病院の閉院を決断したとき、最初に直面する最大の実務のひとつが患者の転院対応です。帝国データバンクの調査によれば、医療機関の倒産・休廃業解散は2025年に823件と2年連続で過去最多を更新しました。こうした状況のなかで、閉院が避けられないと判断した医療機関が、在院患者や通院患者を安全かつ円滑に次の医療機関へ引き継ぐことは、医療人としての倫理的義務であると同時に、地域医療への最後の責任です。
しかし現実には「いつ、誰が、何から手をつければよいのか」が整理されないまま閉院時期を迎え、患者や地域に大きな混乱をもたらすケースが少なくありません。患者の立場から見れば、長年通い続けた医療機関がなくなることは、治療の継続性が途切れるという深刻なリスクを意味します。特に複数の慢性疾患を抱える高齢患者や、転院先の受け入れ体制が限られる透析患者・精神科の長期入院患者にとって、転院の負担は医療上のリスクに直結します。
本稿では、患者転院対応を時系列と役割分担で整理し、転院先の調整・患者への通知・診療情報提供書の作成・医療記録の保管まで、理事長・院長・事務長が実務として動けるよう解説します。なお本稿は一般的な考え方の整理であり、具体的な手続きや期限については医療法・医師法等の一次情報と専門家への確認を前提としてください。
閉院決定から転院完了までのスケジュール感

病院の閉院は、決定から実際の診療終了まで相当の準備期間を要します。実務上、患者への通知から転院先の確保・転院完了まで少なくとも6〜12ヶ月を見込むことが出発点です。在院患者(入院中の患者)が多いほど、また転院が難しい患者が多いほど、この期間は長くなります。
閉院プロセスを大きく4段階に分けると、以下のようなイメージになります。
| 段階 |
時期の目安 |
主な作業 |
| ① 計画・体制構築 |
閉院決定直後 |
転院対応委員会の設置、患者リストの整理、転院困難患者の特定 |
| ② 通知・合意形成 |
閉院予定日の6ヶ月以上前 |
患者・家族への個別説明、地域医師会・関連機関への連絡 |
| ③ 転院先調整・実施 |
閉院予定日の6〜1ヶ月前 |
受け入れ先の確認と確定、診療情報提供書の準備と送付 |
| ④ 閉院・後処理 |
閉院予定日前後〜数年 |
転院実施、医療記録の保管・引き継ぎ、診断書等の事後対応 |
この4段階を意識せずに進めると、閉院直前になって転院先が未確定の患者が多数残り、地域の医療機関や行政に緊急の調整を迫るという事態に陥ります。「閉院を決めたその日から患者転院の計画を立てる」という意識が、実務の最初のポイントです。
帝国データバンクが2024年度に調査した民間病院では、約61.0%が営業赤字という厳しい状況が続いており、閉院を余儀なくされる医療機関が増えることが予想されます。だからこそ、閉院時の患者対応の標準的な手順を、事前に把握しておくことが重要です。
転院困難患者を最初に特定する

転院対応の出発点は、全患者を「転院先を見つけやすい患者」と「転院が難しい患者」に分類することです。転院先が見つかりにくい患者を後回しにすると、閉院直前に未解決の患者が残り、閉院日の延期や患者への大きな不安につながります。
転院先が見つかりにくいとされる患者の典型例を、優先度とともに整理します(一般的な傾向として示すものであり、地域の医療資源の状況によって異なります)。
最優先で対応が必要なケース(受け入れ先が限られる):
- 透析患者: 血液透析を受けられる施設が地域によって限られており、受け入れ可能な施設を早期に特定する必要がある
- 精神科の長期入院患者: 長期入院が前提の患者は転院先が少なく、また本人・家族の了解を得るための時間が必要
- 医療依存度が高い患者(人工呼吸器・中心静脈栄養等): 高度な対応が可能な施設が必要で選択肢が絞られる
- 難病・指定難病を持つ患者: 専門的な知識と体制を持つ医療機関が必要
対応に時間がかかるケース(本人・家族の意向調整が必要):
- 身寄りがない高齢患者: 意思決定支援のための時間と社会的サポートが必要
- 認知症が進行した患者: 本人への説明と家族・後見人の関与が必要
- 長期間の入院で療養施設への移行が必要な患者: 介護施設の入所手続きと時期の調整が必要
比較的転院調整しやすいケース(外来患者の多く):
- 定期通院中の安定した慢性疾患患者
- 治療が完結している患者(通院終了に近い状態)
患者リストを特性別に整理し、転院困難患者から優先的に担当者を決めて対応を始めることで、閉院プロセス全体が大幅にスムーズになります。この整理作業は、閉院対応チーム(医師・看護師・医療ソーシャルワーカー・事務スタッフ)が連携して行うのが現実的です。
患者・家族への閉院通知と説明

患者への閉院通知には法定の形式はありませんが、十分な準備期間を与えることと丁寧な個別説明が基本です。通知時期の目安として、閉院予定日の少なくとも6ヶ月前には患者・家族への通知を始めることが実務上の標準とされています。ただし転院困難患者については、それより早い段階で個別に話し合いを始めることが求められます。
患者通知文・説明に含めるべき主な内容:
- 閉院(診療終了)の日付: 明確な日付を明示する
- 閉院の理由: 過度に詳細である必要はないが、誠実に簡潔に記載する
- 患者への支援の内容: 転院先の候補案内・紹介状(診療情報提供書)の提供など、病院側が行う支援を具体的に伝える
- 転院・移行に関する相談窓口: 担当者名・電話番号・対応時間・相談の手順
- 当院での診療が継続できる期限: どの時点まで受診できるかを明確に伝える
- 医療記録(カルテ等)の開示・提供の方法: 転院先への情報提供と患者本人への開示の手順
通知方法は、書面郵送+来院時の口頭説明が基本です。特に高齢患者・長期入院患者・認知機能の低下が懸念される患者については、書面通知に加えて個別面談を行い、患者・家族が安心できる説明と十分な質問・相談の時間を設けることが求められます。
同時に、地域の関連機関への連絡も欠かせません。地域の医師会への連絡を早めに行うことで、近隣医療機関への協力依頼が円滑に進むことがあります。また、入院患者がいる場合には都道府県・保健所への報告が必要になるケースがあるため、所轄官庁への事前確認も行ってください。
患者が複数の診療科にかかっている場合は、主治医間で情報を整理し、患者へのコンタクト窓口を一本化することで、患者・家族の混乱を防ぎます。通知後に「どこに相談すればいいのかわからない」という声が多くなると、不安やクレームにつながりますので、窓口の一本化と対応時間の明示は必須です。
転院先医療機関との調整の実務

転院先の確保は「患者自身が選ぶ」ものですが、実際には病院側が積極的に候補を探し、調整を支援することが患者・家族の安心につながります。特に入院患者については、転院先への打診・受け入れ確認・日程調整まで病院側が担うのが現実的な対応です。
転院先候補の探し方として有効な方法:
① 地域医師会・病院協会を通じた依頼
地域の医師会や病院協会に閉院の事情を伝え、受け入れ可能な医療機関を紹介してもらいます。閉院という特殊な事情に対して、地域の医師コミュニティが協力してくれるケースは少なくありません。特に患者数が多い場合や転院困難患者が複数いる場合には、医師会を通じた一括の調整依頼が効率的です。
② 近隣医療機関・施設への個別アプローチ
患者の状態に合わせて、受け入れが可能と思われる近隣の病院・診療所・療養施設・介護老人保健施設などに直接連絡し、受け入れの可否と条件を確認します。患者の転院先候補として複数の選択肢を患者・家族に提示することが理想です。
③ 都道府県の医療機能情報提供システムの活用
都道府県が公開している医療機能情報は、各医療機関の診療科・対応疾患・施設基準等を検索できる無料のデータベースです。候補施設の基本情報を把握するのに活用できます。
④ 院内の医療ソーシャルワーカー・ケアマネジャーとの連携
特に介護が必要な高齢患者や、退院後の生活支援が必要な患者については、院内の医療ソーシャルワーカー(MSW)や連携しているケアマネジャーが転院先の探索と調整を担います。MSWがいる場合には、早い段階から転院対応チームに加わってもらうことが重要です。
転院先が確定したら、診療情報提供書を速やかに作成・送付し、患者の現状を正確に引き継ぐことが不可欠です。情報の抜け漏れや不正確さは、転院先での医療の質と安全に直接影響するため、最大限の注意を払ってください。
診療情報提供書と医療記録の引き継ぎ

閉院時に患者に提供する**診療情報提供書(紹介状)**は、単なる手続き書類ではなく、患者の医療の継続性を守るための重要な文書です。通常の紹介状以上に詳細な情報を盛り込むことで、転院先での医療を円滑にします。
| 記載項目 |
含めるべき内容の例 |
| 患者基本情報 |
氏名・生年月日・住所・緊急連絡先・家族構成 |
| 傷病名 |
主傷病・副傷病(ICD-10コード含む) |
| 現病歴・治療経過 |
いつから何の治療を受けてきたか、治療の経過 |
| 現在の投薬 |
薬剤名・用量・投与期間・処方理由 |
| アレルギー情報 |
薬剤・食物・その他のアレルギーと反応の種類 |
| 主要検査結果 |
直近の主要検査値(血液・画像・病理等) |
| 機能・生活状況 |
ADL・認知機能・介護認定・生活環境・キーパーソン |
| 今後の治療方針 |
継続が必要な治療・フォローアップの方向性 |
| その他注意事項 |
コミュニケーション上の留意点・患者の希望・信仰等 |
医療記録の保管義務については、医師法の規定により、診療録(カルテ)は最終診療日から5年間の保存義務があります。閉院後も保存義務は継続するため、診療録の保管方法・保管場所・担当責任者を決め、患者本人や他の医療機関からの照会に対応できる体制を整えることが不可欠です(各種文書の保存期間は法令によって異なりますので、専門家への確認をお勧めします)。
保管の方法:
- 院長・理事長が継続保管: 閉院後も保管責任者として5年間カルテを保管する方法。場所と管理の継続が必要
- 専門の医療記録管理業者への委託: 医療情報の保管・管理を専門とする業者に委託する方法。費用は発生するが管理の確実性が高い
- 電子カルテの場合: システムベンダーと閉院後のデータ保全・閲覧体制について早期に協議する。保守契約終了後もデータが読み取れる形式での保全が必要
保管期間中に患者・家族・転院先・保険会社などから診療記録の開示依頼が来る可能性があります。問い合わせに対応できる連絡窓口(担当者・電話番号)を整備し、閉院の告知物や転院通知にも明記しておくことで、事後対応がスムーズになります。
閉院後に残る患者対応と体制の維持

閉院後も、患者関連の対応が数年にわたって続くことがあります。閉院スタッフが全員退職してしまう前に、事後対応の体制を決めておくことが不可欠です。
閉院後に生じる主な患者対応:
① 診断書・証明書の発行依頼への対応
閉院後も、患者から傷病手当金の証明書・生命保険会社向け診断書・障害認定に必要な診断書などの発行依頼が来ることがあります。医師法上の診療録の保存期間内(最終診療日から5年)は対応義務が継続します。発行を担う医師の連絡先と、事務手続きの窓口を整備しておきましょう。
② 転院先医療機関からの照会への対応
転院先の医師から「投薬の経緯を知りたい」「以前の検査結果を確認したい」といった照会が来ることがあります。照会への対応が遅れると、患者の治療に支障が出ることがあるため、速やかに対応できる体制が求められます。
③ 患者・家族からの相談・クレームへの対応
閉院に対する不満や、転院先での治療に不安を感じた患者・家族からの相談が寄せられることがあります。誠実な対応窓口を維持することは、院長・医師個人の評判を守るうえでも重要です。
④ 転院が完了していない患者への対応
閉院予定日までに転院先が確定しなかった患者がいる場合には、都道府県の地域医療担当部署や医師会に連絡し、緊急の対応調整を依頼することが必要になります。このような事態を防ぐためにも、閉院日の設定は転院困難患者の転院完了の見通しが立ってから決めることが理想です。
四病院団体協議会の2024年度調査では、病院の医業赤字は74.6%・経常赤字は65.6%に達しており、今後も経営難を理由に閉院を余儀なくされる医療機関が増えることが想定されます。閉院を検討し始めた早い段階で患者転院対応の全体像を把握し、計画的に進めることが、患者・地域・病院スタッフ全員にとって最善の結果につながります。
まとめ
病院の閉院における患者転院対応は、医療人としての最後の責務であり、地域の医療と患者の信頼を守るうえで欠かすことのできないプロセスです。実務の柱を整理すると次の5点になります。
①転院困難患者を最初に特定する——透析・長期入院精神科・医療依存度の高い患者を早期に洗い出し、個別に担当者をつける。
②閉院予定日の6ヶ月以上前から患者通知を開始する——書面郵送と個別面談を組み合わせ、患者・家族が安心できる説明と相談の機会を十分に設ける。
③転院先の調整は地域医師会などの外部資源を最大限活用する——一人で抱え込まず、地域の医療コミュニティとの連携で困難ケースを解決する。
④診療情報提供書は通常以上の詳細情報を盛り込む——転院先での医療の質と安全を守るために、患者情報の正確な引き継ぎを最優先する。
⑤閉院後の医療記録保管と問い合わせ対応の体制を決めておく——スタッフが退職する前に、5年間の保管体制と事後対応の窓口を整備する。
診療所経営者の56.7%が70歳以上という現実(帝国データバンク2025年調査)が示すように、後継者不在を抱えた医療機関の閉院は今後も続くと考えられます。しかし、閉院は必ずしも唯一の選択肢ではありません。承継・経営受託・統合といった選択肢を、専門家とともに検討することで、患者にとっても経営者にとっても、より良い解決策が見つかることがあります。
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