四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査によると、民間病院の医業赤字率は74.6%、経常赤字は65.6%に達しています。経営改善の余地を探る病院にとって、コストの聖域はもはやありません。人件費が医業費用の5〜6割を占めることはよく知られていますが、その次に大きな費用項目が薬剤費・診療材料費です。

令和8年度診療報酬改定では本体プラス3.09%という約30年ぶりの大幅増収が実現しました。しかし、その恩恵を手元に残すには収益増だけでなくコスト管理の精度を高めることが同時に求められます。薬剤費は「管理可能なコスト」であり、体制を整えれば継続的な削減が可能な領域です。本記事では、病院が今すぐ着手できる薬剤費適正化の実務ポイントを解説します。

1. なぜ今、薬剤費の見直しが急務か

薬剤費が経営課題として浮上している背景には複数の構造的要因があります。

第一に、高額薬剤の増加です。分子標的薬・免疫チェックポイント阻害薬・遺伝子治療薬など、一患者あたりの薬剤費が数百万円に達する治療が標準化しつつあります。こうした薬剤は入院1件あたりの費用を大きく押し上げ、DPC包括払いでは採算が取りにくい場合があります。

第二に、物価高騰の影響です。帝国データバンクの調査によれば、医療機関の倒産・休廃業解散は2025年に2年連続で過去最多を更新しています。エネルギーコストや診療材料費の上昇が続くなか、薬剤費もその波を受けています。令和8年度改定では物価対応料が新設されましたが、個別施設が医薬品の仕入れ価格上昇を完全にカバーできているとは限りません。

第三に、後発医薬品への切替が途上という現実があります。国の後発品使用促進策は継続していますが、施設によって取り組みの深度に差があります。診療報酬上の後発医薬品使用体制加算(令和8年度改定で要件改定)を算定候補として検討しながら、数量シェアを高める余地が残っている施設は少なくありません。

福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査が示すとおり、施設規模・機能・診療科構成によって薬剤費の水準は大きく異なります。まず自院の薬剤費率を把握し、他施設の水準と比較することが適正化の出発点となります。

薬剤費適正化に取り組む際は、「どの問題が最も大きいか」を最初に特定することが重要です。後発品切替が遅れている施設では切替促進が最優先課題となり、在庫廃棄ロスが大きい施設では在庫管理の見直しが先決です。一方、既に後発品シェアが高く在庫管理も適正な施設では、卸業者との価格交渉や共同購買の活用に重点を移すことになります。自院の薬剤費の「どこがボトルネックか」を数字で把握してから施策に着手することで、限られた管理リソースを効果的に配分できます。

病院コスト構造と薬剤費の位置づけ

2. 薬剤費の構造を正確に把握する

適正化の前提は「どこで・なぜ費用が発生しているか」を理解することです。薬剤費には複数の構造的な切り口があります。

入院と外来の区別

入院医療では使用薬剤費が医療機関の費用に含まれます。DPC算定病院では、多くの薬剤が包括払いに含まれますが、高額薬剤など「DPC包括外」として出来高算定される品目も存在します。包括外薬剤の使用実態を把握することが費用分析の起点となります。外来については院外処方率を高めることで薬剤費を外部化できますが、院内処方を維持している施設は継続的な管理が必要です。

固定費と変動費の性格

薬剤費は患者数・疾患構成に連動する変動費的性格を持ちます。病床利用率が上昇すれば薬剤費も増え、利用率が落ちれば費用は自然に減少します。ただし高額薬剤については、一部の患者の入退院が全体の薬剤費を大きく動かすことがあります。病床200床・入院単価5万円という規模感の病院でも、高額薬剤を使う患者数名の増減が月次の薬剤費を数百万円単位で変動させることがあります。

診療科別・品目別の偏在

薬剤費は診療科によって偏在します。腫瘍科・血液内科・神経内科などでは高額薬剤の集中使用が起こりやすく、同じ病院でも診療科間で1患者あたりの薬剤費が数十倍異なることがあります。品目別にABC分析を行い、上位の高額品目に管理資源を集中させることが効率的です。

区分 主な管理ポイント 留意事項
入院・包括外薬剤 DPC包括外品目の使用状況と算定適正性 包括内でカバーされる類似品との使い分け
入院・包括内薬剤 使用量の適正化・後発品切替 医師の処方習慣の変容が鍵
外来薬剤費 院内処方率・後発品切替率 院外移行の検討
高額薬剤 使用患者数・費用上位品目のモニタリング 薬事委員会での定期レビュー

薬剤費が膨らむ3つの構造的要因

3. 後発医薬品(ジェネリック)活用で薬剤費を下げる

薬剤費削減の最も直接的なアプローチが後発医薬品への切替促進です。後発医薬品は先発品より薬価が低く設定されており、使用量シェアを高めることで薬剤費の実額を削減できます。

診療報酬上の評価(令和8年度改定)

令和8年度診療報酬改定では、後発医薬品使用体制加算の要件が見直されました(厚生労働省 個別改定項目を参照)。後発品数量シェアが一定水準を満たす施設は加算の算定候補となります。算定要件・加算点数は施設の機能区分によって異なるため、自院の条件を個別に確認することが必要です。ただし、後発品シェアが要件に近い施設は、取り組み次第で加算要件を満たし増収につながる可能性があります。

切替の実務ステップ

後発品への切替は、薬剤部門が主導しながら医師・看護師・事務部門と連携して進めます。一般的なプロセスは次の5段階です。

品目棚卸し: 現在採用している先発品で後発品が存在する品目を抽出する ② 優先順位づけ: 使用量×価格差でシミュレーションし、削減効果が大きい品目から着手する ③ 薬事委員会での審議: 切替候補品目を薬事委員会(または院内の採用審査の場)で審議・承認する ④ 医師・スタッフへの情報提供: 後発品の品質・同等性についての情報を提供し、処方習慣の変容を促す ⑤ モニタリングと調整: 切替後に副作用・有効性の問題がないか継続的に確認する

一方的な切替は現場の混乱を招きます。「一般名処方」を活用して院内在庫の後発品が自動的に選択される仕組みを整えることも、無理なく切替を進める方法のひとつです。

後発医薬品への切替5ステップ

4. 医薬品購買管理と卸業者との交渉

薬剤費は「価格×使用量」で決まります。使用量の適正化と並行して、仕入れ価格の引き下げも重要な手段です。

薬価と妥結価格の仕組み

医薬品の公定価格は薬価基準として国が設定しますが、実際の購買価格は薬価を上限として医療機関と卸業者が交渉する「妥結価格」で決まります。薬価改定は現在毎年実施されますが、改定後に妥結価格を再交渉することで年間コストを最適化できます。妥結価格の交渉は、購買量が多い品目ほど余地があります。

ABC分析による重点交渉

全品目を均等に管理しようとすると労力が分散します。品目別の年間購買額を集計し、上位20%の品目が全体の80%程度を占めるパレート分布を確認します(一般に「8割の費用は2割の品目に集中する」とされます)。この上位品目に絞って卸業者と価格交渉を行うことで、効率よく費用を削減できます。

共同購買・グループ購買

複数施設がまとめて価格交渉するグループ購買は、単施設の交渉より有利な価格を引き出せる場合があります。病院グループ内での共同購買はもちろん、地域の病院協会や医師会を通じた仕組みが各地に存在します。自院が既に共同購買に参加している場合も、対象品目が限定されていることがあるため、対象外品目の個別交渉を追加で行うことを検討してください。

SPD(Supply, Processing, Distribution)の活用

SPDは医薬品・医療材料の搬送・補充・在庫管理を専門業者に委託する仕組みです。薬剤部・看護部の在庫管理業務を削減しながら、適正在庫水準の維持がしやすくなります。ただし委託費用が発生するため、削減効果と委託費のバランスをシミュレーションしてから導入を判断することが必要です。

価格交渉の頻度とタイミング

薬価改定は現在、毎年4月と10月の年2回(品目によって異なる)実施されています。医療機関と卸業者の価格交渉(妥結)は、薬価改定に合わせて行うことが基本です。改定直後は卸業者も価格の動向を把握しているため、この時期を逃さず交渉の場を設けることが重要です。また、期中に新薬が採用された場合も、単価設定の交渉を早期に行うことで、後から不利な価格が固定化されるリスクを防げます。病院側の担当者(薬剤部長・購買担当事務)が交渉の主体として機能するためには、品目別の使用実績データを事前に整備しておくことが前提条件となります。

医薬品購買管理の体系

5. 在庫管理・廃棄ロスの最小化

「買いすぎ・使いきれず廃棄する」ムダは薬剤費を静かに押し上げます。在庫管理の改善は、日常的な取り組みとして継続する必要があります。

適正在庫水準の設定

品目ごとに「何日分を常備するか」という適正在庫水準を設定します。発注から納品までのリードタイムに安全在庫を加えた水準が基準となります。回転率が低い品目(月1〜2回しか使わない薬剤など)は都度発注に切り替え、在庫を持たない運用を検討します。

使用頻度と在庫金額を軸にしたマトリクスで品目を分類すると管理の優先順位がわかります。一般的には次のように整理できます。

使用頻度 高 使用頻度 低
単価 高 要注意:需要予測と安全在庫の精緻化 高リスク:都度発注・返品体制を整備
単価 低 一括管理で問題なし デッドストック候補:定期棚卸しで確認

先入れ先出しの徹底と期限管理

医薬品は使用期限が存在します。納品時に古い在庫を手前に出し、新しい納品品を奥に収納する「先入れ先出し(FIFO)」を徹底します。電子薬歴・在庫管理システムで期限アラートを設定できる施設では積極的に活用し、期限切れによる廃棄を未然に防ぎます。

定期棚卸しとデッドストック処理

四半期または半期ごとにデッドストック(使用実績がなく今後も使用見込みが低い品目)を棚卸しします。採用廃止になった薬剤や診療科撤退に伴い不要になった薬剤は、早期に卸業者への返品や他施設への融通を交渉することで損失を最小化できます。

在庫管理 適正化マトリクス

6. 薬剤費KPIの月次モニタリング体制

どれほど優れた改善策を実施しても、数字で追わなければ効果を確認できず、いつの間にか元に戻ります。月次のKPIモニタリング体制を構築することが継続的改善の要です。

主要KPI一覧

  • 薬剤費率(薬剤費 ÷ 医業収益): 毎月確認し、前月比・前年同月比で変化を捉える。大きな変動があった月は原因を特定する
  • 後発医薬品数量シェア: 処方数量に占める後発品の割合。診療報酬の加算要件と照らし合わせて目標水準を設定する
  • 1入院あたり薬剤費: 患者数の増減と切り離して評価するために、入院件数で割った単位当たりコストを確認する
  • 上位品目の月次費用: ABC分析上位の高額品目について月ごとの費用を追い、急増した場合は使用患者数の変化を確認する
  • 在庫回転率(月間使用量 ÷ 月末在庫量): 回転率が低下している品目はデッドストックリスクが高い

運営体制のポイント

薬剤費の管理は薬剤部門だけで完結しません。月次薬剤費レビューとして、薬剤部長・事務長・経営企画担当が同席する定例の確認会議を設けることが理想です。議題は「当月の薬剤費率の変動要因」「後発品シェアの状況」「上位品目の動向」の3点に絞ることで会議を短時間に収められます。

診療報酬改定の年は、加算要件・算定区分が変わることで最適な薬剤費水準も変化します。令和8年度改定の内容(後発品使用体制加算の要件変更、物価対応料の新設など)を担当者が正確に把握し、月次の目標設定に反映させてください。

また、年度末に向けて薬価改定の影響を先読みすることも重要です。次年度の薬価改定が公表された段階で、上位品目の薬価変動を試算し、予算計画に織り込む体制を整えます。

改善効果の「見える化」と継続動機の維持

薬剤費の改善は、成果が数字に出るまで数か月かかることがあります。そのため、改善策を実施した担当者・部門が「取り組みの成果」を実感できる仕組みが必要です。たとえば「後発品切替により今月は○○万円の薬剤費削減効果があった」という形で月次レポートに改善貢献額を明示することで、薬剤部門や医師の動機づけにつながります。外部のベンチマーク指標(WAM短観や四病協の調査データ)との比較を定期的に示すことも、自院の立ち位置を客観視するうえで有効です。薬剤費管理は地道な積み上げですが、成果の「見える化」によって組織全体のコスト意識を醸成し、持続的な改善文化を育てることができます。

月次・年次の薬剤費管理サイクル

まとめ

薬剤費の適正化は、後発品切替・購買管理・在庫最適化・KPIモニタリングという4つの柱を同時に動かすことで初めて持続的な効果が生まれます。どれか1つだけに取り組んでも、他の穴から費用が漏れ続けます。

医業赤字74.6%という厳しい現状のなか、令和8年度診療報酬改定による増収を手元に残すためには、収益面の取り組みと並行してコスト管理の精度向上が欠かせません。まずは自院の薬剤費率と後発品数量シェアを確認し、どの領域に改善余地があるかを特定することから始めてください。一歩一歩の積み重ねが、経営体力の回復につながります。

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出典・参考文献

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