病院経営において、近年急速に存在感を増している課題が物価高騰です。エネルギー価格の高止まり、食材費の上昇、医薬品・診療材料の調達コスト増が同時進行し、収入がほぼ横ばいであっても費用だけが膨らむという状況が全国の医療機関で続いています。

四病院団体協議会が公表した「2025年度病院経営定期調査 結果報告」によると、病院の医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%に達しており、その一因として物価上昇による費用増が挙げられています。収益を上げるためには患者数や単価の向上が王道ですが、費用の膨張を放置したままでは改善の効果が出にくい構造です。

本記事では、物価高騰の現状認識から始まり、コスト構造の分解方法、食材費・光熱費・医薬品材料費それぞれの実務的な対策、そして令和8年度診療報酬改定で新設された「物価対応料」の活用まで、理事長・院長・事務長が現場で使える形で解説します。

1. 物価高騰が病院経営を直撃している現状

病院の費用構造と物価高騰の影響(概念図)

福祉医療機構(WAM)が公表した「病院経営動向調査(WAM短観)」では、2024年度以降、光熱水費・食材費・委託費の増加が収益の圧迫要因として複数回連続で上位に挙げられています。2025年6月調査でも、エネルギーコストと食材費の高止まりが多くの施設で続いていることが確認されています。

帝国データバンクの「全国病院経営動向調査(2024年度)」では、民間病院約900法人の61.0%が営業赤字であり、前年度(54.8%)からさらに悪化しています。こうした赤字の拡大には、診療報酬の伸びを超える速度でコストが増加しているという構造的な問題があります。

病院のコストの5〜6割は人件費が占めますが、残り4〜5割の中に物価高騰の直撃を受ける費目が集中しています。具体的には次の3つのコスト群が主な高騰領域です。

コスト群 主な費目 高騰の主な要因
光熱・エネルギー 電気・ガス・重油・蒸気 資源価格高騰、電力市場価格上昇
食材・給食 食材費、給食委託費 輸入食材価格、輸送・物流コスト
診療材料・医薬品 材料費、医薬品購入費 円安、グローバル供給制約

診療報酬は2年ごとの改定サイクルですが、物価は毎月変動します。改定で収入が増えても費用増に追いつかないケースが生じるのはこの非対称性のためです。まず自院のコスト構造を数値で可視化することが、あらゆる対策の起点になります。

2. コスト構造を「固定費・変動費」で分解する

病院コストの固定費・変動費分解(マトリクス概念図)

物価高騰対策を体系的に進めるには、費用を固定費変動費に分解して優先順位をつけることが有効です。闇雲に「全部削減」と号令をかけても、削れる費目と削ってはいけない費目が混在しており、効果が出ない場合があります。

固定費(患者数・稼働に関わらず一定額が発生)

  • 人件費のうち基本給・固定的な手当
  • 建物・医療設備の減価償却費
  • リース料・損害保険料・法定費用
  • 借入金の元利返済(財務費用)

変動費(診療量・稼働率に連動して変動)

  • 医薬品費・診療材料費(使用量比例)
  • 給食材料費(食数比例)
  • 給食委託費の変動部分(食数・食種による変動)
  • 検査外注費・委託業務費の変動部分

半固定費(段階的に変動する)

  • 光熱水費:基本料金(固定)+使用量料金(変動)の複合型
  • 看護補助者・パート職員の人件費

物価高騰の影響が最も直接的に現れるのは変動費の領域です。ただし光熱費は固定費・変動費の両面を持つため、「基本料金の引き下げ(契約見直し)」と「使用量の削減(省エネ)」を別の施策として取り組む必要があります。

直近3年分の月次コストデータを費目別に整理し、「金額の絶対値」と「前年比の変化率」の両方を把握してください。変化率が大きい費目が優先的な対策対象になります。この作業を経営会議の議題に定期的に載せることで、担当者任せにならない経営管理の仕組みができます。

3. 食材費・給食委託費を見直す

給食コスト削減の実務チェックリスト

病院給食は入院患者の療養生活を支える重要なサービスです。一方で、食材費と給食委託費の高騰は直接的かつ大きなコスト増要因になっています。給食費用の適正化は、患者の食事の質を保ちながらコストを管理するという難しいバランスを求められます。

委託先との契約・仕様の見直し

給食を外部委託している場合、まず現在の委託契約の単価体系を確認することが必要です。委託費の単価が固定されたまま食材費が上昇しているケースでは、委託先が実質的に赤字を引き受けている場合もあります。こうした状況は委託先の撤退・契約打ち切りリスクにつながるため、双方に持続可能な単価水準を協議することが重要です。

単なる値下げ交渉ではなく、「食種の統廃合」「調理工程の見直し」「食数の予測精度向上」といった仕様の最適化とセットで交渉することで、委託先にとっても合理的なコスト削減が実現しやすくなります。

食種・食数の適正化

入院患者の食種が複雑化するほど、食材の品種・在庫・調理工程が増え、コストと廃棄ロスが膨らみます。疾患別の食種数を定期的に見直し、臨床上の必要性が低い細分化を整理することで、材料費と作業コストを圧縮できる場合があります。

また、食数の「予測精度」を上げることも重要です。実際の喫食数と発注量のギャップを月次で把握し、廃棄率を管理指標として設定することで、材料費の無駄を削減できます。

共同購買・産地直送の活用

複数医療機関が連携して食材を共同購買することで、スケールメリットを活かした価格交渉が可能になります。地域医師会や病院団体が仲介するケース、あるいは複数の系列施設をまとめて一括調達するケースなどが一般に存在します。自院単独の購買量では交渉力が限られる場合、こうした仕組みへの参加を検討してみてください。

4. 光熱費・エネルギーコストを削減する

エネルギーコスト削減の施策マトリクス(即効性・投資規模)

光熱費(電気・ガス・水道など)は、病院運営において食材費・医薬品費と並ぶ主要な変動コストです。24時間365日稼働する病院は電力消費が多く、エネルギー価格の上昇の影響を受けやすい業態です。対策は「即効性のある運用改善」と「中長期的な設備投資」に分けて整理すると実行しやすくなります。

即効性のある取り組み(大きな投資なしで着手可能)

電力契約の見直し:電力自由化以降、複数の事業者から入札方式で電力を調達できる場合があります。現在の契約が高圧電力・特別高圧電力の場合は、競争入札の実施が費用削減の候補になります(なお、算定可能な節約幅は施設の規模・使用パターンにより異なり、個別確認が必要です)。

デマンド管理の強化:最大需要電力(デマンド値)は、電力会社への基本料金の算定基準になります。ピーク時間帯の大型設備稼働をずらすことで基本料金を引き下げられる可能性があります。デマンドコントローラーの導入や既存システムの設定見直しが確認候補になります。

空調・照明の運用最適化:休日・夜間の非稼働エリアの空調設定温度の見直し、廊下・倉庫のLED化、人感センサーの活用などは、比較的小さなコストで着手できます。

中長期的な投資(初期費用はかかるが効果が持続)

省エネ設備への更新:空調設備・ボイラー・医療機器の省エネ型への更新は、長期的な光熱費削減につながります。国・自治体の補助金や省エネ診断制度を活用することで、初期投資を抑えられる場合があります(「病院が使える補助金・交付金 2026年度版の探し方」も参照)。

コジェネレーション・太陽光:自家発電設備の導入は初期投資が大きい一方、電力コストの長期安定化とBCP(事業継続計画)機能を兼ねられます。導入検討にあたっては、回収期間(ペイバック期間)の財務試算が必須です。

光熱費対策で重要なのは、「感覚的な節電」ではなく月次の消費量データを費目別に把握し、前年比・前月比で変化を追うことです。数値で管理する習慣がないまま省エネを呼びかけても、効果の検証ができず、継続的な改善につながりません。

5. 医薬品・診療材料の調達コストを管理する

医薬品・診療材料コスト管理の実務フロー

医薬品費と診療材料費は変動費の中でも金額規模が大きく、かつ使用量・在庫管理の工夫によってコストを改善できる余地があります。ただし、医療の質・安全性に直結するコストであるため、削減の可否は医師・薬剤師・コメディカルとの合意のもとで判断することが原則です。

後発医薬品(ジェネリック)への計画的切り替え

先発品と同等の有効成分・品質を持つ後発医薬品への切り替えは、医薬品費削減の代表的な手段です。国の方針としても後発品の使用促進が進められており、入院・外来を通じた後発品比率の向上が確認候補となっています。切り替えにあたっては、医師・薬剤師の同意を得ながら計画的に進めることが現実的です。

在庫管理の適正化と廃棄ロスの削減

過剰在庫は使用期限切れによる廃棄ロスと保管コストを生みます。一方、在庫不足は緊急調達コストの増加や診療への影響を招きます。適正在庫水準を品目ごとに設定し、定期的な棚卸と発注量の見直しを仕組み化することが重要です。

SPD(Supply Processing and Distribution:物品供給管理)システムを活用することで、在庫の見える化と発注の自動化が図れる場合があります。システムがない施設でも、Excelベースの在庫台帳を整備するだけでも廃棄ロスの可視化が進みます。

共同購買・団体交渉の活用

県病院協会や地域医師会を通じた医薬品・診療材料の共同購買は、スケールメリットを活かした価格交渉力の強化につながります。単独病院では難しい交渉が可能になるケースがあります。具体的な参加方法については地域の病院団体に問い合わせてみてください(「医薬品・診療材料の共同購買でコストを下げる」で詳しく解説しています)。

為替リスクへの備え

輸入医薬品・診療材料は円安の影響を受けやすく、調達コストが急上昇するリスクがあります。国産品への代替検討、複数メーカーからの調達分散など、単一ルートへの依存度を下げるリスク管理の視点も重要です。診療材料の調達戦略は、財務担当者だけでなく医事・購買・臨床の連携で進めることが有効です。

6. 令和8年度改定「物価対応料」を活用する

令和8年度診療報酬改定・物価対応料の活用フロー

物価高騰への対応として、2026年6月1日に施行された令和8年度診療報酬改定では**「物価対応料」が入院基本料への上乗せとして新設**されました。これは病院の物価コスト増加を診療報酬で一定程度補填することを目的とした仕組みであり、経営面では重要な収益改善機会です。

厚生労働省が公表した「個別改定項目について(令和8年度診療報酬改定)」および GemMed の解説記事によると、入院基本料の改定幅には物価対応分が上乗せされており、急性期一般入院料1では58点/日程度が物価対応料として組み込まれていると報告されています(算定要件の詳細は施設ごとの確認が必要です)。

令和8年度改定における主な入院料の改定

区分 改定前(令和6年度) 改定後(令和8年度)
急性期一般入院料1 1,688点 1,874点
地域一般入院料1 1,176点 1,290点
療養病棟入院料1 1,964点 2,035点

(出典:厚生労働省 個別改定項目について 令和8年度診療報酬改定)

令和8年度の本体改定率は**+3.09%**(約30年ぶりの3%超)であり、その内訳は次の通りです。

  • 賃上げ対応:+1.70%
  • 物価対応:+1.29%
  • 政策改定:+0.25%
  • 適正化:▲0.15%

物価対応の+1.29%分は、光熱費・食材費・医療材料費の高騰を念頭に設計されたものです。ただし、改定率はあくまで「全体平均」であり、自院の実際のコスト増がこの範囲に収まるかどうかは施設の費用構造によって異なります。

自院の算定状況を確認する

物価対応料の恩恵を最大限に受けるためには、現在どの入院基本料を算定しているか、そして改定後の新たな点数・加算の算定要件を満たしているかを医事担当者が精査することが重要です。算定の可否は施設基準を含む要件の確認が必要であり、「算定候補」として検討した上で、必要に応じて地方厚生局へ確認することをお勧めします。

また、令和8年度改定では「入院ベースアップ評価料」が最大250点へ拡充されており、看護・多職種協働加算(加算1:277点、加算2:255点)も新設されています。これらも含めた算定漏れのチェックが収益改善に直結します(「診療報酬の算定漏れチェックリスト」参照)。

まとめ

病院の物価高騰対策は、「気合で節約する」ではなく、コスト構造の可視化 → 費目別の優先順位づけ → 具体的施策の計画的実行という流れで取り組むことが有効です。

  • 食材費・給食委託費:委託先との仕様・単価の協議、食種・食数の適正化、共同購買の活用
  • 光熱費:電力契約・デマンド管理の即効対策と、省エネ設備更新の中長期計画
  • 医薬品・診療材料費:後発品切り替え、在庫管理適正化、共同購買・調達分散
  • 令和8年度改定の物価対応料:算定要件の確認と算定漏れの撲滅

コスト削減には「削れる部分」と「削ってはいけない部分」があります。医療の質・患者安全に関わるコストを安易に削ることはリスクです。費用構造を数値で把握しながら、経営の持続可能性を確保する視点で対策を進めてください。資金繰りへの影響が気になる場合は「病院の資金繰り悪化 7つのサイン」も合わせて参照してください。

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出典・参考文献

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