病院経営において「黒字なのに現金が足りない」という状況が起きることがあります。医業収益が上がっているにもかかわらず、診療報酬の入金が翌々月になること、設備投資のローン返済が重なること、材料費・人件費の支払いが収入より先行することで、現金が一時的に枯渇するリスクはどの病院にも存在します。

帝国データバンクの2025年調査によると、医療機関の倒産は66件・休廃業解散は823件で2年連続の過去最多を更新しました。資金ショートを起こした医療機関の多くに共通するのは、「月次の現金の動き」を可視化していなかったという点です。

この問題を防ぐ最も基本的なツールが資金繰り表です。本稿では、病院が月次で管理すべき資金繰り表の基本構成から、作成手順、危険シグナルの読み方、改善アクション、そしてWAMや金融機関との交渉への活用方法まで、実務的に解説します。

1. なぜ病院に資金繰り表が必要か

病院の損益計算書(P/L)は発生主義で作成されます。このため「売上が立っている」と見えても現金が手元にない、という事態が起こります。保険診療の報酬は診療月の翌々月20日前後に入金される仕組みのため、患者数が増えても現金収入に反映されるのは約2ヶ月後です。一方、給与・材料費・委託費・電気代といった支出は毎月定期的に発生します。

この「入金の遅れ vs 支払いの先行」というキャッシュギャップを管理するために、資金繰り表が欠かせません。四病協の2024年度病院経営定期調査によると、医業赤字率は74.6%、経常赤字率は**65.6%**に達しています(GemMed解説記事)。赤字病院では、このタイムラグが直接的な資金不足につながります。

また、帝国データバンクの2024年度調査では民間病院の61.0%が営業赤字(前年度54.8%から悪化)という状況です。こうした環境下では、損益の改善と同時に「手元現金を守る経営」が不可欠であり、資金繰り表はその中核ツールとなります。

資金繰り表は単なる「現金の記録」ではなく、未来の現金不足を事前に予測する予測ツールとしての役割が重要です。3ヶ月先・6ヶ月先の残高を見越して、借入れのタイミングや返済スケジュール、補助金申請の準備を前倒しできます。銀行やWAMへの相談も、「来月が危ない」という段階では手遅れになりがちです。余裕があるうちに動く——その判断を可能にするのが資金繰り表です。

なぜ病院に資金繰り表が必要か(フロー図)

2. 病院の資金繰り表の基本構成

病院の資金繰り表は大きく「収入」「支出」「収支差引」「期末残高」の4ブロックで構成します。それぞれの主な項目を整理すると、以下のようになります。

区分 主な項目
収入 診療報酬入金(保険・2ヶ月後)、窓口現金収入(自費・当日)、補助金・助成金、借入金収入、不動産賃料等
支出 給与・賞与、材料費・薬剤費、委託費(給食・清掃・洗濯等)、光熱費、借入金元本返済・利息、リース料、設備投資
収支差引 収入合計 − 支出合計(当月の現金増減)
期末残高 前月末残高 + 収支差引(翌月へ繰り越す手元現金)

特に注意が必要なのが診療報酬の入金タイミングです。保険診療分は診療月の翌々月20日前後に入金されることが多く、患者数の急増・急減が2ヶ月後の現金収入に直結します。例えば、インフルエンザ流行による外来急増が2月にあったとすれば、その入金増は4月になってから現れます。

病院のコストのうち5〜6割は人件費が占めます。令和8年度(2026年6月施行)の診療報酬改定では入院ベースアップ評価料が最大250点に拡充され、賃上げのための収益源が強化されました。しかし、賃上げを実施すれば給与支払い額が先に増え、評価料の入金は2ヶ月後になります。この差を埋めるのも資金繰り表の役割です。

病院資金繰り表の基本構成(4ブロック)

月次だけでなく、年間カレンダーとして特殊支出を把握しておくことも重要です。夏季賞与(6〜7月)・冬季賞与(12月)、法人税等の納付月、大型修繕・設備更新のタイミングを年初に見通しておくことで、「まとめ払い月」に向けた準備が可能になります。

3. 月次資金繰り表の作り方ステップ

資金繰り表の作成は、5つのステップで進めます。最初の月は少し手間がかかりますが、フォーマットを作ってしまえば毎月の更新は30〜60分程度で済みます。

ステップ1:過去3ヶ月の実績を銀行通帳ベースで入力する まず直近3ヶ月の収入・支出を銀行通帳の動きで確認し、実際に現金が動いた日付ベースで入力します。P/Lや売上伝票ではなく「通帳が動いた日」を基準にするのがポイントです。こうすることで、発生主義の収益認識とのズレを排除できます。

ステップ2:固定支出を一覧化する 毎月ほぼ同額が発生する固定支出(給与・賞与、借入返済、リース料、委託費)を一覧にして、支払日と金額をテンプレートに固定入力します。借入は銀行別・支払日別に分けて管理します。リース料は機器ごとに期間と月額を把握しておくと、更新・解約の判断にも役立ちます。

ステップ3:診療報酬の入金予測を入力する 今月の外来・入院実績から、2ヶ月後の入金額を概算します。前月・前々月の「診療月あたりの収益」を参考に、季節変動(夏の患者数減少等)を加味して保守的に見積もることが重要です。病床利用率が全国平均(一般病床73.3%、厚労省病院報告2024)を下回っている場合は、さらに控えめな予測を設定します。

ステップ4:変動費・臨時支出を月別に追加する 光熱費(夏冬に高くなる)、修繕費、賞与(6月・12月)、設備投資、法人税等の納付を月別に入力します。これらの「まとめ払い」が発生する月に資金が枯渇しやすいため、前月から積み立てる感覚が必要です。また、補助金の入金予定月も入力しておくと、申請〜入金までの資金ギャップを先読みできます。

ステップ5:毎月末に実績確定・翌月以降3ヶ月を更新する 毎月末に実績を確定させ、翌月以降3ヶ月分の予測を更新します。「翌月末残高が安全水域(月間支出総額の1ヶ月分以上)を確保しているか」を毎月チェックします。3ヶ月先に危険ラインが見えた時点で、すぐに改善アクションを検討します。

月次資金繰り表の作成5ステップ(フローチャート)

ツールはExcelが一般的ですが、MFクラウド会計・弥生会計などのキャッシュフロー管理機能を使うことも可能です。病院専用の経営管理システム(HIS系)を導入している場合は、診療収益データと自動連携できるケースもあります。いずれの方法でも、「通帳ベースで実績を確認する」という習慣がなければ意味がありません。

4. 危険シグナルの読み方

資金繰り表を作成したら、以下の警戒ラインを毎月末に確認します。早期に気づくほど対応の選択肢が広がります。

黄色信号(注意段階)

  • 翌月末残高の予測が「月間支出総額の0.5ヶ月分」を下回っている
  • 3ヶ月連続で期末残高が減少している(赤字でなくてもキャッシュが削れている)
  • 診療報酬の入金日(20日前後)の直前週に通帳残高がほぼゼロになる
  • 借入返済と給与支払いが同じ週に集中している月がある

赤信号(緊急対応が必要)

  • 翌月の給与支払日(25日)の前日に残高不足となる予測が出ている
  • 2ヶ月先に複数の大口支払い(賞与・返済・設備費)が重なり、残高がマイナス予測
  • 補助金・助成金の入金遅延が3ヶ月以上になり、年度内入金が不確かになっている
  • 医事課からの「返戻・査定が多く請求が遅れている」という報告がある

赤信号の状態で金融機関に駆け込むと、選択肢が極めて限られます。一般に、銀行は「困ってから」の相談には高い金利や担保を求めます。黄色信号の段階でWAMや取引銀行に相談することで、より良い条件での資金調達が可能になります。

**「資金繰り表は黒字病院にこそ必要」**という視点も重要です。増患期には材料費・人件費の先行支出が増えるため、「収益は増えているのに現金がない」という逆転現象が起きやすいのです。病院の入院単価を上げる施策を打っても、その収益が入金されるまでの2ヶ月間は支出が先行します。

資金繰りの危険シグナルチェックリスト(黄色・赤色)

5. 資金繰り改善の実務アクション

資金繰り表で問題を把握したら、以下の優先度別アクションを実施します。即効性のある施策から着手しながら、中長期の構造改善も並行して進めることが重要です。

即効性が高い施策(1〜3ヶ月で効果が出るもの)

  • 医事課への返戻・査定対応の徹底:未請求・返戻済みの保険請求を優先して再請求することで、数百万円単位の収入回収が可能になるケースがあります。算定漏れは特に加算・管理料で起きやすい傾向があります。
  • 支払いサイクルの調整:材料・薬剤の仕入先や委託業者と交渉し、支払いを月中(15日)から月末払いに変更することで、手元現金の余力を2週間分延ばせます。
  • 不要設備の解約・売却検討:稼働率が低い医療機器のリース契約解約や不要資産の売却により、毎月の固定支出を削減します。

中期的な対応(3〜6ヶ月)

  • WAM短期融資の活用:福祉医療機構(WAM)では病院向けの経営支援融資(短期・長期)を提供しています。資金繰り表と改善計画を添付することで、審査が具体的・迅速になります。WAMの病院経営動向調査(WAM短観)も参考情報として活用できます。
  • 診療報酬の算定適正化:令和8年度改定で新設・拡充された加算(看護・多職種協働加算:加算1で277点、加算2で255点など)の算定可否を確認し、取得できていない加算の届出を検討することが算定候補として挙げられます。詳細な算定要件については施設ごとに確認が必要です。
  • 病床稼働率の改善:200床・入院単価5万円の病院では、病床利用率が1ポイント向上すると年間約3,650万円の増収になります(1日あたり2床×5万円×365日の試算)。厚労省の病院報告2024では全病床平均77.0%・一般病床73.3%が全国平均であり、損益分岐点とされる80%前後への引き上げが目標になります。

構造的な対応(6ヶ月以上かかるもの)

  • 借入返済の条件変更(リスケジュール):元本返済を一定期間猶予してもらう交渉
  • 不動産リースバックによる資金化:所有建物を売却してリースバックし、売却代金を手元に確保
  • 事業再生計画の策定:抜本的な見直しが必要な場合は、専門家を交えた計画策定

資金繰り改善アクション(優先度別)

現金収入を増やす施策と、現金支出を平準化する施策の両面から同時に取り組むことが重要です。片方だけでは効果が半減します。資金繰り表を毎月更新しながら、どの施策がどれだけ効いているかを数字で確認し続けることが改善の要です。

6. WAM融資・金融機関交渉への活用

資金繰り表は、WAMや銀行との融資・条件変更交渉において最も重要な添付資料の一つです。

WAMへの融資申請時: 福祉医療機構のリサーチレポートでも、病院の資金繰り状況の把握が経営安定の前提とされています。WAMへの融資申請では、直近3ヶ月以上の資金繰り実績と、今後6ヶ月〜1年の予測を提示することで、返済能力の説明が具体的になります。「なぜ資金が必要か」「どう返済するか」を数字で示すことが、審査通過の鍵です。

銀行との条件変更(リスケ)交渉時: 返済猶予や条件変更を申し出る際、「なぜ資金が不足しているのか」「どう改善するのか」を根拠ある数字で示す必要があります。資金繰り表があれば、単なる「お願い」ではなく「根拠ある改善計画」として交渉を進めることができます。銀行側も、「この病院は数字を把握して経営している」という信頼感を持ちやすくなります。

一般に、金融機関は3ヶ月先の残高が安全水域にある間にアプローチした病院には、より好条件で対応できます。逆に「今月の給与が払えない」という段階では、選択肢がほぼなくなります。黄色信号の時点で動くことが、結果として病院を守ることになります。

補助金・助成金申請との連携: 2026年度の病院向け補助金(物価高騰対応、施設整備費補助等)では、資金繰りの状況を確認資料として求めるものがあります。資金繰り表を定期更新しておくことで、補助金申請のたびに1から書類を作る手間が省けます。また、申請後〜入金までの資金ギャップを資金繰り表で把握しておくことで、「補助金前に一時的に現金不足になる」という事態を事前に回避できます。

WAM・金融機関交渉のタイムライン

「資金繰り表があれば相談できた」「もっと早く準備しておけばよかった」——経営再建を経た事務長からこうした声を聞くことは、決して珍しくありません。月次1回の更新という小さな習慣が、病院を危機から守る最初の防波堤になります。

まとめ

病院の資金繰り表は、「いつ・いくら入り、いつ・いくら出ていくか」を可視化し、未来の現金不足を事前に検知するための経営ツールです。作成は難しくなく、銀行通帳の動きをベースに月次で管理するだけで、危機の兆候を早期に捉えることができます。

診療報酬の2ヶ月後入金という構造上のラグを認識し、賞与・税金・設備投資が重なる月を年度当初から把握しておくことが重要です。黄色信号の段階でWAMや金融機関と連絡を取ることで、選択肢の幅が大きく広がります。

「赤字でも潰れない病院」と「黒字でも資金ショートで廃業する病院」の差は、現金の動きを正確に管理しているかどうかにあります。まずは今月から、シンプルな表でも構いません——資金繰り表の作成を始めることが、病院経営の安全網の第一歩です。

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