医療法人の承継を専門家に相談すると、最初に必ず聞かれる質問があります。「御法人は、持分あり・なしのどちらですか?」——この一点で、承継の設計図はまったく別物になります。持分あり医療法人であれば「出資持分の譲渡」を中心にした承継が可能ですが、持分なし医療法人には譲渡すべき持分そのものが存在しません。相続税・贈与税のリスク構造も大きく異なります。
医療機関を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。帝国データバンクの2025年調査では、医療機関の倒産66件・休廃業解散823件と2年連続で過去最多を更新し、医療業の後継者不在率は6割を超えます。承継を考え始めた理事長・院長・事務長がまず押さえるべき「持分あり・なし」の違いを、本記事では制度の経緯から承継実務、税務リスク、持分なしへの移行制度まで、順を追って比較・解説します。
2007年医療法改正 — 2つの類型が生まれた経緯
まず歴史的な経緯です。かつての医療法人は、出資者が出資額に応じた財産権(出資持分)を持つ「持分あり医療法人」として設立するのが一般的でした。出資持分には、退社時の払戻請求権や解散時の残余財産分配請求権が含まれ、法人の内部留保が積み上がるほど持分の価値も膨らむ構造でした。
しかし、「医療の非営利性」の観点から、利益の分配につながり得る持分の仕組みが問題視され、2007年(平成19年)4月施行の第5次医療法改正で大きな転換が行われました。この改正以降、新たに設立できる医療法人は「持分の定めのない医療法人」(持分なし医療法人)に限定されました。基金拠出型医療法人(運営の元手として基金を受け入れる類型)は、その代表的な形です。
一方、改正前から存在していた持分あり医療法人は、直ちに持分を失うわけではなく、「当分の間」存続が認められる経過措置型医療法人として現在も多数存続しています。つまり現在の医療法人は、大きく次の2つに分かれているのです。
| 類型 | 位置づけ | 新規設立 |
|---|---|---|
| 持分あり医療法人(経過措置型) | 2007年改正前に設立された法人の経過措置 | 不可 |
| 持分なし医療法人(基金拠出型など) | 2007年改正後の標準形 | 可能 |
自法人がどちらに当たるかは、定款の残余財産・出資持分に関する条項を確認すればわかります。承継の検討は、この確認から始まります。
まず押さえたい共通点 — どちらも「社員1人1票」
違いを見る前に、持分あり・なしに共通する医療法人の本質を確認しておきましょう。それは、最高意思決定機関が社員総会であり、議決権が出資額に関係なく社員1人1票である、という点です。
株式会社では、株式を過半数取得すれば経営権を握れます。しかし医療法人では、仮に出資持分を100%買い取ったとしても、その人が社員でなければ社員総会で1票も行使できません。逆に、出資をまったくしていない社員にも1票があります。ここでいう「社員」は従業員のことではなく、**社員総会の構成員(一般企業でいう株主総会の議決権者に近い立場)**を指す点にも注意が必要です。
したがって、持分あり・なしのどちらであっても、**承継の本質は「社員の入れ替え」と「役員(理事・理事長)の交代」**にあります。持分の譲渡は財産権の移転にすぎず、経営権の移転そのものではない——この原則を押さえておくと、後述する両者の違いが理解しやすくなります。
持分あり医療法人の承継実務 — 持分譲渡+社員交代+役員交代の3点セット
持分あり医療法人の第三者承継は、次の3点セットで完成します。
- 出資持分の譲渡 — 財産権の移転。譲渡人と譲受人の間で持分譲渡契約を締結します。定款で法人の承認を要すると定められている場合は、その手続きも必要です
- 社員の退社・入社 — 議決権の移転。旧経営陣側の社員が退社し、買い手側の社員が入社します。入社には社員総会の承認が必要です
- 理事・理事長の交代 — 業務執行権の移転。理事長は原則として医師・歯科医師でなければなりません。交代後は役員変更の登記・届出を行います
このうち1つでも欠けると、承継は完結しません。たとえば持分だけを譲渡して社員交代を怠れば、買い手はお金を払ったのに経営に関与できない状態になります。
税務面では、持分の譲渡対価をどう受け取るかで課税が大きく変わると言われます。個人が持分を第三者に譲渡すれば原則として譲渡所得課税、法人からの払戻しの形をとると出資額を超える部分がみなし配当として総合課税になる可能性があり、役員退職金と組み合わせて手取りを設計するのが実務の定石です。具体的な税負担は出資額や在任年数など個別事情により異なるため、必ず税理士に個別試算を依頼してください。
持分なし医療法人の承継実務 — 社員・役員交代と基金の扱い
持分なし医療法人には譲渡すべき持分が存在しないため、承継は社員の入れ替えと役員の交代そのものによって行われます。手続きの骨格は次の通りです。
- 社員総会で新社員の入社を承認し、旧社員が退社する
- 理事・理事長を交代し、登記・行政への届出を行う
- 基金拠出型の場合は、基金の取り扱いを整理する
基金拠出型医療法人の「基金」は、法人運営の元手として拠出された財産で、出資持分とは異なり拠出額を限度に返還されるものとされています。法人がどれだけ利益を蓄積しても、基金の返還額が増えることはありません。承継の際は、旧経営陣が拠出した基金を返還するのか、買い手側が基金拠出者の地位を引き継ぐのかを、契約で明確にしておく必要があります。
実務上の難しさは、対価の設計にあります。持分がないため「持分の売買代金」という形がとれず、承継の経済的対価をどう構成するかが論点になります。役員退職金の支給などを組み合わせる方法が用いられると言われますが、金額の妥当性や税務上の取り扱いには慎重な検討が必要で、施設の事情により適切な設計は異なります。ここは医療法人に精通した税理士・弁護士の関与が不可欠な領域です。
相続税・贈与税リスクの違い — 持分は「相続財産」になる
親族内承継や相続の場面では、両者の違いがさらに際立ちます。
持分あり医療法人の出資持分は、相続財産として相続税の課税対象になります。医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、長年経営してきた法人ほど内部留保が積み上がり、持分の評価額が想定外に高額化しやすいと言われます。その結果、①相続人が納税資金を用意できない、②相続人が法人に持分の払戻しを請求し、法人の資金繰りが大きく揺らぐ——という2つのリスクが生じます。病院の74.6%が医業赤字という四病協の2024年度調査結果が示す経営環境では、多額の払戻請求は法人の存続そのものを脅かしかねません。
持分なし医療法人には持分が存在しないため、持分に対する相続税・払戻請求のリスクは構造的に生じません。経営の承継は前述の通り社員・役員の交代で行い、相続の発生と法人の財産が切り離されているのが最大の特徴です。ただし、持分ありから持分なしへ移行する場面などでは、法人や関係者への贈与税課税が問題になり得るなど、別の論点が存在します(次章で触れます)。
| 比較項目 | 持分あり(経過措置型) | 持分なし(基金拠出型など) |
|---|---|---|
| 承継の中心手続き | 持分譲渡+社員・役員交代 | 社員・役員交代(+基金の整理) |
| 承継対価の形 | 持分の譲渡代金が基本 | 対価設計が論点(退職金等の組み合わせ) |
| 相続税リスク | 持分が相続財産・評価額高額化のおそれ | 持分への相続税は構造上生じない |
| 払戻請求リスク | あり(法人の資金繰りに影響) | なし(基金は拠出額が上限) |
| 議決権 | 社員1人1票 | 社員1人1票 |
認定医療法人制度 — 持分なしへの移行という選択肢
持分あり医療法人が抱える相続税・払戻請求リスクへの対応策として、国は持分なし医療法人への移行を後押しする「認定医療法人制度」を設けています。これは、移行計画について厚生労働大臣の認定を受けた医療法人が持分の放棄などを経て持分なしへ移行する場合に、移行に伴う税負担について一定の税制上の措置が講じられるという制度です。
移行のおおまかな流れは、①移行計画の作成と認定申請、②認定取得、③出資者による持分の放棄、④定款変更による持分なし医療法人への移行、⑤移行後の運営状況の報告——というものです。認定には、役員構成や関係者への特別な利益供与の禁止など、法人運営の適正性に関する要件を満たし続けることが求められます。
注意すべきは、この制度には認定申請の期限が設けられており、これまで延長を重ねてきた経緯があることです。要件や期限は制度改正で変わり得るため、検討する際は必ず最新の情報を厚生労働省や専門家に確認してください。また、持分を放棄するということは、出資者が財産権を手放すことを意味します。相続対策としての利点と、財産権を失うことの影響を家族・親族も交えて比較検討することが欠かせません。
移行してしまえば第三者への「持分売却」という選択肢はなくなるため、将来M&Aでの売却を視野に入れるのか、親族内で長く承継していくのかという経営方針そのものと一体で判断すべきテーマと言えます。
よくある質問(FAQ) — 持分あり・なしで迷いやすいポイント
Q1. 自法人がどちらの類型か、具体的にどこを確認すればわかりますか?
A. 定款の「解散」や「残余財産の帰属」に関する条項を確認してください。解散時の残余財産を「払込済出資額に応じて分配する」といった趣旨の定めがあれば持分あり(経過措置型)、帰属先が国・地方公共団体・他の医療法人など公的なものに限定されていれば持分なしです。定款が手元に見当たらない場合は、法人の主たる事務所の保管書類を探すほか、認可を受けた都道府県の担当部署に確認する方法もあります。あわせて、設立が2007年4月より前か後か、基金に関する条項があるかどうかも判断の手がかりになります。
Q2. 持分なし医療法人は「売れない」ということですか?
A. 持分の売買という形はとれませんが、第三者承継そのものは可能です。本文で述べた通り、経営権の移転は社員・役員の交代によって実現します。承継の経済的対価は役員退職金などを組み合わせて設計されることが多いと言われますが、持分譲渡に比べると設計の自由度に制約があるのも事実です。将来の承継を視野に入れている持分なし法人は、早い段階で税理士・弁護士とともに対価設計の選択肢を整理しておくことをおすすめします。
Q3. 持分ありのまま理事長に相続が発生したら、何が起きますか?
A. 持分が相続財産として相続人に承継され、相続税の課税対象になります。相続人が医療に関与していない場合でも財産権は移転するため、①納税資金の確保、②相続人からの払戻請求への対応、③経営権(社員・役員の地位)の引き継ぎ、という3つの問題が同時に発生し得ます。とくに払戻請求は法人の資金繰りを直撃しかねません。生前に承継方針を固め、遺言の作成や持分の整理を済ませておくことが、法人と家族の双方を守る備えになります。
Q4. 認定医療法人制度は、持分あり法人なら必ず使うべきですか?
A. 一概には言えません。持分なしへ移行すれば相続税・払戻請求のリスクは構造的に解消されますが、出資者は財産権を手放すことになり、将来「持分を売却する」という選択肢もなくなります。親族内で世代を超えて承継していく方針であれば移行の利点が大きく、第三者へのM&A売却も視野に入れるのであれば持分ありのままのほうが設計しやすい——というのが大まかな整理です。出資者本人だけでなく、家族・親族の意向も確認したうえで、専門家と時間をかけて比較検討してください。
まとめ
持分あり医療法人と持分なし医療法人は、2007年の医療法改正を境に分かれた類型であり、承継実務は「持分譲渡+社員・役員交代」と「社員・役員交代+基金の整理」という形で大きく異なります。相続税・払戻請求のリスク構造も対照的です。一方で、「社員1人1票」であり、承継の本質は社員の入れ替えにあるという点は両者に共通しています。
医療機関の休廃業・解散が過去最多を更新し、後継者不在率が6割を超えるいま、自法人の類型の確認と承継方針の検討は早いに越したことはありません。定款を手元に置き、医療法人に精通した税理士・弁護士とともに、自法人に合った承継の設計図を描いてください。