「救急は赤字の元凶だ」——そう語る経営者は少なくありません。確かに救急受け入れには、当直医師の確保・夜間の看護配置・救急資機材の整備など、相応の固定費がかかります。しかし、救急医療を撤退した後に黒字化できたかというと、そう単純でもない——これが現実です。

四病院団体協議会(四病協。日本病院会など4団体による協議会)の2024年度病院経営定期調査・最終報告では、病院の**医業赤字74.6%・経常赤字65.6%**が確認されています。赤字の主因は救急だけでなく、病床利用率の低下・診療報酬の抑制・人件費の高騰が複合的に絡みあっています。救急を一因とするにしても、それだけが問題の根本ではない場合がほとんどです。

本記事では、救急医療体制が病院経営にもたらす効果と費用の構造を整理し、継続・強化・縮小・撤退それぞれの判断材料を提供します。対象は主に二次救急(入院対応が可能な病院)で、三次救急(救命救急センター)は別の文脈として区別します。

救急受け入れが病床利用率に与えるインパクト

病院経営において、病床利用率は収益を左右する最重要指標のひとつです。厚生労働省の病院報告(2024年)によれば、全病床の平均利用率は**77.0%、一般病床は73.3%**にとどまっており、損益分岐点とされる80%前後を下回る病院が多い状況です。

病床利用率が1ポイント上昇すると、200床・入院単価5万円の病院では年間約3,650万円の増収につながります(2床×5万円×365日の計算)。この前提に立てば、救急からの入院誘導数を年間73件増やすだけで、病床利用率が1ポイント改善する計算になります。病床規模や単価によって数値は変わりますが、救急が病床利用率に与えるインパクトの大きさは共通しています。

救急受け入れは、外来診療・地域医療機関からの紹介とは異なる「入院患者の獲得経路」として機能します。消防本部からの救急搬送を受け入れている病院は、昼夜・曜日を問わず入院患者が発生するため、病床利用率の「底割れ」を防ぐ効果が期待できます。特に夜間・休日は外来・紹介患者が少なくなりがちであり、救急からの入院がなければ利用率が大きく落ち込む病院も多くあります。

救急受け入れから入院誘導・収益貢献までの流れ

一方で、救急に対応できる医師・看護師の配置は固定費を押し上げます。病院のコストの5〜6割は人件費が占めるとされており(業界通念として広く共有されている目安)、救急専従の体制は施設規模や機能によってコストの幅が異なります。したがって、救急受け入れの経営効果は「搬送件数×入院誘導率×入院単価」と「固定費増加分」のバランスで判断することが基本です。搬送件数だけを見て評価するのではなく、入院に移行した件数と単価をセットで追うことが求められます。

二次救急病院と診療報酬上の評価

救急医療体制には、一次(かかりつけ医・外来救急)・二次(入院対応が可能な病院)・三次(救命救急センター)という機能区分があります。民間病院の多くが担うのは二次救急です。二次救急病院として都道府県の計画に位置づけられ、一定の体制を整えることで、診療報酬上のさまざまな評価の対象となります。

令和8年度診療報酬改定では、本体部分が**+3.09%(約30年ぶりの3%超)に引き上げられました(施行2026年6月1日)。急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へと引き上げられ、地域一般入院料1は1,176点から1,290点へと改定されています。また、急性期一般入院料1において物価対応料(58点/日など)**が新設され、入院医療の基本単価が着実に改善されました。救急からの入院患者が多い急性期病院にとって、これは直接的な収益底上げを意味します。

救急受け入れに関連する加算については、算定要件・点数ともに改定のたびに変化するため、現行の施設基準を確認したうえで「算定候補」として整理し、算定可否は個別に確認することが重要です。救急医療管理加算・夜間休日救急搬送医学管理料・急性期充実体制加算などが代表的な候補として挙げられますが、いずれも施設要件・患者状態の要件が詳細に定められています。改定のたびに要件が変わることも多く、算定漏れが生じやすい分野でもあります。

令和8年度診療報酬改定による急性期入院料の変化

救急受け入れを継続している病院では、診療報酬の算定チェックを定期的に実施することが経営改善の早道になります。特に、施設基準の届出状況と実際の算定状況に乖離がないかを確認することが重要です。

二次救急の採算構造:赤字になる理由と黒字化の条件

二次救急が「採算が取れない」と言われる背景には、いくつかの構造的な理由があります。

まず、夜間・休日の当直体制は固定費です。医師・看護師を深夜も確保する必要があり、患者が来ない日も費用は同額発生します。搬送件数が少ない日と多い日で収益は変わっても、人件費はほぼ変わらないため、件数が少ない時期に損益が悪化しやすくなります。

次に、救急患者は初期診療においてコストが高い傾向があります。来院直後には状態の評価が優先されるため、画像検査・血液検査・処置が集中し、一連の診療報酬での評価がコストに追いつかない場合があります。特に「入院に至らない軽症患者」は外来処置だけで帰宅するため、収益貢献が限定的です。

一方、黒字化が実現しやすい条件として以下が挙げられます。

条件 具体的な内容
入院誘導率の高さ 搬送患者のうち入院に移行する割合が高いほど収益寄与が大きい
入院単価の高さ 急性期対応・手術件数が多い病院は単価が高く採算が取りやすい
算定の適正化 救急関連加算を漏れなく算定できているか
当直体制の効率化 医師・看護師の配置が過剰にならないよう機能・役割を整理する

二次救急の採算性:赤字になる構造と黒字化の4条件

「救急を続けるべきか撤退すべきか」の判断は、まず現状の入院誘導率・算定状況・当直コストを数値化し、改善余地があるかを検討したうえで結論を出すことが基本です。算定漏れを解消するだけで損益が改善するケースは決して少なくありません。

入院誘導率の管理:救急経営の核心指標

救急受け入れの経営効果を最大化するうえで、最も重視すべき指標が入院誘導率(救急搬送件数のうち実際に入院となった割合)です。この指標を月次で管理している病院と、搬送件数だけを追っている病院では、経営への取り組み方に大きな差が生まれます。

搬送件数が多くても入院に移行しなければ、外来処置だけで終わり、収益への貢献は限定的になります。逆に、搬送件数が多くなくても入院誘導率が高ければ、病床利用率の維持・向上に直結します。地域によっては、搬送件数よりも「どの疾患をどれだけ入院で受けているか」の方が経営への影響が大きいケースもあります。

入院誘導率を高めるためには、以下の取り組みが一般に有効とされています。

  • 受け入れ疾患の明確化:どの疾患・重症度を積極的に受け入れるかを地域の救急医療計画に合わせて整理し、消防署・地域医師会に周知する
  • 初期診療の質の向上:救急医あるいは専門医による迅速な初期評価が、入院方針の決定を早め、患者・家族の安心にもつながる
  • 病棟との連携強化:救急室から病棟への転棟がスムーズになると、救急室の回転率が上がり受け入れ余力が生まれる。病棟の満床状況と救急受け入れの連動管理が重要
  • 消防署との情報共有:搬送元の消防本部と定期的に情報交換することで、自院の受け入れ実績・強みが伝わり、搬送先として選ばれやすくなる

入院誘導率を高めるための体制整備チェックリスト

入院誘導率は月次で管理し、前月比・前年同月比で追いかけることが重要です。数値が低下してきたら、受け入れ疾患の変化・専門医の退職・病棟の満床状況・当直体制の変化など、要因を特定して対処します。一般に、入院誘導率が一定水準を維持できている病院ほど、救急受け入れの損益分岐点が低くなる傾向があります。

救急体制強化のステップと優先順位

救急受け入れを増やしたい・体制を整えたいと考える場合、どのような順序で進めるべきかを整理します。一度に全てを変えようとすると職員の負担が過大になるため、段階的に取り組むことが現実的です。

第1ステップ:現状の見える化。まず月別の搬送件数・入院誘導率・算定加算の一覧・救急関連の人件費を1枚のシートにまとめます。現状が数字で把握できていなければ、何を改善すべきかの優先順位がつけられません。事務長・経営企画担当者が中心となり、診療情報管理士や医事課と連携して整備します。

第2ステップ:算定漏れの解消。救急関連の診療報酬加算のうち、算定できるにもかかわらず見落とされているものがないかを確認します。これは「追加コストをかけずに収益を増やす」最も確実な手段です。施設基準の届出状況・算定実績・レセプトを突き合わせて、漏れを洗い出します。

第3ステップ:体制整備の重点化。当直体制の効率化・受け入れプロトコルの整備・消防署との関係構築の3点を段階的に進めます。3〜6ヶ月単位で重点項目を絞り込み、進捗を確認しながら次の課題へ移ることが現実的です。

第4ステップ:地域医師会・消防署・行政との連携深化。都道府県・市町村の地域医療構想調整会議や救急医療協議会への参加を通じて、自院が地域で果たす役割を明示します。地域の輪番体制への参加状況を確認し、適切な位置づけを目指します。

救急体制強化の4ステップとタイムライン

こうした取り組みは、短期間で劇的な変化をもたらすものではありませんが、6〜12ヶ月継続することで入院誘導率・算定実績の両方が改善する事例が一般に報告されています。

救急から撤退・縮小する場合のリスクと判断基準

救急受け入れをやめる、または大幅に縮小する場合、短期的にはコストが下がります。しかし中長期では、複数のリスクが顕在化します。

病床利用率の低下リスク:救急からの入院患者がなくなるため、病床利用率の維持が困難になる場合があります。特に地域で救急患者の一定割合を取り込んでいた病院では、入院患者が急減するケースもあります。帝国データバンクの2024年度調査では、民間病院約900法人の営業赤字が61.0%(前年度54.8%)と悪化しており、病床利用率の管理はより重要度が増しています。

地域における存在感の低下リスク:救急対応をやめることで、地域住民・かかりつけ医・行政から「頼れる病院」として認識されにくくなります。急性期機能の縮小は、中長期的な紹介患者数の減少につながるリスクがあります。

診療報酬上の要件喪失リスク:一部の加算・施設基準は救急受け入れ件数や当直体制を要件としており、受け入れを縮小・停止することで算定できなくなる項目が生じる可能性があります(個別に確認が必要)。

撤退・縮小の判断は、一時的な採算だけでなく、地域医療構想との整合性・病院機能の中長期的な方向性・5年後の患者数見通しを踏まえることが不可欠です。帝国データバンクの2025年調査によれば、医療機関の倒産66件・休廃業解散823件は2年連続で過去最多となっており、機能縮小が廃業の引き金になるケースも報告されています。

救急撤退・縮小のリスクと判断のマトリクス

機能の見直しは「コスト削減の手段」としてではなく、「病院の機能と地域の需要のマッチング」として位置づけることが、より持続可能な意思決定につながります。縮小の方向性を選ぶ場合も、撤退前に改善余地を数値で確認してからの判断を強くお勧めします。

まとめ

救急医療体制は、採算だけで判断すると撤退の方向に傾きやすいテーマです。しかし経営的に見れば、病床利用率の底上げ・診療報酬加算の確保・地域における存在価値の維持という三つの効果をもたらします。これらの効果は短期の損益には現れにくく、撤退後に初めて「なくなった影響」として認識されることが多いのが現実です。

判断のポイントは「搬送件数が多いか少ないか」ではなく、入院誘導率・算定状況・固定費のバランスをセットで見ることです。現状をデータで把握し、算定漏れを解消してから「それでも採算が合わない」という結論を出すことが、後悔のない意思決定につながります。

令和8年度診療報酬改定(本体+3.09%)は、入院医療を評価する方向性を明確にしています。この改定を追い風に、救急からの入院誘導率を改善する取り組みは、費用対効果が高い経営改善策のひとつといえるでしょう。

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