、キャッシュフロー影響シミュレーション(5カ年程度)、そして理事会への説明と承認という流れです。

内部留保を設備投資に使う際の注意点として、「手元流動性」との兼ね合いがあります。投資に回せる内部留保と、日常の運転資金・緊急時の備えとして維持すべき内部留保は別物です。一般的に、月商の1〜3ヶ月分程度の現預金を「動かせない流動性」として確保した上で、それを超える部分を設備投資等に充当する考え方が参考になります。ただし最適な水準は施設によって異なります。


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剰余金の活用②:事業承継における内部留保の影響

承継方法と内部留保評価の関係

診療所経営者の56.7%が70歳以上という現状の中、事業承継は多くの医療法人にとって喫緊の課題となっています。内部留保の水準は、どの承継方法を選ぶかにも、また承継の成否にも大きな影響を与えます。

親族内承継の場合、後継者となる子息や子女が経営を引き継ぐ際、潤沢な内部留保があれば、新たな借入を増やさずに設備更新や運転資金の確保ができます。一方、内部留保が薄い状態での承継は、後継者に過大な財務的プレッシャーをかけることになり、承継後の経営が困難になるリスクがあります。

承継前に計画的に内部留保を積み上げておくことは、後継者への「経営基盤の引き渡し」として非常に有効です。親族内承継を見据えた場合、5〜10年の計画期間を設けて財務的な基盤整備を進めることが一般的に推奨されます。

**M&A(法人譲渡・事業譲渡)**の場合、内部留保の水準は買手の評価に直接影響します。貸借対照表上の純資産が厚ければ、評価額の算定において有利になることがあります。また、買手側にとっても、成約後の運転資金や設備投資の余力が法人内にあれば、承継後のリスクが軽減されるため、成約しやすくなります。

ただし、内部留保が過剰に大きい場合は、買手にとって支払い対価が大きくなるため、かえって成約を難しくすることもあります。M&Aによる承継を検討する場合は、内部留保の「適正水準」を専門家と相談しながら整理することが重要です。

**認定医療法人(持分なし医療法人への移行)**の場合、移行計画の認定を受けるためには法人が相当程度の財務的安定を持っていることが求められます。内部留保が充実していれば、移行に伴うコスト(専門家報酬、手続き費用等)を法人内資金で賄いやすく、移行後も安定した経営が維持できます。

いずれの承継方法においても、「承継時点での内部留保水準をどう設計するか」は、早期から着手すべき財務戦略の一つです。承継を5年後・10年後に見据えて、今から積立の計画を立てることが求められます。


剰余金の活用③:経営危機・BCP的な財務的備え

財務的備えチェックリスト

帝国データバンクの調査では、2025年の医療機関の倒産66件・休廃業解散823件が2年連続で過去最多となりました。また、民間病院約900法人の営業赤字が61.0%に達するという調査結果も出ています。こうした中で、内部留保を「経営危機への備え」として機能させることの重要性は増しています。

経営危機のトリガーは多様です。診療報酬改定による収益の急減、感染症や自然災害による診療制限、主要医師・スタッフの突然の離職、医療機器の突発的な故障——いずれも事前予測が難しく、短期間で資金繰りに深刻な影響を与えます。

財務的な危機対応力は、主に以下の観点から評価されます。

手元流動性:月商に対して何ヶ月分の現預金を持っているか。一般に、2〜3ヶ月分以上の現預金があると、短期的な資金ショートリスクが低いとされますが、施設の規模・借入状況・固定費水準によって最適値は異なります。

コミットメントライン(緊急融資枠):金融機関との間で、必要なときに一定額まで融資を受けられる契約を事前に締結しておく仕組みです。業況が悪化してからでは新規融資が難しくなるため、業況が安定しているうちに設定しておくことが重要です。

固定費削減計画の事前整備:収益が急減した際に、どの費用をどの順番で削減するかのシナリオを事前に作成しておくことで、危機時の意思決定スピードが上がります。

補助金・公的融資の情報把握:福祉医療機構(WAM)の融資制度や、国・都道府県の補助金制度は、平時から情報収集しておくことが大切です。危機が起きてからでは申請・審査のタイムラグが生じます。

内部留保は「使うためにある」という視点を持つことが重要です。危機の際に適切なタイミングで活用できるよう、どの資金がいつでも動かせる状態にあるか(流動性の高い現預金か、長期的に固定されている資産か)を常に把握しておく必要があります。


内部留保管理の実務 — 目標残高の設定と財務計画への組み込み

内部留保管理のPDCAサイクル

内部留保を戦略的に活用するためには、「目標残高の設定」と「財務計画への組み込み」が不可欠です。漠然と「増やしておく」ではなく、何のためにいくら必要かを定義することで、内部留保が実際の経営判断と連動するようになります。

目標残高の設定方法

内部留保の目標残高を設定する際には、以下の観点を整理するのが一般的です。

  1. 運転資金目標:月商の何ヶ月分の現預金を常時確保するか。
  2. 設備更新積立目標:向こう5〜10年で必要な設備更新の総額から、借入で賄う分を除いた自己資金充当予定額。
  3. 承継準備積立目標:承継方法に応じて必要な自己資金(移行コスト、後継者引き継ぎ後の運転資金等)。
  4. 危機対応準備金:不測の事態に備えた特定目的の積立。

これらを合算したものが「法人として維持すべき内部留保の目標水準」となります。この水準と現状の乖離を把握することで、年度ごとの積立・活用計画を立てやすくなります。

財務計画への組み込み

内部留保管理を機能させるためには、単なる「残高の把握」ではなく、中期経営計画・年度予算・月次管理のすべてに組み込むことが重要です。

中期経営計画(3〜5年)のレベルでは、設備更新のスケジュール、承継のタイムライン、目標残高の推移を可視化します。年度予算のレベルでは、当期の積立金への振替額、計画的な設備投資支出、借入返済スケジュールを数値で管理します。月次管理のレベルでは、現預金残高の推移、資金繰り表の作成・更新を行います。

PDCAサイクルの実践

内部留保管理は年1回のサイクルで回すことが効果的です。4〜6月の期初に計画(PLAN)、7〜9月に執行(DO)、10〜12月に四半期報告での検証(CHECK)、1〜3月に見直しと来期計画への反映(ACTION)という流れが参考になります。

特に重要なのが、理事会への定期報告です。多くの医療法人で「財務状況を理事長と事務長だけが把握し、理事会での議論が不十分」というケースが見られます。内部留保の水準・用途・目標に関して、理事会での定期的な共有と議論を行うことで、経営上の意思決定の質が高まります。

また、税理士・公認会計士・経営コンサルタントなど外部の専門家を活用することも有効です。自法人の財務状況を客観的な視点で評価してもらい、業界水準との比較や改善提案を受けることで、より精度の高い内部留保管理が可能になります。


まとめ

医療法人における内部留保・剰余金管理は、単なる「貯蓄の維持」ではなく、設備投資・事業承継・経営危機対応という三つの重要局面を支える財務戦略の中核です。

配当禁止という構造から生まれる内部留保の積み上がりは、医療法人の強みである一方、その用途が曖昧なまま放置されると、将来の更新コストに対して準備不足になるリスクを生みます。

赤字でもキャッシュフローが維持されるという減価償却の仕組みを理解した上で、目標残高を設定し、PDCAサイクルで管理することが、今後の医療法人経営において一層重要になっていきます。

四病協の最終報告が示す医業赤字74.6%という環境の中でも、財務的に持続可能な経営を実現するために、内部留保の「戦略的活用」という視点を持ち続けることが求められます。


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