四病協の2024年度病院経営定期調査によると、病院の医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%に達しています。「赤字は当たり前」という感覚が医療界に広まりつつある一方、帝国データバンクの2025年調査では医療機関の倒産66件・休廃業解散823件が報告され、いずれも2年連続の過去最多を更新しています。
赤字が続いても倒産しない病院があるのは、診療報酬の安定入金や持参金などの構造上の理由があるからです。しかし「粘れる構造」は「立て直せる保証」ではありません。問題は、危機のフェーズを正しく認識できないまま対処が遅れることです。
本稿では、病院の経営危機を3つのフェーズに分類し、それぞれの警戒シグナルと取るべき対処法を実務的に整理します。自院が今どの段階にいるかを確認することが、最初の一歩です。
経営危機の3フェーズを正しく理解する

病院の経営危機は、一夜にして訪れるものではありません。一般に、収益悪化期 → 資金繰り逼迫期 → 倒産危機期という3つのフェーズを経て深刻化します。それぞれのフェーズには固有の警戒シグナルがあり、対処法も異なります。
| フェーズ |
主な特徴 |
主な対処 |
| フェーズ1:収益悪化期 |
赤字が拡大・損益が悪化 |
収益改善・コスト削減 |
| フェーズ2:資金繰り逼迫期 |
現預金が減少・借入依存増 |
資金調達・リスケ交渉 |
| フェーズ3:倒産危機期 |
支払い停滞・債務超過寸前 |
事業再生・M&A・閉院 |
多くの病院で問題になるのは、「損益が悪いのは知っていたが、現金がここまで少ないとは思わなかった」という、フェーズ1からフェーズ2への遷移の見落としです。損益計算書(P/L)だけを見て資金繰り表(資金繰り予測)を作っていないと、現実の危機度が見えません。
フェーズが進むほど選択肢は狭まり、交渉力も低下します。フェーズ1のうちに手を打てれば黒字化の可能性は十分あります。フェーズ2でも適切な資金調達と収益改善の組み合わせで立て直せるケースは少なくありません。しかしフェーズ3まで放置すれば、残される選択肢は事業再生・M&A・閉院のいずれかに絞られます。
フェーズ1:収益悪化期の早期発見と初動対応

フェーズ1の主な警戒シグナルは以下の通りです。現在の月次データと照合してください。
収益面のシグナル
- 病床利用率が全国平均(一般病床73.3%)を下回り、かつ前年同月比で下落傾向にある
- 入院単価・外来単価が前年比で低下している(算定漏れの蓄積や患者像の変化が原因のことも多い)
- 月次医業収益が予算比5%以上の未達で3か月以上継続している
費用面のシグナル
- 人件費率が医業収益の60%を超えている(病院のコストの5〜6割が人件費とされる中で、60%超は危険水域)
- 委託費・光熱費などの固定費が増加しているにもかかわらず収益が伸びていない
- 薬剤費・診療材料費が見直されないまま固定化している
収益悪化期の具体的な対処法
フェーズ1では、まず「何が収益を下げているか」の原因診断が先決です。病床利用率の低下なのか、単価の低下なのか、あるいは費用の増加なのかによって打ち手が変わります。
収益改善の優先行動として挙げられるのは、①診療報酬算定漏れのチェック(算定モレはゼロコストで即効性が高い)、②病床利用率が低い診療科・病棟の稼働テコ入れ、③紹介患者の増加に向けた地域連携室の機能強化、④外来単価を高める初診・再診料の届出確認と令和8年度改定の活用——などです。
コスト削減の優先行動は、①人件費の固定費化を避けるための残業・手当の管理、②給食・清掃・警備などの委託契約の定期的な見直し、③医薬品・診療材料の共同購買や交渉による仕入れコスト圧縮——が代表例です。
令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)では、急性期一般入院料1が1,688点から1,874点に引き上げられ、物価対応料(急性期一般1で58点/日)も新設されました。入院ベースアップ評価料は最大250点へ拡充、看護・多職種協働加算(277点/255点)も新設されています。これらを適切に届け出て算定できているかを再確認することが、フェーズ1の収益改善の即効策です。
フェーズ1の目標は、3か月以内に損益の傾向を反転させることです。月次で数字を追い、改善が見えなければフェーズ2の対策と並行して動き始める判断が必要です。
診療報酬算定漏れの点検ポイント
フェーズ1の初動として最も即効性が高いのが、診療報酬の算定漏れ是正です。典型的な算定漏れは、①入院料の加算(重症度、医療・看護必要度の評価不足による加算未算定)、②退院時指導・退院時共同指導料の未算定、③外来での各種指導管理料の請求漏れ、④検体検査判断料・画像診断管理加算の届出未更新——などが代表例です。これらは内部での自己点検(院内監査)あるいは外部の診療報酬コンサルタントへの依頼で発見できます。ゼロコストで収益を回収できる手段として、フェーズ1では最優先で取り組むべき課題です。
紹介患者増加のための地域連携室の機能強化
病床利用率の向上に直結する施策として、地域の診療所・クリニックからの紹介患者を増やすことが挙げられます。地域連携室が担当医師・看護師の変更などで機能低下している場合、①担当者の専任化、②地域の診療所への定期訪問活動の再開、③入退院支援の強化による在院日数短縮——を組み合わせることで、数か月単位での病床利用率回復が期待できます。施設や規模により異なりますが、一般に紹介患者が月10件増えるだけで病床利用率に数ポイントの影響が出ることがあります。
フェーズ2:資金繰り逼迫期の資金調達と交渉

損益の改善が間に合わず、現預金が目に見えて減少し始めたらフェーズ2です。このフェーズでは**「現金をいつまで確保できるか」を軸に行動する**必要があります。
フェーズ2の主な警戒シグナル
- 月末の現預金残高が、月間の医業収益の1か月分を下回り始めた
- 借入金の返済が苦しくなり、金融機関への相談を後回しにしている
- 社会保険料・固定資産税などの公租公課の支払いが遅れた経験がある
- 赤字補填のために短期借入(当座借越・手形割引)への依存が増えた
資金調達の主な選択肢
フェーズ2で検討すべき資金調達手段は、①WAM(福祉医療機構)融資、②民間金融機関からの追加融入または借換、③リースバック(不動産・医療機器)、④補助金・交付金の活用——の4つが代表的です。
WAM融資は、医療機関向けの低利の政策金融機関融資で、赤字経営下でも経営改善計画が提出できれば審査対象になります。金利・条件面で民間金融機関より有利なケースが多く、病院がまず検討すべき選択肢です。
リスケ(条件変更)交渉の進め方
既存の金融機関借入について返済が困難になった場合、**リスケジュール(返済条件の変更)**の交渉を早期に行うことが重要です。金融機関は早期相談を評価し、隠蔽や滞納後の相談を嫌います。経営改善計画(具体的な収益改善策と資金繰り予測を含む)を作成したうえで相談することで、交渉の成功率が高まります。
リスケの対象は、返済額の減額(元金据え置き)が一般的です。据え置き期間は1〜3年が多く、その間に収益改善を進めます。ただし、リスケは「傷を広げない時間を買う」措置であり、その間に収益改善の具体的な成果を出さなければ、根本的な解決にはなりません。
公租公課の滞納は最優先で解消する
社会保険料や税金の滞納は、金融機関の信用情報に即座に影響し、新規融資を受けられなくなる可能性があります。他の返済を絞ってでも公租公課を優先することが鉄則です。
WAM融資を使うための経営改善計画の作り方
WAM(福祉医療機構)融資を申請する際には、経営改善計画の提出が求められます。計画書には一般に、①現状の財務分析(損益・資金繰り)、②赤字の主要因の整理、③改善施策とその定量目標(病床利用率・人件費率など)、④3〜5年間の収支予測——を盛り込む必要があります。「改善策が曖昧」「数値目標がない」計画書は審査で評価されにくいため、外部専門家の支援を得て作成することが望ましいと言えます。
また、WAM融資は申請から入金まで一定の期間を要します。資金ショートが迫ってから動いても間に合わない可能性があるため、「現金が減り始めたらすぐに相談を開始する」という早期行動が重要です。福祉医療機構のWebサイト(WAM短観)では病院の経営動向データも確認でき、自院の状況と全国水準の比較に活用できます。
メインバンクとの関係維持が重要
金融機関の立場では、経営情報を定期的に開示し、問題が起きたら早めに相談してくる病院を「管理しやすい先」として評価します。逆に決算書の提出が遅い、問題が大きくなってから相談してくる——という対応は、金融機関の警戒を高めます。平時から年1〜2回のメインバンクへの経営状況の報告を習慣化しておくことが、フェーズ2の交渉を円滑にする伏線となります。
フェーズ3:倒産危機期の経営判断

フェーズ2の対策が間に合わず、資金ショートが目前に迫った状態がフェーズ3です。このフェーズでは、「今ある選択肢のなかで最善を選ぶ」という判断軸に切り替えることが必要です。
フェーズ3の主な警戒シグナル
- 債務超過(総負債が総資産を上回る)に陥っている、または直前の状態
- 診療報酬の返還金・未払い賃金・借入返済が滞り始めている
- 主要な医師・看護師が相次いで退職し、診療体制の維持が困難になっている
- 金融機関から追加融資の拒否、または期限前一括返済の要求を受けた
再建・M&A・閉院の選択基準
3つの選択肢を比較する軸は、①収益改善の見込みの有無、②負債整理の可能性、③地域医療への影響——の3点です。一般に、次のように判断します。
**事業再生(私的整理)**が適合するのは、①固定費が削減でき収益改善の余地がある、②主要金融機関が再生支援に同意できる、③医師・スタッフの引き留めが可能——なケースです。中小企業再生支援協議会や事業再生ADR(裁判外紛争解決)などの枠組みを活用することで、法的整理(倒産)を回避したまま借入条件の再構築を行うことができます。
**M&A(売却・承継)**が適合するのは、①病床・立地・許認可の価値が高い、②医師・スタッフが承継先で継続勤務できる、③売却により負債を整理できる規模の譲渡価格が見込める——なケースです。帝国データバンクの調査では医療業の後継者不在率は6割超に達しており、M&Aの市場は拡大しています。フェーズ3に入ると価格交渉力が著しく低下するため、M&Aを検討するなら早い段階で動くことが価格を守る上で最重要です。
閉院を選択するのは、上記の再建・M&Aがいずれも成立しない場合です。地域医療への影響を最小化するため、患者への十分な移転支援期間の確保(3か月以上が目安とされます)と、職員への早期告知・退職金の準備が法的義務として求められます。
フェーズ3で犯しやすい判断ミス
フェーズ3では、切迫感から判断を誤るケースが少なくありません。典型的なミスとして次のものが挙げられます。
第一は、「もう少し頑張ればいい」という再建への過信です。収益改善の見込みを楽観的に見積もって事業再生を選択し、資金が尽きてしまうケースです。フェーズ3での再建は、フェーズ1・2とは全く異なる困難が伴います。現実的な収益シミュレーションを外部専門家に依頼し、客観的に判断することが不可欠です。
第二は、M&Aの選択が「負け」と感じて先延ばしにすることです。医療法人の承継・売却を「病院を売り渡す」と否定的に捉える経営者は少なくありませんが、M&Aは「病院を存続させ、地域医療を守る」選択肢です。後継者不在率が6割超という現実の中で、M&Aは一般的な経営判断のひとつになっています。
第三は、情報開示のタイミングを誤ることです。資金繰りが逼迫しているにも関わらず「職員に知られたくない」と隠蔽を続けると、内部情報が漏れた際の離職が一気に進みます。逆に早すぎる開示は混乱を招くため、専門家の助言のもとでタイミングを設計することが求められます。
フェーズを問わない「経営危機の共通処方箋」

フェーズに関わらず、経営危機の病院に共通して有効な処方箋があります。
1. 月次・週次の資金繰り表の作成と管理
損益の数字だけを追うのではなく、今後3か月の現金収支を週次で管理する習慣をつけることが最初の一歩です。資金繰り表は、診療報酬の入金スケジュール(診察月の翌々月に入金)を正確に反映させることがポイントです。
2. 現場数値のリアルタイム把握
病床利用率・入院単価・入院件数を週次で把握できる仕組みを整えることで、悪化の初期サインを早期に捉えられます。病院200床・入院単価5万円の場合、利用率が1ポイント下がれば年間約3,650万円の減収になります。数字の動きを日常的に意識する文化を組織に根付かせることが危機防止の根幹です。
3. 外部専門家の早期活用
経営危機の初期段階から、医療経営に詳しい税理士・公認会計士・コンサルタントを入れることで、客観的な問題診断と対応策の立案が速まります。とりわけ金融機関との交渉や事業再生局面では、専門家が同席することで交渉成功率が高まる傾向があります。
4. 理事長・院長の意思決定の迅速化
経営危機において最も深刻なリスクの一つは、意思決定の遅延です。「もう少し様子を見てから」という先送りが、選択肢を一つずつ閉じていきます。月次経営会議を毎月確実に実施し、数値と対策の進捗を全役員が把握できる体制を作ることが重要です。
5. 情報管理と職員への適切な開示
危機的状況の情報が不用意に漏れると、医師・看護師の離職を加速させ、患者数の急減を招くリスクがあります。一方、役員・幹部にすら状況を共有しないと、現場の対策が遅れます。「誰に・何を・いつ・どのように伝えるか」を計画的にコントロールすることが求められます。
危機対応を成功させるための体制づくり

経営危機対応は理事長一人で行うものではありません。適切なチームを組成することが不可欠です。
内部の中核メンバーは、理事長(最終意思決定)・院長(現場医療の判断)・事務長(財務・労務・交渉実務)の3者です。規模によっては経営企画担当者や財務担当者を加えます。
外部専門家の役割分担は以下が標準的です。
| 専門家 |
役割 |
| 医療経営コンサルタント |
経営改善計画の策定・実行支援 |
| 税理士・公認会計士 |
財務診断・税務対応・金融機関交渉支援 |
| 弁護士 |
私的整理・M&A・閉院時の法的手続き |
| M&Aアドバイザー |
売却先探索・価格交渉・クロージング支援 |
重要なのは、これらの専門家を危機が深刻化してから探すのではなく、平時からの関係構築を心がけることです。特にM&Aアドバイザーは、フェーズ3になってから初めて接触すると、条件面で不利になる可能性があります。
危機対応の時間軸の目安
フェーズ1(収益悪化期)では、3か月以内の損益改善が目標です。フェーズ2(資金繰り逼迫期)では、半年以内のリスケ合意または追加融資の確保が優先課題になります。フェーズ3(倒産危機期)では、M&Aのプロセスは一般に6か月〜1年を要するため、早期着手が成否を左右します。閉院の場合は患者移転・職員告知から廃院届提出まで3〜6か月程度が必要です。
まとめ
病院の経営危機は3つのフェーズで進行します。フェーズ1では収益改善とコスト削減を軸に損益を反転させること、フェーズ2では資金繰り表の管理と金融機関交渉を優先すること、フェーズ3では再建・M&A・閉院のいずれかを早期に決断することが求められます。
四病協の調査が示すとおり、現在の病院経営は74.6%が医業赤字という厳しい現実の中にあります。しかし令和8年度の診療報酬改定(本体+3.09%)により、適切に届出・算定できている病院には改善の余地も生まれています。「どのフェーズにいるか」を正しく認識し、フェーズに応じた行動をとることが、危機を乗り越える第一歩です。
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