病院を経営していると、ある日突然「先月の入金が想定より少ない」という事態に直面することがあります。保険請求の審査が遅れたわけでも、患者数が落ちたわけでもない。原因を調べると、外来・入院を通じた**患者自己負担分の未回収(未収金)**が積み上がっていたというケースは珍しくありません。

未収金とは、患者が受けた診療や入院サービスに対して、自己負担分の支払いが行われていない(または未完了の)医療費未回収分のことです。保険者への請求分とは別に発生し、管理が属人的になりやすい点が特徴です。

四病院団体協議会(四病協)の2024年度病院経営定期調査最終報告によると、病院全体の医業赤字率は74.6%、経常赤字率は**65.6%に上ります。帝国データバンクの2024年度調査では、民間病院の61.0%**が営業赤字という状況です。このような厳しい経営環境において、未収金は「小さなもの」と放置せず、組織として体系的に管理すべき課題です。

未収金が病院の資金繰りに与えるインパクト

未収金と資金繰りの関係:診療収入から現金収入までのギャップ

病院のコストの5〜6割は人件費です。これは診療収入の入金タイミングに関わらず、毎月確実に支出されます。保険請求分は審査・支払いまで1〜2ヶ月程度のタイムラグが生じますが、それでも確実に入金される仕組みです。一方、患者自己負担分は、受診時に窓口で徴収できなければ「後日請求」となり、請求書が届かない・支払いを忘れる・経済的事情で払えないなど、さまざまな理由で回収できないリスクがあります。

帳簿上は「診療収益」として計上されていても、実際の現金が入っていない状態が続くと、キャッシュフローが想定を下回り、運転資金の借入依存が深まります。回収が見込めなくなった未収金は、最終的に「貸倒損失」として費用計上されます。これは売上がマイナスになるのと同じ経営インパクトをもたらします。

帝国データバンクの2025年調査では、医療機関の倒産66件・休廃業解散823件が2年連続で過去最多を記録しました。資金繰りの悪化が経営危機の直接的な引き金となるケースにおいて、未収金の積み上がりはその加速要因の一つとなり得ます。

未収金が生まれる4つの場面

未収金の発生場面と分類:外来・入院・経済的困難・請求ミスの4パターン

未収金の発生原因は、大きく4つのパターンに整理できます。それぞれ予防策と回収アプローチが異なるため、まず分類することが対策の出発点です。

発生場面 主な状況 特徴
①保険証未提示・資格喪失 保険証を忘れた・保険資格が切れているまま受診。退職後の手続き忘れが多い 外来に多く、少額〜中額
②入院費の退院後未払い 退院時に精算できず、後日請求書を送付しても入金がない 高額になりやすい
③経済的困難による不払い 医療費を支払う余裕がない。高額療養費の自己負担限度額でも重い 支援制度への誘導が必要
④請求書未達・事務ミス 転居で請求書が届かない。院内の請求処理ミス・二重請求などのトラブル 早期発見で解決可能

①と④は事務手続きの改善で大半を予防できます。②は入院中の費用説明と退院前の精算徹底が有効です。③は医療ソーシャルワーカー(MSW)との連携が不可欠で、未収金として残すより公的支援制度に繋ぐことが患者にとっても病院にとっても現実的な解決策です。

受付・窓口で未収金を防ぐ実務チェックリスト

受付・窓口での未収金予防チェックリスト

**未収金対策の最も効果的な手段は「発生させないこと」**です。受付から退院まで、各タイミングでの確認と声かけを徹底することで、未収金の発生を大幅に減らせます。

外来受付での基本チェック

受診のたびに保険証(またはマイナ保険証)の確認を行います。特に月初は保険資格の更新タイミングと重なりやすく、退職・転職・家族の扶養異動などで資格が変わっているケースがあります。保険証不携帯の場合は、後日提出を求める際に「提出期限」を明確に案内します。

高額になる処置・検査・入院が見込まれる場合は、事前に費用の概算を説明する「費用説明書」を使うことで、患者側に支払いへの心理的準備ができます。「聞いていなかった」というトラブルも防げます。

キャッシュレス決済(クレジットカード・電子マネー・QR決済)の導入も有効です。「現金を持ち合わせていない」「ATMに行く時間がない」という理由での未払いをなくせます。医療機関向けの決済導入サービスは費用が低下しており、月額数千円程度で導入できる選択肢も増えています。

入院受付・入院中の費用管理

入院時には、費用の目安・支払い方法・分割払いの可否・高額療養費制度の説明を盛り込んだ書類を患者・家族に渡し、確認の署名を取得します。口頭説明だけでは「聞いていなかった」というトラブルが起きやすいため、書面化が重要です。

長期入院の場合は、**月1回程度の「中間精算」**を設けて都度入金してもらう体制が有効です。退院時にまとめて数十万円〜百万円単位の請求が来ると、患者・家族も準備が難しくなります。

退院が決まったら、退院2〜3日前に請求予定額を伝え、退院当日に精算できるよう案内します。退院後の後日請求は回収率が著しく下がります。退院時精算を原則とする体制を整えることが未収金抑制の基本です。

未収金発生後の段階的回収フロー

未収金発生後の回収タイムライン:発生から法的手段まで

発生した未収金は、タイムラインと段階を決めて対応することが重要です。放置するほど回収可能性は低下し、担当者の記憶・記録も薄れます。

第1段階:発生後1〜30日(電話確認・初期対応)

請求書を送付してから2週間を目安に入金確認を行います。入金がない場合は、まず電話での確認から始めます。「請求書が届いていない」「払い方が分からなかった」「手続きを忘れていた」というケースも多く、最初の電話で解決することも少なくありません。

電話では「ご入金の確認ができておりません。ご都合のよいお時間にご対応いただけますでしょうか」という事実確認のスタンスで話します。患者のプライバシーと尊厳を守った丁寧な対応が、病院の信頼維持にも直結します。

第2段階:30〜90日(書面督促・分割払い交渉)

電話が繋がらない、または口頭での約束が守られない場合は、書面(督促状)による請求に移行します。書面には支払い期限・振込先・問い合わせ先を明記します。内容証明郵便を使うと「送付した事実」の証拠が残ります。

分割払いの希望がある場合は、書面で分割払い合意書を作成します。月々いくらを何回で支払うかを明記し、双方が署名します。口頭の約束だけでは後のトラブルの原因になるため、必ず書面化します。

この段階で経済的困難が確認できる患者については、MSWと連携し、生活保護申請・高額療養費制度の遡及適用・各自治体の医療費助成制度への誘導を検討します。支払い能力がない患者への督促強化は、回収にも繋がらず関係悪化を招くだけです。公的支援に繋ぐことが双方にとって現実的な解決策です。

第3段階:90日以降(専門機関委託・法的手段)

3ヶ月を超えても回収の見通しが立たない未収金は、弁護士または回収代行業者への委託を検討します。弁護士に委託すると内容証明郵便の送付・支払督促・少額訴訟などの法的手続きの代行が可能です。

ただし、法的手続きには費用・時間・労力がかかる上、患者との関係悪化リスクもあります。個別の事情・金額・回収見込みを総合的に判断した上で、院内で法的手段に移行する基準(例:「一定額以上・一定期間以上の未収金」)をあらかじめ決めておくと、担当者が迷わず対応できます。

未収金管理の体制と仕組みづくり

未収金管理の責任体制と役割分担

個人の努力だけでは未収金対策は継続しません。組織として仕組みで管理する体制を整えることが、長期的な改善の鍵です。

責任者と報告体制の明確化

未収金管理の責任者を明確に定めます。事務長や経理部門のリーダーが担うケースが多いですが、病院の規模によっては専任担当者を置くことも有効です。責任者は毎月、次の3指標を経営層に報告します。

  • 新規発生件数・金額: 今月どれだけ発生したか
  • 未収金残高: 累積でいくら残っているか
  • 回収実績: 今月いくら回収できたか

この3指標を月次でモニタリングすることで、問題の早期発見と経営判断が可能になります。

電子カルテ・医事システムとの連動

電子カルテや医事会計システムに未収金管理機能がある場合は積極的に活用します。患者別・診療科別・金額別の未収金一覧をシステムから抽出できれば、担当者の手作業が大幅に削減されます。

システムがない場合でも、Excelなどの表計算ソフトで未収金台帳を作成し、患者名・発生日・金額・対応履歴・回収状況を記録します。担当者が変わっても引き継げる形で記録することが重要です。

院内ルールの文書化

未収金が発生した際の対応手順(誰が・いつ・何をするか)を院内マニュアルとして文書化します。受付担当者から事務長、MSW、弁護士委託に至るまでの判断基準を明文化することで、対応が属人的になるのを防ぎます。

受付部門・医事課・経理部門・MSWが連携できる情報共有の仕組みも整えます。未収金情報が各部門にバラバラに存在していると、重複対応や見落としが起きやすくなります。

法的手段と公的支援制度の活用

法的手段と公的支援の選択ガイド:経済的困難の有無で判断が分かれる

未収金への対応は、患者の状況によって「回収追求」と「公的支援への誘導」に分けて考えることが重要です。

法的手段の種類と活用タイミング

支払督促は、裁判所を通じた簡易な督促手続きです。相手が異議を唱えなければ仮執行宣言を取得でき、強制執行(給与差押えなど)が可能になります。費用が比較的安く、書類手続き中心で進められます。

少額訴訟は60万円以下の金銭請求に利用できる簡易裁判所の手続きで、原則1回の審理で判決が出ます。代理人なしで申し立てることも可能です。

法的手段は「最後の手段」として位置づけ、支払い意思があるが資力がない患者に対しては、法的手段より公的支援への誘導を優先することが医療機関として適切な対応です。

高額療養費制度・限度額適用認定証の活用

経済的に支払いが難しい患者には、限度額適用認定証の取得を案内します。これを入院前に取得してもらうことで、窓口での支払いが自己負担限度額にとどまり、高額療養費の後日還付手続きが不要になります。結果として病院の未収金リスクも下がります。

既に入院費が払えない状況になっている場合は、高額療養費の遡及申請が可能か確認します。遡及適用されれば自己負担額が減り、支払いが現実的になるケースがあります。

生活保護・医療費助成制度への誘導

明らかに支払い能力がない患者については、生活保護の受給要件に該当するかをMSWが確認し、福祉事務所に繋ぎます。生活保護が開始されれば医療費は公費負担となり、病院としても保険請求分として回収できます。

福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査でも、経営が安定している病院ほど「地域連携・患者支援の体制が整っている」傾向が確認されています。未収金対策は単なる債権回収ではなく、患者支援の一環として位置づけることで、病院全体のガバナンスと地域信頼が向上します。

まとめ

未収金対策は「発生予防 → 早期対応 → 体制構築」の3段階で取り組むことが基本です。どれか一つだけでは効果が薄く、三つが揃って初めて継続的な改善が実現します。

帝国データバンクの調査が示すように、医療機関の経営環境は年々厳しさを増しています。未収金は一件あたりの金額が小さくても、積み重なれば年間数百万円規模の損失につながりかねません。受付での丁寧な説明・保険証確認の徹底・退院前精算の仕組み・段階的な回収フロー・月次のデータ管理——これらを一つひとつ整備することが、持続可能な病院経営の土台となります。

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