医療機関の建物や医療機器は、時間とともに劣化し、いつかは更新を迫られます。電子カルテのサーバー更新、MRIなどの画像診断装置の老朽化、空調・給排水などの設備インフラの劣化——こうした「設備の寿命」は、損益計算書の上では減価償却費として毎期少しずつ費用計上されますが、実際の現金支出(資本的支出)は更新時に一度に発生します。
病院の経営において、この「損益上の費用」と「実際の現金支出」のズレをきちんと把握していないと、突然の設備更新で資金繰りが逼迫したり、老朽化した設備のまま診療を続けて医療安全上のリスクを高めたりすることになります。
四病院団体協議会の2024年度病院経営定期調査によると、病院の医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%に達しており、多くの病院が厳しい財務環境に置かれています。こうした状況下では、設備更新に充てる内部留保を積み上げることが難しく、いわゆる「修繕積立の不足」が経営の潜在的リスクになっています。帝国データバンクの2024年度調査でも、民間病院約900法人の営業赤字は61.0%(前年度54.8%からさらに悪化)に達しており、設備更新への財源確保は業界全体の課題といえます。
本稿では、理事長・院長・事務長が押さえておくべき減価償却の基本から、老朽化リスクの見方、令和8年度診療報酬改定が設備コストに与える影響、そして設備更新の資金調達手段まで、実務の視点から整理します。

減価償却とは何か — 病院財務における基本的な意味
減価償却とは、建物・設備・機器などの固定資産を取得したときに支払った費用を、その資産の使用可能期間(耐用年数)にわたって分割して費用化する会計処理です。
たとえばMRIを1億円で導入した場合、その費用を購入した年度だけに計上するのではなく、法定耐用年数にわたって毎年一定額を費用として計上します。これにより、「一時的な現金支出」が「毎期の費用」として平準化され、損益計算書に反映されます。
病院財務における減価償却の重要なポイントを整理すると、次のとおりです。
① 非現金支出の費用
減価償却費は実際の現金の流出を伴いません。そのため、減価償却費が計上された分だけ、損益上は費用が増えますが「実質的なキャッシュ・フロー(CF)」は損益よりも改善します。損益が赤字であっても、営業CF(減価償却費を加え戻した額)が黒字であれば、借入金の返済は続けられます。金融機関がよく使う「EBITDA(利払い・税金・減価償却前の利益)」という指標も、この考え方に基づいています。
② 内部留保の源泉
本来、減価償却費に相当するキャッシュは、将来の設備更新に備えて内部に積み立てておくべき資金です。しかし赤字経営が続いている病院では、減価償却費相当の現金が医業損失の補填に使われてしまい、更新のための資金が残らないことがあります。数年後に大型設備の更新が必要になったとき、内部留保が枯渇していれば、借入か診療の縮小かという厳しい選択を迫られます。
③ 帳簿価額(未償却残高)の意味
取得価額から減価償却累計額を差し引いた「帳簿価額」は、その資産の残存価値を示します。帳簿価額がゼロに近い、あるいはすでにゼロになっている設備は、会計上は「価値がなくなった」状態です。実際にはまだ稼働していても、修繕費の増加や突然の故障リスクが高まっており、更新を検討すべき水準にあることを意味します。
④ 資金調達の前提としての減価償却
金融機関(WAM・地方銀行等)が病院への融資審査をする際、減価償却前の利益(EBITDA)や、減価償却費に対する借入金返済額の比率(デット・サービス・カバレッジ比率)を重要指標として見ます。財務分析において減価償却を正しく把握することは、外部借入の可否にも直結しています。
病院の損益計算書・貸借対照表を見るとき、減価償却費の金額と、固定資産の帳簿価額(未償却残高)の両方を毎期確認することが、財務健全性の把握に不可欠です。
病院の主要設備と更新サイクル — 何が「寿命」に近いか
病院には多様な固定資産が存在します。建物・附属設備・医療機器・情報システム・医療ガス設備・給排水設備など、それぞれに更新サイクルが異なります。以下の表は代表的な設備の分類と更新の目安を示したものです。
| 設備区分 |
主な例 |
更新の目安 |
| 建物本体(RC造) |
病棟・外来棟・手術室 |
30〜50年(大規模修繕は10〜15年ごと) |
| 医療用機器 |
MRI・CT・X線 |
10〜15年(メーカー保守終了が節目) |
| 電気設備・空調 |
受変電設備・空調機 |
15〜25年 |
| 情報システム |
電子カルテ・HIS |
5〜10年(OSサポート終了が引き金) |
| 医療ガス設備 |
酸素配管・吸引設備 |
20〜30年 |
| 給排水設備 |
配管・ポンプ類 |
15〜30年 |
(※法定耐用年数は国税庁の耐用年数省令に定められており、物理的な劣化スピードとは異なる場合があります)
特に注意が必要なのは医療機器と情報システムです。医療機器はメーカーによる保守部品の供給が10〜15年で終了することが多く、その後は故障時に対応できない「修理不能」の状態になりえます。電子カルテシステムはOSのサポート終了(Windowsなど)が引き金になり、急な更新を迫られるケースも少なくありません。
また、建物については、完成から30年以上経過した病院では、屋上防水・外壁・給排水配管など複数の大規模修繕が同時期に重なる「更新の波」が来ることがあります。一度に工事が重なると費用が集中し、資金繰りを直撃します。竣工年から逆算して、10〜15年後の大規模修繕のタイミングをあらかじめ把握しておくことが、長期修繕計画(長計)の出発点となります。

減価償却累計率で「老朽化度」を財務的に把握する
設備の老朽化を財務指標で測る方法として、減価償却累計率(有形固定資産の老朽化比率)が活用できます。
減価償却累計率 = 減価償却累計額 ÷ 取得原価合計 × 100
この比率が高いほど、設備全体として「法定耐用年数に対して使用が進んでいる」ことを意味し、近い将来に大規模な設備更新が必要になる可能性を示しています。
一般に、有形固定資産の減価償却累計率が70%を超えると老朽化が進んでいる水準とされ、早急な更新計画の策定が求められます。50〜70%であれば中期的な対応が必要、50%未満であれば比較的余裕があるとみることができます。ただし、これはあくまでも目安であり、設備の種類・病院の診療機能によって判断は異なります。
この指標は、貸借対照表(B/S)に記載されている「有形固定資産(取得価額)」と「減価償却累計額」から計算できます。決算書を見る際にこの数値を毎期確認しておくことで、設備更新の緊急度を早期に認識できます。
さらに実務的には、設備区分ごと(医療機器・建物・情報システムなど)に分けて老朽化率を計算することが有用です。たとえば医療機器だけの累計率が90%を超えているなら、建物に余裕があっても機器の更新は急務となります。
更新優先度の判断には、「老朽化率(高/低)」×「業務影響度(高/低)」の4象限マトリクスで設備を整理すると有効です。
- 老朽化高 × 業務影響高:最優先で更新計画を策定(手術室機器・電子カルテ・救急関連機器など)
- 老朽化高 × 業務影響低:中期計画に組み込む(倉庫設備・一部給排水配管など)
- 老朽化低 × 業務影響高:現状維持・予防保全を継続(比較的新しい画像機器など)
- 老朽化低 × 業務影響低:経過観察(非医療部門の一般設備など)
このマトリクスを理事会・幹部会で共有することで、設備投資の優先順位について経営判断の共通認識が生まれます。また、老朽化率の高い区分が複数ある場合は、どれを先に手当てするかを財務状況・診療への影響・代替手段の有無を総合して判断します。

令和8年度改定「物価対応料」と設備コスト — 何が変わったか
2026年6月に施行された令和8年度診療報酬改定では、約30年ぶりとなる本体**+3.09%**という大幅な引き上げが実現しました。改定率の内訳は、賃上げ対応+1.70%・物価対応+1.29%・政策改定+0.25%・適正化▲0.15%となっており、病院経営に直接影響する変更が多数含まれています。
なかでも設備コストの観点から注目されるのが、物価対応料の新設です(日本医師会・GemMed各解説参照)。近年の急激な物価上昇(電気・光熱費・診療材料・設備コストの高騰)に対応するために新設されたこの加算は、急性期一般入院基本料1で1日あたり58点(1点10円換算で580円/日)が追加算定できます。入院基本料の種類に応じて算定点数が設定されており、従来の診療報酬体系では2年ごとの改定を待つしかなかった物価上昇への対応を、速やかに収益に反映できる仕組みです。
物価対応料の意義と限界
病院にとって物価対応料は、日常的な運営コスト(電気代・燃料費・診療材料費)の増加分を診療報酬で補填する効果があります。ただし、設備の大規模更新コストを直接的に全額賄えるわけではありません。たとえば、200床規模の病院で急性期一般入院基本料1を算定している場合、物価対応料による年間増収は施設規模・病床稼働率によって異なりますが、一方でMRI1台(1〜2億円程度)の更新費用は物価対応料のみで完結するには不十分なケースが多いと言えます。
物価対応料はあくまでも「日常的なコスト上昇の部分的な補填」と位置づけ、大型設備の更新財源は内部留保・外部借入・リース活用などを組み合わせた計画的な対応が別途必要です。
また令和8年度改定では、入院ベースアップ評価料の拡充(最大250点へ)・急性期一般入院料の引き上げ(急性期一般入院料1: 1,688点→1,874点)なども実施されており、入院収益の改善が見込まれます。ただし、賃上げ分はスタッフの給与改善に充当することが前提となっており、設備投資の原資は別途確保する発想が必要です。

設備更新の資金調達 — WAM融資・リース・自己財源の使い分け
設備更新の資金を確保する手段は複数あります。設備の種類・病院の財務状況・更新の緊急度によって組み合わせを検討することが重要です。
① 内部留保(自己財源)
最もコストのかからない資金源は、自院が積み上げてきた内部留保です。減価償却費相当額を毎期積み立ててきた病院であれば、設備更新時に追加借入をせずに対応できます。しかし赤字経営が続いてきた病院では内部留保が薄く、多くのケースで外部資金調達が必要になります。
② WAM(福祉医療機構)融資
独立行政法人福祉医療機構(WAM)は、医療機関向けに長期・低利の融資を提供しています。建物・設備の整備資金として活用でき、一般の金融機関よりも有利な条件で借り入れられる場合があります。WAMの病院経営動向調査(WAM短観)では毎期の業界の経営状況が公表されており、融資審査の参考資料にもなります。審査には財務諸表の提出・事業計画の策定が必要で、申請から実行まで一定の時間がかかります。
③ 地方銀行・信用金庫等からの設備融資
地元の金融機関からの設備資金融資も一般的な手段です。条件はWAMより高めになるケースが多いですが、迅速な対応や地域金融機関との関係性を活かした柔軟な条件交渉が期待できます。
④ リース(ファイナンスリース・オペレーティングリース)
医療機器については、購入ではなくリース契約で導入する方法があります。月々の定額支払いにより初期費用を抑えられる一方、リース料の総額は購入費を上回ることもあります。ファイナンスリースは実質的に資産取得として扱われ、貸借対照表に計上されます。
リースは「手元の現金を温存したい場合」や「技術革新が早く陳腐化リスクの高い機器」(電子カルテ・IT機器など)に向いています。また、設備のメンテナンスや保守をリース会社がパッケージで提供するタイプのリースは、修繕コストの見通しを立てやすい利点があります。
| 資金調達手段 |
主なメリット |
主な注意点 |
| 内部留保 |
コストゼロ、財務への影響最小 |
赤字が続く病院では積み上げが困難 |
| WAM融資 |
低金利・長期返済が可能 |
審査に時間・事業計画が必要 |
| 銀行・信金借入 |
機動性がある、関係融資の活用 |
金利・返済負担が増す |
| リース |
初期投資を抑制、月次コスト化 |
総コストは高め、途中解約制限あり |
病院の財務状況によっては、これらを組み合わせることが現実的です。たとえば「自己財源で小型機器を更新しつつ、建物大規模修繕はWAM融資を活用する」という組み合わせが考えられます。

意思決定の実務フロー — 理事長・事務長が取り組む6ステップ
設備更新の意思決定は、「壊れてから発注する」という場当たり的な対応では遅すぎます。理事長・事務長として年に一度は以下のプロセスを踏むことをお勧めします。
ステップ① 固定資産台帳の確認
有形固定資産台帳から、主要設備の取得年月日・取得価額・帳簿価額(残存価額)を確認します。帳簿価額がゼロに近い(または既にゼロ)のに現役で稼働している設備は、更新リスクが高い状態にあります。特に医療機器・情報システムについては、メーカーによる保守終了予定も確認しておきましょう。
ステップ② 老朽化率の計算
前述の減価償却累計率を全体・設備区分別に計算します。70%を超えるカテゴリーがあれば、早急な対応計画の策定を検討してください。初年度は計算するだけでも、経営陣に危機感を共有できる効果があります。
ステップ③ 業務への影響度の評価
各設備が故障・停止したとき、どの診療機能に支障が出るかを確認します。外来・入院・手術・救急などの機能への影響が大きい設備を「高影響」に分類し、前述のマトリクスに当てはめます。
ステップ④ 更新計画(中長期設備計画)の立案
優先度の高い設備から順に、更新時期(◯年度)・更新方法(購入/リース)・概算費用を整理した「中長期設備更新計画」を作成します。単年度では対応できない金額の案件については、複数年の資金計画に分散して組み込みます。
ステップ⑤ 資金計画との整合確認
設備更新計画の費用を、毎期の事業計画(資金繰り計画)に落とし込みます。WAM融資やリースを使う場合は、毎期の返済額・リース料が損益にどう影響するかをシミュレーションします。設備更新後に診療収益が増えることが見込める場合(例:高性能機器の導入による患者増・算定点数アップ)は、その効果も試算に加えます。
ステップ⑥ 定期モニタリングと計画の見直し
年1回(決算確定後・次年度予算編成前が最適)に固定資産台帳と更新計画の進捗を照合し、新たな設備の経年情報を加えて計画を更新します。診療報酬改定のタイミング(今後は2年に1度)や、国の補助金・交付金の動向も確認し、計画に反映させます。
この6ステップは一度に完成させる必要はありません。まず①と②だけでも着手し、「今の設備の老朽化度」を数字で把握することが出発点です。

まとめ
病院の設備更新は、目の前の損益だけを見ていると見落としがちな「隠れたリスク」です。減価償却費は非現金費用であるため、赤字病院においても日々消費されている設備の「経済的寿命」を意識しにくい構造になっています。
しかし、設備の老朽化は医療安全・診療継続性に直結する問題であり、経営的にも突発的な更新費用が資金繰りを直撃するリスクがあります。四病協・帝国データバンクのデータが示すように、病院の財務環境が厳しいなかでも、設備更新の計画的な対応は不可欠です。
今期中に取り組むべき実務アクションをまとめます。
- 固定資産台帳から減価償却累計率を計算し、老朽化の深刻な設備区分を特定する
- 業務への影響度と組み合わせたマトリクスで更新優先度を整理する
- WAM融資・リース・内部留保の組み合わせを検討し、中長期設備更新計画を策定する
- 令和8年度改定の物価対応料の算定要件を確認し、新たな収益源を計画に織り込む
設備投資は「将来への投資」であり、計画的に対処することが長期的な病院経営の安定につながります。福祉医療機構のWAM短観・四病協の業界調査データなども活用しながら、自院の財務状況と業界平均を対比し、経営改善の道筋を描いてください。
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