「病床はほぼ埋まっているのに、なぜ決算が赤字なのか」「外来も増えているのに、なぜ資金繰りが苦しいのか」——病院の理事長・院長・事務長から、こうした相談が後を絶ちません。

四病院団体協議会(四病協)の2024年度病院経営定期調査(最終報告)によれば、**病院の医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%に達しています。これは単なる経営努力不足ではなく、病院という事業形態に組み込まれた構造的な「からくり」**によるものです。本稿では、5つの観点から病院の収益費用構造を会計の視点で解剖します。

診療報酬という「決まり事」の中で収益が決まる仕組み

診療報酬の請求・審査・支払いサイクル(タイムライン)

病院の主な収益源は診療報酬です。患者から直接受け取るのは自己負担分(1〜3割)のみで、残りは保険者(健保組合・国保など)から後から受け取ります。

診療報酬の収益が手元に届くまでには、おおむね2か月のタイムラグがあります。たとえば4月に提供した医療の報酬は、5月末に社会保険診療報酬支払基金や国民健康保険団体連合会へ請求し、6月末〜7月初旬に入金されます。病院会計は発生主義をとるため、「診療をした月」に収益計上します。帳簿上は4月に収益が計上されますが、現金は7月にならないと入ってこない——この「収益と現金の乖離」が、資金繰り悪化の遠因になります。

さらに重要なのは、診療報酬は基本的に**「点数×単価(10円)」**で決まり、施設・病院側が自由に価格を設定できないという点です。入院基本料や加算を取得するには、人員配置基準を満たし、届出を行い、施設基準に合致し続けなければなりません。売上を増やすには「より高い加算を取得する」か「患者数・在院日数を管理する」しか手段がなく、競合他社のように独自の値上げができる業種ではありません。

令和8年度(2026年度)診療報酬改定では本体がプラス3.09%となりました。急性期一般入院料1は1,688点から1,874点に引き上げられ、物価対応料も新設されています。しかし、この改定は人件費や物価上昇へのコスト増への対応分も含むため、増収がそのまま利益増に直結するわけではありません。「改定率プラス=収益改善」ではなく、コスト上昇との差し引きで考える必要があります。

費用の5〜6割は人件費 — 固定費の塔が覆いかぶさる

病院の費用構造:人件費が5〜6割を占める(費用内訳グラフ)

病院の費用構造の最大の特徴は、費用の5〜6割が人件費で占められることです。医師・看護師・薬剤師・検査技師・理学療法士・事務スタッフと、多くの専門職を常時配置しなければ病院は機能しません。

費用項目 おおよその割合(目安)
人件費(給与・法定福利費含む) 5〜6割
医薬品費・診療材料費 1〜2割
委託費(給食・清掃・検査等) 1割前後
減価償却費・賃借料 数%
水道光熱費・消耗品等 数%

(注:構成比は病院の規模・機能により異なります)

入院基本料を算定するには看護師の夜勤配置基準があり、救急指定を維持するには24時間の医師当直が必要です。患者数が少ない日も、病床が空いた日も、配置した人員のコストは変わりません。つまり病院の費用の大部分は固定費であり、売上が下がっても費用はほとんど下がりません。

逆に、売上が上がったとき(たとえば患者が増えたとき)も、対応するために人員を増やせばコストが比例して増加します。「忙しくなると人が必要になり、人を増やすとコストが上がる」という構造が、売上増をそのまま利益増につなげることを難しくします。

医師の人件費はとりわけ重い要素です。地方の公立病院や中小病院では、医師確保のために給与条件を引き上げざるを得ない状況が続いており、人件費率の上昇が構造的な赤字の一因になっています。病院経営において**「人件費率」は最重要KPIの一つ**であり、一般に60%を超えると危険水域とされます。

令和8年度診療報酬改定では、入院ベースアップ評価料が最大250点へと拡充され、看護・多職種協働加算も新設されました(加算1:277点、加算2:255点)。これは人件費上昇をある程度カバーするための財源措置ですが、算定するためには賃金改善計画の策定・届出・実績報告が必要です。「改定で点数が増えた」と安心するだけでなく、実際に算定できているかの確認が欠かせません。

DPCと包括払い — 検査を増やしても収益が増えない

DPCにおける在院日数と1日あたり収益の関係(概念図)

急性期病院の多くはDPC(診断群分類包括評価)制度を採用しています。DPC病院では、入院中の検査・投薬・処置の多くが1日単位の包括点数で支払われます。

DPCの仕組みでは、診断群ごとに1日あたりの報酬点数が設定されており、入院期間が長くなるほど1日あたりの点数が逓減します(期間I・II・IIIという段階的な設定)。

  • 入院初期(期間I):高い点数が設定される
  • 中期(期間II):やや低い点数に移行
  • 後期(期間III):さらに低い点数
  • 一定日数超(出来高転換):出来高算定に移行

この逓減構造のため、在院日数が長くなるほど1日あたりの収益が下がる傾向があります。また、包括払いの範囲内では、追加の検査・投薬をしても、その分の収益は増えません(包括範囲外となる一部の項目を除く)。「たくさん治療をした→たくさん稼いだ」という直感は、DPC環境では成立しません。

むしろ、適切な期間で退院させ、病床を効率よく回転させることが収益の最大化につながります。このため、在院日数管理・退院調整・地域連携(回復期・療養病床への転院調整)が経営上の重要課題となり、地域連携室の機能強化が直接収益に影響するのです。

DPCは算定漏れも生じやすい制度です。診断群コードの選択ミスや副傷病の記載漏れは、本来取得できる点数を下げてしまいます。定期的なDPCコーディング監査が、気づかぬ収益ロスを防ぎます。

なお、DPCはすべての病院に適用されるわけではありません。DPC対象病院に指定されていない病院(出来高算定病院)は、個々の診療行為ごとに算定するため、検査・処置の件数が収益に直接連動します。ただし出来高算定でも、人件費と固定費の重さという根本的な構造は変わりません。医業収益の最大化という目標に向けて、自院の算定方式と強みを踏まえた戦略が求められます。

損益とキャッシュの乖離 — 「黒字なのに現金が足りない」現象

損益計算書とキャッシュフローの主な差異(比較表)

病院経営でしばしば起きる不思議な現象が、「損益計算書は(かろうじて)黒字なのに、現金が不足する」というケースです。この第四のからくりを理解するには、損益計算書(P/L)とキャッシュフローの違いを押さえる必要があります。

取引の内容 損益(P/L)への影響 キャッシュへの影響
高額医療機器(5億円)の購入 その年は費用ゼロ(翌年から減価償却) 購入時に5億円が出ていく
減価償却費(年間5,000万円) 費用として損益を押し下げる 現金の支出はない
4月診療分の診療報酬請求 4月の収益として計上 実際の入金は6〜7月
借入金の元本返済(月500万円) 費用に計上されない 毎月500万円が出ていく

損益上は費用計上される「減価償却費」は現金支出を伴いません。一方、設備購入時に出た多額の現金支出は当期の損益には現れません。また、借入金の元本返済分は損益計算書に費用として出てきません(利息部分のみ費用計上)。毎月の元本返済が重なる病院では、損益は黒字でも現金が毎月流出し続けます。

「黒字なのになぜ資金が足りないのか」という疑問を持つ理事長が多いのは、このP/Lとキャッシュの乖離への認識が薄いからです。福祉医療機構(WAM)の病院経営動向調査(WAM短観)でも、損益だけでなく資金繰りの状況を定期的に把握することの重要性が示されています。

特に設備の老朽化が進んでいる病院では、損益の黒字を見て安心していたところ、設備更新の時期に現金が不足するリスクがあります。月次の損益管理に加えて、**資金繰り表(キャッシュフロー計画)**を並走させることが不可欠です。

病床利用率と損益分岐点 — 1ポイントが年間3,650万円の重み

病床利用率と年間収益・損益の関係(病院の損益分岐点グラフ)

以上の構造を踏まえると、病床利用率の経営的な重要性が改めて浮き彫りになります。これが最も直接的な「からくり」といえるかもしれません。

厚生労働省の病院報告(2024年)によれば、全病床の利用率は全国平均77.0%、一般病床は73.3%です。一般に損益分岐点は80%前後とされており、平均的な病院は損益分岐点を下回った状態で日々の運営をしていることになります。

指標 数値
全病床平均利用率(厚労省 病院報告2024) 77.0%
一般病床平均利用率(同) 73.3%
損益分岐点の一般的目安 80%前後
200床・入院単価5万円の場合の1ポイント価値 約3,650万円/年

200床・入院単価5万円の病院を例にとると、病床利用率が1ポイント改善すると、年間約3,650万円の増収になります(2床×5万円×365日の機械計算)。逆に1ポイント低下すれば同額の減収です。この計算で、「なぜ病床管理と在院日数管理が日常業務の中で優先課題となるのか」が数字として見えてきます。

固定費が大きい病院では、損益分岐点を超えた後の追加収益はほぼそのまま利益に転換されます。一方、損益分岐点に届かない状態では、多少の改善をしても費用が収益を上回り続けます。「忙しいのに赤字」「利用率が上がってきたのに、まだ赤字」という状態は、損益分岐点に到達するまでの固定費の壁が原因のことが多いのです。

このため、稼働率の低い病床をどう活用するか(機能転換・ダウンサイジング・地域医療連携の活用など)は、病院経営の根本的な問いになります。

損益分岐点という概念は、「目標病床利用率」の設定にも直結します。病院が目指すべき最低利用率の水準を逆算し、地域の患者需要・紹介体制・在院日数管理の目標をセットで設計することが、経営計画の第一歩です。帝国データバンクの2024年度調査では民間病院約900法人の61%が営業赤字であり、「利用率が少し改善すれば黒字化できる水準」にある病院は相当数存在します。逆に言えば、病床利用率の改善こそが、最も手の届きやすい経営改善策とも言えます。

「からくり」を知ったうえでの具体的な打ち手

理事長・事務長が月次で確認すべき経営管理チェックリスト

5つの構造的からくりを理解したうえで、経営改善の方向性を整理します。

①収益の「上限突破」は難しいからこそ、取りこぼしをなくす

診療報酬は行政が決めるため、価格を自由に引き上げることはできません。収益を増やすには、(a)加算の取りこぼしをなくす(届出要件・人員配置・記録の徹底)、(b)病床利用率を上げる、(c)入院単価を高める(高加算の診療への集約、在院日数の適正化)の3軸が基本です。加算の算定漏れは「追加投資ゼロ」の収益改善策として最も取り掛かりやすく、定期的なチェックが重要です。

②人件費は「変動費化」を意識した組織設計へ

すべての業務を常勤正職員で賄う必要はありません。業務委託・紹介会社経由の非常勤・パートタイム活用により、需要の波に応じた労働力の調整ができます。また、業務フローの見直しやDX化による生産性向上も、人件費の実質的な効率化につながります。看護補助者の活用や多職種協働(タスクシフティング)も令和8年度改定で加算が拡充されており、積極活用が求められます。

③損益だけでなく資金繰りも月次でモニタリングする

損益計算書に加えて、毎月の資金繰り表(向こう3か月程度)を作成・確認することで、「黒字倒産」リスクを早期に把握できます。借入金の返済スケジュールと設備投資の時期を組み合わせた中期キャッシュフロー計画を経営会議でも共有することが望ましいです。

④診療報酬改定のタイミングを活かす

令和8年度改定のように大きな動きがある時期は、新設加算の取得・施設基準の届出見直し・診療機能の再設計のチャンスです。改定内容の確認と自院の届出状況の照合を組織的に行い、取り逃しをなくすことが収益改善に直結します。PwC Japan等の改定分析レポートや厚生労働省の個別改定項目を参照しながら、具体的なアクションに落とし込む体制を整えましょう。

まとめ

病院が「忙しいのに赤字」になる根本には、①診療報酬という管理された価格体系と2か月の入金遅延、②5〜6割を占める人件費を中心とした高い固定費、③DPC包括払いによる「検査増≠収益増」の構造、④損益とキャッシュの乖離(設備投資の現金支出・元本返済・減価償却費の非現金性)、⑤損益分岐点80%前後に対して全国平均73〜77%という病床利用率のギャップ——この5つが複合的に絡み合っています。

「なんとなく赤字」から「なぜ赤字か」を構造として理解できれば、打ち手は自ずと絞られます。月次の損益と資金繰りを両輪で管理しながら、病床利用率・入院単価・加算取得の改善を地道に積み上げることが、最も確実な立て直しの道筋です。

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