医療業の後継者不在率は6割超(帝国データバンク調査)といわれる時代、後継者が見つかり、書類が整い、理事長が交代した——その瞬間は大きな安堵感があるでしょう。しかし実務の現場では、「承継が終わった、そこからが本当の試練だ」という声を耳にします。
四病院団体協議会(四病協)の2024年度病院経営定期調査(最終報告)によれば、病院の医業赤字率は74.6%、経常赤字率は**65.6%**に達しています。赤字が多数派という構造的問題に加え、代替わりという変化点が重なると、これまで安定していた経営が揺らぐケースは少なくありません。
帝国データバンクの調査によると、診療所経営者の56.7%が70歳以上です。今後10〜15年の間に、全国の医療機関で一斉に代替わりが進むと予測されます。本稿では、親族内承継を経た新理事長・新院長が代替わり後に直面しやすい課題と、経営を安定させるための実務的な手順を整理します。
承継後に経営が悪化する——データが示す現実
代替わりは医療機関の経営にとって大きなリスク要因のひとつです。帝国データバンクの2025年調査によれば、医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件に上り、合計889件と2年連続で過去最多を更新しました。すべてが代替わり後の問題とはいえませんが、後継者が不在・未熟なまま経営を引き継いだ結果、1〜3年以内に資金繰りが悪化するケースは後を絶ちません。

代替わり後に経営が悪化しやすい背景には、いくつかの構造的な要因があります。
前任者の「人脈資産」が引き継がれない問題があります。医療機関の経営は、紹介医との信頼関係、地域医師会や行政との関係、取引業者との値交渉ノウハウなど、先代が長年かけて築いた無形資産に依存しています。これらは書類で引き継げるものではなく、代替わり後に少しずつ薄れていきます。外来患者の「かかりつけ先生」が変わったことで他院へ流出するケースも、実務上よく見られます。
次に収益構造の変化を見落とす問題があります。前任の院長・理事長が実質的に担っていた特定の診療科や手技が、後継者では対応できない場合、収益が想定以上に落ちることがあります。この点は承継前のデューデリジェンスで確認すべきですが、親族内承継では「家業を継ぐ」という感覚から検討が甘くなりがちです。
| リスク要因 |
典型的な影響 |
対策の方向 |
| 人脈・紹介ルートの喪失 |
外来患者数の減少 |
地域連携室の強化、引継ぎ期間の延長 |
| 前任者固有の手技・診療の消失 |
入院収益の低下 |
早期に代替医師を採用 |
| スタッフの離職 |
人件費急騰・サービス低下 |
賃上げ・役職登用で定着を促進 |
| 借入金の高利率構造 |
キャッシュフロー悪化 |
WAM融資・金融機関への条件変更 |
GemMedの解説によれば、「赤字病院が多数派という構造は長期化している」と指摘されており、単年の収支対策に追われるだけでは根本的な改善は望めません。代替わりを機に、経営の基盤を一から見直す好機と捉えることが大切です。
代替わり直後に現れる5つの落とし穴
承継後の経営を安定させるには、典型的な失敗パターンを先に把握しておくことが重要です。実務でよく観察される5つの落とし穴を整理します。

落とし穴①:前理事長との方針齟齬
承継後も前理事長が顧問として関与し続ける場合、意思決定の二重構造が生まれます。新理事長が改革を進めようとしても、スタッフが「前の先生に確認する」という行動をとり、組織が動かないことがあります。顧問の役割と権限を事前に明確にし、書面で合意しておくことが大切です。スタッフへの「新体制への移行宣言」を早期に行うことも効果的です。
落とし穴②:主力スタッフの離職
先代の下で活躍していた主任看護師や事務長が、代替わりを機に転職するケースは珍しくありません。とくに50代以上のベテランは「自分のやり方を変えたくない」「前院長への義理で残っていた」という理由で、承継を転機に離職を選ぶことがあります。早期の賃上げ・役職確認・個別面談で意思確認を行い、定着の意思が見られるスタッフには適切な処遇を示すことが有効です。
落とし穴③:診療報酬の算定漏れ
前任者が経験と勘で算定していた加算が、引き継ぎ不十分で漏れることがあります。令和8年度(2026年度)改定では多数の新設加算が生まれており(看護・多職種協働加算等)、承継後6ヶ月以内に外部コンサルタントを活用した「算定漏れチェック」を実施することを強くお勧めします。算定漏れは増収機会の損失であると同時に、長期放置すると遡及が困難になることもあります。
落とし穴④:借入金の構造を把握していない
承継した医療法人に多額の借入金がある場合、その内訳(短期・長期・利率・担保・保証人)を正確に把握できていないケースが多く見受けられます。民間金融機関の借入が高利率の場合、WAM(福祉医療機構)への借り換えや金融機関への条件変更交渉が有効な選択肢です。
落とし穴⑤:外部関係先との関係断絶
病院の顧問税理士、社会保険労務士、医薬品・医療機器の営業担当者など、前理事長が築いた外部との関係は、承継後に放置されがちです。承継後3ヶ月以内に主要な外部関係先へあいさつ回りを行い、関係を引き継ぐことが重要です。とくに、病院の財務事情をよく知る顧問税理士との早期の面談は優先度が高いといえます。
借入金の承継と金融機関の関係再構築
代替わり後の経営安定で最も急ぎ対応が必要な課題のひとつが、借入金の構造確認と金融機関との関係再構築です。

承継後1〜2ヶ月以内に、**すべての借入金の一覧(残高・利率・返済期日・担保・保証人)**を整理します。前理事長が個人保証に入っていた借入については、新理事長に保証が移行するか、あるいは法人保証に切り替えるかを金融機関と協議する必要があります。
福祉医療機構(WAM)は、医療・福祉施設を対象に長期・低利の融資を提供しています。民間金融機関の借入コストが高い場合、WAM融資への借り換えが有効な選択肢となります。WAM短観(病院経営動向調査)は病院経営の実態把握にも役立ちます。
金融機関との関係で注意すべき点は、メインバンクとの早期の面談です。承継後に最初の決算を迎える前に、新理事長が自ら金融機関の担当者に会い、今後の経営方針と事業計画を説明することが信頼関係の維持につながります。
万一、資金繰りに問題が生じている場合は、返済額の一時的な軽減(リスケジュール)や返済条件の変更を早めに相談することが重要です。問題を抱えたまま放置すると、金融機関の評価が下がり、将来的な融資が困難になります。病院の借入金見直しの実務については「病院の借入金返済を見直す — リスケと条件変更の実務」でも詳しく解説しています。
**個人保証の引き継ぎには特に注意が必要です。**前理事長が個人保証人として設定されていた場合、承継後に「誰が保証人になるか」が問題となります。新理事長が個人保証を引き継ぐ形が一般的ですが、「経営者保証に関するガイドライン」(中小企業庁・金融庁策定)に基づき、一定の条件を満たせば保証なし・または保証限度額引き下げへの変更交渉が可能な場合もあります。承継後の早い段階で、顧問税理士や金融機関の担当者と方針を確認しておきましょう。
借入金の整理と並行して、月次の資金繰り表(収支計画)の作成を習慣化することをお勧めします。WAM短観をはじめとする病院経営動向調査を活用しながら、同規模・同機能帯の他院との比較を行うことで、自院の財務上の課題を客観的に把握しやすくなります。資金繰り悪化の早期サインを掴む習慣が、代替わり後の経営を守る重要な安全弁となります。
人件費・賃上げの課題と令和8年度改定の活用
代替わり後の離職リスクを抑えるには、スタッフの処遇改善・賃上げへの対応が欠かせません。同時に、病院のコストの5〜6割は人件費が占めることを踏まえると、賃上げの財源をどこから捻出するかが経営の鍵を握ります。

令和8年度(2026年度)診療報酬改定では、賃上げ対応が改定率全体の大きな柱のひとつとなっています。改定本体は**約30年ぶりの3%超(+3.09%)であり、その内訳には賃上げ対応分+1.70%**が含まれています。
入院領域では入院ベースアップ評価料が最大250点へ拡充されました。これは看護師をはじめとする入院スタッフの賃上げに充当できる財源として活用できます(算定候補・施設の算定要件確認が必要です)。また、看護・多職種協働加算も新設されており(加算1:277点、加算2:255点)、多職種チームで取り組む病院には増収の機会があります。
承継直後の新理事長が見落としがちなポイントとして、「賃上げ実績の報告義務」があります。ベースアップ評価料を算定する場合、実際に賃上げを実施したことを賃金台帳などで証明する必要があります。算定要件を満たさないまま請求すると返還を求められるリスクがあるため、事務担当者・経理・社労士と連携して管理体制を整えることが不可欠です。
人件費率の目安については「病院の人件費率 目安と危険水域」で詳しく解説しています。代替わり後は、人件費率・病床利用率・入院単価の3指標を毎月確認する体制を整えることが最低限の管理ラインです。
賃上げと並んで重要なのが非金銭的な処遇改善です。スタッフがやりがいを感じる環境づくり——役職・役割の明確化、研修機会の提供、勤務シフトの柔軟化——は、賃上げと同等か、それ以上に定着率に影響することがあります。とくに看護師については、夜勤負担の軽減や育児支援の拡充が離職防止に効果的とされていますが、施設の規模・体制によって対応できる範囲は異なります。
また、医師の確保・維持が代替わり後の最重要課題のひとつになるケースもあります。承継前から関与していた非常勤医師が前理事長の人脈で繋がっていた場合、代替わり後に関係が途切れると、外来や手術件数に直接影響が出ます。承継後の早い段階で、非常勤医師との契約内容・継続意向・条件の確認を行い、必要に応じて医師紹介会社の活用も含めた補強計画を立てておくことが求められます。
承継後の中期経営計画:1年・3年・5年のマイルストーン
代替わり後の経営安定化には、短期の対処療法だけでなく、3〜5年の中期視点での計画が必要です。

承継後1年目(現状把握・信頼構築期)
最初の1年は「改革」より「把握」と「信頼」を優先します。病院の月次損益・診療科別収益・外来患者数・スタッフ離職率・借入金残高など、経営の現状を数字で把握することが出発点です。
同時に、スタッフへの信頼醸成が重要です。前理事長の陰に隠れず、自ら現場に入り、スタッフの声に耳を傾ける姿勢を示すことが、離職防止と組織の安定に直結します。帝国データバンクの調査によれば、民間病院の61.0%が営業赤字(2024年度)とされており、経営の実態を早期に把握することが喫緊の課題です。
承継後2〜3年目(改善施策の実行期)
現状把握ができたら、優先度の高い課題から改善に入ります。よく見られる重点施策は次のとおりです。
- 診療報酬算定漏れの是正(増収効果が比較的早期に現れる)
- 病床利用率の改善(後方病院・在宅医療との連携強化)
- 高コストな人材紹介への依存低減(自院採用チャネルの構築)
- 薬剤費・診療材料費の見直し(共同購買・価格交渉)
病床利用率は病院経営の根幹です。厚生省の病院報告(2024年)によれば、全病床の病床利用率の全国平均は77.0%、一般病床では73.3%です。損益分岐点は一般に80%前後とされており、この水準への回復が2〜3年目の一つの目標となります。
承継後5年目(次のステージへ)
3〜5年かけて経営の基盤が安定したら、次のフェーズを見据えた戦略を描きます。機能転換(回復期リハビリ病棟・地域包括ケア病棟等への転換)、施設拡充、在宅医療への進出など、地域ニーズに応じた選択肢を検討する時期です。赤字病院の立て直しについては「赤字病院の立て直しロードマップ」も参照ください。
外部専門家・コンサルタントを活用した二人三脚
承継後の新理事長が一人で抱え込もうとすると、判断が遅れたり、専門外の課題への対応が後手に回ったりします。外部の専門家を適切に活用することが、経営安定化の近道です。

承継後に特に必要となる外部専門家は次のとおりです。
医療経営コンサルタントは、算定漏れの洗い出し、月次損益の見方指導、金融機関対応の助言など、医療特有の経営課題に対応します。費用は施設規模や支援内容により異なりますが、継続契約と単発支援でコスト感は大きく異なります。コンサルタントの選び方については「赤字病院の立て直しロードマップ」や病院経営のセカンドオピニオン活用記事も参考になります。
税理士は決算書の作成・税務申告だけでなく、役員報酬・退職金設計・法人・個人の税負担バランスについてもアドバイスを提供します。医療法人に精通した税理士を選ぶことが重要です。
**社会保険労務士(社労士)**は、賃金規程の整備・就業規則の見直し・ベースアップ評価料の算定サポートなど、スタッフ処遇改善に関するコンプライアンス対応で活躍します。承継後の就業規則の整備は早期に行うべき課題のひとつです。
WAMや地域の銀行・信用金庫は、設備投資・運転資金のファイナンス面で相談できる公的・民間の金融機関です。承継後の事業計画を携えて早期に面談することで、緊急時の資金調達窓口を確保できます。WAMの融資制度については「WAM融資 完全ガイド」を参照ください。
承継後の経営安定化は、「孤独な戦い」ではありません。適切な専門家チームを構築し、定期的な意見交換・数字の共有を行うことで、経営判断の精度が格段に上がります。
なお、外部専門家を選ぶ際のポイントとして、**「医療機関の支援実績があるか」**を必ず確認してください。税理士・社労士・コンサルタントはいずれも一般企業向けと医療法人向けではノウハウが異なります。医療法人の会計処理・診療報酬の仕組み・医療法上の規制を理解している専門家でなければ、専門外の分野では的確なアドバイスが得られないことがあります。
また、複数の専門家を束ねる「コーディネーター役」を置くことも一考です。たとえば、医療経営コンサルタントが税理士・社労士との橋渡し役を担うことで、情報が分断されず、一体的な改善策を立案しやすくなります。承継後1年以内に「自分の支援チーム」を固めることが、経営安定化の重要な一歩となります。
まとめ
親族内承継後の病院経営において、最初の3年間は特に慎重な対応が必要です。代替わりそのものは完了しても、「経営が安定した」とはまだ言えない状態が続きます。
本稿で整理した5つの落とし穴(①前理事長との方針齟齬・②スタッフ離職・③算定漏れ・④借入金構造の未把握・⑤外部関係断絶)を承継前後に点検し、早期発見・早期対処を心がけましょう。令和8年度診療報酬改定をはじめとする制度変化を味方につけながら、1年・3年・5年のマイルストーンに沿って着実に経営基盤を固めることが、次の世代へ引き継ぐための礎になります。
後継者問題の全体像については「後継者不在の病院がとれる4つの選択肢」、理事長交代の手続きについては「医療法人の理事長交代の手続きと承継準備」も合わせてご覧ください。
関連記事
出典・参考文献
無料メールで病院経営の実務メモを受け取る
診療報酬・加算・承継・経営改善の重要ポイントを、経営判断に使える短いメモとして届けます。
無料メールを受け取る