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医療法人の法人格の譲渡はできるか — スキームの正しい理解と承継の進め方

監修者 藤井翔悟

2026-09-27 | NPO法人日本はすばらしい 病院経営支援チーム
監修: 藤井翔悟(医療機関経営支援16年・累計1,000院以上)

「医療法人の法人格を第三者に譲渡したいのですが、どのように進めればよいでしょうか」——承継の相談窓口にはこうした問い合わせが後を絶ちません。しかし結論から言えば、日本の医療法には「医療法人の法人格の譲渡」という手続きは存在しません。この言葉が指す実態は、出資持分の譲渡・事業譲渡・合併などの別々のスキームであり、それぞれ手続きも税務も大きく異なります。

帝国データバンクの2025年調査によると、医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件と2年連続で過去最多です。診療所経営者の56.7%が70歳以上、医療業の後継者不在率は6割超という状況の中で、「誰かに引き継いでもらいたい」というニーズは急増しています。しかし用語の混乱が原因で、最初から間違ったスキームで相談が始まるケースも少なくありません。

本稿では、「法人格の譲渡」という言葉が意味するものを整理したうえで、医療法人の承継で実際に使える4つのスキームの特徴と選び方を、理事長・院長・事務長の目線で解説します。

「法人格の譲渡」という言葉が生む誤解

医療法人の「法人格譲渡」という言葉が実際に指す4つのスキームを整理したフロー図

まず前提として、日本の法律体系では「法人格そのものを第三者に売る」という手続きは存在しません。株式会社であれば株式を譲渡することで実質的に会社のオーナーシップが移動しますが、医療法人は法律上、非営利性の要件を持つ特殊な法人です。医療法人に出資した金銭は原則として医療の提供に使われる必要があり、単純に「売買」できる商品ではないとされています。

しかし現実には、承継の文脈で「医療法人の法人格を譲渡したい」と言う場合は、次のいずれかを指していることがほとんどです。

① 持分あり医療法人の出資持分を第三者に譲渡したい 設立時の出資金に応じた「出資持分」が存在する旧型の医療法人の場合、社員が持つ持分を第三者に売却することで、実質的な支配権とのれん相当の対価を得ることができます。

② 持分なし医療法人の社員・役員を全面的に入れ替えたい 持分なし医療法人では出資持分による経済的対価はありませんが、社員(社員総会の議決権を持つメンバー)の入れ替えと役員交代によって支配権を移せます。のれん相当は「事業譲渡」として別途設計することが多くなります。

③ 医療法人の事業を別の法人に売却したい(事業譲渡) 医療法人が保有する建物・医療設備・患者基盤・各種契約等の事業資産を一括または分割して別の法人に譲渡する方法です。

④ 他の医療法人と統合したい(合併) 吸収合併または新設合併によって2つの医療法人を1つにします。都道府県知事の認可が必要な大掛かりな手続きです。

この4つを理解せずに相談を始めると、手続きの複雑さや税務の見積もりで大きなズレが生じます。次節からそれぞれを詳しく見ていきます。

持分あり医療法人:出資持分譲渡の仕組み

持分あり医療法人の出資持分譲渡の特徴と主要手続きを示す図

「持分あり医療法人」は、1985年(昭和60年)の医療法改正以前に設立されたものが多く、出資者(社員)が出資額に応じた持分を持っています。この持分は退社時の払戻請求権や解散時の残余財産受領権として財産的価値を持ちます。

出資持分を第三者に譲渡するには、社員総会で3分の2以上の同意を得たうえで持分を移転するのが一般的な流れです。ここで必ず押さえておくべき点が一つあります。医療法人の社員(持分の保有者)になれるのは個人のみであり、株式会社や別の医療法人が直接社員になることはできません。そのため持分譲渡の直接の買い手は、個人(後継となる医師やその家族など)に限られます。

大手病院グループや医療法人が買収する場合は、一度持分あり法人を持分なし法人に移行させてから吸収合併する方法や、役員・社員を形式上個人名義に置きながら実質的な支配権を移す設計が取られることがあります。ただしいずれも法的・税務的に複雑であり、専門家の関与が不可欠です。

項目 内容
買主 個人のみ(法人は直接不可)
主要手続き 社員総会承認・定款変更・持分移転
売り手の課税 譲渡所得(20.315%)またはみなし配当(総合課税)
都道府県への届出 役員変更届・定款変更認可 等
手続き期間の目安 交渉・合意から3〜6か月程度

四病院団体協議会の2025年度病院経営定期調査によると、医業赤字の病院は74.6%・経常赤字は65.6%に上りますが、収益力のある黒字法人は承継市場でも引く手あまたです。持分の財産的価値を最大化するためにも、経営改善を一定程度終えてから承継に臨むことが望まれます。

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持分なし医療法人:社員交代と対価設計の工夫

持分なし医療法人における承継スキームの選択肢を比較した図(社員交代・事業譲渡・合併)

2007年(平成19年)の医療法改正以降に設立された多くの医療法人は「持分なし」です。持分なしの場合、社員が退社しても払戻しを受ける権利がないため、社員交代だけでは「値段をつけた売買」ができません。そのため、以下のような工夫が必要になります。

社員交代+役員報酬・退職金設計 現理事長が退任するにあたり、高額の役員退職金を受領したうえで社員・役員を後継者に引き渡す方法です。退職金は医療法人の費用として計上でき、役員退職金の税務上の適正水準(功績倍率方式など)に従う必要があります。

事業の一部を別法人に切り出して譲渡 持分なし法人の「法人格」は変えられませんが、その法人が運営する事業(診療所の運営や不動産の使用)を別の医療法人に譲渡することは可能です。この場合は受け皿となる医療法人を別途設立・活用する設計が必要です。

認定医療法人制度の活用 持分あり医療法人を持分なし法人に移行する場合、認定医療法人制度を利用すると贈与税・相続税の猶予措置が受けられる可能性があります(確認が必要)。承継を前提に持分なし化を検討する場合は、税理士・社労士と連携した検討が欠かせません。

事業譲渡:資産・契約を丸ごと売る方法

医療法人の事業譲渡スキームの流れと買収対象となる主要資産を示したフロー図

事業譲渡は、医療法人(売り手)が保有する事業一式(土地・建物・医療機器・スタッフとの雇用契約・患者基盤・許認可など)を、別の医療法人または設立予定の医療法人に譲渡する方法です。「法人格」は売り手に残り、買い手は新たな法人を使って事業を引き受けます。

事業譲渡の特徴として、以下の点が挙げられます。

  • 許認可の再取得が原則必要: 病院・診療所の開設許可は法人ごとに紐づくため、買い手法人が新たに開設許可を取得し直す必要があります。病床数が多い場合は地域の医療計画との調整も必要なため、手続きに時間がかかる点に留意してください。
  • 消費税の問題: 事業を構成する資産の譲渡には消費税が課税される項目が含まれます。医療法人の消費税は軽減税率適用外の仕入れが多く、税負担が想定外に大きくなることがあります(確認が必要)。
  • 簿外債務の遮断が可能: 株式や持分の譲渡と異なり、事業譲渡では売り手法人の債務を引き受けるか否かを選択できます。これにより、簿外の偶発債務をある程度遮断できる点は買い手にとってメリットです。

売り手の医療法人には、事業を売却した後も法人格が残ります。そのまま解散・清算手続きを行うか、別の医療活動を継続するかは、売り手の判断になります。

合併:2つの医療法人を1つにする

医療法人の吸収合併と新設合併の手続きフローを示したタイムライン図

医療法人の合併には、吸収合併(存続法人が消滅法人を取り込む方法)と新設合併(双方を解散して新法人を設立する方法)があります。合併は都道府県知事の認可が必要で、許可手続きだけで数か月を要する大掛かりな手続きです。

合併が有効なシナリオとしては、次のようなケースが典型です。

  • 同一地域の2つの医療法人が経営効率化のために統合する
  • グループ法人内の医療法人を整理・集約する
  • 持分なし法人を取り込む際に、事業譲渡ではなく法人格ごと吸収する

合併の手続きには合併契約書の締結・社員総会での特別決議(定款に別段の定めがない限り総社員の3分の2以上の同意が必要なことが多い)・都道府県知事への認可申請・債権者保護手続き等が含まれます。手続き全体を通じて6か月〜1年以上を要することも珍しくありません。

また、合併の対価として被合併法人の社員が存続法人の社員となる場合、財産的利益の移転が生じないため税務上の整理も複雑になることがあります(算定可否は税理士への確認が必要)。

スキーム 持分あり法人 持分なし法人 主な対価 手続き難易度
出資持分譲渡 ○ ✕ 持分の売買代金 中
社員交代+退職金 ○ ○ 退職金・報酬 低〜中
事業譲渡 ○ ○ 事業価格 高
合併 ○(要移行検討) ○ 合併比率 高

承継準備は3年前から始める理由

医療法人の承継準備ロードマップ(3年前から承継完了まで)を示したタイムライン図

スキームが決まれば終わりではありません。実際の承継を円滑に進めるには、最低でも3年前から準備を始めることが強く推奨されます。以下に主要なタイムラインと各ステップの内容を示します。

3年前〜2年前:状況の棚卸しと方針決定 まず、自法人が持分ありか持分なしかを確認します。次に、後継候補(親族・院内スタッフ・第三者)の有無と意向を確認します。この段階でM&Aアドバイザーや税理士に相談を開始し、スキームの方向性と税務上の試算を取っておくことが理想です。帝国データバンクによると、医療機関の休廃業・解散は823件と過去最多を更新しており、準備期間が短いほど条件の悪い相手と成約してしまうリスクが高まります。

2年前〜1年前:財務・法務の整備 買い手が必ずチェックするデューデリジェンス(DD)に備え、財務諸表の整備・簿外債務の確認・就業規則等の法務書類の整備を行います。四病院団体協議会の調査でも示されているように、経営赤字の病院は承継市場で買い手が付きにくいため、黒字化への取り組みも並行して進めます。

1年前〜6か月前:買い手探しと条件交渉 M&A仲介業者や専門のコンサルタントを通じて買い手候補とのマッチングを始めます。複数の候補と並行して交渉することで条件の比較が可能になります。

6か月前〜承継完了:契約・行政手続き 基本合意書・最終契約の締結、都道府県への各種届出・認可申請、職員への説明と雇用条件の引き継ぎ、患者への告知・診療継続の確保、という流れで進めます。

事業継続計画(BCP)と同様に、承継計画も「いざとなったら考える」では間に合わない性質のものです。まずは自院の法人種別を確認し、スキームの方向性だけでも早めに固めておくことが、最終的な承継価格と条件に直結します。

まとめ

「医療法人の法人格の譲渡」は法律上存在しませんが、その検索意図の背後には承継への切実なニーズがあります。実際に取れる手段は、持分あり法人の出資持分譲渡・持分なし法人の社員交代+退職金設計・事業譲渡・合併の4つです。どれが最適かは、持分の有無・買い手の属性・税務上の試算・手続き期間の許容度によって変わります。

一つ確かなことは、準備が早いほど選択肢が広がるという点です。後継者不在率が6割超という状況の中、承継を「いつかの話」と先延ばしにするコストは決して小さくありません。まずは自院の法人格の種別と財務状況を確認し、専門家を交えた相談の場を設けることが第一歩です。

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