「近隣の診療所が、いつの間にか閉まっていた」「知り合いの病院が民事再生を申請したらしい」——ここ数年、そんな話を耳にする機会が増えたと感じている理事長・院長・事務長の方は多いのではないでしょうか。その肌感覚は、統計データによって裏付けられています。帝国データバンクの2025年調査によると、医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件にのぼり、いずれも2年連続で過去最多を更新しました。

本稿では、この統計が何を意味するのかを丁寧に読み解きます。「倒産」と「休廃業・解散」はどう違うのか、なぜ今これほど閉院が増えているのか、赤字病院の割合を示す他の調査とどう整合するのか。そして最も重要な、自院がこの統計の一部にならないために今できることを、チェックポイントとしてまとめました。数字を他人事として眺めるのではなく、自院の経営を見直すきっかけとしてお読みいただければ幸いです。

2025年、医療機関の倒産66件・休廃業解散823件——2年連続の過去最多

まず、統計の全体像から確認しましょう。帝国データバンクが公表した「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)」によると、2025年の医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件でした。そして注目すべきは、この数字が倒産・休廃業ともに2年連続で過去最多を更新したという点です。

2025年の医療機関の倒産66件・休廃業解散823件(2年連続過去最多)を示す棒グラフ

一度きりの「異常値」であれば、たまたま大型案件が重なった年だったという説明も可能です。しかし2年連続の最多更新は、医療機関の退出が一過性の現象ではなく、構造的なトレンドとして定着しつつあることを示唆しています。

もう一つ見逃せないのは、倒産66件に対して休廃業・解散が823件と、休廃業の方が10倍以上多いという比率です。ニュースで大きく報じられるのは負債を抱えて法的整理に至る「倒産」ですが、実際に地域から医療機関が消えていく主なルートは、負債整理を伴わずに静かに幕を下ろす「休廃業・解散」なのです。この「静かな退出」の多さこそが、2025年統計の最大の特徴だと言えます。

倒産66件という数字だけを見ると「医療機関全体から見ればわずかでは」と感じるかもしれません。しかし、休廃業・解散823件を合わせると、2025年の1年間だけで900件近い医療機関が地域から姿を消した計算になります。病院・診療所・歯科医院を含む数字とはいえ、地域医療の担い手がこのペースで減り続けることの影響は決して小さくありません。

「倒産」と「休廃業・解散」は何が違うのか

統計を正しく読むためには、用語の違いを押さえておく必要があります。「倒産」と「休廃業・解散」は、いずれも事業をやめるという点では同じですが、負債の整理を伴うかどうかという決定的な違いがあります。

倒産と休廃業・解散の違いを示す比較表

項目 倒産 休廃業・解散
定義 債務の支払不能等により法的整理・私的整理に至ること 資産が負債を上回る状態のまま、自主的に事業を停止・清算すること
典型的な手続き 破産、民事再生、会社更生など 廃業届の提出、法人の解散・清算
負債の整理 伴う(債権者との調整が必要) 原則として伴わない
周囲への見え方 報道等で表面化しやすい 表面化しにくく「静かに」消える
経営者に残る選択肢 限定的(手続きに拘束される) 比較的広い(タイミングを選べる)

倒産は、借入金の返済や取引先への支払いができなくなり、破産や民事再生といった法的手続き、あるいは債権者との私的整理に入ることを指します。債権者・職員・患者を巻き込む形で表面化するため、地域社会への影響も大きくなります。

一方の休廃業・解散は、資金がまだ回っているうちに、経営者が自らの判断で事業をたたむことです。負債を整理する必要がないため手続きは比較的穏やかですが、裏を返せば「まだ続けられたかもしれない医療機関が、後継者や将来性の問題で自主的に退出している」ことを意味します。

ここで重要なのは、休廃業は「経営が健全だった」ことを必ずしも意味しないという点です。将来の赤字転落や資金繰り悪化を見越して、傷が浅いうちに閉じるという判断も多く含まれます。つまり823件という休廃業・解散の数字は、「経営の先行きに希望を持てなくなった医療機関の数」と読み替えることもできるのです。倒産に至る前の段階については、病院の資金繰り悪化 7つのサインでも詳しく解説しています。

なぜ増えているのか——物価高・賃上げ・経営者の高齢化という三重苦

では、なぜ医療機関の退出がここまで増えているのでしょうか。背景には、大きく分けて**「収支の悪化」と「担い手の高齢化」という2つの構造要因**があり、それらが重なり合って閉院ラッシュを生み出しています。

閉院増加の背景要因(物価高・賃上げ・高齢化・後継者不在)の構造図

第一の要因は、物価高と賃上げによるコスト増です。医療機関の収入の柱である診療報酬は公定価格であり、一般企業のように仕入コストの上昇分を価格に転嫁することができません。電気代・ガス代・医療材料費・委託費が軒並み上昇し、さらに人材確保のための賃上げ圧力が加わる中で、収入だけが固定されている——この構造が医療機関の収支を直撃しています。病院のコストの5〜6割は人件費とされるため、賃上げの影響はとりわけ深刻です。

第二の要因は、経営者の高齢化と後継者不在です。帝国データバンクの調査では、診療所経営者の56.7%が70歳以上という実態が明らかになっています。半数以上の診療所で、経営者がすでに一般的な引退年齢を超えているのです。さらに、医療業の後継者不在率は6割超とされます。子どもが医師にならなかった、医師になったが継ぐ意思がない、勤務医を招聘しようにも条件が折り合わない——といった事情で承継先が見つからないまま、経営者の体力の限界とともに閉院を選ぶケースが後を絶ちません。

この2つの要因は独立ではなく、掛け算で効いてくることに注意が必要です。収支が良好であれば高齢の経営者でも承継先は見つかりやすく、逆に経営者が若ければ収支悪化にも時間をかけて対処できます。しかし「収支は悪化傾向、経営者は70代、後継者は不在」という三条件が揃うと、選択肢は急速に狭まり、休廃業が最も現実的な出口になってしまうのです。後継者問題への具体的な対処は、後継者不在の病院がとれる4つの選択肢をあわせてご覧ください。

赤字病院の割合とも整合する——各種調査が示す悪化トレンド

倒産・休廃業の増加は、医療機関の収支に関する他の調査結果とも整合しています。むしろ、赤字割合の統計を見れば、**退出の増加は「起こるべくして起こっている」**ことが分かります。

民間病院の営業赤字割合54.8%から61.0%への悪化と四病協調査の医業赤字74.6%を示すグラフ

帝国データバンクの全国「病院経営」動向調査(2024年度)によると、**民間病院約900法人のうち営業赤字の法人は61.0%**にのぼり、前年度の54.8%からさらに悪化しました。半数を超える民間病院が、本業で利益を出せない状態にあるということです。

さらに、四病院団体協議会(日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会・日本精神科病院協会の4団体、以下「四病協」)の2024年度病院経営定期調査・最終報告では、病院の74.6%が医業赤字、65.6%が経常赤字という結果が示されています。補助金等を含めた経常段階でも、3分の2の病院が赤字なのです。

調査 指標 赤字割合
帝国データバンク(2024年度・民間病院約900法人) 営業赤字 61.0%(前年度54.8%)
四病協 2024年度病院経営定期調査・最終報告 医業赤字 74.6%
四病協 2024年度病院経営定期調査・最終報告 経常赤字 65.6%

調査によって対象や集計方法が異なるため数字に幅はありますが、**「病院の6〜7割が赤字であり、しかも悪化傾向にある」**という方向性は完全に一致しています。赤字が続けば内部留保が削られ、内部留保が尽きれば資金繰りに窮し、承継の魅力も失われて休廃業か倒産に至る——倒産66件・休廃業解散823件という数字は、この赤字統計の「出口側」に現れた結果に他なりません。なぜここまで赤字が広がっているのかという構造的な分析は、なぜ病院の6〜7割は赤字なのかで詳しく扱っています。

なお、令和8年度診療報酬改定では本体プラス3.09%という約30年ぶりの高い改定率が決まりましたが(施行は2026年6月1日)、これまでに蓄積した赤字と物価・人件費の上昇分をどこまでカバーできるかは、各病院の算定状況次第です。改定を追い風にできるかどうかも、結局は個々の病院の経営対応にかかっています。

「静かな休廃業」が地域医療を蝕む

倒産と違い、休廃業・解散は目立ちません。しかし地域医療への影響という観点では、この「静かな退出」こそが深刻な問題です。

静かな休廃業が地域医療に波及する連鎖を示すフロー図

医療機関が一つ閉じると、その影響は連鎖的に広がります。第一に、通院していた患者の行き場がなくなります。特に高齢の患者にとって、通院先が遠くなることは治療の中断に直結しかねません。第二に、周辺の医療機関に患者が流れ、負荷が集中します。受け皿となった病院・診療所の外来が混雑し、職員の負担が増え、そこの経営や診療体制にも影響が及びます。第三に、在宅医療・救急・学校医・産業医といった地域機能の担い手が減ります。一つの診療所が担っていた役割は、外来診療だけではないのです。

倒産であれば、民事再生などの手続きの中でスポンサーが現れ、医療機能が引き継がれる可能性があります。しかし休廃業・解散は経営者の自主判断で完結するため、誰にも引き継がれないまま医療資源が消滅するケースが少なくありません。カルテの引き継ぎ、常勤・非常勤職員の再就職、医療機器や建物の処分——これらが個別バラバラに処理され、地域として蓄積されてきた医療機能が霧散してしまいます。

ここで経営者の方に考えていただきたいのは、「静かに閉じる」ことは、必ずしも地域への責任を果たす閉じ方ではないということです。もし第三者への承継(M&A)や経営受託といった手段で医療機能を残せるなら、患者にとっても職員にとっても、そして経営者自身の手取り(譲渡対価)にとっても、休廃業より良い結果になる可能性があります。閉院と承継の判断や実務については、病院・医療法人の閉院手続きと費用病院売却の流れ 7ステップで具体的に解説しています。

自院が統計の一部にならないためのチェックポイント

ここまで統計を読み解いてきましたが、大切なのは「自院はどうか」という視点です。倒産・休廃業に至った医療機関も、ある日突然そうなったわけではありません。**収支の悪化、資金繰りの逼迫、承継の行き詰まりというサインは、数年前から必ず現れています。**以下のチェックポイントで自院の現在地を確認してみてください。

自院が倒産・休廃業統計の一部にならないためのチェックリスト

**(1)本業の収支——医業利益は黒字か。**赤字の場合、それは一時的な要因(改装・退職金等)によるものか、構造的なものか。四病協調査で74.6%が医業赤字という環境下では、「赤字でも周りと同じ」と考えるのではなく、赤字の中身を分解して把握することが第一歩です。

**(2)資金繰り——現預金は月商の何か月分あるか。**借入金の返済、賞与資金、納税資金のスケジュールを12か月先まで見通せているか。資金繰り表を作っていない、または事務長任せで理事長が把握していない状態は危険信号です。

(3)病床利用率——損益分岐点を上回っているか。病床利用率の全国平均は全病床77.0%・一般病床73.3%(厚労省 病院報告2024)ですが、損益分岐点は一般に80%前後とされます。つまり平均的な稼働の病院は、構造的に損益分岐点を下回っている可能性があります。自院の分岐点がどこにあるかを把握しましょう。

**(4)人件費率——コスト構造は適正か。**病院のコストの5〜6割は人件費です。賃上げが避けられない時代だからこそ、人員配置と収入のバランスを定期的に点検する必要があります。

**(5)診療報酬の算定——取りこぼしはないか。**令和8年度改定では入院基本料の引き上げや新設加算が盛り込まれました。自院で算定候補となる項目を洗い出し、施設基準の充足を確認することは、投資ゼロでできる収支改善です(算定可否は個別に確認が必要です)。

**(6)承継の準備——後継者は決まっているか。**経営者が65歳を超えていて後継者が未定なら、それ自体が経営リスクです。親族・院内・第三者のどのルートで承継するのか、検討を始めるのに早すぎることはありません。

**(7)相談相手——経営の悩みを話せる外部の専門家はいるか。**顧問税理士だけでなく、病院経営・医業承継に詳しい相談先を持っているかどうかが、いざという時の選択肢の幅を決めます。

一つでも「答えられない」項目があれば、そこが自院の弱点です。逆に言えば、この7項目を定期的に点検している病院が、統計の一部になることはまずありません。

まとめ——相談の早さが、選べる選択肢の数を決める

最後に、本稿の要点を整理します。

  • 帝国データバンクの2025年調査で、医療機関の倒産は66件、休廃業・解散は823件。ともに2年連続で過去最多を更新しました
  • 退出の主なルートは負債整理を伴う「倒産」ではなく、**静かに幕を下ろす「休廃業・解散」**であり、その数は倒産の10倍以上です
  • 背景には物価高・賃上げによる収支悪化と、**経営者の高齢化(診療所経営者の56.7%が70歳以上)・後継者不在(医療業で6割超)**という構造要因があります
  • 民間病院の営業赤字は54.8%から61.0%へ悪化(帝国データバンク)、四病協調査では医業赤字74.6%・経常赤字65.6%。赤字統計と退出統計は同じ構造の入口と出口です
  • 休廃業は地域の医療機能を誰にも引き継がれないまま消滅させます。**承継・M&A・経営受託など「機能を残す閉じ方」**を検討する価値があります

そして最後に、最も強調したいことがあります。それは**「相談の早さが、選べる選択肢の数を決める」**という事実です。

資金繰りに余裕があり、患者基盤も職員体制も維持できている段階であれば、経営改善・第三者承継・経営受託・計画的な閉院と、選択肢は複数あります。しかし資金が尽きる直前になってからでは、取れる手段は限られ、条件も悪くなります。倒産66件の中には、あと2年早く動いていれば承継先が見つかっていたかもしれない病院が含まれているはずです。

「まだ大丈夫」と感じている今こそが、実は最も打ち手の多いタイミングです。自院の数字を点検し、気になる点があれば、病院経営に詳しい専門家への相談を検討してみてください。統計の一部になるのではなく、統計を読んで先手を打つ側に回りましょう。

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出典・参考文献