「毎年の医薬品や診療材料の支払いは膨らむ一方なのに、値引き交渉はいつも同じ担当者任せで、他院と比べて高いのか安いのかも分からない」——物価高で仕入れ値が上がり、賃上げで人件費もかさむなか、そう感じている理事長・事務長は少なくないはずです。医薬品費と診療材料費は、人件費に次ぐ大きな費用でありながら、日々の発注に追われて腰を据えた見直しが後回しになりがちな領域です。そこで近年注目されているのが、複数の病院が購買力を束ねて交渉する**共同購買(GPO)**という手法です。本記事では、共同購買とは何か、なぜ価格が下がるのか、どう導入を進め、何に気をつければよいのかを、実務目線で整理します。なお、具体的な契約条件や価格は取引先・専門家への確認が前提であり、本記事は一般的な考え方の整理である点をあらかじめお断りします。
なぜ今、医薬品・診療材料の共同購買なのか
購買コストの見直しが経営課題として浮上する背景には、病院経営全体の厳しさがあります。四病院団体協議会の2024年度調査によると、病院の**医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%**にのぼるとされ、多くの病院が本業の医療で赤字を抱えています。GemMedの解説でも、この赤字の広がりは繰り返し指摘されています。帝国データバンクの2024年度調査でも、民間病院の営業赤字は6割を超えるとされ、収益環境は容易に改善する見通しが立ちません。
収入が思うように伸びないなか、病院にできることは費用の一つひとつを点検することです。ここで見落とされがちなのが、医薬品費と診療材料費です。病院のコストの5〜6割は人件費とされますが、残りの大きな部分を占めるのがこれらの物品費です。人件費は簡単に削れませんし、賃上げの流れのなかでむしろ増える方向にあります。だからこそ、質を落とさずに削れる余地が残っているのは物品費の側だという見方が成り立ちます。
一方で、医薬品や診療材料の価格は物価高騰と円安の影響を受けやすく、放置すれば費用は膨らむばかりです。福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査などでも、材料費の負担増は経営を圧迫する要因として挙げられています。単独の病院で交渉するには限界がある——そこで、複数の病院が力を合わせて交渉に臨む共同購買が、現実的な選択肢として浮かび上がってくるのです。
医薬品費・診療材料費という費用構造を分解する
共同購買を考える前に、まず自院の物品費がどうなっているかを分解することが出発点です。ひとくちに「材料費」といっても、その中には性質の異なる複数の費用が含まれています。大きく分けると、医薬品費・診療材料費・医療消耗器具備品費などに整理できます。それぞれ交渉の余地も、標準化のしやすさも異なります。
医薬品費は、公定価格である薬価を土台に、卸との取引で実際の仕入れ値(納入価)が決まります。診療材料費は、カテーテル・縫合糸・ガーゼ・注射針といった治療に使う材料の費用で、価格の幅が大きく、病院ごとの購入価格の差が出やすい領域とされます。医療消耗器具備品費は、比較的少額でも点数が多く、管理が行き届きにくい費用です。どこにどれだけ費用がかかっているのかを数字で把握できて初めて、交渉の的が定まります。
| 費用の区分 | 主な中身 | 共同購買での着眼点 |
|---|---|---|
| 医薬品費 | 内服薬・注射薬・後発品 | 納入価の水準・後発品の採用 |
| 診療材料費 | カテーテル・縫合糸・注射針 | 品目の標準化・購入価格の比較 |
| 医療消耗器具備品費 | 手袋・ガーゼ・消耗品 | 品目数の絞り込み・在庫の適正化 |
こうして分解すると、「材料費が高い」という漠然とした感覚が、どの区分の、どの品目の問題なのかに絞り込めます。どんぶり勘定のまま値下げを求めても交渉は進みません。品目ごとの購入価格を可視化し、同じ製品を他院がいくらで買っているのかと比べられる状態をつくることが、共同購買の前提になります。
共同購買とは何か — 仕組みと3つの形
共同購買とは、複数の医療機関が購買力(ボリューム)を束ね、まとめて交渉・調達することで、より有利な条件を引き出す仕組みです。英語の Group Purchasing Organization の頭文字をとって「GPO」と呼ばれることもあります。一施設では小さな取引でも、束ねれば大きな取引になり、取引先にとっても魅力が増すため、価格や条件の交渉余地が生まれるという発想です。
共同購買には、実務上いくつかの形があります。第一は、近隣の病院同士や同じ理念の法人が集まって共同で交渉する形です。地域の医療機関がゆるやかに連携し、主要品目の価格情報を共有しながら交渉に臨みます。第二は、専門の共同購買組織(GPO)のサービスを活用する形です。多数の会員病院の購買を束ねる事業者を通じて、標準化された品目をまとめて調達します。第三は、同一グループ・同一法人内で購買を一本化する形です。複数施設を運営する法人が、施設ごとにバラバラだった調達を集約します。
| 共同購買の形 | 特徴 | 向いている局面 |
|---|---|---|
| 病院同士の共同交渉 | 地域でゆるやかに連携し情報共有 | 近隣に連携先がある |
| GPOの活用 | 専門組織の購買力を利用できる | 交渉の体制や人手が乏しい |
| グループ内一本化 | 施設間の調達を集約できる | 複数施設を運営している |
どの形が適しているかは、病院の規模・立地・連携関係・運営体制によって変わります。地域医療連携推進法人のような枠組みのなかで、医薬品や材料の共同購入を協働のテーマに位置づける動きも一般に見られます。まずは自院がどの形をとりやすいのかを見極めることが、共同購買を検討する第一歩になります。
価格が下がる仕組み — ボリュームと標準化
共同購買でなぜ条件が良くなるのか、その理屈を押さえておきましょう。鍵になるのは、ボリューム(取引量)の集約と品目の標準化という二つの力です。この二つがそろって初めて、交渉力が実質的に高まります。
第一のボリュームの集約は、単純明快です。取引先にとって、少量を多数の相手に売るより、まとまった量を安定的に売れるほうが効率的です。複数病院の需要を束ねれば、取引先はより良い条件を提示しやすくなります。第二の品目の標準化は、見落とされがちですが重要です。同じ用途の材料でも、病院ごとに好みのメーカーや規格が違えば、量は分散し、束ねる効果は薄れます。似た機能の品目を絞り込み、共通の規格にそろえることで、はじめて量がまとまり、管理も在庫もシンプルになります。
さらに、共同購買は価格そのものだけでなく、**購入価格の「見える化」**という副次的な効果をもたらします。他院と情報を共有すれば、自院の納入価が高いのか妥当なのかが分かり、それ自体が交渉材料になります。ただし、価格には地域差・取引条件・数量の違いが影響するため、単純な数字の高い低いだけで優劣を判断するのは早計です。同じ土俵で比較できる形に整えたうえで、継続的に見直していく姿勢が欠かせません。効果は一度きりではなく、点検を続けることで積み上がっていくものです。
共同購買を導入する進め方
共同購買を実際に進めるときは、段取りが成否を分けます。医薬品や診療材料は患者の治療に直結するため、安さだけで拙速に切り替えると、現場の混乱や供給の不安を招く恐れがあるからです。準備の順序を整理しておきましょう。
進め方の大枠は、まず現状の把握から始まります。品目ごとの購入価格・数量・取引先を洗い出し、費用の大きい品目や価格差の出やすい品目を特定します。次に院内の合意形成です。共同購買は現場の使い慣れた品目を変える可能性があるため、医師・看護部・薬剤部・臨床工学部門など、実際に使う部門との対話が欠かせません。使う人の納得なしに標準化を進めれば、必ず反発が生じます。そのうえで連携先やGPOの選定を行い、条件だけでなく実績・対象品目・サポート体制まで含めて評価します。
選定後は、対象品目の絞り込みと標準化が最も手間のかかる工程です。まずは合意が得やすく効果の見込める品目から始め、段階的に広げるのが現実的です。切り替え後も、価格と品質、そして供給の安定性を定期的にモニタリングし、問題があれば見直す仕組みを持つことが大切です。四病院団体協議会の調査でも費用構造の点検は経営改善の基本とされており、共同購買もまた、導入して終わりではなく、継続して育てていく取り組みだと考えてください。院内の各部門と事務部門が連携して進めることが、成功の鍵になります。
落とし穴と注意点 — 質と供給を守る
最後に、共同購買で陥りやすい落とし穴を確認しておきましょう。コスト削減を急ぐあまり、医療の質や供給の安定を犠牲にすることが最大の危険です。医薬品や診療材料は、患者の安全と治療の成否に直結します。安さだけを追えば、肝心の価値が損なわれかねません。
注意すべき点は主に三つあります。第一に、品質と使い勝手を軽視しないことです。安価でも現場で使いにくい材料は、手技の時間を延ばしたり、かえって別のコストを生んだりします。医師や看護師が実際に使って問題がないかを、切り替え前に確認する必要があります。第二に、供給の安定を確保することです。近年は医薬品の供給不安が続いており、価格だけで一社に集約すると、その取引先が供給を止めたときに院内が立ち行かなくなります。調達先を過度に絞りすぎない配慮が求められます。第三に、過度な標準化を避けることです。すべてを一律にそろえようとすると、専門的な治療に必要な品目まで削られ、診療に支障が出かねません。
制度面にも目を向けておきましょう。令和8年度診療報酬改定では本体が**+3.09%とされ、その内訳には物価対応分+1.29%**が含まれるなど、物価高への対応が重視される方向にあります。とはいえ、公定の報酬で費用の上昇をすべて吸収できるとは限らず、費用側の自助努力は引き続き重要です。共同購買は、その自助努力の有力な手段の一つです。ただし目的は「とにかく安く」ではなく、質と供給を守りながら費用を適正化すること——この視点を持つことが、共同購買を成功させる条件です。
まとめ — 「安く」ではなく「賢く」束ねる
医薬品・診療材料の共同購買は、赤字と物価高に直面する病院にとって、人件費を削らずに費用を見直せる数少ない領域です。まずは物品費を医薬品費・診療材料費・消耗品費に分解し、どの品目に価格差や無駄があるのかを可視化することが出発点になります。そのうえで、病院同士の共同交渉・GPOの活用・グループ内一本化という形のなかから自院に合うものを選び、ボリュームの集約と品目の標準化という二つの力で交渉に臨みます。ただし、医薬品や材料は患者の安全に直結するため、質・使い勝手・供給の安定を犠牲にしてはなりません。目指すべきは「とにかく安く」ではなく、「質と供給を守った賢い調達」です。
まずは購入価格の大きい品目から、他院や市場と比べられる形に整理するところから始めてください。数字が見えれば、共同購買の相手先との建設的な対話も進みます。
よくある質問
Q1. 共同購買に参加すれば、必ず購入価格は下がりますか。 一概には言えません。共同購買はボリュームの集約と品目の標準化によって交渉力を高める仕組みですが、効果は対象品目・数量・地域・既存の取引条件によって異なります。すでに有利な条件で調達できている品目では、下げ幅が小さいこともあります。価格だけでなく、供給の安定や管理の手間の軽減まで含めて、総合的に評価してください。
Q2. 品目を標準化すると、現場が使いにくくなりませんか。 その懸念はもっともであり、標準化は慎重に進める必要があります。医師や看護師が使い慣れた材料を一方的に変えれば、手技や安全に影響し、反発も生じます。合意が得やすく効果の見込める品目から段階的に進め、切り替え前に現場で使用感を確認することが大切です。専門的な治療に必要な品目まで一律にそろえようとしないことが、失敗を避ける要点です。
Q3. 一社にまとめれば、いちばん安くなりますか。 価格だけを見れば集約が有利に働くこともありますが、供給リスクを忘れてはいけません。近年は医薬品の供給不安が続いており、一社に依存した状態でその取引先が供給を止めれば、院内が立ち行かなくなります。価格・品質・供給の安定のバランスを取り、調達先を過度に絞りすぎないことが、結果的に経営の安定につながります。