公立病院の経営が厳しい状況は、全国的な問題として広く認識されています。四病協の2024年度病院経営定期調査・最終報告によると、病院全体の**医業赤字は74.6%、経常赤字は65.6%**に達しており、公立病院もその例外ではありません。むしろ公立病院は、民間病院とは根本的に異なる使命と制約を抱えているために、構造的に赤字が生じやすい環境に置かれています。
地方自治体の首長や議員、そして病院の院長・事務長にとって、「なぜ公立病院は黒字にならないのか」「どうすれば経営を改善できるのか」という問いは切実です。本記事では、公立病院の赤字を生む構造的な原因を5つに整理したうえで、自治体が実際に取りうる改善策と、令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)が公立病院に与えるプラスの変化まで、実務に根ざした視点で解説します。
公立病院はなぜ赤字になりやすいのか
民間の医療法人と公立病院の最大の違いは、**「使命と制約の非対称性」**にあります。民間病院は収益性を優先して診療科や病床数を自由に調整できますが、公立病院には次のような固有の制約が課されています。
採算が取れない診療を担い続ける義務
公立病院は「地域医療の最後の砦」として、へき地医療・救急・感染症・小児・産科・精神科など、民間が撤退しやすい不採算部門を継続して提供することを求められます。これらは診療報酬だけでは運営費用を賄いにくく、赤字の主因となりやすい分野です。一般に、不採算部門を多く抱えるほど医業損益の赤字幅が広がる傾向があります。
硬直した組織・人件費構造
公立病院の多くは地方公務員(または準公務員)制度の下で雇用しており、民間と比べて人件費の圧縮が難しい構造です。病院のコストの5〜6割は人件費とされており、この硬直性が財務を直接圧迫します。また、退職金・年金なども自治体が負担するケースが多く、医業収益に直接反映されない形で大きなコストが発生します。さらに、定員管理制度の制約から、需要に応じた人員の増減が機動的にできないという問題も抱えています。
首長・議会との意思決定プロセスの遅さ
病院経営には機動的な意思決定が必要ですが、公立病院では予算要求・議会承認・入札手続きなど行政プロセスを経なければならず、経営改善の実行スピードが大幅に遅れる傾向があります。民間病院であれば理事会決議で即日対応できる施策も、公立では複数年かけてようやく実施されるケースも珍しくありません。
公立病院の赤字を生む5つの構造的原因
① 不採算部門の恒常的な赤字
へき地・救急・小児・産科・感染症は、診療報酬体系では採算ラインに乗りにくい分野です。公立病院がこれらを担い続ける以上、当該部門の赤字は構造的に発生します。たとえば一般に、小児科は受診件数の変動が大きく一定の病床・人員を確保しつつ稼働率が上がりにくいケースが典型例として挙げられます。救急についても、三次救急(高度救命救急センター)を担う公立病院は設備・人員コストが高く、診療報酬収入だけでは補えない部分を一般会計で補填せざるを得ないのが実情です。
② 公務員制度に基づく高い人件費率
医業収益に占める人件費の割合(人件費率)は民間病院より高い傾向があります。公務員制度の制約で給与水準の見直しが難しく、定員管理も柔軟にできない病院が多く見られます。施設により異なりますが、人件費率が医業収益の65〜75%程度に達するケースも一般にあり得ます。これが収益圧迫の直接要因となります。病院のコストの5〜6割は人件費というのは業界共通の事実であり、公立病院ではその割合がさらに高くなりがちです。
③ 病床利用率の低迷
全国の病床利用率の平均は、全病床で77.0%、一般病床で73.3%(厚労省 病院報告2024)です。一般に損益分岐点は80%前後とされており、全国平均がすでに分岐点を下回っています。病院200床・入院単価5万円の場合、利用率が1ポイント低いと年間約3,650万円の収益減に相当します。公立病院では急性期機能の過剰供給や、地域の人口減少・少子高齢化による需要構造の変化などを背景に、稼働率が慢性的に低迷するケースが見られます。この状況が続けば、固定費の回収がますます困難になります。
④ 老朽化した建物・設備の更新投資負担
昭和から平成初期に建設された公立病院の建物は老朽化が進んでいます。大規模改修や建て替えには多額の資本投資が必要で、その借入金の元利返済が毎年の経営を圧迫します。自治体財政が逼迫している場合、投資を先送りするほど将来の改修費が膨らむという悪循環に陥りがちです。また、電子カルテシステムの更新費用など情報投資も重なり、経営への圧力は年々高まっています。
⑤ 一般会計繰入への依存と改革の先送り
一般会計からの繰り入れがある一方、繰り入れ水準の根拠が不明確なまま年度予算で決定されるケースがあります。補助金や繰り入れが一時的に経常黒字を作り出しても、医業損益は赤字のまま放置されるという状況が長期化しやすいです。繰入によって「問題がない」ように見える状態が続くと、経営改善の危機感が薄れ、抜本的な構造改革の機会を逸することになります。
データが示す病院経営の現状
令和6年度 公立病院の経営に関する調査(全国自治体病院協議会)によると、多くの公立病院が医業損失を計上しつつも、一般会計からの繰り入れによって経常収支をプラスに保っている実態があります。
四病協の2024年度病院経営定期調査・最終報告では、病院全体の医業赤字が74.6%、経常赤字が65.6%という深刻な数字が報告されています。帝国データバンクの2024年度調査でも、民間病院約900法人の営業赤字が61.0%(前年度54.8%)と1年間で6ポイント以上悪化しており、GemMedによる解説でも同様の傾向が指摘されています。民間でこれほど厳しい状況であれば、制約が多い公立病院の経営環境はさらに厳しいと言えます。
また、帝国データバンクの調査(2025年)では、医療機関の倒産が66件・休廃業解散が823件に達し、2年連続で過去最多を更新しました。診療所経営者の56.7%が70歳以上という高齢化も、後継者不在問題と相まって公的・民間を問わず経営基盤を揺るがす要因となっています。
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 病院全体の医業赤字割合 | 74.6% | 四病協 2024年度最終報告 |
| 病院全体の経常赤字割合 | 65.6% | 四病協 2024年度最終報告 |
| 民間病院の営業赤字割合 | 61.0% | 帝国データバンク 2024年度 |
| 一般病床の全国平均利用率 | 73.3% | 厚労省 病院報告2024 |
| 医療機関の倒産・休廃業解散 | 889件 | 帝国データバンク 2025年 |
この数字が示すのは、もはや「一部の経営が苦手な病院が赤字なのではなく、業界全体が構造的に厳しい局面にある」という事実です。公立病院の経営者・自治体の担当者は、この事実を直視したうえで具体的な手を打つ必要があります。
自治体が取れる4つの経営改善対策
対策① 機能・病床の適正化(ダウンサイジング)
需要に見合わない過剰な病床を維持し続けることは、利用率の低迷と人件費の肥大化をもたらします。地域の医療需要を分析し、急性期から回復期・地域包括ケアへの機能転換や、実際の稼働状況に応じた病床削減を検討することが重要です。
病床削減は「後退」ではなく、適正規模への収束です。稼働していない病床に費やすコストを減らし、収益を生む機能に集中投資することで、財務体質の改善が期待できます。縮小した病床数に合わせて看護師等の配置を見直すことで、人件費の合理化も同時に図れます。
対策② 診療収益の最大化(収益漏れの是正)
実際の診療行為に対して診療報酬の算定漏れが生じているケースは少なくありません。加算の取得状況、DPC係数の活用、外来単価・入院単価の分析を行い、収益を適正に確保できているか定期的に点検することが有効です。令和8年度診療報酬改定では物価対応料(急性期一般入院料1の病院で58点/日が算定候補)など新設加算も増えており、届出漏れや要件の見落としがないか確認が必要です。算定可否の判断は複雑なため、専門家の助言を得ながら確認を進めることをお勧めします。
対策③ 組織・人事制度の改革
公務員制度の枠組みを変えることは容易ではありませんが、地方独立行政法人化・指定管理者制度・PFI(民間資金活用)などの仕組みを活用することで、給与体系や採用の柔軟性を高めることができます。地方独立行政法人化は全国の公立病院で導入事例が増えており、人件費管理の弾力化・機動的な経営判断の実現に一定の効果があると言われます。各制度の特性とリスクを自治体として十分に検討したうえで、最適な形態を選択することが求められます。
対策④ 広域連携・統合の検討
複数の公立病院が近隣に存在する場合、単独での経営改善には限界があることが多いです。他の公立病院や民間病院との機能分担、統合・合併、業務委託など、地域全体として最適な医療提供体制を設計し直すことが中長期的な解決策となりえます。管理部門・調達・人材育成などのバックヤード機能を共通化するだけでも、相当のコスト削減効果が見込まれます。地域医療連携推進法人の設立という選択肢もあります。
令和8年度診療報酬改定が公立病院に与える影響
2026年6月1日施行の令和8年度診療報酬改定は、本体+3.09%という約30年ぶりの3%超の引き上げとなりました。日本医師会のオンライン情報でも大きく取り上げられたこの改定は、公立病院経営にとって次のようなプラスの影響をもたらします。
基本入院料の大幅引き上げ
急性期一般入院料1は1,688点から1,874点へ(+186点)、地域一般入院料1は1,176点から1,290点へ(+114点)、療養病棟入院料1は1,964点から2,035点(+71点)へと、大幅に引き上げられました。これらの基本入院料は公立病院の収益の基盤となるため、入院患者数が変わらなくても収益増加が見込まれます。GemMedの解説によれば、物価対応料の新設と合わせて基本診療料の底上げが図られており、特に急性期病院への恩恵が大きいとされています。
物価対応料の新設
物価高騰対策として「物価対応料」が新設されました。急性期一般入院料1の病院では58点/日が算定候補となります(算定可否の詳細は個別要件の確認が必要)。昨今の医療材料・エネルギー費の上昇に対応した収入源として、公立病院経営の下支えが期待されます。PwC Japanの分析でも、入院料の選択と各加算の適切な取得が病院経営において重要度を増していると指摘されています。
賃上げ対応と入院ベースアップ評価料の拡充
改定の賃上げ対応分は+1.70%であり、内訳として入院ベースアップ評価料は最大250点へ拡充されました。また看護・多職種協働加算(加算1:277点、加算2:255点)も新設されています。看護師・コメディカルの賃上げ財源を診療報酬から確保しやすくなり、人材確保・定着への投資に充てられます。公立病院においても、優秀な医療人材を確保するために賃上げは不可欠であり、この財源を最大限活用することが望まれます。
ただし、これらの恩恵を最大限に享受するには、各加算・評価料の算定要件を確認し、届出漏れなく対応することが必要です。令和8年度改定では制度が複雑化している面もあるため、改定内容を十分に把握したうえで算定計画を立てることをお勧めします。
廃院・民間譲渡・経営統合の検討基準
経営改善努力を重ねても医業赤字が常態化し、一般会計からの繰り入れが地域財政を圧迫している場合、より踏み込んだ構造改革を検討する段階に来ていることがあります。
廃院・縮小(病棟閉鎖)
廃院や病棟閉鎖は、維持コストを抑えるために有効な選択肢ですが、残された地域住民への影響を最小化する移行計画が不可欠です。特に、へき地・離島の公立病院を廃院する場合には、代替医療サービスの確保・患者の転院支援・交通アクセスの整備まで含めた地域包括的な計画が求められます。また、廃院に伴う職員の雇用問題についても、早期に方針を示して関係者の不安を解消することが重要です。
民間譲渡(第三者承継)
民間の医療法人や医療グループへ病院を譲渡することで、自治体の財政負担を軽減しつつ、運営の継続性を保つことができます。一般に、民間への譲渡では施設・設備・職員の引き受け条件を交渉で決定しますが、地域住民への医療提供に支障が生じないよう、承継先の経営方針や実績・財務基盤を精査することが重要です。「安く売れば問題が解決する」という発想ではなく、「誰に・どのような条件で・いつまでに医療提供を続けてもらうか」という観点で承継先を評価することが求められます。
指定管理者制度・地方独立行政法人化
自治体が施設の所有権を持ちつつ、運営を民間に委託する形態です。完全な民間譲渡よりもリスクが低く、自治体としてのコントロールを一定程度維持できる点がメリットです。一方、委託先の撤退リスクや委託費の水準設定に課題が生じることもあります。地方独立行政法人化は人事の弾力化・予算の柔軟な執行を可能にし、公立病院の運営改善に有効な手段として全国で活用が進んでいます。
近隣病院との統合・機能分担
複数の公立病院が中小規模で分散している地域では、一方を急性期・他方を療養・リハビリとして機能分担し、バックヤード・管理部門を共通化することで、コスト効率と医療機能の両立を図る例が見られます。一般に「病院の統合は時間がかかる」と言われますが、早期に方針を固め住民・職員・行政への丁寧な説明を続けることが、実現への近道です。統合後の運営形態(地方独立行政法人・一部事務組合等)についても、あらかじめ法的枠組みを検討しておくことが必要です。
どの選択肢が最適かは、人口動態・医療需要・地域の財政力・他の医療機関との位置関係によって大きく異なります。外部の専門家(医療経営コンサルタント等)の第三者的な視点を活用しながら、客観的なデータに基づいて判断することを強くお勧めします。
まとめ
公立病院の赤字は単なる「経営努力不足」ではなく、不採算部門の担い手としての使命・硬直した人事制度・老朽化した施設への投資負担など、構造的な要因が複合して生じています。しかし、現状を受け入れるだけでは地域医療の持続性は守れません。
令和8年度診療報酬改定の恩恵を最大限に活用し、病床の適正化・収益漏れの是正・組織改革を着実に進めることが、公立病院経営の改善への第一歩です。それでも改善が見込めない場合は、民間譲渡・統合・機能転換という選択肢も、地域住民の医療を守るための「前向きな決断」として位置づけることが大切です。赤字を放置し一般会計繰入で凌ぐよりも、早期に適切な手を打つことで、地域医療のサステナビリティと自治体財政の健全化を両立させることができます。
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出典・参考文献
- GemMed 医業赤字74.6%・経常赤字65.6%(四病協最終報告の解説)
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- 帝国データバンク 全国「病院経営」動向調査(2024年度)
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- 厚生労働省 令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況
- 令和6年度 公立病院の経営に関する調査 結果報告書
- GemMed 2026年度改定答申: 基本診療料アップ・物価対応料新設・ベースアップ評価料拡充
- 日医on-line 令和8年度診療報酬改定 改定率は本体プラス3.09%に決定
- PwC Japan 2026年度診療報酬改定で複雑化する入院料の選択肢
- 厚生労働省 個別改定項目について(令和8年度診療報酬改定)
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