「持分がないから、うちの法人は売れないんですよね?」——病院経営の承継相談でこの言葉を聞くたびに、誤解が根深く広まっていると感じます。確かに、持分あり医療法人と同じ感覚で「株を売る」ような形の承継はできません。しかし、持分なし医療法人でも承継やM&Aを実現する手段は複数あります。
帝国データバンクの調査によると、医療機関の倒産・休廃業解散件数は2年連続で過去最多を更新し、2025年の倒産は66件、休廃業・解散は823件に達しました。診療所経営者の56.7%が70歳以上という現実があり、後継者不在のまま閉院を余儀なくされるケースが急増しています。この背景には、持分なし医療法人の承継方法がよく理解されていないことも一因としてあります。
医業赤字が74.6%に達し(四病協2024年度病院経営定期調査・最終報告)、経営継続が厳しい局面にある今こそ、持分なし法人の出口戦略を正しく理解しておくことが重要です。本記事では、持分なし医療法人の承継・M&Aに関する3つの主要ルートと、基金型法人特有の論点、そして後継者不在時の現実的な選択肢を、実務目線で解説します。
持分なし医療法人とは何か——基本のおさらい
まず、持分なし医療法人の特性を整理しておきましょう。2007年の医療法改正以降、新たに設立される医療法人はすべて「持分なし」です。持分あり医療法人(経過措置医療法人)は既存法人のみに認められており、現在は新規設立できません。
持分あり法人では、出資者が法人の純資産に対して持分(出資比率に応じた財産権)を持ちます。法人を「売る」場合、この持分を第三者に譲渡することで実質的な支配権移転が可能です。一方、持分なし法人では出資者が持分を持たないため、「持分を売る」という手段が使えません。
しかし、ここで重要な点があります。持分なし法人においても、社員(医療法人の意思決定機関である社員総会の構成員)という地位は存在します。社員総会は理事長の選任・解任、定款変更、合併・解散など重大事項を決議する機関であり、社員の顔ぶれを変えることで事実上の経営支配権を移転できます。
また、法人格は維持したまま、事業(施設・設備・スタッフ・患者)だけを別の法人に移す「事業譲渡」、あるいは2つの法人が一体化する「合併」という手段も使えます。つまり持分なし法人でも、承継・M&Aのルートは一つではありません。
| 区分 | 持分あり(経過措置)医療法人 | 持分なし医療法人 |
|---|---|---|
| 設立 | 2007年改正前の既存法人のみ | 2007年改正以降の全新設法人 |
| 出資者の財産権 | 持分(財産権)あり | 持分なし |
| 主な承継手段 | 持分譲渡 | 社員権移転・事業譲渡・合併 |
| M&Aの価格形成 | 持分の評価額が中心 | 事業価値・基金・のれんが中心 |
持分なし医療法人でもM&Aが成立する理由
持分なし医療法人でM&Aが成立する根本的な理由は、「支配権」は「持分」ではなく「社員の地位と理事会の構成」によって決まるからです。
社員総会が法人の最高意思決定機関であり、理事・理事長を選任します。したがって、社員の多数を新経営者側に入れ替え、旧経営者を退任させることで、持分の移転なしに経営の実質的支配権を移せます。具体的には次の流れが一般的です。
- 既存社員の退社と新社員の入社: 定款に定められた手続きに従い、現在の社員が退社し、後継者側が新社員として入社する。社員の構成変更は社員総会の決議が必要な場合があるため、定款の確認が必須です
- 理事・理事長の交代: 新社員が多数となった社員総会で新役員を選任し、理事長を交代する
- 都道府県への届出: 理事長交代・役員変更は都道府県知事への届出が必要です(認可・届出の区分は変更内容による)
この手法は合法的かつ実績のある方法ですが、社員総会での決議プロセスや定款の内容によって手続きが複雑になる場合があります。実際の手順は医療法・各都道府県の取り扱いを確認の上、弁護士・司法書士と連携して進めることが重要です。
承継・M&Aの3つのルート
持分なし医療法人の承継・M&Aには、大きく3つのルートがあります。
ルート①:社員交代・理事長交代による法人存続型
法人格をそのまま存続させながら、社員・理事長を入れ替えて経営権を移転する方法です。法人の許可・指定番号(保険医療機関の指定など)がそのまま引き継がれる点が大きなメリットです。患者・スタッフ・取引先との関係継続がスムーズで、M&Aにおいて最も選ばれやすいルートです。ただし、法人の債務も引き継ぐため、デューデリジェンス(事業精査)で財務状況を徹底的に確認することが不可欠です。
ルート②:事業譲渡
医療法人の法人格は維持したまま、病院施設・医療機器・スタッフの雇用・患者名簿などの「事業」を別の法人や個人に譲渡する方法です。譲渡先が保険医療機関の新規指定を受ける必要があり、許可・指定の引き継ぎに時間がかかる点がデメリットです。一方、売却側は法人格を残しつつ特定の事業のみ切り離せるため、複数病院のうち1つだけを売却したい場合などに有効です。
ルート③:合併(吸収合併・新設合併)
2つの医療法人が一体化する手段です。吸収合併は存続法人が消滅法人を吸収する形で、新設合併は両法人が解散して新法人を設立します。合併は都道府県知事の認可が必要で手続きが複雑ですが、一方の法人の経営が困難な場合に別法人が支援・統合するケースや、地域医療体制の再編として行政主導で進む場合に活用されます。
| ルート | 法人格の扱い | 許認可の引継ぎ | 手続き難易度 | 負債の引継ぎ |
|---|---|---|---|---|
| ①社員交代・理事長交代 | 存続 | そのまま | 中 | あり(精査必須) |
| ②事業譲渡 | 売り手:存続 | 再取得が必要 | 中〜高 | 選択的に引継ぎ可 |
| ③合併 | 新設または吸収 | 存続法人が承継 | 高 | 全て引継ぎ |
基金型法人特有の論点——基金の取り扱い
持分なし医療法人の中には、基金拠出型医療法人と呼ばれる形態があります。設立時に出資者(理事長・家族・関係者など)が「基金」として資金を拠出しており、この基金は法人が解散したときに返還義務があります(利息はつきません)。
M&Aや承継の場面では、この基金が重要な論点となります。
基金の確認: まず自院が基金型かどうか、基金の総額はいくらかを確認します。定款や法人の登記事項で確認できます。基金が多額の場合、後継者はM&A後に基金返還請求を受けるリスクを念頭に置く必要があります(基金は解散時でなくても、定款の規定により返還を求められる場合があります)。
承継時の取り扱い: 法人存続型(ルート①)でM&Aを行う場合、基金はそのまま法人に残ります。後継経営者は既存の基金拠出者との関係(返還のタイミング・方法)について事前に合意しておくことが重要です。旧経営者が基金の即時返還を求める場合は、その資金を用意できるかも交渉上の焦点となります。
基金の評価と価格交渉: 買い手側からすれば、基金の将来的な返還義務は法人の「隠れた負債」のようなものです。M&Aの価格交渉では、基金額を控除した実質的な純資産価値をもとに評価することが一般的です。基金の多寡によって最終的な譲渡価格が大きく変わるため、専門家を交えた丁寧な試算が必要です。
後継者不在時の現実的な選択肢
「子どもが医師でない」「院内に後継者候補がいない」——そのような場合でも、持分なし医療法人の出口戦略は「廃院しかない」ではありません。帝国データバンクによると医療業の後継者不在率は6割超とされており、後継者問題は多くの医療法人が直面する構造的な課題です。
選択肢①:第三者へのM&A(M&A仲介活用)
M&A仲介会社や医療専門のアドバイザーを活用して、法人を丸ごと第三者に承継する方法です。理事長・院長が引退しても、法人・病院としての機能は継続します。地域医療を守りながら経営から退く最もスマートな方法であり、持分なし法人でも実績のある方法です。医業赤字が続いていても、立地・施設・スタッフの体制に価値が認められれば買い手がつく可能性はあります。
選択肢②:社会福祉法人・公的機関への事業譲渡または合併
地域の社会福祉法人、医師会立病院、公立病院グループに事業を引き継いでもらうルートです。地域医療体制の維持を目的としており、行政が仲介役になるケースもあります。価格は低くなることが多いですが、地域への責任を果たしながら閉鎖を避けられます。
選択肢③:地域医療連携推進法人への参加
地域医療連携推進法人(2017年制度化)は、複数の医療法人・介護事業者が連携する組織です。単独での経営継続が困難な場合でも、連携推進法人に加入することで経営資源の共有や支援を受けながら事業継続するという第4の道があります。
最後の手段:解散・清算
上記のいずれも難しい場合は、解散・清算という選択肢になります。医療機関の休廃業・解散は2025年に823件と過去最多水準ですが(帝国データバンク2025年調査)、早期に選択して患者への影響を最小化する判断も経営者の責任です。解散時には清算手続きや残余財産の帰属先(持分なし法人の場合は国または地方公共団体への帰属)の確認が必要です。
承継準備は早期着手が不可欠——準備にかかる時間と手順
持分なし医療法人の承継は、「売りたいと思ったときにすぐ動ける」ものではありません。準備から完了まで、最短でも1〜2年、基金の処理や合併が絡む場合は3年以上かかることも珍しくありません。
準備開始から完了までの主なステップ
まず法人の財務状況・基金額・定款内容の棚卸しに数カ月を要します。福祉医療機構リサーチレポートによると、病院の経営状況は施設によって大きく異なり、財務の透明化に時間がかかるケースが多く見られます。次にM&Aアドバイザーや弁護士と連携してスキームを選定し、買い手・後継者の探索に取り組みます。買い手が見つかった後は、デューデリジェンス(通常2〜3カ月)、条件交渉、社員総会決議、都道府県への届出・認可、引き継ぎ期間と続きます。
早期着手が重要な理由は、理事長・院長の健康状態が急変した場合のリスクにもあります。診療所経営者の56.7%が70歳以上という現実を踏まえると、判断能力があるうちに方針を決めることが、スムーズな承継の最大の条件です。
また、令和8年度診療報酬改定(2026年6月施行)で改定率が本体プラス3.09%となり、経営環境が改善傾向にある今は、法人の事業価値が上がるタイミングでもあります。赤字幅が縮小し財務が改善した状態でM&Aを進めることができれば、より有利な条件で承継できる可能性があります。
さらに、認定医療法人制度(持分あり→持分なし移行)の活用や、役員退職金の準備など、税務・財務上の事前整備も並行して進めることが重要です。これらは一朝一夕では完結しないため、経営の先行きを見据えた計画的な着手が求められます。
まとめ
持分なし医療法人だからといって、承継・M&Aの道が閉ざされているわけではありません。社員権の移転、事業譲渡、合併という3つのルートがあり、地域の実情や法人の財務状況、基金の有無によって最適な手法は異なります。
特に基金型法人では、基金の額と返還条件が承継価格に大きく影響します。早期に法人の実態を棚卸しし、専門家(弁護士・医療専門のM&Aアドバイザー・税理士)と連携して準備を進めることが、スムーズな出口戦略の第一歩です。
後継者不在・高齢化・赤字という三重苦に直面している医療法人でも、地域医療を継続する方法は必ずあります。「どうせ売れない」と諦める前に、選択肢を整理することから始めてください。
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出典・参考文献
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- 帝国データバンク 全国「病院経営」動向調査(2024年度)
- GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- 福祉医療機構リサーチレポート 2023年度決算 病院の経営状況
- 病院を経営する医療法人の財務分析(日本経営診断学会論集)
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